3.マリィの結婚(ジョゼ)

16の春の事だ。オネストスの旦那が中心になり、「ハーブ栽培」の新事業が始まった。今まで、個人で花やハーブを副業にしている家はあったが、新たに組合をつくり、組織的に取り組む事になった。


香水に使う上等な香料の取れる植物は、アルハンシスやオルタラみたいな、大栽培地があるから、これから対抗するのは難しい。色つきビールの次は、香りつきワインが流行り、さらに香りつきビールまで流行り出した矢先だったが、ハーブやミント、柑橘類で香り付けた飲食物は昔からあり、特に目新しいものじゃない。


旦那が目をつけたのは、料理用の「薬草」、つまりスパイスだだ。


本格的な辛いスパイスは、もっと南で取れる。この辺りは、そういう気候ではない。そのまま植えても、育つものもあるが、香りは弱い。


しかし、香りの「違い」を逆手に取り、流行り出した異国風の料理の波に乗せる流れを、旦那は期待していた。また、スパイスの産地は、暑い外国が多く、そのせいか、よくいざこざが起きやすい。そのたびに価格が上がったり、下がったりだ。安定を狙い、冬の寒さに強い品種を開発し、土地の「力」を上げる。旦那方は、偉い学者の先生に相談したり、伯爵様から援助を取り付けたり、下準備を前から進めていたらしい。


また、王都のほうでは、髪を派手な色に染めて、香水は草や苔の香り、という、アンバランスが流行っていた。イスタサラビナ王女様が流行らせたんだが、それに使う新しい香料としての未来もある。マリィや、他の女達が、王都の雑誌を見て、「花をつむ乙女風」だの、「山菜とりの娘風」だの、わけのわからん話をしていた。


王女様、つまり都会人がやれば、「田舎風」「農民風」は、「お洒落」だ。だが、俺達は、は農民、マリィだって、やがては農民の嫁だ。「田舎風」なんて、いくらでも味わえる


それをうっかり言ったら、マリィは三日ほど口を利いてくれず、叔母やギゼラ、果てはランスロにまで、説教された。


「女心がわからない奴」って、16やそこらで言われても。


俺自身は、中級学校を出たら、オネストスの旦那のビール工場で、本格的に働くつもりだった。だが、これからは、香料関係で、なんだか良くわからないが、語学をやったほうがいい、と、叔父と叔母に進められ、地元だが、新しく伯爵様の建てた、語学の学校に通う事にした。


叔父の家業は、将来は、マリーが婿を取って継ぐはずだが、マリーは薬草には興味があったが、芋やビールには関心がなく、都会に出たがっていた。結婚するなら都会の人がいい、と言っていたが、これは、ドリスもリリアも、そうだった。大人しいギゼラは、地元を出たくない、と言っていたが、ギゼラの従姉妹のディンナや、妹のロンダは、都会派だった。男は、ランスロやミロスト、コリントスは、地元志向が多めだった。男は店や土地を継ぐ場合が多いからだろう。




マリィは、薬草関係の資格を取り、それで新しい事業所で仕事をしていた。片手間に勉強して、もう一段階上の資格を取り、ベルラインで働きたいらしかった。


俺は、学校に通う傍ら、ビール工場に行っていた。叔父夫婦は、気にするなと言ったが、金の為だけではない。家業は、結局はマリィが継ぐだろうし、土地が無くても、暮らせる道を作らなくてはならない、と思ったからだ。


工場では、ドリスの父親のエルクの班で働く事が多かった。オネストスの旦那も玉に顔を出した。奥さんのタチヤナさんは、旦那より頻繁に、様子を見にきた。新事業は旦那とジェネロス坊っちゃんが切り回し、奥さんは、古株のジェコブやテセウスと、古い事業を固めていた。


ジェネロス坊っちゃんは、旦那から「怠け者」「ドラ息子」と呼ばれてはいたが、今のところは、心を入れ換えて、きりきり働いていた。喧嘩や賭け事はやらないし、深酒もしなかったが、女でよく問題を起こしていた。よく考えれば、問題、というほどはないんだが、やたらにもてるせいで、断りきれないというか、女の押しに弱いと言うか。15の年から、三回ほど二股三股がばれて大騒ぎだ。実際に手を付けた事はない(らしい)。田舎の農民は得てして都会の貴族よりは真面目だ。


