4.就職と事件(ジョゼ)

18の春、俺は街を出た。




ベルラインの手前の、だいたいタルコース領で五番目くらいに大きな街・ケルザンと、移民の多い小さな町が、三つほど合併した。合併と同時に、ケルザン警察の不祥事があり、警官が何人も処分された。このため、「急募!ラッシル語またはヒンダ語の得意な警官!」という広告が、あちこちに目立った。


俺とランスロは、面白そうだから受けてみたが、俺だけ受かった。


マリィがジェネロスと結婚して若奥様になったので、彼女が婿を取って、叔父の跡を継ぐ、という目は無くなった。しかし、実子はマリィなので、俺が継ぐわけにはいかない。叔父がぎりぎりまで働いた後、土地はマリィに、つまりはオネストス家の物になるだろう。


そう思っていたが、叔父夫婦は、最初から、土地は俺に継がせたかったようだ。本来は、俺の父が継ぐはずだった、という考えだ。




父ペトルは次男、叔父ジャンは三男で、最初に家業を継いだのは、長男の伯父トマスだった。父は流通関連の職についてベルラインに、叔父はギゼラの父と同じ鉄道会社に勤めたが、ゴールミディの農家の娘(叔母エラ)と結婚し、退職して相手の家業を継いだ。父は、ベルラインの教会に勤める保母と結婚した。俺の母のサリシアだ。


トマス伯父は、弟二人より早く結婚したが、相手はほどなく出ていった。理由はその時は解らなかったが、伯父は、賭け事が好きだったので、たぶんそれ、という話だった。街で働いていたが、地元の女性ではなく、出ていった時に正式に離婚していた、後はしばらく不明だった。


トマス伯父は、その後、強引に叔父一家を巻き込み、新種詐欺(新種の蜂や蚕を育てる、という触れ込みで、ほぼ一代限りの繁殖しか出来ない、実験台崩れのモンスターを売り付ける)に引っ掛かり、後始末に、殆どの土地を手放した。トマス伯父は自殺し、辛うじて残った分の、土地と家屋は叔父が継いだ。


叔父夫婦の損失は、なんとか現金だけで、ゴールミディに叔母が持っていた土地は残った。しかし、今は、そこは街に貸し、公営の宿泊施設の一部になっている。その収入の半分は、叔母の妹への送金に当てられている。彼女は、農地からの収入の一部を、受け取る約束になっていたが、それを叔父が潰してしまった(モンスターを始末したら、地質が変わってしまい、農地にはできなくなったそうだ。)事になるからだ。


これはトマス伯父のミスで、叔父は巻き込まれたように思う。新種の繁殖に、叔母の土地をつかい、自分の農地は手付かずだった所を見ると、トマス伯父はかなり口が巧い人に違いない。が、叔父は、そうは考えていなかった。


「『一生、田舎の農民で終わる気なのか。』と言われて、つい引き受けてしまった。今まで、それが悪いと考えた事はなかったが、田舎しか知らない、というのが、急に不幸に思えた。


上の兄貴の残した土地は、俺たちで分けるはすだったが、結局、今後のことを考えて、譲ってくれた。


お前のお父さんは、自分で町の外で稼げる人だったが、俺は違ったからだ。」


と言った。


叔父は、俺の出立を促しながら、父と母の死の原因も説明してくれた。俺は馬車の事故、としか聞いていなかったので、驚いた。




母は、その時、ベルラインの病院に入退院を繰返していた。心臓だったが、前から悪かったかどうか、叔父は詳しくは知らなかった。


父が死亡したのは、ベルラインからゴールラスに向かう乗り合い馬車(魔法動力ではなく、本当に馬を使った物)が、大雨で緩んだ道で横転したせいだった。


ある日突然、トマス伯父の元妻の再婚相手という人が現れて、妻が離婚時に、受け取るはずだった金を、もらっていないので、自分に払え、と言ってきた。


伯父のケースでは、最低でも、持参金に相当する額は払わなければいけなかったようだが、それをしていなかったらしい。出ていく時に金は持っていったと思うが、書類にしていない。それは伯父の落ち度には違いなかった。だが、払う先は元妻になるので、本当に再婚相手かどうかも解らない男性に、そのまま払うわけにはいかない。


