第3章・新しい日々。

第17話 新年度の始まり。

市原黄汰と広島紫のよくわからない交際も、もう9ヶ月近く続いている。


もうすぐ次の新卒が店舗に入ってきて、また人事異動がこれでもかと起きて、市原黄汰はトレーナーとして、新人たちに最初の研修所での勉強会を終えると、各地のトレーニング店舗に新人たちを配属した後は、広島紫のような先輩達に後を任せてOJTをしていく。


そして今年は急遽だが、新卒達に配られるトレーニングマニュアルの最後に、【あなた達の次の代の為になります。店長や先輩方、店舗運営の妨げにはなりません。あなたが気づいた点、直した方がいい点、困った点を自由に記入してください】と書いた。


そして市原黄汰はそれを、研修所で配った際に読み上げた。


「店舗運営はマニュアルがあっても人が行います。社員の得意不得意、土地柄、アルバイトさん達、それらによっても変わってきます。それが自分に合えば、それを自由に書いてください。逆に合わなければそれを書いてください。別に店長達への査定に影響は及ぼしません。あなた達に何があるわけでもありません。ただ、来年の新卒の皆さんが健やかに学べる環境作りの一助です」


手に取るようにわかる不満の空気。


市原黄汰は少し呆れ気味に、「ですが、それが後々の自分の為にもなります。気持ちよく優秀に育った仲間と仕事をすれば、キチンと休みも取れるようになります。面倒臭がらず、キチンと書いてください」と言うと、何人かは気持ちの良い返事を返してくれた。


市原黄汰は広島紫と夕飯を食べた際、設問を増やした事を話し、周りの本部社員達からも「良い質問」、「よく気が付きましたね」と褒められた事を伝えると、広島紫は少し嬉しそうに「はい。良かったです」と返した。


広島紫はこの春に激戦区へと戻された。

だが、激戦区はかなり変わっていて、混雑は仕方ないが、休みも労働時間とキチンと他店舗並みに確保できていた。

それもこれも指導が生きている証左だった。


エリアマネージャーは広島紫の激変ぶりに驚くが、広島紫自身は何も変わっていない事、本当に相性みたいなモノがあると市原黄汰から指導を受けていた。


「菅野くんは仕事こそできましたが、心構えが広島さんとは違ったのでしょう。いくら優秀でも組み合わせによっては、実力が発揮されません」

「本当ですね。広島はあの時新店舗のオープニングスタッフに選ばれて良かったです」


その菅野篤志だが、市原黄汰が異動先のエリアマネージャーと話した時には微妙な立場になっていた。


評価は優秀だが、それ以外の評価が付けにくい。

菅野篤志のいる店は売り上げもいい。

売り上げがいいというのはリピーターがいる事で、それはキチンと店舗運営ができている事に他ならない。

そして食材費と人件費のバランスもキチンとやれている。


だが、かつて激戦区の名ばかり店長をしていたような人間の下でばかり働きたがる。

統括すれば簡単な話で、責任は店長に任せて、権力は持ちたい。

激戦区の時とやっている事は何も変わらない。


本人の正しい成長も期待できなくなるし、店長が楽を求めて菅野篤志の増長を許してしまう。


本来ならまだ店長の下でキチンと仕事を覚えさせていくべきなのだが、菅野篤志に関しては致し方なく、そこそこの売上の店で1人社員、1人店長をやらせる事になった。


これは決して出世ではなく、扱いに困ってやっている事になる。

出世の場合なら、このまま1人店長をやらせて、部下を持たせて経験を積ませるが、エリアマネージャーの読み通りなら、限界を知り、挫けた菅野篤志を店長から降格させて失敗を経験させる事になると思っていた。



特に市原黄汰と広島紫に仕事上の接点はない。

時折、近くの店舗に顔を出したついでで、市原黄汰が店に顔を出してニアミスする事はあるが、それ以上はない。


繋がりはスマートフォンでのやり取りのみ。

スマートフォンの中でメッセージを送って既読が付いて返信が届く。

スマートフォンが無ければなんの連絡もできなくなる。

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