ジェネロスはベルラインの学校に行ってたが、今は旦那の「反省するまで家を手伝え」との指示で、休学させていた。最後の二股は一年前だが、一人は地元の娘(コリントスの姉)だったので、「他人の雇い人」になるから、と、旦那は他の地主の手前、厳しく当たった。奥さんは、彼女を嫁にもらえば、と思っていたようだが、坊っちゃんの「へらへらした」態度に、相手が痺れを切らして終わった。彼女は結局、ゴールドルで別の男性と結婚したそうだ。


だが、旦那方の跡取り息子達の中では、ジェネロスは大人達からは受けが良かった。軽薄な面はあるが、明るく面白い性格で、頭も以外に良かった。下のコンスト坊っちゃんが、無愛想だったので、それもある。


コンストは兄と反対に、しっかりした生真面目な性格だった。だが、子供のころから、なぜかいつも不機嫌だった。俺やマリィは、昔からよく知ってるから、愛想がなくても不機嫌でも気にしなかったが、可愛いげがないと言って、くさす大人もいた。(大人気ないが)。同年代にもあまり好かれていない。


「あの子は、記憶力が良すぎるのよ。」


と、叔母が言っていた。


「子供なんて、口が悪いもんでしょ。言った端から、すぐ忘れる。あんたや、マリィみたいにね。でも、坊っちゃんは、覚えているからねえ。」


俺はマリィほど、口も記憶も悪くない、と自分では思っていたんだが。




だが、旦那は、なんだかんだ言っても、跡取りには恵まれていると思う。




ピウファウム家の跡取りは、双子の兄のほう、コンストと同い年の、ベルビオだ。ピウファウム家は、双子なんだから、何でも平等に、で育てていた。だが、跡を継ぐのは一人だ。ここらの農民は土地を分割するのを嫌がるので、だいたい長男が跡を継ぐ。二人のうち、立派に育ったほうが跡取り、と、ピウファウムさんは言っていたが、それで競争意識が激しくなり、双子は仲が悪かった。喧嘩、というより、短気なベルビオが、弟のベルストに、一方的に突っかかってるだけなんだが、ベルビオに言わせると、ベルストが「そうなるように仕向けている」そうだ。そう言って、派手に喧嘩した事がある。


ベルストは、礼儀正しくて、物怖じしない明るい性格で、勉強も運動も出来た。要するに、文句のつけようのない、良い子だった。跡取りが「優れたほう」なら、間違いなくベルストだったろうが、彼は、コンスト達と一緒に騎士を目覚したので、跡取りは自然、ベルビオになった。ベルビオは、自分も騎士団に行きたかったようだが、跡取りだから、と、ピウファウムの奥様が諦めさせたらしい。騎士になったって、跡は継げると思うが、まだ十歳にもならない子供を、二人ともよそにやるのは、嫌だったんだろう。


この二人は双子で、顔も声もそっくりだが、見分けは簡単だった。たいてい、笑顔で、明るくしているほうがベルストだった。


「私、何か、ベルストって、苦手だわ。」


と、ギゼラが、言ったことがある。ギゼラは、子供とはいえ、他人の批判は滅多にしないタイプだ。その時は、皆でランスロの店で、昼をご馳走になり、そのまま話をしていた。ランスロの母が、


「最近、特にベルビオ坊っちゃんが、我儘で困る。」


と言ったことが切っ掛けで、愚痴合戦みたいになっていた中での発言だ。


「あのくらいの年なら、ベルビオのほうが、普通でしょ。ベルストは良い子だけど、何か、偉い人の彫像がしゃべってるみたいで、外国の人みたいに見える時があるの。」


ギゼラは読書家なので、時々、こういう事を言った。実は、マリィも、前に、


「あの子、あの年で、『作ってる』わね。」


と言った事がある。女に好かれないタイプかと思ったが、ドリスやリリアは、誉めていた。


ベルストは、コンストほどじゃないが、割りと何でも出来た。その上、性格も良いので大抵の人には好かれていた。


こうした中にあって、ナウウェル家の兄弟は、あまりぱっとしなかった。次男のアランは、事故の後、全然表に出てこない。世話する看護師は専門に雇っていて、地元の者じゃない。屋敷に出入りする、メイドや小作も、アランの姿を見たことがなく、俺も退院してから会ったことがない。彼は仕方ないが、兄のアロフと、弟のアダルは、やたら影が薄かった。