調停役をオネストスの旦那に頼み、父はベルラインから駆けつける事になったが、最終列車は僅かの差で出てしまっていた。本来はもう一本あるが、前日の大雨のせいで、本数が減っていた。転送装置は大混雑だった。このため、同じ方面に急ぎで向かう人達で、馬車を借りた。見合わせているのは、途中のカルースンまでだったから、とにかくそこまで行けば、何とかなる、と思ったようだ。カルースンからなら、転送装置も透いているかもしれない。


その道中の事故だった。


母の担当医師には、叔母が連絡を入れた。何にせよ心臓なので、まず医師に連絡したほうがよい、と思ったからだ。


しかし、二台の馬車で八人中四人死亡の大事故、母は知ってしまったらしい。担当医が病室に顔を出した時、僅かの差で、母は息を引き取っていた。直前に、街から誰かが連絡したらしく、通信装置の記録が残っていたが、ゴールラス側は役所の公共の装置で、相手までは分からなかった。当時は夜からごった返して、役所は数台の通信装置を、一晩中解放していた。ベルラインやカルースンとは、連絡は飛び交っていた。病院でも、通信装置を何台か自由に使えるようにしていた。


唯一の救いは、母は眠るように死んでいて、安らかな顔をしていた事だった。


俺は、その時の記憶がほとんどないのだが、その日は、母の傍らにいたらしい。普段は病院付属の子供部屋で、保母がまとめて見ていた。夜はとうに寝る時間だが、その日は父が急に遠出が決まって、母が不安がったので、特別だったそうだ。


結局、誰が連絡したかは分からなかった。看護の会の人たちが、怪我人をどこの病院に収容したか、の、情報をたぐっていたため、その時に伝わったかもしれない。


おそらく善意でしたことだろうから、と、いう、ピウファウムの奥様の勧めもあり、誰かは追求しない事にした。叔父も、


「夫が死んだら、遅かれ早かれ、妻には連絡がいく。義姉さんの病状は、回復に向かっているとは聞いていたが、回復するまで知らせないわけにはいかないだろう。こういうのも難だが、間が悪いことが重なったんだ。」


と言った。実際、連絡したのはこの人だろう、という噂で、トラブルが起きた事もあった。




自称・トマス伯父の元妻の夫は、どさくさに紛れて逃げた。翌年、クロイテス領で、別の詐欺で捕まった。彼は、クラマール家に出入りしていた古物商(その頃はまだ多少余裕があった)の甥で、自分の伯父について、たまに出入りしていた。その時に、奥様やメイドの噂話を小耳に挟んで、詐欺を思い付いたらしい。詐欺がばれたのは、その古物商の得意先回りで、詐欺が増えたかららしかった。ゴールラスには、さすがに二度と足を踏み入れなかったが、鬘や付け髭を駆使して詐欺を働いていたので、反省の色なんか無かっただろう。


叔父たちは、彼だけは許せなかったが、奴がゴールラスでした事では、詐欺より思い罪には出来ない。だが、最後にやらかした詐欺には、過失致死がついた。クロイテス領の首都のプラティーハ(お膝元というやつだ)で、老夫婦を騙したのだが、最後は詐欺とばれて揉め、逃げ出す時に、夫と取っ組みあいになった。詐欺野郎は、夫を突き飛ばした。頭から派手に転び、夫は首の骨を折って即死だった。


詐欺師は逃げる事が目標だったのと、夫が剣を振り回していた事から、辛くも殺人罪にはならなかった。だが、余罪が山のように付き、殆ど無期に近い懲役になった。


この時、クラマール夫人が、古物商に頼まれて、


「被告はもともとそんな青年ではない。」


と証言したらしい。その証言は加味され、一年減刑されたが、たいした事はない。


叔父は実刑の長さにすっきりしたが、叔母は、犯人もともかく、クラマール夫人に、かなり腹を立てていたそうだ。(叔母は夫人をえらく嫌ってるな、と思ったら、こういう事だった。)




本物の元妻に関しては、旦那方が、つてをたどって探してくれたが、詐欺とは関係ない男性と再婚済みだった。トマス伯父の死を知らず、持参金はもともと無かったが、離婚原因は賭け事と暴力だから、持ち出した金は返さない、と弁護士が自己紹介した時に、間髪を入れず、直ぐに言ったそうだ。それは念のため、書類にしてもらった。




