6.葬儀にて(ジョゼ)
秋の始め、ナウウェルの奥様が亡くなった。
俺は、ずっとベルライン勤務だった。リゼの首の糸(ラッシルからの輸入品の釣糸。定番品らしい。売った店は特定できたが、たくさん出ていたため、誰に売ったかは不明。)と、脚を傷つけた火薬(風系モンスターの威嚇に使う花火。北方の農村では一般的な品。農村では自作する。メーカー品ではないので、出所はわからず。)に対する、慎ましい成果をあげた後、一進一退に膠着していた。
クローディは、リゼと仲がよく、一緒に教師を目指していた。リゼは、アレガ風の名前だが、出身は北の寂れた農村で、両親、兄、姉二人の六人で暮らしていた。すぐ上の姉は一つ違い、長女の姉は七つは違い、兄は十五も上だった。母親は再婚で、リゼと次女の姉は、母親の連れ子だった。
この兄が、乱暴な男で、リゼが四歳の時、次女の姉を殴り殺してしまった。小さい子供が騒がしかったから、いらいらして殴った、過失だ、と言い張り、なんと、それは村社会では通ってしまった。
だが、母親は離婚し、リゼを連れて、村を出た。工業都市のルガルドで働いた。仕事中の事故で死んでしまったが、工場長の夫婦が、リゼを引き取った。両親として遺体の確認に来たのは、養父母だった。
クローディは、「鼻つまみ者の兄のせいで、ひどい目にあった同士」として、リゼと仲良くなったそうだ。
「兄のクズさでは負けず劣らずだけど、リゼのほうが、幸せだわ。」
とクローディは言った。クラマーロのほうが、リゼの兄より少しましな気がするが、より幸せ、とは、母親の「質」だった。クラマール夫人は、生前、クローディのために積極的に動いた事が、一度もなかったからだ。
クラマール夫人は、ベルラインの病院に入院して、間も無く亡くなった。同時に、母方の遠い親戚の女性が亡くなった。その女性は、理由は分からないが、クローディに、遺産を残していた。
クローディは、その機会に、クラマールを捨て、その女性の姓を継いだ。
クラマール家の財産は、一年に二回、弁護士を通じて、利息の中から、一定額を受け取るようになっていた。これだけで、贅沢しなくても暮らせる、というほどではないが、クローディは、伯爵家の建てた、公営の学校の寮に住んでいて、成績優秀で学費は免除されていたので、不自由は無かった。
クラマーロは、ヘパイストス校長の口利きで入った、私立の寄宿学校を、一度留年した。本人は早く出たがったらしいが、生活態度も成績も最低最悪だった。もう1年、留年しそうだったが、陛下の新法をきっかけに、学校側は、下駄を履かせて、無理矢理に卒業させて厄介払いした。そもそもは、極端に勉強の出来ない者や、素行の悪い者を預かり、なんとか人並みに教育する、のが売りだ。勉強を教える前に、やる気を出させる事から始め、たいていは立ち直ってから卒業する。だが、クラマールは、「やる気も、直す気もない」学生だったようだ。
卒業後、季節労働でもやっているのか、ラッシルとコーデラを、ふらふらしているらしい。クローディは、弁護士からそう聞いていたが、この二年は直接は会っていない。信託の利息の受け取りは、同じ銀行なら、どこでもできるし、サインがいるような時でも、弁護士が気を聞かせ、二人は同時に呼ばないようにしていた。
「きっと、移民手当て目当てね。ラッシルにでも永住すればいいのに。
顔を会わせるたびに、『お前は跡取りじゃないんだから放棄しろ』とか、『遠縁から貰った遺産を分けろ』とか、うるさくて。脅迫状まで寄越してきたわ。
自分は、祖母が亡くなった時、両親と結託して、私の取り分を、勝手にゼロにしといて、よ?もう、人生の終わりまで、関わりたくないわ。」
クローディは、故郷が嫌いではないんだが、いい思い出がない。それで何で俺と付き合ってるのかは、俺にしても不思議だ。事件の話をして、リゼの事を聞くうちに、自然に、としか言いようがない。
それでも、ナウウェルの奥様の葬儀には出る。
「奥様にはお世話になったし、バカのした事とは言え、アランには取り返しのつかない事態になったもの。
それに、たぶん、兄は行かないでしょ。グリーム先生(弁護士)が、都合で来週まで来れないそうだから、来るとしたら、その時ね。
でも、もう両親もいないし、追い返されるかもしれない席には、来れないでしょ、一人じゃ。」