アロフは、俺と同い年なので、子供の頃は、学校で毎日会った。いわゆる天然と言う奴で、大柄でぬぼっとした、無口な奴だった。大柄なので格闘は得意だった。だが、この地方の格闘術は、回転やジャンプ技が多く、大きすぎると、かえって不利だった。ナウウェルさんは、彼を学者にしたがっていたが、今は跡取り修行中だ。


三男のアダルは、人見知りの激しい子で、女子より内気だった。ナウウェル家に通っているリリアによると、「内弁慶」な所があるそうだ。格闘が物凄く得意で、大きな大会の少年部で、優勝した事もある。アロフよりは、利発な感じはする。実際、騎士団養成所に入れたわけだから、優秀なんだが、あまりそうは見えない。


リリアが、


「二人とも、ぼうっとして、いざって時に、あまり頼りになりそうにないわ。つくづく、アラン坊っちゃんがお元気だったらねえ。」


と、マリィに話していた。ナウウェルの奥様は、アランが怪我してから、自分も体調を崩していて、この春から入院していた。いざという時、とは、奥様の事だろう。


下の坊っちゃん達は、年が同じな事もあり、仲が良かった。ただ、三人が騎士団に行ってしまってからは、ベルビオは一人でいることが多かった。ピウファウムさんは、彼のために、勉強以外にも(例えば剣)家庭教師を雇った。だが、昔からやっていた格闘はやめた。彼も強かったが、格闘の先生が、自分の手を離れた三人を懐かしみ、やたら振り返っては称賛していた。先生がこれじゃ、ずっと仲の悪い弟と比較される事になり、ベルビオが格闘嫌いになっても仕方がない。ピウファウムさん達は、彼が劣っているから家に残された、と言われるのが嫌らしく、二人の時よりも、より教育に厳しくなっていた。特に、弱い魔法(反対にベルストは、魔法はとても得意だった)を強くさせようと必死だった。


しかし、魔法ってのは、努力より資質が重要な物だ。努力で延びるのは「魔法技術」であって、「魔法力」ではない、と、偉い学者が言っていた。双子なら資質は同じはずなので、努力しないから延びない、と考えても、不思議はないが、無いものに努力を押し付けられる様子は、見てて気の毒だった。


「魔法が弱くなったのは、あれは、亡くなったピウファウムの大奥様のせいよ。」


と、マリィが言った。


「何年も前になるけど、大奥様が、身内の子を『鍛え直す』ために、ベルビオ達の従兄弟のケーンズに預けて、山の別荘でキャンプさせた。あんたにも、誘いが来た。


父さんは行かせたかったようだけど、母さんとあたしが反対したのよ。感謝してよね。


『あんな馬鹿みたいな男に、子供を預けるなんて、冗談じゃない。』


って。失礼な言い方だけど、実際、ケーンズは馬鹿だったし。暴れなかったから、クラマーロよりはましだけど。」


マリィが言うほど、そんな昔の事じゃない。せいぜい、俺が十か十一の時だ。


ベルビオが、その馬鹿の引率したキャンプで怪我をした。『鍛練』中に、木から落ちて、肩をやった。傷は大した事はなかったが、骨にひびが入ったか、内出血だかを、下手な回復魔法で、外傷だけ手当した。夜に熱が出て悪化し、とうとう倒れた。ケーンズは、病人怪我人どころか、子供の世話をしたこともなし。それだけならまだ良いが、おまけに単純バカだった。大奥様から、「甘やかすな」「鍛え直すのが目的」と言われていたから、と、医者を呼ぶ事すらしなかった。


一緒に行ったベルストとコンスト、ギゼラの妹のロンダが、子供だけで下山して(アダルは参加していなかった)、麓の警察に駆け込んだ。(その町は、警察にしか医師がいなかった。)


あと一日遅かったら、腕を切ったかも、幸い、近くに避暑に来ていた、伯爵のご一家に、いい医者がいたので、助かった、と、ギゼラの従姉妹のディンナが誇張して言いふらしていた。彼女とギゼラはキャンプには行かず、主にロンダから話を聞いただけだった。事の詳細はともかく、ピウファウムさん達は、一時離婚騒ぎにまでなり、結局、大奥様は、ケーンズの両親(ピウファウムさんの弟夫婦)と共に、ゴールミディに引っ越した。去年、亡くなるまで、表だった交渉はなかった。


で、ベルビオは、この時の事が原因で、魔法力が弱くなった、というのが、マリィの意見だった。成長期や思春期に、高熱を出して、魔法属性が変わる場合もあるから、一見、正しく思える。だが、属性が変わっても、魔法力が極端に変わることは、まず無いらしい。


