第25話 鹿島朱美の考え。

鹿島朱美は路線変更に出る。

市原黄汰に復縁を迫る前に、広島紫に身を引いてもらう事にした。


市原黄汰のネガティブキャンペーンを行い、嫌な点をアピールしていく。


鹿島朱美は「本当、ズケズケと言ってきて嫌になっちゃう」と言うと、今のように言い当てる事から始まり、適当に作った料理を市原黄介の為に手を加えて直してしまったり、買い物や料理も市原黄汰の方が鹿島朱美よりも優れていた事、気が休まらなかった事なんかを持ち出して、広島紫に「そう思うわよね?」なんて急に同意と相槌を求めてくる。


広島紫は聞いていられなかった。

市原黄汰は息子の為にキチンとしたものを食べさせたい気持ちから料理をする。

それは母の味噌鍋を再現した時に手を貸してくれた事で理解していたし、買い物も何も限られた時間で早く片付けてしまいたい職業病のようなもので、問題なんてない。

逆に学びたいとすら思う。


市原黄汰が広島紫の気持ちを代弁するように「君の望んだ答えは返ってこないよ。君は自分を最上に位置付けて、君がやる自由を求めた家事を感謝して受け入れさせたい、それでいて意見も何もされない、家に入るお金の全てを自由に使いたいなんて、広島さんは思わない」と言う。


確かに全てその通り過ぎた。

言葉を選べば不器用になるが、器用に立ち回ることを面倒臭がり、努力を怠ってきた鹿島朱美という女は、本来皆が行う就職活動とパートナーがいる存在の両立を放棄した。

そして努力を求められた就職活動を半ば逃げるように放棄して、市原黄汰の妻の座に就いた。


妻としての責任よりも、自由を満喫した。

自由を阻害する市原黄介の育児を、黄介の為ではなく、自身のアクティビティの一環だと考えるようにした。

そして市原黄介が言う事を聞かなくなり、育児に飽きた頃、大きくなった事を理由にして仕事をするようになった。

自分の小遣いとして十分な額を手にして、そのお金でスーツと鞄、家でも仕事ができたらという名目でノートパソコンを買い、スーツ姿で毎朝出かけていくのは、黄介の同級生の母達がママチャリでパートのスーパーマーケットに出勤してエプロン姿で働く事の何倍も輝いてみえた。


仕事だからと言って、出たい飲み会には率先して出た。

嫌な予定には「今日は子供のことがあるから」と断ることで、調子よく立ち回った。

それは独身になったらことごとく崩れ去っていった。


輝いて見えた、ノートパソコンも休日に仕事を持ち込む邪魔なものに変わり、スーツと鞄もメンテナンスとクリーニングが求められる金食い虫になった。

認めたら負けだが、ママチャリでパートのスーパーマーケットに出勤してエプロン姿で働く同級生の母達の方が金もかからず、金も残せている気がしてしまった。


そもそも独身になったのも、市原黄汰が自分を自由にしないから、自分の家事に注文も付けずに不味かろうが手抜きであろうが、出されたものに感謝をして食べればいい。

市原黄介にしても、悪い部分は全部父親の黄汰に似てしまった。

自分の小遣いを増やそうと誤魔化した精算にしても、「母さん、母さんの買い忘れの洗剤を買ってきてくれたのは父さんだよ。キチンとレシート貰って、お金を払いなよ」なんて言うし、料理も「母さん、父さんが洗わなくても使える野菜でも、洗った方が臭いが消えるって言っていたんだから洗いなよ。臭いよ?」、「母さん、賞味期限は守りなよ。後は冷蔵しないと腐るからキチンとしまいなよ。それで賞味期限が切れたら捨てなよ。そもそも捨てないで済む量を買いなよ」なんて冷蔵庫を開けて文句を言う。


ならやり切ってみろと言いたいが、それこそ市原黄汰はやり切ってしまう。

そうすると黄介は「ほら、父さんはやれたよ」なんて言ってくる。

憎々しい。忌々しい。


様々な記憶と感情で、みるみる顔を歪めた鹿島朱美は市原黄汰を睨むが、市原黄汰は何事もない顔をする。


今はとりあえず復縁して生活を上向ける必要がある事を思い出して表情を元に戻す。


「私は元妻なの!」

「君が自分の意思で出て行ったんだ」


「復縁してやるって言ってるの!」

「私はそれを望んでいない。それに君の言う復縁は、君に都合の良いもので、飽きたりお金の目処が立てばまた出ていく」


「いいから復縁しなさいよ!」

「断るよ」


鹿島朱美はそれならと思い、広島紫に「別れなさいよ」と言ったが、広島紫は無視を決め込んでくる。

息子とそう歳の変わらない子供に無視されて、腹立たしい気持ちになる。


それなら


そう思った時、「それなら自分を傷つけてやるなんて、命の盾を持ち出してもダメだよ」と市原黄汰は言うと、「黄介、今晩は帰ってくるよね?連絡してから帰っておいで」と市原黄介に言い、「広島さん、遅くなってしまったね。帰ろう」と言って伝票を持って外に出てしまう。


今まさに、復縁しなければ自傷すると声を張る所だった鹿島朱美は、何も言えなくなっていた。


市原黄汰は外に出ると「すぐに別れるとか、消えていなくなるとか言うんだ」と言って呆れ顔をする。


「あの…」

「なに?」

「復縁した方がいいのでしょうか?」

「それはしないよ」


そう言われても、市原黄介の親として縁が残るのに、自分がいてもいいのだろうか?

広島紫は少し怖くなっていた。

そして、今はもう一つの疑問があった。


「市原さん、鹿島さんは元々あんな感じの人だったのですか?」


市原黄汰にもわかっている。

もう何十回と店で元妻を知るアルバイトや同僚たちからされてきた質問。


「うん。結婚したら変わるかと思ったけど、変わらなかったよ」

「…よく結婚を決意されましたね」


市原黄汰は照れるように、かつての自分を思い出して呆れるように、「本当だよね。流石に昔のブラック体制の中で、10連勤とかしてるとマトモな判断なんて出来なくなっていて、これでいいのかもなとか思ったんだよね」と言って笑う。


「まあ、冷めやすい人で、今の話も保って1ヶ月だから、1ヶ月したらまた2年くらい消えるよ。平気だから気にしないでね」

「はい。わかりました」


市原黄汰が言う事を信じる事にした広島紫は素直に返事をする。

1ヶ月くらいなら、お盆もあって会う日も殆どない。その間にあの鹿島朱美が飽きて遠くに行くのなら、それはそれだと思っていた。

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