第19話 子供の立場から見た父。

市原黄汰は広島紫と息子の黄介と家に入る。

広島紫は二度目なので、一度目特有の動きがなくて市原黄介は訝しんでしまう。


お茶の支度を黄介がやろうとするのを、市原黄汰が「少しレイアウトを変えたんだ。黄介じゃわからないから私がやるよ」と立ち上がると、寄り添い助ける広島紫。


嫌な予感がムクムクと膨らむ中、着席した市原黄汰は「お付き合いしている広島さんです。外では言えないんだけどね」と言った。


だが、これは市原黄汰自身も「言うべきなのか?言える関係なのか?」と黄介に会ってからこっち、左半身の痛みなんて吹っ飛ぶほどに悩んでいたし、広島紫もキチンと紹介してもらえるとは思わずに、驚きと喜びでどんな顔をしているかわからなくなっていた。


そして黄介は嫌な予感が的中してしまい、「何やってんだよ48歳ぃぃ」と言いたいのを抑えながら、「は…、はぁ」と間の抜けた返事しかできない。


「まあ、広島さんは店に戻らないといけないから、お茶飲んだら行くから、今度キチンと一度会おうね」

「おい!?これで終わらせんのか?気になって夜眠れないよ!」

「おいおい、ダメだよ引き留めたら、これからディナータイムなんだから、皆に迷惑かかっちゃうよ」

「それを引き留めてお茶に誘ったのは父さんだろ!?」

「それとこれは話が別だよ。お茶も出さずに帰したら失礼なんだよ黄介?」


無茶苦茶なやり取りの後、折衷案として、市原黄介が広島紫を駅まで送っていく際に少し話をしたいという事だった。


市原黄汰は広島紫と市原黄介を見送ると、スマートフォンを取り出して、激戦区の店長に電話をして、今着いて広島紫が帰った事、息子の黄介が事故を聞いて戻ってきてくれて、駅まで広島紫を送ったから迷わないと思う事を告げてお礼を言った。



・・・



市原黄介と広島紫、この並びこそカップルに見えてしまう。

だが、市原黄介は市原黄汰と比べると若いと言うより幼い。

今もソワソワとしながらどうやって切り出そうかと考えている。


なんとか無言の間に考えをまとめてしまいたい。

だが、考えはまとまらないし、広島紫はまるで市原黄介が見えないような振る舞いをしている。


ようやく市原黄介が聞く事が見つかり、口を開いたのは商店街の入り口だった。


「あの…」

「はい?」

「…父さんから付き合いたいって?」

「いえ、私から申し込みました」


おいマジか?

市原黄介の脳内では、市原黄汰が独身の寂しさから、部下の子に迫ってしまった事になっていた。

出鼻を挫かれた。


脳内では勝手に、仕事上の付き合いもあり、断りにくい広島紫は嫌々付き合っている事にしてしまっていて、「嫌なら父には代わりに言いますよ」くらい言うつもりでいた。


だがまあ、口を開けば話は違う。

広島紫も今のやり取りで、市原黄介が誤解している事を見抜いたので、駅までのわずかな時間で何があったかをきちんと説明する。


市原黄汰の人柄、キチンと仕事をして、キチンと人を推し量れて、そして細かいケアも忘れない。

その優しさに触れた時、広島紫は勇気を振り絞って告白していた事。


市原黄汰は一度は断ってきた事、そして付き合っていると言っても連絡の相手、記念日を共に過ごす相手なだけで、肉体的接触はほとんどない事、性交渉もない事、それでも市原黄汰は今日まで付き合ってくれている事を説明した。


広島紫は最低限伝えられてホッとした気持ちで、「駅までありがとうございました。それでは仕事に戻ります」と言って駅に消えていく。


残された市原黄介はひどく混乱してしまう。

家に帰るまでの間、父の落ち度を探してしまう。

そうしないと、あの広島紫は何故父と付き合っているかに納得がいかなかった。



・・・



戻ると父は部屋着姿になっている。

もう何処にでもいる、the中年。

どうやって若い子と付き合った?


そんな考えも出てきてしまうが、馴れ初めは広島紫から聞いた。


市原黄汰は「お帰り黄介。ありがとう」と言ってお茶を淹れなおすと、少し話させて欲しいと切り出して、広島紫との9ヶ月を話してきた。


嘘偽りなく、全く同じ話。

広島紫と違うのは「なんでか広島さんが私を気に入ってくれたんだ」と、広島紫が市原黄汰の何に惹かれたのか、わかっていない事くらい。


「言わないでごめんね。言ったほうがよかったかな?」

「そりゃ成人式で帰省した時に言ってくれてもよかったんじゃない?俺が居ても普通だったよね?」

「ああ、広島さんとはたまに出かけたり食事をするけど、基本的に朝昼夜にメッセージするだけだからね」


それは本当に付き合っているの?

そう聞きたかったが、追求は野暮ったい。


市原黄介は言葉を飲み込むと「そうだ。母さんには父さんが事故に遭ったって連絡したよ」と言う。


市原黄汰は少し微妙な笑顔の後で、「えぇ?言わなくてもいいのに」と言い、「きっと『なんで言うの?』、『もう無関係なんだけど』、『きっと全部自分でやれるわよ』、『それでも困ったら電話しなさい』って言われたんじゃない?」と、そう続けた。


なんという確度。

その通り過ぎて思わず「お見事」と言いたくなった。


話の流れで市原黄汰は「悪かったね。バイト先の人達にもお礼を言っておいてね」と言うと、「せっかく帰ってきてくれたから、お寿司でも取ろうか?」と微笑む。


市原黄介は、母が、母の言葉を予言のように言い当てた、この穏やかで優しい父の何が嫌だったのか、何が嫌になったのかが未だ分からなかった。


だが母は昔から頑固でワガママ。

世界を自分かそれ以外かでしか分けられない。

他人の入り込む隙間もない。

それでも父はよく20年もやれたと思う。


そして広島紫を思い出し、わずか数歳歳上の母親はなんとなく困る気がしてしまう。

小さく唸ると市原黄汰も唸っている。


「父さん?痛むの?」


市原黄介の言葉に、市原黄汰は「いや、宅配イーツとぶつかったのに、宅配寿司って縁起でもないかな?」と言った。


「宅配寿司なら、持ってくるのは専用の人でしょ?大丈夫だよ」


呆れながら返すと、市原黄汰はそれならと言って寿司を頼んでくれた。

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