第9話 絶滅特殊部隊本部

 通路の左手の広々した部屋には常時三十人の優秀な分析官アナリストたちが動員された情報解析室が置かれていた。おそらく、違法すれすれの手段を駆使しながら《黄昏の粛清者エピュラシオン》に関する様々な情報を収集し、文字どおり今回の事件の詳細について解析しているはずだ。


 少しでも何か判明すれば、即座に長官や隊長のところに上がるようになっている。


 もしかすると、昨晩の同時多発テロ事件についてマスメディアの知らない情報が聞けるかもしれない。そんなことを考えながら、更衣室に着いた。


 自分のロッカーの前に来ると、パルマンは早々と制服に着替えた。さらに特殊な組み込み式内臓ストレージ――PUDの入ったケースを上着の内ポケットに入れ、大口径のプラズマ銃をホルスターごと装着し直してから通路に出た。目指すは建物の最上階の長官室だ。


 エレベーターホールまで来ると、上のボタンを押して少し待った。


 自動ドアが開かれたが、誰もいなかった。

 パルマンは中に入り、5のボタンを押した。すぐにドアは閉まり、上昇していく。

 目的の階に着くと、足早にエレベーターを降りた。そのまま会議室などの部屋を通り抜けて長官室に進んで行く。

 絶滅特殊部隊アナイレート・フォース隊員メンバーでも滅多なことがない限り、長官とは顔を会わせない。それほど今回の事件が前代未聞の有事だということだ。


 長官室の前に来たパルマンはドアをノックしてから「パルマンです」と伝えた。この部屋のドアは長官以外の者は開けられないようにプログラムされていた。


 即座にドアが開き、広々とした室内にいた二人の男の視線がパルマンに向けられた。

 隊長のボルファルト・ボルシュビッツと長官のランドロス・ヴェルノーツだ。

 三歳年上のボルファルトは立ったままで、既に四十代のランドロスは椅子に腰掛けていた。


 長官は赤いネクタイを締め、黒いベストに同じ色のスーツ姿といういで立ちだ。

「パルマン君、よく来てくれた」とても当たり障りの良い口調でランドロスは口を開いた。

「昨日の件の報告は先ほどボルファルト君から聞かせてもらったよ。だが、現在君の身に何が起こっているのかについては詳しく分からないという話だった。パルマン君、君から具体的な話を聞かせてもらえるかね? 君と《黄昏の粛清者》という秘密結社との関係について――」


 想定内の質問だった。パルマンはこの巨大都市テンブルムを統括・管理するAGIの渾沌の女神エリスの義脳ぎ のうの設計者の末裔の一人であるガリエラとの関係から現在い ま に至るまでの顛末を端的に説明した。

「――なるほど。君は昨晩まさに英雄的活躍をしたわけだ。私も鼻が高いというものだよ」

 ランドロスは大げさに言ってはいるものの、それほど喜んでいるようには見えなかった。


 パルマンのおかげで最悪の事態は回避できた。それでも、自分たちがまだ危機的状況にいることに変わりはない。いつこの本部が襲撃されても、おかしくないからだ。

「それで、コインロッカーに隠したその内臓ストレージは今、君の手元にあるのかね?」

「はい」

「我々にも見せてくれないか?」

 言われるままにパルマンは制服の内ポケットから銀製のケースを取り出した。それを高級な木造りの机に置く。


 ランドロスは重みのあるケースを掴み取ると、蓋をスライドさせて中に入ったPUDを手に取った。

「これが平和なこの巨大都市を維持するための最後の切札か――」

 特殊な組み込み式内臓ストレージを見つめながら、ランドロスは思案顔で呟いた。


「長官、これさえ破壊すれば、秘密結社の野望はもろくも破綻します。いっそのこと跡形もなく消し去ってしまうのはどうでしょうか?」

「パルマン君、それは一見最適な考え方のようだが、それでは解決策にはならんのだよ」

「どうしてですか?」

「それはだね。私が知り得た情報によれば、渾沌の女神エリスはPUDが七個だけでも不完全ながら活動期プロシードになれるみたいなのだよ。もし、これを破壊したことが知られれば、連中は手に入れた七個だけでAGIを半ば強引に動かそうとするだろう。そうなったら、さらに危険度が増すと思わないかね?」

 少し沈黙の間が訪れた。


「なぁ、パルマン君。これは提案なのだが、この切札を半日だけ私に預けてはくれないかね?」

「長官、それは――」

 真っ先に口を開いたのはボルファルトだ。パルマンにしたところで、ランドロスがいったい何を考えているのか、読み切れなかった。

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