第2話
「私を殺してください。」
微笑みながら私が言うと男は目を丸くした。
「自分を殺せ…?ふっふはははっ…こりゃ初めてのお客だ。まさか自殺の手伝いを頼まれるなんてね。」
「自殺の手伝いではありませんよ。」
高笑いをする男の間違いを私は静かに否定した。
「貴方方には私を殺害して欲しいのです。もちろん、私は殺されないよう全力で抵抗します。全力の私を上回り、完全に私を下して殺して欲しいのです。」
私がそう言うと店主と男はよく分からないという顔をして見せた。だが男の方はすぐに納得したような顔をして酒を1口、口に含んだ。
「君がさっき殺した奴の特徴を当ててみようか?」
男はニヤリと不気味な笑みを浮かべてそう言った。
「殺した人数は5人、いずれも20代後半くらいの幼稚なイキった飲んだくれ。夜道を歩いていた君から金品を奪おうと目をつけたところその顔を見られて拐かされそうになった…肩を組まれた男の首を最初に手で払い捻じ折りその後持っていた小刀で残り4人の喉元を狩り切って声を挙げさせるまもなく殺害…と言ったところかな?」
男がそういうので私は感心した。
「ええ、正解です。流石ですね。」
だがこれは予想通りだ。圧倒的な頭脳、そして私がここに入ってきてから1度も見せない隙…。
「流石…最強の機能者、水篠遥さん。」
私は、この男に会いに来たのだ。
私を超えるかもしれない唯一の男。裏社会にその名を轟かす最強の機能者。
「やはりここに来てよかった…私は貴方に殺されたい。」
抑えられない衝動でうっとりとした顔で言った。
珍しく出た本心であった。嘘ではない。
男…遥はうぇっと気持ち悪そうな顔をした。
「そのまるで救世主でも見たようなうっとりした顔やめてくれない?気色悪い。」
「それはすみません…でも貴方は私の救世主になり得ると本当に信じているのですよ?これは本当です。私を超える、私を殺せるかもしれない唯一の男、私は貴方に殺されるために生まれたのでしょう。」
カラン、と氷の入ったグラスを店主が私の前に置いた。
「どんな案件でも引き受ける…それが我ら黒の万事屋だ。客にそのような態度をとるでない水篠。」
「だってぇこいつキモイんだもぉん鳳さん。」
どうやらこの店の主人は私の予想通りこの年老いた店主の方なのであろう。出されたお酒をカラカラと氷を揺らせて眺めてから1口、口に含んだ。
「貴方、機能者でしょう?それも強力な。」
鳳さんと呼ばれた店主が聞いてくるので私はグラスを置いて答えた。
「はい、そうです。」
「今まで何人、殺しましたか?」
その質問に私は目を丸くした。そして少し考えてからこう答える。
「500人程度でしょうか…肉塊になった元人のことなど考えたこともありませんでしたから。」
私がそう言うとマスターは何も答えなかった。
そして空になったグラスを下げ新しい赤いカクテルが置かれる。あまりアルコールは好まないが出されたからには飲むべきだろう。私はそれを口に含んだ。
「まぁ仕事は仕事だし…仕方ないかぁ。」
水篠はうーんと唸りながら重い体を起こして私に向き直った。
「分かった、君の依頼を受けよう。その代わり依頼が完遂された時にはそれ相応の対価を頂く。対価は金とは限らない。臓器、住居、職、家族…以来の難易度と同価値のものをこちらで指定し支払ってもらう。」
「殺された後で何を取られても惜しくありません。どうぞご自由に。」
「では契約成立だ。」
水篠は席を立つとそのまま私の隣に私を見下ろすように立ち銃口を私の頭に当てた。
「何か言い残すことは?」
水篠がそう聞いてくるので私は答えてあげた。
「そうですねぇ…今その銃を打ったとしても私は勢いよく後ろに倒れて交わしてから貴方の腕を足で高速、後先程男たちを殺した時に使った小刀で刺し殺すので今打つのはやめた方がいいと思います。あなたが銃を撃って着弾するより私の方が早い。」
私がそう教えると水篠はやれやれと言った感じで銃を下ろした。どうやらフェイクのようだ。
「そしてこのアルコールに入れられた毒も私には効きませんよ。ここに来る前に口内に解毒薬を仕込んでおきましたので。」
私はそう言うとゆっくりと席を立った。
そんな私を見て男はまるで初めて玩具を見つけた子供のような目をしていた。
「成程…君の言っていたことが理解出来たよ。この境地に達する人間を僕以外見たことが無い…僕に会いに来てくれてありがとう。えっと…。」
水篠が詰まっているのでは私は出口に向かって進めていた足を止めて振り返った。
「L(エル)とお呼びください我が救世主。私はしばらくこの街に滞在しています。いつでも殺しに来てください。」
「なら僕のことは水篠と呼んでくれ…どうぞよろしくL。」
「えぇ、よろしくお願いします水篠さん。」
こうして、私の祈願が叶うまでの物語が始まった。
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