俺がそう言った時は、「例外を考えなさいよ。」と言い返された。


しかし、その六日後の事だ。


ランスロの母が、新作ケーキを持って、うちに来ていた。家には、俺と叔母がいた。


マリィが、オネストスの旦那のお屋敷から帰ってきて、新種をもらってきた、と、大振りな紅黄色草を、いそいそと花瓶に差していた時だ。


ランスロの母が、


「そういえば、マリアナから聞いたけど、ベルビオの魔法の家庭教師、あの赤毛の、やっぱり、辞めたらしいわよ。」


と話し出した。この教師は女性で、赤毛で色白で小柄な、俺から見ても、年上なのに、とても可愛かった。魔法は風と水だった。教師としては、優秀だったんだが、田舎町には、服装も交際も、やや派手な感じだった。ピウファウムさんの家に寄宿していて、ベルビオはなついていた。


しかし、女性にはあまり受けが良くなかったらしい。特に何もしていない(服が派手くらい)のに、批判されていた。


叔母達は、


「やっぱりねえ。」


「何かあると思ったのよ。」


と口々に言ったが、何をやったかは知らなかった。


すると、マリィが、


「ベルビオの魔法、土だったから、風の先生じゃ、合わなかったのよ。」


と口を挟んだ。


「ベルストが風でしょ。ピウファウムさんの所は、代々風が多かったから、風と決め込んでたのね。あと、奥さんが狩人族で、狩人族には土が多いらしいけど、奥さんは、それが嫌だったらしいわ。


狩人族の女の人って、小柄な人が多いでしょ。双子が産まれてから、大奥様が、『跡取りがチビになったら大変だ。』って、ねちっこく、やらかしたらしいから、それでだと思うわ。」


それは初耳だ。大奥様の意地悪は知ってたが、魔法に関しては、奥さんが風と言ってたので(改めて考えると、言い張って、になるが)、皆、それを信じていた。


「マリィ、この前、熱のせいで魔法が駄目になった、と言ってたじゃないか。」


と俺が言うと、


「お屋敷で、聞いてきたのよ。」


と返事が来た。


「先生は、オネストスの旦那様の紹介だったのよ。旦那様達は、魔法の話を知ってたから、土の先生を薦めたのだけど、ベルビオ本人が、どうしても風がいい、という話だったそうよ。でも、どうかしらね。」


マリィは、今度は、校長先生のつてで、土と火の先生がくるそうよ、と付け加えた。


俺は、ふと、


「誰にきいたんだ?」


と尋ねてみた。


マリィは、急に慌て、


「新種の部屋で、雑談してた時よ。ううん、ハーブの建物のほうだったかしら。『皆』がいたから、誰か話してたわ。」


と、花を持って、部屋に行ってしまった。叔母達は、ピウファウムの大奥様のエピソードを、思い出せる限り、話し出した。




その明くる日の事だ。


叔父夫婦が、急にゴールドルまで出掛ける事になった。叔父の知人が亡くなったのだが、叔母も世話になった人だった。二人は葬儀に出るので、家を二日開ける。


俺は学校の後、工場に行かず、家に真っ直ぐ帰った所だった。二人は、ランスロの母に伝言し、もう出る所だったが、俺が戻ったので、俺にマリィを呼びにやらせた。


別にマリィが戻らなくても、俺一人で待ってて問題はないが、マリィが帰った時に、俺一人だと、何で知らせない、と言われそうだ。だから、迎えに行った。


マリィは栽培研究室、と呼ばれている建物にいるはずだ。俺は勝手知ったる旦那の敷地、真っ直ぐ栽培部門を目指した。


ドアをノックしようとすると、中から、男性の声が、


「やっぱり、一人っていうなら、マリィだろ。」


と言うのが聞こえ、手が止まった。


ドリスの兄の、ゴトリスの声だった。特徴のある、やや高い声だ。


「親父達は、『ロンダが将来は一番だ。』とか言ってたが、今はお子様だしな。あの赤毛の先生も綺麗だったけどな。」


「マリィも、どっちかと言うと赤毛だよな。」


「いや、そこじゃないし。」


笑い声。他にも何人かいるようだ。


「でも、マリィはさ…。」


「それ、どうかなあ。」


「ピウファウムさんとは違うよ。」


「でも、それ以外なら、可能性あるのは、お前じゃないか?マリィは、ドリスとは仲が良いし。」


「それがなあ、マリィを誉めると、機嫌が悪くなるんだ。」


「お前の事だから、比べて余計な事、言ったんじゃないか?リリアで前科あるんだから。」


「いうなよ。」


とまた笑い声。


多分、誰が可愛いとか、綺麗とか、男の会話ってやつだろう。マリィが人気があるのは驚いた。顔は多分いいんだろうが、けっこう、がさつだし、きつい所もある。みな、知らないんだろうと思ったが、ここらは、全員、昔馴染みばかりだ。