俺は迷ったが、出ることにした。凶悪犯特別チームに入ったんだから、身内でない知人の葬儀で、普通なら、何日も休む訳にはいかない。例え足腰以外には期待されてないとしてもだ。
だが、ボスのハムズス課長は、ナウウェル家の事を知っていた。知人ではないが、両親がゴールダベルを旅行している時に、母親が急に具合が悪くなり、土地の看護の会に助けてもらったそうだ。ナウウェルの奥様は、当時の会長だった。
俺は、夏に帰り損なっていた事もあり、これで三日休める事になった。
クローディ一人というのも心配だった。彼女にはアランの件の責任はないが、色々言ってくる奴がいるかもしれない。クラマーロは、それほど嫌われていた。
俺は、彼女と一緒にゴールラスに向かった。当時は、季節によるが、貨物以外の列車が復興されていた。ゴールミディが、宿場町を目指していたから、そのためだ。
車中では新婚に間違えられたりと、色々あったが、知り合いに会うこともなく、ゴールラスに着いた。駅で彼女をむかえに来たヘパイストス校長には、
「偶然、列車で会いました。」
と言った。先生は、別段疑う様子もなく、
「そういえば、今はベルラインだったな。二人とも。」
と言った。
隠す事でもないが、田舎の噂好きを刺激する事もない。特に、今回はナウウェルの奥様のお葬式なのだから、余計な目立ち方はしないほうが良い。
彼女は駅から、ヘパイストス夫妻の家に、俺は叔父夫婦の家に帰った。叔父も叔母も、ナウウェルの奥様の事は尊敬していたから、元気がなかった。
葬儀は翌朝からで、凄く大勢の人が集まった。ナウウェル家はクラマール家に負けず劣らず旧くて良い家、と聞いていたが、それだけではない。生前、奉仕活動に熱心だった奥様の、顔の広さと人望による。奥様本人は、もっとあっさりした式を望んでいたらしいが、人が大勢来ることを考えていくと、どうしても大がかりな式になってしまった、と後から聞いた。
広い市民会館のホールを全部借りて、会場をしつらえた。俺と叔父夫婦は、一般の参列者よりは中央前よりだが、少し離れた席についた。やや前方に、クローディとヘパイストス夫妻が見える。
中心部、お棺には、赤いバラの花で飾られた、奥様がいた。意外だが、深紅のバラは、奥様の一番好きな花だった。普通は白や薄い色の花だが、最近は結婚式と同様、儀式用の花より、当人(故人)の好きな花の場合も多い。
ナウウェルさんは、牧師も勤める市長のアースデュークさんと、奥様の傍らにいた。見た目は落ち着いていた。奥様は患っていて、覚悟はしていたかもしれない。
アロフは、婚約者だという巻き毛の女性(彼は俺と同い年だというのに!)と一緒に、アランの車イスを押していた。
アランに会うのは事故以来だ。驚くほど昔通りの姿をしていた。噂だと、目が見えず、耳が聞こえず、口も聞けない、寝たきりで動けない、だった。医者がそう言った、という話だった。確かに歩けないし、言葉は話さなかったが、俺が挨拶したら、昔通りに微笑んだし、目と耳は問題ないようだ。手はあまり動かせないみたいだ。
アダルは、ずっと泣きっぱなしだった。背は延びていたが、まだ幼い顔立ちは、涙と鼻水に塗れ、赤ん坊のように赤くなっていた。横にはベルストがいて、慰めていた。直ぐ隣にはベルビオもいた。ピウファウム夫妻も近くにいた。
双子は、顔は相変わらずそっくりだが、今は一目で区別がつく。騎士の訓練のためか、ベルストのほうが、がっしりと、逞しい体つきになっていた。立ち居振舞いにも隙がない。ベルビオも体格は良いはずだが、弟と並ぶとひょろりとして見えた。
オネストスの旦那、タチアナさん、ジェネロスと並んで、上の席にいた。マリィも最初はいたが、幼いシューネが泣きそうになったので、手早く左手の部屋に、彼女を連れて入った。
ちょうど、クローディ達の挨拶が終り、俺達の番が来て、ナウウェルさんに話しかけた時だ。
「ふざけるのも、いい加減にしろ!」
と、怒鳴り声が聞こえた。マリィが入ったのと反対のほう、右手の、受付のある部屋からだ。近くにいたクローディが、驚いたのが、扉を大きく開け放した。子供の泣き声が響く。ベルストがいち早く飛んで行き、
「お前、今日はどういう日だと思ってる。怒鳴るなんて、酷い態度だぞ。」
と言った。怒鳴った男が、扉からホールに入ってきた。コンストだった。すっかり声変わりし、背が延び、ベルストより逞しくなり、もう18でも通じそうなくらいだ。顔だけはまだ、子供の面影が残っていたが。
