【AI小説】夢渡りの少年と夢織りの少女

滝飯

第1話 不思議な夢の始まり

春の柔らかな日差しが街を包む午後、田中誠一は鵺瀬堂書店の古びた扉を押し開けた。チリンと鈴の音が響き、懐かしい本の匂いが鼻をくすぐる。


「いらっしゃい、誠一くん。今日も元気そうだね」


店主の鵺瀬幻一郎が、優しい笑顔で迎えてくれた。白髪まじりの長い髪を後ろで束ね、古めかしい眼鏡をかけた幻一郎は、まるで物語から飛び出してきたような風貌だった。


「こんにちは、鵺瀬さん」


誠一は丁寧にお辞儀をすると、カウンターの内側に入り、エプロンを身につけた。高校二年生になった誠一にとって、この古書店でのアルバイトは日課となっていた。


幻一郎が淹れてくれた紅茶を一口すすりながら、誠一は窓の外を眺めた。桜並木の下を歩く人々、自転車で駆け抜ける学生たち。どこにでもある平凡な街の風景だが、誠一にとってはかけがえのない日常だった。


「ねえ、誠一くん」


幻一郎の声に、誠一は我に返った。


「この本、整理しておいてくれないかな」


差し出されたのは、装丁の美しい一冊の本だった。『夢見る少女の物語』──そんなタイトルが金色の文字で刻まれている。


「はい、わかりました」


誠一が本を受け取ろうとした瞬間、ドアベルが再び鳴った。


「あ、いらっしゃい」


振り返った誠一の目に飛び込んできたのは、見覚えのある少女の姿だった。


小柄な体に似合わないほど大きなカバンを抱えた少女が、小さな声で挨拶をする。「こんにちは」


誠一は思わず見入ってしまった。肩につく程度の黒髪は少し乱れ、大きな瞳には年齢以上の知的な輝きが宿っている。幼さの残る柔らかな顔立ちとは対照的に、その表情には何か物思いに耽るような影があった。制服姿から中学生とわかるが、佇まいには不思議と大人びた雰囲気が漂う。


「美咲ちゃん、いらっしゃい」


幻一郎が少女に声をかける。どうやら常連客のようだ。


美咲は少し緊張した様子で、両手で髪の毛を耳にかけた。その仕草に、どこか儚げな印象を受ける。


「あの、『夢見る少女の物語』って本、入荷されましたか?」


美咲の問いかけに、誠一は思わず手元の本を見た。彼女の声は静かでありながら、芯の通ったものだった。


「ああ、それそのものだよ」


幻一郎が笑いながら言う。


「誠一くん、美咲ちゃんに渡してあげてくれるかな」


「はい」


誠一は美咲に本を手渡した。その瞬間、指先が触れ合い、不思議な感覚が誠一の体を駆け抜けた。まるで、どこか遠くへ引き込まれそうな──


近くで見る美咲の顔には、幼さと大人びた表情が交錯していた。長い睫毛の下で揺れる瞳には、どこか憂いを含んだ光が宿っている。誠一は思わず息を呑んだ。


「ありがとうございます」


美咲の声で我に返った誠一は、慌てて手を引っ込めた。


美咲は本を大切そうに抱え、小さく頭を下げると、静かに店を出ていった。ドアベルの音が消えた後も、誠一はしばらく呆然と立ち尽くしていた。


「誠一くん、大丈夫かい?」


幻一郎の声に、誠一は我に返った。


「あ、はい...大丈夫です」


そう答えたものの、誠一の頭の中は美咲との不思議な出来事でいっぱいだった。残りのアルバイトの時間、誠一は本の整理や接客をしながらも、時折窓の外に目をやっては、美咲の姿を探してしまう。


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夕暮れ時、アルバイトを終えて家路につく誠一。頭上では桜の花びらが舞い、春の夜の訪れを告げていた。


「ただいま」


家に帰り着いた誠一を、いつもと変わらない夕食の匂いが出迎えた。両親や妹と、今日あった出来事について他愛もない会話を交わす。しかし、美咲のことや、本に触れた時の不思議な感覚については、誰にも話さなかった。


夕食後、誠一は自室で宿題に取り組んだ。数学の問題を解きながらも、時折、美咲のことが頭をよぎる。なぜあんな感覚を覚えたのか。あの少女は一体...


