第13話 無法地帯

いいわ。あなたの言葉を信じてあげる。それで、予め電話をもらったけど、知りたい情報は何年も前に倒産したヒュリエント社の最高責任者CEOと当時の幹部たち全員の行方についてだったわよね。世の中は《黄昏の粛清者エピュラシオン》という謎の秘密結社の話題で持ち切りなのに、何で今さらヒュリエント社なんかを調べてるの?」


「秘密結社だったら、既にパルマンたちが調べ始めてるぜ」

「なるほど。パルマンの坊やがね。彼、大層な物を手に入れたって話じゃない?」

 レヴィオラは意味深に訊いてきた。マスメディアでさえも入手困難な情報を手に入れるのが盗諜屋だ。


「話を聞きに来ているのはこっちだぞ」

「そうだったわね。悪かったわ」

 露骨に仏頂面をするロマーディオに軽率さを詫びると、レヴィオラは机の抽斗ひきだしからメモリーチップを一つ取り出した。


「このメモリに倒産直前まで幹部だった人間全員の現在の住所、職場、金銭面、家庭環境などの情報が詰め込んであるわ」

「幹部だけ? CEOについての情報はないの?」

 ヴァネッサが当然の指摘をした。


「それなんだけど。当時のCEOだったナタニエル・オルディスはヒュリエント社が倒産した数年後から一家全員失踪してるのよ。様々な情報が錯綜してるけど、どれが真実なのかは今のところは不明なの。都市警察シティーポリスの捜査では事件性もあり得るという判断を下してるわ。私は失踪よりも、何者かに連れ去られたって睨んでるけど」


「なんでそう思う? 住んでいた家には失踪に関係する証拠はなかったのか?」

「なかったわ。だから、自宅ではない別の場所でさらわれた線が濃厚ね。ただ、それ以上有力な情報は得られなかったわ」

 ヴァネッサのいる前で、レヴィオラは嘘をつくはずがない。ある意味大きな収穫ではあるのだが、盗諜屋が入手できないのに自分たちに何か打つ策は考えられなかった。


「なんてこった。後はウチの分析官(アナリスト)に縋(すが)るしかねぇのか」

 ロマーディオは、ヴァネッサに同意を求めた。

「何かナタニエルの足取りを掴める手がかりが見つかるといいけどね」


 秘密結社はヒュリエント社の製造した殺戮機兵カルネージをどうにかして入手した。レヴィオラの言う誘拐説も捨て切れないが、失踪したと思わせるために偽装工作をしたとも考えられる。この男なら簡単に殺戮機兵を手に入れられる立場にいたからだ。


 一つの仮説として、秘密結社の黒幕がずっと行方をくらませているナタニエルの可能性が浮上した。主な動機は世論に対する復讐と言ったところか。

「レヴィオラ、今回の情報料だ。一万リブラだったな」

 ロマーディオは真紅のレザートレンチコートのポケットから使い捨てのマネーカードを取り出し、デスクに置いた。


 リブラはこの巨大都市メガシティーで使える通貨名だ。その価値は昔の米ドルと同じぐらいと言えた。


「今回は完璧に依頼を遂行できなかったから、全額は受け取れないわ。三十パーセントを返すわね」

 レヴィオラはある装置にマネーカードを差し込み、幾つかのボタンを慣れた手つきでいじり始めた。再びマネーカードを取り出すと、ロマーディオに返した。


「じゃあ、また頼むな!」

 ロマーディオはそれを受け取り、ヴァネッサとともに部屋を後にした。

                  ☆

 絶滅特殊部隊アナイレート・フォース長官のランドロスは、ボルファルトとともに高級感のあるフォルムをした長官専用のエアヴィークルで貧困層のゴルトバルキア地区まで来ていた。犯罪件数の多さから無法地帯と呼ばれることもある。


 これでは「どうぞ襲ってください」と言わんばかりだ。ボルファルトとしては絶滅特殊部隊専用のエアヴィークルで行くべきだと提言したが、聞く耳を持たれなかった。逆に、重装備で行く必要はないと言うのを押し止められただけでも良いほうだ。


 何しろ《黄昏の粛清者エピュラシオン》が喉から手が出るほど欲しがる特殊な組み込み式内臓ストレージ――PUDを持っているのだから。


 自動運転のエアヴィークルは、目的地として指定された建物の前で停止した。

 そこは廃ビルと言ってもいいほど老朽化した高層ビルだった。

 周囲の様子を見た限り、何者かに尾行された形跡はなかった。


 車のドアを開けると、改めて危険がないか確認するために制服姿のボルファルトがまず外に出た。両手にレーザー光線式回転弾倉式機関銃ガトリングガンを構えている。

「長官、今のところ異常なしです」

 ボルファルトの報告が終える前にランドロスが降りてきた。先ほどと全く同じ服装の長官は高級な腕時計で時間を確かめた。


「長官、こんなところに何の用ですか?」

「ボルファルト君、それは君の知るべきことではないのだよ」

 ランドロスは警戒するボルファルトの肩に手を軽く置いた。

「ここは無法地帯などと大仰に呼ばれているが、私たちが敵意を示さない限り、向こうも何もして来ない。彼らは自分たちの生活を守りたいだけなんだよ。この建物の住人もね。そもそも無法地帯と呼ばれ始めたのも、この地区の管理に手を焼いた都市警察(シティーポリス)が自らの汚点をごまかすために流したデマが発端なのだよ」

「とは言っても、危険な場所には違いないはず。ここら辺には犯罪者も多くいると聞いてますから」

「ああ、それもそうだな。だが、ここから先は私のテリトリーだ。私が戻ってくるまで、君はここで見張りでもしていてくれ。だいたい一、二時間ほどで終わると思う。待ってるのが退屈だったら、車の中で休んでいても構わんよ」

 とても不満に満ちたボルファルトを尻目に、ランドロスは古びた自動ドアを開け、建物内に入っていった。


 日の光が中を照らしているので、蛍光灯は点いていない。

 一階には幾つかの仕事場が設けられ、貧しそうな人たちが作業していた。ただ、異彩を放つランドロスを誰一人として敵視する者はいなかった。

 この建物が脛に傷のある者たちの巣窟になっているのは既に知っていた。


 この地区の住人たちは多少の軽犯罪に手を染めなければ、まともな生活を送ることすら困難なのだ。そこで、ランドロスは手を貸してもらう代償として、ある程度の軽犯罪目を犯してもつぶってきた。そういう場所はここ以外にも幾つかあった。


 建物内ですれ違う、この男の恩恵を受けた違法者たちは一様に深々と頭を下げた。

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