コンストは、ベルストの頭を通り越して、ナウウェルさんに、
「すいません。」
と言ったあと、
「父さん、ちょっと来てくれ。」
と、旦那を呼んだ。旦那は、いぶかしげだったが、続いて顔を出したドリスが、「お願いします」と弱った顔で言ったため、袖に向かった。
なぜかピウファウムの奥様が後に続いたが、段差を踏み外しそうになった。俺はとっさに奥様を支え、一緒に隣の部屋に入ることになった。
扉を閉めるようとした時、クローディが滑り込んできた。どうしたんだろうな、と思ったが、彼女には、俺より先に、受付の所が見えたのだろう。
頭に南方風のターバンを巻いた、奇妙な格好の男が立っていた。顎はマフラーで隠れていた。元は顔半分くらいは隠れていたと思われる。そういうタイプの服だ。数年前に王都で流行った物だが、この付近では雑誌でしか見たことがない。都市と田舎は流行に時間差があるから、ここらでは今が流行りかもしれない。
しかし、葬式に流行りの格好でくる奴はいない。都会でも田舎でもだ。
この辺りは、葬式はだいたい、黒い服で出る。持ってなければ、黒いものを、目立つところに身につければ良い。だが、この男は、派手に染め分けた服を着ていて、黒いのは髪だけだ。
背は低めだ。受け付けにはギゼラとロンダがいたのだが、小柄な彼女たちに比べたら、もちろん大きい。が、たぶん、マリィとどっこいくらいだ。痩せてこけた顔、ぱちりと開いた、上がり気味の目に、への字の口、低い鼻。平凡な顔だが、俺は不快感を感じた。
不快感の正体は、直ぐにわかった。この非常識な男は、クラマーロだった。昔は、真ん丸な顔だったから、直ぐにはわからなかった。わかったのは、クローディが、
「なんなの、その、ヒンダの馬追い祭りみたいな服は。祭りと葬儀の区別も付かないわけ?わざとなら、ふざけるのも、ほどがあるわ。」
といい、それに対して、奴は間にいたロンダを突き飛ばして、座っていた椅子を取り上げ、クローディに投げつけようとしたからだ。こんな馬鹿は、奴しかいない。
俺はとっさに、間に入った。華麗に受け止める、という訳には行かなかったが、クローディにも、ロンダにもギゼラにも当たらずに、叩き落とす事はできた。伊達に凶悪犯チームにいるわけじゃない、と言いたいところだが、これは軽犯罪課で、酔っぱらい対策で覚えたスキルだ。
ロンダは転んでいたが、コンストが助け起こしていた。クローディは、取り乱していた。俺が椅子で殴られたように見えたらしい。確かに腕はかすったが、怪我はしていない。クローディを落ち着かせ、ギゼラを見た。オネストスの旦那が、奴と彼女の間に立っていた。大男の旦那に睨まれて、怯んだのか、何かぶつくさと言いながら、クラマーロは出ていった。
ジェネロスと、ヘパイストス校長も、いつのまにか、顔を出していた。ホールがざわついたので、校長は直ぐに戻った。
いきなり、すぐ近くで、子供の泣き声が響いた。そういえば、部屋に入った時は、響いていた。いつの間に止んだか、気づかなかったが。
「ああ、せっかく収まったのに。」
と、ピウファウムの奥様の声。奥様は、二歳かそこらの男の子を、必死であやしていた。ヴェンロイドみたいな赤毛だが、色白の、丸っこい子供だ。
「このようなお席なんですから、色々、わきまえてくださらなくては。あんな嫌な言い方をしては駄目よ。」
奥様はクローディにこう言った。正論かもしれないが、俺はむっとした。しかし、コンストが俺より早く、
「それは、クラリモンドさんのせいじゃないでしょう。
あいつ、
『せめてターバンは取るか、貸し出しの黒上着を羽織ってください。』
とドリスさんが頼んだら、何て言ったと思いますか?」
と言った。ピウファウムの奥様が、何か言いかけたが、オネストスの旦那が、
「コンスト、言わなくていいから、お前、ロンダを、レイ先生の所につれていきなさい。先生は病院があるから、先に戻った。着いてるころだろう。
ジェネロス、ピウファウムさんとお子さんを、裏廊下の方から、第二ホールにお連れしなさい。子供は、あちらのほうが、楽だ。」
と言い、ピウファウムの奥様に、「すいません」と丸く納めた。珍しい。
ドリスが、ギゼラに、
「ギゼラも、向こうで少し、休んだらどうかな。」
と言った。俺は、ギゼラに大丈夫か、と聞いた。
「あ、うん。ごめんなさい。私は、どこも怪我してないわ。びっくりしたけど。ロンダが心配だから、私もレイ先生の所に。コンストは、先生を知らないでしょ。最近の人だから。」
