7.幕開け(ジョゼ)

翌日は、昼前にマリィ達の所に行った。マリィ達は、オネストス邸ではなく、街中に住んでいた。工場はジェネロスが見ているらしく、通いやすい所にしたのだろう。まだ先の話だが、シューネは学校に通わせる(教師を呼ばずに)事にしたらしく、それを見越しての引っ越しでもあるようだ。


いわゆる「お嬢様」は、家庭教師につくのが、伝統的な上流らしいが、今は、学校に通うのが主流だ。こういうのは、都会人や貴族の方が進んでいて、地方の豪農や下級貴族のほうが、保守的なものだ。そういう土地は、近場に適当な学校がない場合もあるからだ。ゴールダベルも実は保守的なのだが、クローディは諸事情で学校の寮、三人の旦那がたの家には、娘がいないので、学校が当たり前の空気はあった。(男子のベルビオは、ピウファウムの奥様の希望で、途中から家庭教師になったが。)




地元の旧い家は、伝統的には跡取り夫婦は同居だが、移民のオネストスの旦那は、独立にこだわった。旦那は、まだ十代の時に、タチアナさんと結婚し、故郷を出ていた。跡取りでも、最初は独立すべきと考えていた。(このため、駆け落ちしたことはともかく、独立しようとしていたのは評価していたようだ。)


新居はオネストス邸より、叔父夫婦の家に近い。叔父は仕事があるが、叔母はよく顔を出していた。女性は、大抵は昼はランスロの両親の店に集まる。


マリィ達に招かれた、とは言っても、知り合いはほぼ皆、集まっていたわけだ。ただし、今日は、叔母の年代の女性中心で、ドリスやリリア、ギゼラやディンナはいなかった。ギゼラは、ロンダについて、病院に行ったらしい。


ナウウェルの奥様の話しはあっさりと、ラティア(アロフの婚約者)が奥様になったら、色々、助けないと、と、これからの話が主だった。


ラティアは、ゴールドルの人らしい。前はプラティーハにいた、とか。アロフとどうやって知り合ったか、までは、話題にならなかった。


「で、あんたは、せっかく都会に出たのに、誰かいないの?」


と、マリィがいきなり、俺にふった。クローディの顔が浮かんだが、口からは、


「新米警官だから、仕事で、それどころじゃないよ。」


と答えが出た。実は、ナドニキとアロキュスにも、とっくに恋人がいたが、彼女達とは、警官になる前から交際があった。ナドニキは、ベルライン行きが決まった時、彼女ともめて、一度は別れ話もでたらしいが、結局は「縁が勝った」と言っていた。ケルザンにいた時は、よく会ったが、赤毛の入った金髪で、勝ち気な女性だった。何となくマリィに似ていて、名前もマリーナだった。アロキュスの彼女は、ベルラインまで会いに来たことが一度あるが、小柄で、少女みたいな外見の、内気そうな栗毛の女性だった。しかし、見かけによらず、武道一家の出だった。名前は、勇者一行の女性格闘家サヤンから取り、サーヤと名付けられていた。


