第7話 早いクリスマス会。

11月になった。

市原黄汰と広島紫の仲はいまだに続いている。


本当に友達以上恋人未満の表現がピッタリで、連絡頻度やスマートフォンの写真を見れば恋人と思われるし、だが一度も手すら繋いでいない関係を聞けば友達と思われる。


冬のボーナス時期。

キチンと査定に関われる立場にはいないが、トレーナーとして関わった人間の査定はキチンと提出していた。


気が重いのはマイナス査定を付けた数人は、本当に目に見えて評価ダウンしているし、プラス査定を付けた数人は評価アップをしている。


広島紫は自身のプラス査定の他にも、今の店舗では店長との相性もよく、キチンと能力に見合った評価がついていた。


だがまあ、あの店舗に社員3人は不適正で、新店半年だから諦めているが、人件費の面でどうしても売り上げを圧迫してしまっている。


この場合、ホールに立つ店長とキッチンの社員を残せば、出ていくのはホールの広島紫になる。


広島紫もその事は理解していて、異動については前向きに捉えていて、市原黄汰に「市原さん、異動になるとしたらいつ頃にどこら辺ですかね?」と質問をしていた。


「あっても年始かな?まだ具体的な話は出てこないよ」

「そうですか」


「何か希望はあるの?」

「いえ、気になるのは異動先が忙しすぎて休めなくなると、市原さんに会えなくなります」


ぶっきらぼうにも思えるが、可愛い素振りで話す広島紫はとても可愛らしかった。



・・・



賞与明細が届いた広島紫は「クリスマス、前倒しで何かしませんか?」と誘ってきた。


「何か?」

「はい。是非一度、ウチに来ませんか?お鍋をしましょう」


何かじゃないじゃないか。

市原黄汰はつっこみたい気持ちを抑えて「家に?」と聞き返した。


「はい。いつも外です。どうぞいらしてください」

「悪くないかな?」

「嫌なんですか?」


嫌とかではなく、プライベートエリアに入られたら嫌がる人はいる。

そういう人間を知っているから気を遣っただけだった。


「嫌じゃないよ」

「では次に休みが合わさった日に来てください」


そして休みはすぐに合う。



まあいいけど…と思いながら、市原黄汰は指定された京成青砥駅に行った。


京成青砥駅は悪くないと思う。乗り換えは求められるが、それでも大体のところに行くことができる。


「お待ちしてました」と現れた広島紫は、地元だからか普段よりラフな格好をしていた。


「こちらです」の言葉に連れられて行き、着いたのは青砥と呼ぶべきか、立石と呼ぶべきか、京成線沿いの1LDKだった。


キチンとオートロックのある2階の物件で、表札はキチンと広島にしてあった。


家は本当に性格が出る。

本当に片付いている広島紫の部屋は余計なものがない。


まるでホテルの部屋のような、広島紫が連れてきたこの部屋は自宅ではなく、間借りしているのではないかと思える部屋だった。


広島紫は椅子派ではないのか、ローテーブルにご飯の用意がしてあった。


「早いクリスマス会って言っていたから、お土産にケーキです」


市原黄汰はそう言って土産を渡すと、「良かったです。市原さんなら買ってくれそうだったので、買わないでいました」と言って素直に受け取ると冷蔵庫にしまいに行く。


何事かと思えば、広島紫は家で鍋がやりたくて市原黄汰を誘っていた。


「この前、お鍋とガスコンロを買いました。1人だと持て余すので、やはり市原さんとお付き合いできて良かったです」


それは付き合っていると言えるのか?

そう思ってもなにも言わない。


広島紫は「お鍋を食べるためには実家に帰る必要があったので、今までは大変でした」と言って鍋に火をかけると、「ビールにしますか?お茶にしますか?」と市原黄汰に聞く。


市原黄汰が「広島さんが飲むなら貰うけど、飲まないならお茶にします」と返すと、広島紫は「では飲みましょう」と言い、ビールを出してきた。


鍋は大きいが、中身は少なく用意されていて、それ以外のおつまみを食べながらビールを飲む。


ペースはグランピングの時と同じスローペースで、違うものといえば、BGM代わりに広島紫が再生したDVDがあるくらいだった。


平日の夜に数分だけやる、電車が世界中を回る番組のDVDを再生して、たまに映像を見て楽しそうにビールを飲む姿は、広島紫そのものに見えた。


味噌鍋はとても美味しい出来で、広島紫は料理もできるのかと思ってしまったのだが、その広島紫の顔は不満顔で、眉間に皺まで寄っている。


「広島さん?どうしたの?」

「…実家の味と違っていて物足りません。レシピも母に聞いて作った通りなのに…」

「え?十分美味しいよ?」

「いえ、母の味噌鍋に比べると劣っています。市原さんに是非食べてもらいたかったのに」


あまりにも広島紫が怒っているので、市原黄汰は話題を逸らすためにも、「レシピって見せてもらってもいい?」と聞く。


スマートフォンから出てきたレシピを見た市原黄汰は、肩を落として呆れてしまう。


豚バラ適当。

ネギ適当。

にんにく適当。

味噌、酒、出汁、白菜も何もかも適当。


もう適当祭りだった。

それでよくここまで作れた事を褒めてあげたくなる。


「なるほど、調味料は実家と同じ?」

「はい」


広島紫は鍋の中を見てため息をつくと「市原さんと美味しい味噌鍋が食べたかったのに」と呟く。


普段見せる姿とのギャップに、つい出来心で市原黄汰は聞いてしまう。


「その理想の味噌鍋とはどう違うの?」

「もう少し甘みがあって、コクもありました」


市原黄汰は「うん」と言うと、「キッチン借りるね」と言ってキッチンに立つと、フライパンを使って砕いたにんにくを胡麻油で炒めて、顆粒スープに砂糖と味噌に胡椒を混ぜてスープの足しを作って味見をすると、「広島さん、良かったらこれを足してみようか?」と声をかけた。


広島紫は訝しげに自分の器にだけ追いスープを足して味見をすると、表情を輝かせて「大分近いです!」と喜んだ。


「じゃあ、これを足して、もう一度温めようか?」


鍋を煮ている間、広島紫が「凄いです。どうしてわかったんですか?」と聞いてくる。


「ほら、一応トレーナーはキッチンの事もひと通りできるしさ、店舗勤務時代にキッチンにも入ったしね。昔は調味料が無くなって自作とかして切り抜けた事もあったしさ」


今でこそ働き方改革が進んでSNS社会になり、風通しがだいぶ良くなったが、昔はブラックと言えば飲食なんじゃないかと市原黄汰は思っていた。


注文が入っても食材不足で売れないなんてミスは許されず、特に調味料不足なんてものは一番許されずに、なんとか店の調味料で再現したりもしていた。


その事を思い出して、四半世紀も過ぎると笑い話になるもんだと思っていて、そんな中、その経験のない広島紫は尊敬の眼差しで市原黄汰を見てしまっていた。

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