そして、俺は、叔父夫婦に引き取られたわけだ。今は、叔父たちの薦めで、街を出る。




叔父と叔母は、


「いずれは帰ってくるにしても、自分達のような気持ちを引きすらないために、一度は都会に出たほうがいい。」


と、俺を送り出した。マリィも、


「都会ってほどじゃないんだから、緊張しないでいっておいで。」


と言った。ランスロには羨ましがられ、ギゼラには寂しくなる、と泣かれた。




こうして、俺は警官になった。三ヶ月は研修だったが、その間、きちんと給料も出た。寮の部屋も個室だ。勤め出したら、民間にアパートを借りないといけないが、それを差し引いても、いい給料だった。


ケルザンの地元出身の二人、アロキュスとナドニキと親しくなった。


アロキュスはコーデラ系で、警官になるにはどうか、というくらい、ほっそりした男だった。20歳だが、俺より年下に見えた。爆薬や武器の知識が豊富で、転送魔法が使えた。先祖代々、武器屋で、祖父は有名な鍛冶屋でもあった。跡を継いだ父親が急死したので、店を畳んだ。母親と妹と同居している。母親が、少し病気勝ちらしい。(アルコール中毒のようだった。)


ナドニキは、合併された移民の町の出身だ。長身でがっしりしていたが、年はまだ17だった。牧場の多人数兄弟の次男で、「外で働ける者はうちを出ろ」という方針で、家をだされた。


アロキュスは、研修後は武器の支援部門、俺とナドニキは、軽犯罪課に配属になった。ナドニキは、将来は密輸課を希望していた。彼の町が貧しくなったのは、密輸密猟の悪徳業者が幅を利かせていたからだった。今は一掃されたが、どうせそのうち、また沸いて出る、と言っていた。


俺も簡単に身の上を話した。姉の嫁ぎ先として、オネストスの旦那の名は出さなかった。この町では、チーズとビールは旦那の商品だったから、下手に目立つのも難だ。




配属が決まった時に、一度、帰省した。暑かったり涼しかったりと、安定しない夏で、例年より雨がちだった。叔母は、乾燥した空気が嫌いなので、過ごしやすいと言ってたが、叔父は作業しにくいと言っていた。


オネストスの旦那の所は、コンストは「勉強したい事があるから」と、夏は帰らなかった。ジェネロスは家にいたが、本格稼働のハーブが、軌道に乗って、忙しくしていた。


マリィは妊娠していた。新年に産まれるという事だ。オネストスの旦那は、息子を期待していたが、タチアナさんに


「産まれてくるまで、どちらか解らないでしょ。男子しか跡が継げない家じゃないんだから。」


と、軽く締められていた。




新年になる手前、マリィは女の子を産んだ。エウフロシュネと名付けた。マリィとジェネロスは、生まれる前は、男ならコーデラ風にエウリピデス、女ならラッシル風にエフフロシーニャ、と決めていたが、結局、コーデラ風の女性名になった。


オネストスの旦那は、


「舌を噛みそうだな。」


と言っていた。タチアナさんが、


「頑張って、舌を回してくださいな。コンストの時に、貴方が勝手に省略してしまったんですから。『コンスタンティヌス』のはずだったのに。」


と答えていた。しかし、皆は、省略して「シューネ」と呼んだ。


俺は新年の休暇で帰省した時に、見せてもらった。ジェネロスに似てるな、と思ったが、マリィの面影は余り無かった。赤ん坊の顔はしばらくたったら変わるから、これからマリィにも似てくるんだろう。髪の色は薄く、金髪だったが、こういうのも、だいたい濃くなるものだ。


叔母は、マリィが産まれた時より、色が薄いから、大きくなっても金髪かもしれない、と言っていた。叔父は、ひい祖母さんが、見事な金髪だったそうだから、そうなるかもしれない、と言った。目は少しくすんだ青だったが、マリィに言わせると、ライラック色だそうだ。タチアナさんが、私の妹が、こんな色だったわ、と懐かしそうに言っていた。


俺は年が明けて直ぐ、ケルザンに戻った。警官の仕事は、基本、纏まった休みが取りにくいため、新年のように、全員が休む時節は、交代で回す。ナドニキは俺と交代で休みに入る口だ。




だが、彼は、休みを返上していた。彼の担当区域で、ベルラインの女子学生が殺されたからだった。




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