《都会の警官は、早婚か晩婚か、極端に分かれる。早婚の者は警官になる前に婚約した者、晩婚の者は、警官になってから、相手をようやっと探し始めた者だ。》


と、上司が言った事がある。


「あんた、鈍いからねえ。惚れられても、気がつかないんじゃない?すぐ近くに、自分を好きな人がいても。」


とマリィが笑い、みんなも笑った。


帰りは、叔母がシューネを見ているから、と、マリィとジェネロスに俺を駅まで送らせた。ジェネロスは、コンストも見送りたい、と言っていた。


しかし、俺は、クローディと同じ部屋の席を取っていた。コンストが同じ列車だと、少し気まずい。


俺達はケルザンから転送装置だが、コンストはどこまで行くのだろう。ヘイヤントまでなら、プラティーハ回りが近いと思うが。


店を出て二分程度歩くと、テセウスが追いかけてきた。いや、テセウスは店には居なかった。お屋敷か工場から来たようだ。


「紅黄草の工場のほうで、また、カエイミとディンナが揉めて。」


と言った。マリィとジェネロスは、顔を見合わせると、


「じゃ、駅まで宜しくね。」


と、俺をジェネロスに託して、テセウスと去った。


「紅黄草で、お茶を作る計画があってね。それで、工場の一部を使ってるんだ。」


と、ジェネロスが説明する。


「主に若い女性が働いているんだが、地元と新参で、派閥が出来ちまって。


纏め役はザルドルなんだが、あいつ、前に新参の子の相談に乗ってるうちに、相手に惚れてしまって。ドリスと付き合ってたから、二股だな。ドリスとは別れたが、相手の子も、季節が変わると、街を去った。その子は、ザルドルが纏め役だから、金持ちと思ってたらしいが、あいつの家は土地がない。学校は出ていたから、纏め役をまかせていたんだが、ゴトリスが怒っていて、奴がのさばるなら、俺は辞める、と言った。


さすがに、妹を裏切った男と、仲良く働け、は無理だろ。交際に反対していた事もある。


それに、しっかり者のゴトリスと、うっかり者のザルドルなら、親父も母さんも、ゴトリスを取るだろ?俺もだ。


まあ、相手に降られて、職まで失うんじゃあんまりだから、なんとか丸く納めたんだが。でも、女の子達の、派閥争いは残った。


だから、今は、実質はマリィが見てる。…ザルドルは愚か、俺でも、説得力がないとかで。確かに、昔ならそうだが、俺は、とっくに、心は入れ換えたんだがなあ。」


思わず、田舎は大変だな、と言いそうになったが、飲み込んだ。


「そういう問題だと、色々あるよ。昔の事でも、割りきれないだろうし。」


と言っておいた。


「で、お前なんだが、ジョゼ。」


と、ジェネロスは唐突に、


「クラリモンドと、付き合っているだろ?」


と言った。不意だった事もあり、


「何で知ってる。」


と答えてしまった。


「クラマーロが暴れた時、クラリモンドを落ち着かせるために、こう、抱き寄せてたろ。耳元で優しく『大丈夫だから』って。あれは、解るよ。あの距離感は。


ギゼラより先に、クラリモンドの心配をしてたし。」


端から見たら、そうだったのか。夢中だったから、自覚がなかった。


「父と俺は気づいた。コンストは鈍いから、気づいてない。マリィは知らないから、安心してくれ。…というのも変だが、マリィがさっき言ったことには、クラリモンドの件は入ってないから。」


ジェネロスは、もし、「その時」が来たら、自分は口添えする、やっぱり、理屈なく、好きな相手が一番だから、と付け加えた。


俺は、自分は、クローディを、そこまで好きだろうか、俺が好きとしても、彼女はどうだろう、と考えていた。




駅につくと、クローディと、コンスト、ついでにベルストが見えた。何か、駅員と揉めていた。俺とジェネロスが着くと、三人、一斉に俺たちを見た。


クローディは、俺と一緒に、昼一番の列車に乗るはずが、彼女の切符は、一本遅いものになっていた。彼女が間違えたのか、売り場が間違えたかはわからない。


ベルストとコンストも、昼のに二人で乗るつもりが、コンストだけ、一本後だった。


どちらにしても、売ったのは余所なので、ここで言っても仕方がない。


列車は一杯で、転送装置はもっと混んでいた。俺とクローディは、ケルザンから転送装置でベルライン、コンストとベルストは、ベルラインまでで、そこから転送装置だ。それで、ベルストが、クローディと切符を取り替えてくれた。


「聞きましたよ、受付のとこで、大変だったんですね。知らずにコンストに文句いってしまったけど。


クラリモンドさんは、一人で帰らない方がいいですよ。」


と、気を使ってくれた。


席は離れてしまうが、クローディと俺は、それで、昼一番に乗ることが出来た。


俺の切符はベルラインまであったが、クローディと一緒に、ケルザンで降りた。転送装置に向かうと、アロキュスが、迎えに出ていた。彼は、


「ゴーシェさんは、僕が送るから、君は、ゴールラスに戻って。転送装置が使える。」


と切り出した。俺が、何が起きた、と聞く前に、アロキュスは言った。


「お姉さんが、危篤だと、連絡が入った。」




俺の頭の中には、紅と黄色の渦が巻いていた。




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