第18話 その悪魔は嘲り笑う

 王都でのオートドールの暴走をギンガやギルドに任せ、俺達は夕焼けに染まり始める科学都市へと侵入した。アスモデウスの気配を追い、辿り着いた先はサイバネストの中心にあるアスミ重工本社。

 それを魅了チャームによって人払いした向かいのビルの一室から眺めている。


「この時間はまだ人がかなり多いようだな」

「仕方ないですね。サイバネストの大体の会社は今はまだ勤務時間なんですよ」

 

 ミーナの言葉を聞き、もう一度相当に背の高い建物を見やる。幾重にも階層が積み重なり、その中で働く人々が蠢く。巨大なビルがまるで1つの機械のようにも見えるその光景は中々に圧倒される雰囲気を纏っている。


「どうされますか?スクードの兵とオートドールもいますが、大半は一般の人々です」

「ふむ…」


 エリィの問いに少し思案する。今回は作戦を立てる前に騒ぎが起きてしまったため、ここからは全てアドリブだ。アスモデウスに専念するためにはまずそれ以外の人々に退去してもらわねばなるまい。


「ミーナ。を使うぞ。そいつで本社を襲うふりをしてくれ。そのまま俺が【オールハック】でオートドールは無力化し、ビルの警報を鳴らす」

「つ、ついにこの時が…うう、頑張ります!」


 魔鉱剤の件で対峙したメタルキメラ。それを俺達は次元の裂け目を使って別次元にしまって回収し、遠隔操作出来るように改造を施していたのだ。

 目の前の巨大なビルの前では少々物足りないだろうが、5メートルほどの怪物が突如現れ警報が鳴ればスクードの兵は釣れるだろう。


「エリィは他の建物の屋上でメタルキメラに釘付けになったスクードの相手だ。万が一ミーナが隠れるこの場所がバレたら、彼女を連れて退避するように」

「承知致しました」

「後は俺が重力魔法でアスモデウス以外の人々をビルから追い出せば、残すはやつとの決着だけだ」


 かなり大味な作戦ではある。そしてこれがやつの罠である可能性も。だが今は、決着を付けるチャンスでもある。ならばあえてそれに乗ってやろう。



◇◇◇◇◇


 俺はいつものマスクを被り、これ見よがしにアスミ重工本社前の上空に躍り出る。


【ディメンションダイバー】:展開


 まるで地獄の門を開くかのように、大きく派手に次元の裂け目を開いていく。中から現れたるは地獄の怪物。もとい人が造った機械の怪物メタルキメラ


「ミーナ、頼んだぞ」

『は、はい!』


 ミーナが操るメタルキメラがその腕を振り上げる。


『ええーい!!』


─ズウン!

 彼女の気合と共に振り下ろされた怪物の腕は地面を深く抉り、激しい地鳴りを起こした。


【オールハック】


『緊急事態発生。緊急事態発生。速やかに建物内から避難して下さい』

 

 同時に俺は、電子機器を全て支配下に置いてオートドールの機能を停止させつつ警報を鳴らした。


「なんだあのデカブツは!?」

「応援を呼べ!ここで止めるぞ!」


 スクードの兵達がメタルキメラに群がり始めた。そんなスクードの兵達を、致命傷にならない程度にキメラが蹴散らしていく。元々対吸血鬼用に造られた機械の怪物は、生半可な攻撃では止める事は出来ないだろう。


『あれ、なんかこれロボットゲームみたいでちょっと楽しいかも?』


 …ミーナが何かにハマりかけているが、ここまでは順調。

 あとはビルの中の人々だ


<パープルテリトリー> 偽造開始フェイクアップ


【ウィスタリアオーケストラ】


 両手を広げた先に広がる紫の重力が、巨大なビルをまるで枝垂れ掛かる花のカーテンのように包んでいく。そうしてビル全体を俺の魔力の支配下に置き、【千里眼】により透視し中にいる全ての人物を余さず捉える。その中には、こちらに気づき嘲り笑うように顔を歪めるあの悪魔もいた。

 …今はまず人払いだ。俺は重力を操作し、魔力のカーテンを開くようにして人々をビルの中から追い出していく。


「いやぁー!ちょっと待って高いよ!落ちる!!…え、浮いてる?」

「う、うわあ!どうなってる!?」


 紫の重力によって各々の居る階層から強制的に移動させられ、阿鼻叫喚の声で満たされるアスミ重工本社。その声1つ1つを出来るだけ安全に地上に降ろしていく。


「いたぞ!5時の方向、上空だ!」


 まだ全ての人間を地上に降ろしきっていない中、スクードがこちらに狙いを定めてくる。この規模の重力操作中に連中の相手をするのは流石に面倒である。

 だからそこは眷属の出番だ。


【ストームレイジ】


 荒れ狂う風の暴力が、スクードの兵達を悲鳴を上げさせる間も無く吹き飛ばしていく。風の魔法でアシストしたエリィが、マスクを外し俺の方を見て微笑む。


『こちらは気にせず集中なさって下さいませ』

「任せたぞ」


 エリィの通信に短く返事を返し、最後の1人までをビルの中から地上に降ろしきる。そして決着の準備を終えた俺は自らの重力を操作し、今は屋上にその姿を見せるアスモデウスの元まで一直線に飛び、ついにやつの所に辿り着いた。


「誰かと思えばあの女の息子だな?母親が目の前で殺されて長らく不貞寝していたガキが何の用だ?」


 こちらを嘲笑するアスモデウスの姿は、魔族ではなく人の物だった。おそらくギンガの父の姿のままであろう。そして魂、生命力エナジーの形は人と魔族が共存、いや魔族が人を乗っ取っている状態だ。


「そうだな、言うなればあの時の復讐をしに来た」


 それが俺の心からの願いの1つ。その機会を得た今、お前を逃しはしない。


「筋違いもはなはだしい!お前の母がワタシの物にならなかったのがいけないのだ!お前を狙って脅してやるつもりがかばって勝手に死んだだけだろう!」


 母上は俺をかばって死んだ。その事実は俺の心を、深く、深く蝕んできた。


「弁明はそれだけか?」


 だが、母上はどんな事があろうとお前などには屈しなかっただろう。そう思えばこそ、俺は想像していたよりずっと冷静でいられた。

 そして俺もあの時とは違う。何者にも屈しない力をつけ、助け合える仲間がいる。


「では裁きの時間だ。覚悟しろ、アスモデウス」


 そう言い放ち、俺はやつを静かに見据えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る