1-12

「どうしたんですか⁉」

 火事場に駆けつけると藤井と加藤が睨み合っていた。

「社長! この子、汗が落ちるからマスクしろって言ってるのに聞かないのよ!」

「暑すぎなんですよ! だいたい……どうせ塩入れてるし煮沸してるし数滴汗が入ってもどうってことない!」

「あなたねぇ……他人の汗が入ったジャム食べたい? ちょっとは他の人の事も考えたら⁉」

「うち、ジャム嫌いなんで食べないですから」

 目を見開いて挑発的に言ってのける加藤さんを見て藤井さんは顔を真赤にすると、なぜか僕を睨みつけて叫んだ。

「社長! もう限界です! この子と話してたら頭がおかしくなりそう!」

 そう言って藤井は自分の持ち場に戻ってしまった。

 仕方なく僕は加藤さんを連れて事務所に行く。

 椅子に座らせ僕が向かいに座ると、彼女は足を組んで視線を逸らした。

「加藤さん。暑いのはわかるけどこれは大事な規則だ」

 僕はマスクを見せながら言った。

「異物混入が発覚したら、取引を停止されるかもしれない。そうなったら、ここの従業員全員が仕事を失うことになるかもしれないんだよ?」

「そしたら皆、コンビニでバイトすればいいじゃないですか。別にこんな工場、有っても無くても一緒じゃん……」

「あのねえ加藤さん。そのコンビニをクビになってうちに来たんでしょ? 皆がコンビニで働けるわけじゃないんだよ?」

 さすがにイラッときて、僕は彼女を睨みつけて言った。

 彼女はそんな僕の方をちらりと見てから「説教だる……」と呟き、それっきり黙りこくってしまった。

 埒が明かないので、持ち場に戻るように言い話を切り上げる。

 彼女は何も言わずに事務所を出ていくと、物凄い音を立てて乱暴に戸を閉めた。

 はぁ……

 あんなふうに思った通りに振る舞えれば、少しは楽なのだろうか……?

 ある意味で彼女は強い。

 周りからどんなに疎ましがられても、白い目で見られても、自分のしたいようにする。

 僕には無理だった。

 当たり障りなく、敵を作らず、そうせずにはいられない。

 いつまでも自分の発言にくよくよ悩むし、ネガティブな気持ちや情緒が反映された目や表情を見ると、瞼の裏に焼き付いていつまでも離れない。

 その結果、損な役回りばかり巡ってきても、いい人止まりで利用され続けても、作り笑いを浮かべて引き受けてしまう。

 そしてとうとう団子になった過去の行いが、文字通り負債となってのしかかっていた。

 弟に勧められて会社名義で買った株は、先日の大暴落で吹き飛んだ。

 ブラックマンデー超えの大暴落は、余力の無い弱小投資家達の財産を根こそぎにしたかと思えば、しばらくするとケロリと元の水準近くまで回復した。

 高いレバレッジをかけていたせいで、多額の追証を払う羽目になり、さらなる暴落に備えて手仕舞いした後の回復だった。

 プール金に手を出して追証を支払った結果、今度は借入金の返済が重石となって必要経費を圧迫し始めた。

 原材料の在庫はわずかしかない。ひずみは次々と伝播している。

 何とか低金利の融資を探さなくては……

 気がつくと机に突っ伏していた。

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