「しかし、女性陣は遅いな。やっぱり、重かったんじゃないか?」


「二人いるんだし、なんとかなるだろ。」


「見に行くか。」


と、ドアに人が近づく気配がした。俺は、慌てて、ノックをした。


男性達は、何か木で作っていた。修理していたのかもしれない。俺は、マリィが中にいないことを知ってたが、行方を尋ね、用事を伝えた。


折よく、マリィとドリスが、台車に何か乗せて、戻ってきた。台車を押しているのは、ジェネロスだった。彼は俺を見て、マリィより早く、


「あれ、どうした?」


と言った。俺は、さっき、ゴトリスに伝えた事を、再度繰り返した。マリィは、


「あら、大変。」


ドリスは、


「ここはやっとくから、戻るといいわ。」


ジェネロスは、


「途中まで送るよ。」


と、別に必要ないのに、着いてきた。


ジェネロスも駅の方に用事があったらしい。ベルビオの新しい先生が来たので、迎えを頼まれていたそうだ。


ピウファウムさんの家に来る教師を、ジェネロスが迎えに行くというのは変だが、今度の先生は家族を連れてくるらしく、荷物運びに行け、と旦那に言われたらしい。


「今度は、お爺さんの男の先生で、何人も教えた人らしいよ。名前忘れたが、なんとかいう男爵家に、ずっと仕えていた、とか。お孫さんを連れてくる、と言ってた。」


「ベルビオの遊び相手かしら?教えに来て、遊ばせるの?」


「いや、女の子らしい。都会のお嬢さんだ、と、テセウスが騒いでいた。可愛いといいな、とか。」


「あら、じゃあ、子供じゃないわけ?」


マリィが、何だか、少しむっとしたようだった。今まで、マリィは別に、器量自慢というやつではなかったが、さっきのゴトリス達の話があるから、そういう気もしてきた。


ジェネロスはやや慌てて、


「いや、あいつは、エレナ先生のことが好きだったから、それで余計に、そういうことを謂うんだよ。」


と言った。




その日は、当たり前だが、ばたばたとして、先生の話はそれ以上なかった。叔母が鶏を料理してくれていたのだが、マリィが暖めるときに焦がしてしまい、結局、ランスロの母の世話になった。


先生は、灰色混じりの黒髪で、ラッシル系だった。チャホフという名だった。あまり外出しなかった。問題のお孫さんは、同じくラッシル系の、色白で黒髪、小柄でほっそりした人だった。ジナイダといい、年は十八だった。ジェネロスに案内されて、町を歩く姿を見て、ランスロがしきりと羨ましがっていた。綺麗、可愛いと話題を振られて、ああ、うんと言ったが、俺は、なんだが、女の人というより、陶器の人形みたいだなあ、と思った。


マリィは、妙な様子だった。もともと、うるさいくらい明るいんだが、その時は、うるさいくらい不機嫌だった。ドリスやリリアも、ジナイダの話をする時は、少し不機嫌だったが、マリィほどじゃない。マリィは、色白だが、そばかすがちょっと目立つ。背は普通だが、ドリスとリリアよりは高い。髪は紅黄色草みたいに、金に少し赤毛が混じっていた。本人は、「王様と同じ色」と言い張っていたが、無理があった。体つきも、都会の女じゃないし、ジナイダに比べて、しっかりしていた。


自分と反対のタイプが、もてはやされるのは、嫌だったんだろう、黒髪小柄同士で、嫌でも比較されてるギゼラが、落ち着いているのに、マリィは意外に心が狭い。




と、俺は考えていた。




一ヶ月ほど経ち、初夏を迎えようとした、ある日。




マリィとジェネロスは、いきなり駆け落ちした。




置き手紙や、ドリス達や、旦那の話や、その他もろもろから、事情はわかった。


旦那は、ピウファウムさんから強く(正確に言うと、ピウファウムの奥様が熱心で、ピウファウムさんは乗りが悪かったらしい)薦められ、ジェネロスを、


「結婚させて、落ち着かせる」


事に決めていた。ジェネロスは、最近は落ち着いていたので、平たく言えば「余計な」事だった。気の早いピウファウムの奥様は、ジェネロスとジナイダをまとめた後、チャホフ先生のつてで、ある男爵の親戚のお嬢さんの誰かを、ベルビオに貰いたいと考えていたらしい。


