第1章・お互いを知る日常。

第4話 〈溢れる《可愛げ〉のなさ》。

広島紫と付き合って2週間が過ぎた市原黄汰。

生活に特段変化はない。



定時連絡のようにスマホにメッセージが届き、女の子らしいスタンプが届く度に、メッセージにはメッセージ。スタンプにはスタンプを送る。


そもそも、広島紫にはコミュニケーション能力が少し足りない。


厳しい言葉は言いたくないが、同年代とは辛いだろう。

仕事人間で、メッセージも業務連絡に近い。


ディナータイムの売り上げや、急病で休んだアルバイト、新人の教育方針の連絡なんかがメインで届き、後は[明日は本部ですか?]、[私はオープンです]なんて入ってきて、月内の予定表が出ればそれを送ってきて、予定表にあわせて休みの前の日に食事に行き、休みが合えばどこか行きたいと言われる。


後は[おはようございます]、[お疲れ様です]、[おやすみなさい]くらいなものだ。


そして、この距離感と関係は市原黄汰にも結構ありがたいもので、生活に張り合いが出てくる。


だがまあ、恋人とのメッセージとしては物足りないだろう。

好きだのなんだのは聞こえてこないし言われない。


「まあ、飽きられて終わって、その後は………辞められると困るなぁ」


そんな独り言を風呂の中で言ってしまう。

明日は休みが合った日で、遅い昼飯を食べて、後は希望があれば、それに沿って解散になる。


平日休みというのは案外ありがたい。

まず人がいない。

市区町村の役場もやっている。

免許の更新も簡単に済ませられる。


そう言ったものがあれば、それらをしてから会う事になるが、明日にそれはない。

なので一日空いている事を伝えると、[それでは、12時に日暮里駅に来てください]と言われる。


まあ程よい気分転換だ。


そう思って約束の時間に行くと、普段は見る事のないブラウスにジーンズ姿の広島紫が「約束の時間より早いですね?」と言って待っていた。


「あれ?私、20分前に来たんだよ?」

「そうですね。私が25分前てした」

「…早くない?」

「市原さんこそ」


開幕からなんとも言えない空気感になる。

今日の予定を聞くと、広島紫は手始めに谷根千をブラブラしたいと言う。


断る理由はない。


夕焼けだんだんからブラブラと歩くと、沢山の小さな発見がある。


まずは広島紫に可愛げはない。


仕事中、上司と部下なら奢られる事を受け入れるが、友人同士、恋人同士になると広島紫はそれを拒む。

数百円のコロッケひとつ嫌がってくる。


それなのに妙な所で可愛げに溢れている。


「付き合ってるのだから気にしないでください」と言って、コロッケをひとつ食べきれない市原黄汰が、見ているだけにしていると、ひと口食べてみてくれと差し出してくる。


間接キスに申し訳なさを覚えたが、広島紫は照れくさそうな顔で、「食べてください。私もひとつは辛いです」と言ってくる。


そして谷根千は猫の街になっていて、猫を見かけた時、広島紫は文字通り豹変した。


弾ける笑顔で「きゃ〜。こんにちは〜」と猫に語りかけた。


その姿を見てしまうと可愛げに溢れていて、とても愛らしく見えてしまう。


「猫、好きなんだね」

「はい!猫を嫌う人なんて居ませんよ!」


ハキハキと話す広島紫は「触ってもいい?」と猫に語りかけ、猫を撫でると「ありがとう〜」と言ってニコニコとしている。


歩き疲れない為にも、少し休んだ方がいい市原黄汰は、猫に感謝しながら広島紫が飽きるまで猫に触れさせていた。


「すみません。お待たせしました」

「もういいの?」

「はい。ありがとうございます」


そしてブラブラと歩く事が再開されると、途中の蕎麦屋で蕎麦を食べて少し休む。

任せていると六義園に辿り着き、園内を散策して日の入り頃には解散になる。


「今日はありがとうございました。とても楽しかったです」


嘘には聞こえないが、どこが楽しかったのか実感がない。


「ごめんね。どこら辺が楽しかったか教えてもらってもいいかな?」


市原黄汰の質問に、広島紫は「全部です」と答えて微笑むと、「全部楽しかったです。ありがとうございます」と言って軽やかに駅の中へと消えていった。


「若い子はわかんないなぁ」


市原黄汰は思わず呟いてしまい、さらに歳の差を痛感してしまった。

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