それで、ロンダが、
「大丈夫…。」
と少し笑った。だが、歩き出したら、膝ががくんとなってしまった。
コンストが、転びかけたロンダを、さっと抱き上げた。
「じゃ、後はよろしく。」
と父親に言い、兄には
「また来た時のために、ベルストに受付を頼んでくれ。あいつなら、風で穏やかに吹き飛ばせる。」
と言った。ジェネロスは、ピウファウムの奥様と、謎の子供を連れて、第二ホールに向かい、コンストは、ロンダを抱えて、ギゼラと外に出た。
「ジョゼ。」
とクローディが、俺を呼んだ。俺は、彼女を落ち着かせようと、背中を撫でているつもりだったか、何故かそこから、ホールドしてしまっていた。俺は慌てて離し、すまん、とか、ごめん、とか言った。
俺とクローディは、オネストスの旦那と、メインホールに戻った。
その後は、クローディと話す機会もなく、葬儀も滞りなく、無事に終わった。クラマーロは、例の非常識な格好で、遠巻きに墓地の付近を彷徨いていたが、顔をマフラーで(馬鹿は季節を感じないのか)覆っていたので、居合わせた者にしか奴だとわからなかった。
葬儀の後、俺は、ランスロと一緒に、ギゼラ達の様子を見に行った。
ギゼラは家に戻っていた。ギゼラの母は、ロンダを迎えに病院に言っていた。倒れているかもと思ったので、意外だった。
ギゼラの父は、最近は、倒れても、ギゼラ達に看病させずに、病院に行かせるようにしている、と言った。
「昔から神経質な所があったから、軽く考えていたんだが、去年、レイ先生に診てもらった時、『家族の看病だけでは、根っこの問題まではわかりません。』と言われた。
何か、見えたような気がしてね。」
ギゼラは、妹を心配していた。
「やっぱりショックだったのね。病院についた時、熱が出てしまったらしくて、顔も真っ赤だったの。コンストが運んでくれたのに、ろくにお礼も言えないくらい。」
ロンダ達はやがて戻ったが、確かに、何かぼうっとしていた。俺は、明日の出発前に、マリィと約束していたので、
「会えたら、コンストによろしく言っておくよ。」
と言ったが。ロンダは何故か慌てて、
「え、いいわ。」
と何度も答えていた。
叔父の家に戻ると、叔母が夜食を準備してくれた。三人で食べながら、話をした。ターバン男がクラマーロだと言うことは、もう伝わっていた。クローディとロンダが、殴られて怪我をし、俺が銃で威嚇した、なんて事になっていたので、そこは訂正しておいた。
叔母がクローディを批判するかも知れんと思ってたが、そういうことはなかったので、まず、ほっとした。
リリアとゴトリスが婚約したこと、アランの回復が予想以上なこと、評判のレイ先生のこと、色々と話した。
それで、ピウファウムの奥様のあやしていた、謎の子供の正体もわかった。
謎の子供、三歳の男児は、ピウファウム家の末っ子だった。ただし、ピウファウムさんの親戚から養子に取った子で、ベルビオを殺しかけた、馬鹿の従兄弟ケーンズの子供だ。
ケーンズは、三回結婚していた。ピウファウムの大奥様(ベルビオ達の父方の祖母)が、遺産をそこそこ残したから、それで一応、女が寄ってきたらしい。一人目は二年足らずで出ていった。ケーンズが二人目との間に子供を作ったからだ。二人目は、結婚して男の子を産むと、直ぐに子供を置いて、出ていった。ケーンズは子供を抱えて困っていたが、面倒を見てくれる女性は直ぐに見つかり、今度は彼女と結婚した。しかし、彼女自身が子供を産むと、前妻の子の面倒は見なくなった。ゴールミディの役所から、ピウファウムさんに連絡がいき、引き取ることになった。
ピウファウムさんは、子供は養子にするが、縁切りを条件にした。その子がミスルトゥス、あの子供だった。
「身内とは言っても、ベルビオに怪我させた男の子供だからねえ。でも、奥様、可愛がっているらしいよ。
いっとき、じつはピウファウムさんの隠し子だろう、前の赤毛の先生の、なんて噂が流れて、大変だったのよ。」
と、叔母が言った。
色々聞きながら、しばらく田舎を離れていりうちに、なんだか都会っぽい文化になったな、と思った。
しかし、やはり田舎は変わらない。ぴったりする言葉じゃないが、次の日、俺はじっくり感じる事になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます