甲蟲転生 ~虫モチーフのヒーローが好きだとは言ったけど、虫にしろとは言ってないよォ!!とりあえずはこのヤバい森から逃げ出すんだ!!~

秋津 モトノブ

序章 芋虫になりまして。

『なるほど、虫がモチーフのヒーローが好き……と』


「あっはい、そうなんですよたぶん。好きなんですけど……なんか記憶が曖昧で、というかなくて」


『ああ、恐らく脳の大部分がアレですので仕方がありませんね』


「アレ……」


 真っ白な、空間にいる。

いや、真っ白なんてもんじゃない。

白い光に満たされていて、眩しい以外の感想が出てこない。


「あの、名前とか性別とかも全然わかんないんですけど」


『こちらにもその情報は来ていませんね。まあ、気にしないでください……ソレはあまり重要ではありませんので』


 それで……気が付いたら、綺麗な女の人っぽい声に面接?されている。

分からないことだらけで、なんか逆に落ち着いてきた。


 さっき言ったように、自分のことが何一つわからないんだ。

『ボク』が何なのか、何をしてきたのか、なぜこんな有様になっているのか。

それら全てが、どれだけ頑張っても何も思い出せない。


 ぶっちゃけ『お前は2分前に作られた存在』だって言われても、『ああそうなんすか』と納得できるくらいに……『自分』がないのだ。


『好きな食べ物はなんですか?』


「あー……麺類?ですかねえ」


 それで、この声だ。

この状態を自覚してから、どこからともなく話しかけてくるのだ。


 これはアレだな?大ブームになってる異世界転生だな?なんて一瞬テンションが上がったけど……聞かれることは趣味とかそんな感じ。

バイトの面接だって、もう少し突っ込んだことを聞くでしょうよ。

バイト、してた記憶ないけどさ。

概念だけは知ってる。


 なんだろうなあ。

社会の常識とか、学校とか会社とか、そういうのは覚えてるんだよ。

でも、それに関する『記憶』がない。

『小学校』という概念は知ってても、『小学生だった自分』の記憶がないんだよ。

ままならないなあ、この状態。

どういう感じで脳にダメージを受けたら、こんな面倒臭い状況になるんだろう。


『嫌いな食べ物は?』


「う~ん……パクチーですかねえ、食えないってことはないんですけど……」


 なんだこの会話。

面接じゃなくてお見合いかな?

相手は綺麗な声だけど……果たしてボクは『どっち』なんだろうか。

ボク、っていう一人称だから男性なのかな。

でもなあ、多様性の時代?だからなあ。

ひょっとしたら女性かもしれない。

だからなんだ、って話なんだけど。


『それで、これから転生なさるわけですが』


「あ、やっぱりそういう話なんですね」


 また急にぶっこんでくるなあ。

唐突すぎるよ。


 でも、転生とかそういう概念はわかるんだよな。

サブカル方面に詳しい人生だったんだろうか、ボク。


『こうして意思疎通ができるようになるまで、結構な時間が経過しましたので。そろそろ頃合いかと』


 脳味噌がどうとか言ってたし、ボクは本当にどんな状態で死んだ?のだろう。


「そうなんですか?ボクの認識では5分も経ってないんですけど」


『ここでは時間の概念が外界と少しズレていますので』


 ほーん、成程。

何もわからないということだけはわかった。


「えっと、絶対転生しないといけないんですか?」


『いけない、ということはありませんが……断った場合あなたは即座に消滅することになりますが?』


 うーん、それは嫌だ。

僅か5分前に産まれた自意識?だけど。

だからこそ、この状態で消滅しちゃうのは嫌すぎる。

人生RTAじゃないか。


「あの、じゃあするとして……その、何かこう、選べるものとかありますか?」


 スキルとか、魔法とかそういう感じのアレ。

いや、行く先に魔法があるとは限らないけども。

でも、選べるなら選びたいじゃない。


『申し訳ありません、公平性の観点からそれは出来ません』


「公平性」


『これは、言ってみればレースのようなものですから』


 レース?

なにそれ、異世界でカートでもさせられるの?


『分かり易く言えば、ガチャです』


「ガチャ」


『ランダムに選ばれた材料を元手に、どれだけ世界に影響を及ぼせるか……という、競争のようなモノです』


「死にゲーに転生するんですか?ちょっとロックすぎるでしょ」


 せめて種族くらいはキャラメイクさせて欲しいなあ。

パラメーターまで振らせてくれれば御の字だけどさあ。


『結果は神のみぞ知る、です』


「あなたが神様的なアレじゃないんですか?」


 これから転生しまーす、とか言うんだからてっきりそうじゃないかと。

じゃあこのヒトIS何?


『ジャンル的にはそうですが、私は神の部下の部下の部下……くらいですかね。言うなればアレです、大企業の孫請けみたいなものです』


「急に世知辛さが」


 なんか身につまされる。

ボクはひょっとしたら、零細企業のサラリーマンかOLだったのかもしれない。


『まあ、そこらあたりの事情はおいおい説明をしていきますので』


「あれ、転生したらバイバイ!みたいな感じじゃないんですね」


 意外とユーザーフレンドリーだ。

ユーザーってなんだよ。


『上の方は分業制ですが、私はワンオペなので』


「また更に世知辛い」


 なるほどなあ……なんか、神様の世界も色々大変だなあ。


『おや、同情していただけるのですか』


「そりゃまあ、ボクの人生で唯一の知り合いですしね」


 自意識発生5分少々のボクです。


『これから長い……かもしれない時間を共にするかもしれませんし、円滑なコミュニケーションは重要ですね』


「何故含みを持たせるんですか」


『そこはそれ、あなたの頑張り次第ですので』


「転生した瞬間にデスる可能性もあるんですが。海の上にポーンとかそういう感じで」


 それだと、さすがにどうにもなりませんぞ。

人生RTAどころか異世界転生RTAになってしまうんだけど。


『ああ、そこはご安心を。転生地点は肉体に左右されますので。例えばあなたがミジンコになれば、水の中スタートです』


「例に出した生物が嫌すぎる」


 せめてもう少し大きい動物になりたいなあ。

生まれた瞬間にパックリいかれそうじゃないですか。


「泣いても喚いても駄目ってことですねえ。先程の言い方だと、人間以外にもなるっぽいですし」


『そうですね。ルールを決めたのはそれこそ神様ですし……ほんの少し、恣意的な誘導も可能ですが、本当にほんの少しです』


 なんだろう。

ミジンコかケンミジンコか選べる的な?


『ああ、そういう感じです』


「外れて欲しかった、この想像だけは」


 恣意的って言うから期待したじゃん。

それもう誤差だよ、誤差。


『まあ、先程からの質疑応答であなたの嗜好はある程度把握しましたので。なるべくそれに沿う形でできるように奮励努力してみます』


「質疑応答の記憶が曖昧なのですが?」


 特撮が好きですって話しかした覚えがないぞ。

あ!でも待てよ?

特撮ヒーローなら結構強くて格好いい存在になれるかも?

ヒーローじゃなくても、『特撮』っていう括りなら最悪大怪獣でもいい!

どちらにせよ強いし!

異世界大怪獣転生……絶対に強い!

これは戦わずして勝ったかもわからんねえ!


『――あ、時間切れですね』


「嘘でしょ」


 もうちょっと前もって教えてくださいよ!

社会人にとって報連相は大事なんですよ!

社会人だったどうか定かじゃないけど!!


『時間凍結を解除。規定現実αへ移行します』


「えっなんか急にSF色出してくるの不穏なんでやめてくださ―――」


 眩しさがオーバーロード。

あっという間に視界も、思考も、白く塗りつぶされていく。

せめて心の準備をさせてくださいよ~!!



・・☆・・



 ……むむむ。

なんか、草の匂いが凄いする。

よかった、初手大海原スタートだけは回避できたか……


 ……視界が真っ暗なんですが。

え?土の中とか?

……あっ違う、なんかぼんやり見えてきた。


 緑、緑、ああ一面のクソ緑。

視界が緑一色だ。

これどうなってんの?草原に埋まってるの?ボク。


 んぎぎぎ、なんか……体がむっちゃ、重い。

腕も足も感覚がない……ていうかなんだろう、感覚どころか『大本』がない気がする。


 それでも匍匐前進的なムーブはできるので、なんとか前に進む。

ボクの身長よりも高い草をかき分けかき分け、前に進む。

現状草しか見えないもん、周囲の状況を確認しないと死んじゃうよ。


 あ、それと声も出ない。

口はあるけど、パクパクするだけでなにも出ない。

なんだろう……行動すればするほど嫌な予感は加速するばかりだ。

減速していただきたいよう。


 急に、視界が開けた。

草の林を抜けたみたい。


 抜けたみたい……だけど……


 でっか!!木がでっか!?

え!?山!?

木みたいな山ですか!?


 ボクの目前には、天まで届くんじゃないかってくらいのクソデカ大木が乱立している。

は~……さすが異世界だよ。

スケールが大きすぎる。


 ……いや、いやいやいや。

今凄く嫌な想像に突き当たってしまった。


 ……これさあ、ボクが小さくなってるんじゃない?

モノがデカいんじゃなくてさ。


 なんでそう思うのかって?

だって――


 ボクの視界にある、クソデカ葉っぱ。

そこに、水の粒が乗っている。

それには、周囲の風景が写り込んでいた。


 ……嘘でしょ。

嘘でしょお!?!?


 

 ――そこに映っていたボクは……兜っぽい形状の頭部をした、一本角を有する真っ黒な芋虫だった。

対象物がないからよくわからんけども、たぶん10センチ以上20センチ未満。



 虫モチーフのヒーローは好きだけど、虫になりたいとは言ってないよォ!!

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