考えても答えは出ない。誠一はため息をつき、時計を見た。もう就寝時間だ。


歯を磨き、ベッドに横たわる。天井を見つめながら、今日一日を振り返る。鵺瀬堂書店、幻一郎さん、そして美咲...


まぶたが重くなり、誠一は少しずつ眠りに落ちていった。


そして、誠一は奇妙な夢を見た。


見知らぬ図書館のような場所。無限に続く本棚。そして、本の海の中心で、美咲が一人佇んでいる。


誠一が声をかけようとした瞬間、景色が変わった。今度は校庭にいる。親友の啓太が不安そうな顔で空を見上げている。


「おい、誠一...なんか、空が俺たちを呼んでる気がするんだ。でも、怖いんだよな...」


啓太の声は震えていた。その目には、単なる高所恐怖症とは違う不安が浮かんでいる。誠一はふと、啓太が最近部活のレギュラー争いで悩んでいたことを思い出した。


「上に行けば何かが変わるかもしれない。でも、今の自分には無理かもしれない...」


啓太の呟きに、誠一は友人を安心させようと手を差し伸べる。「大丈夫だよ、一緒に行こう」


その瞬間、二人の体が宙に浮き始めた。


「うわっ!マジかよ!」啓太が叫ぶ。


恐怖と興奮が入り混じる中、誠一は啓太の手をしっかりと掴み、一緒に空を舞った。風を切る感覚、遠ざかる地上、広がる青空──それらがあまりにも鮮明で、誠一は夢の中でさえ「これは夢なのか」と疑問に思った。


「誠一、やっぱり怖いよ...でも、なんか楽しいかも」


啓太の表情が、恐怖と喜びの間で揺れ動いている。上昇するにつれて、啓太の顔から不安が消えていくのが見えた。


「見えるか、啓太。上から見れば、みんな同じように小さく見えるんだ」


誠一の言葉に、啓太は目を見開いた。


誠一自身も、この不思議な体験に戸惑いながらも、心のどこかでワクワクしているのを感じた。


目が覚めたとき、誠一の体は薄い汗で覆われていた。時計を見ると、まだ夜中の3時。


(なんだ、夢か...)


そう思いながらも、夢の中の感覚はあまりにもリアルで、誠一は首を傾げた。特に啓太と一緒に空を飛んでいた感覚は、まるで本当に経験したかのようだった。


普通の夢とは、どこか違う。そう感じながらも、誠一は再び眠りについた。


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翌朝。


「おはよう、誠一!」


教室に入るなり、親友の佐々木啓太が声をかけてきた。いつもより明るい声だ。


「おはよう、啓太。なんだか元気そうだな」


「ああ、なんかさ、昨日すごい夢を見てさ。俺が空を飛んでたんだ。最初は怖かったんだけど...」


啓太の目が輝いている。


「お前も一緒にいてさ。で、上から見たら、みんな同じように小さく見えて。なんか、今までの悩みがバカらしく思えてきたんだ」


啓太が話し続ける。


「今朝さ、部活の先輩に声をかけてみたんだ。今までビビっちゃって避けてたんだけど...でも、意外と普通に話せたんだ。練習のコツとか教えてもらっちゃった。これから少しずつだけど、頑張れそうな気がする」


啓太の目には、小さいけれど確かな自信が宿っていた。


「へえ、そうなんだ。良かったじゃないか」


誠一は驚きながらも、なぜか嬉しさがこみ上げてきた。啓太の夢の中で言った言葉が、現実の啓太の行動を少し変えたのかもしれない。そう思うと、昨夜の不思議な体験がより一層鮮明に感じられた。


(これは...いったい何なんだ?)


誠一は困惑しながらも、どこか心躍る感覚を覚えていた。この不思議な体験が、彼の日常を大きく変えていくことになるとは、まだ知る由もなかった。

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