こじか食堂の奇跡/軌跡
清瀬 六朗
第1話 こじか食堂を探して
川路市を訪ねて来た本社報道局長の
「もうあきらめましょうよ」
と声をかけるかどうか。
思い出の場所を見つける。
それが、十年前や、せめて二十年前ならば、容易に見つけられるだろう。
だが、大塚支局長がこの街に住んでいたのはもう三十数年前だという。そのあいだに、大げさに言えば、この国の国土は大きく姿を変えている。
大塚万次郎少年が高校の帰りに
名は「こじか食堂」。
でも、そんな店がそのまま残っているはずもない。
まわりの建物まで含めて、跡形もなく変化してしまっているとしてもふしぎではない。
しかし、入社直後にこの大塚万次郎記者の薫陶というものを受けた七郎には、「あきらめましょう」と声をかけるのは逆効果だとわかっていた。そんなことを言われればかえって意地になるのがこの人だ。
考えた末、
「せめて局に戻って昔の地図を調べてから出直しませんか?」
と言ってみる。
しかしこの人は今日の夜には東京本社の報道局に帰らなければならない。支局に戻った時点で時間切れになるはずだ。
その、親と子くらいの年齢の差がある後輩記者の提案に、万次郎報道局長は
「うむ」
とうなったので、やっと言うことをきいてくれたのかと思った。
しかし。
「そこが高校からの道で、昔、二号線と呼んでたルートだな。こんな直線の道じゃなかったが。そして、そこが
……聞いてない。
「だいたい、ここに一本向こうに入る道があったはずなんだ。それが見当たらないなんて」
「だから!」
と七郎は強く言う。
四月になって急に暖かくなったので、冬物のスーツの下には汗がにじんできた。
「局でその時代の地図を確認しましょうよ」
と繰り返す。
「だいたい、通行人に何人も聞いてみたじゃないですか。そのぜんぶが、こじか食堂なんて食堂は知らない、って言うんですから」
「うむ」
今度は、大塚報道局長は、七郎の言うことを耳に留めてくれたようだった。
ようだった。
が。
「この、いま、
「やめましょうよ」
と七郎が止めると、大塚報道局長は少しばかり色をなした。
「おまえ、報道記者だろう? わからないことがあれば聞いて情報を集める。足で稼ぐ。それが基本じゃないか」
それは、一般論はそうだろう。
しかし、研修時代、指導役だった大塚万次郎記者について取材に回った七郎は知っている。
大塚記者の「空振り」率が高かったということを。
かんじんの情報は手に入れず、よけいな情報ばかり手に入れて、振り回されるのだ。
「だから、情報だったら、局に戻って昔の地図を」
と持論を繰り返した七郎を、報道局長に出世した大塚万次郎はぎろっとにらむ。
まったく。
そんな勘の悪い記者が、なんで本社報道局長なんだ?
というより、もっと勘がよければ、もっと早く局長に出世できていたのだろう。
さっきも、せっかくこの街に来たからと、この街在住の有名なフリーのジャーナリストをアポなし訪問して空振りに終わった。
その家にはたどり着いたが、庭に猫が数匹たむろしているだけで、呼び鈴を鳴らしてもだれも応答しなかった。
そんなひとを相手に「わかりましたよ」と言うかどうか。
言ったら、たぶん七郎がその「清華」という店に聞きに行かないといけない。
めんどうくさい。
そう
ほんとうに風のように通り過ぎた。
そのまま、その「清華」という店の前に自転車を停める。
店の入り口の前ではなく、隣のシャッターの閉まっているところだった。
二人の男性が店の前にいるのに気づいたらしい。
こちらに顔を上げる。
中学生だろうか?
背はあまり高くないようだが、顔立ちはしっかりしていて、幼さがない。もしかすると高校生かも知れない。
少女は一度はそのシャッターの閉まったところから向こうに回ろうとしたが、自転車に鍵をかけると、もういちど、こちらを見た。
男が二人並んで、中学生か高校生の年齢の少女を見つめている。
それに気づいたのか、少女は肩をいからせ気味にしてこちらに近づいてきた。
これは……。
「なんですか? そのいやらしい視線、セクハラですよ」とか言われたら?
もしかすると、『敷島新聞』記者、女子中学生にセクハラ、とか書かれて、他紙に報道されてしまうんだろうか?
いや。記者じゃなくて、報道局長も。
だが、その少女が
「あの、うちの店に、何かご用ですか?」
ということだった。
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