先生とジナイダには、ピウファウムの奥様から、


「ジェネロスが是非に。」


という話が、オネストスの旦那には、


「ジナイダが是非に。」


という話が行っていた。旦那は婚約の話を、本決まり気分で、ジェネロスにした。そして、ジェネロスは、マリィと逃げた。


タチアナさんは、倒れた。それで、コンストが騎士団養成所から、慌てて帰省してきた。俺達は、旦那の屋敷の、広い居間に集まっていた。叔父と叔母は、マリィのこと以外にも、その事でも、頭を下げまくった。


旦那は激昂していたが、それは、自分の「バカ息子」に対してで、叔父夫婦には、


「昔からよく知っている人の娘に、とんでもない事を。」


と、謝っていた。


ピウファウムの奥様は、マリィに怒っていた。奥様は、慈善会の女性会長や、看護支援の会のまとめ役(もともとナウウェルの奥様がやっていたが、アランの怪我以来、ピウファウムの奥様が引き受けていた。)で、明るく、分け隔てなく優しい人だったので、これは初めて目にした、本気の激怒だ。


駆け落ちなんて、やるのが悪いが、そもそも、マリィがジェネロスと付き合っていた(さすがに、鈍い俺も理解した)わけだ。それを考えると、叔父夫婦が頭を下げるのも、ピウファウムの奥様が罵倒するのも、筋違いだ。先生とジナイダさえ、「初耳みたいな顔」をして唖然としていたから、完全にピウファウムの奥様の一人相撲だ。たまりかねて、俺が口を出そうとした時、意外な所から、口添えがあった。


「マリィは、ちゃんとした人だよ。」


と、コンストが言い出した。


「それに、兄は、今まで、ここまでした事ない。軽いから、信用できない所はあるけど、思い詰めていたんだと思う。」


旦那が、それを聞いて、怒鳴ろうとしたが、コンストは怯まず、


「そういう所だよ。父さんは、もし、兄貴が相談したいと思っても、聞く前に怒鳴るだろ。父さん自身は、ゴルドーさん達をよく知ってるから、多分、反対はしなかったと思うよ。でも、兄貴は、どうせ聞いてもらえないって、思っちまったんだよ。」


と言い返した。


旦那は、さっきよりは落ち着いた。ピウファウムの奥様は、まだ何か言いたげだったが、ピウファウムさんが、


「お前、もう戻りなさい。ベルビオが心配だ。」


と、退室を促した。


俺は、叔母と共に、先に家に戻った。叔母はがっくりして、帰り道も、ほとんど喋らなかった。叔父は、夜中にやっと帰宅した。




ジェネロスとマリィは、夏の終わりに、ラッシルのパシキンブルクで見つかった。皇都エカテリンから南に下った、比較的新しい貿易港の街だ。ジェネロスがベルラインの学校で、仲良くしていた商人の息子の家があった。


意外にも、ジェネロスは真面目に働いていた。マリィも商会に雇ってもらったようだ。


見つかったのは、警察から連絡が来たからだった。


パシキンブルクでは、というより、南ラッシルでは、当時、若い女性狙いの通り魔が出ていた。襲われたのはマリィではなかったが、たまたま犯行現場を通りかかり、男が刃物を振り回して、女性に切りかかっているのを目撃した。マリィはその時、仕事仲間の女性二人と連れ立って、買い物帰りだった。女も三人寄れば強く、叫んだり人を呼んだり、そこらにあった物を投げたり。マリィは、瓶で相手を殴った。相手は、マリィの形相と剣幕に、かなりびっくりして逃げ出した。


マリィは、警察で事情聴取を受けたが、興奮して、コーデラ語しかしゃべれなくなっていた。ジェネロスがエカテリンに行っていたので、あれこれあって、地元に照会が来たわけだ。




犯人が捕まらなかった事もあり、ジェネロスとマリィは、結局はパシキンブルクを出て、ゴールラスに帰ってきた。ジェネロスはオネストスの旦那の跡を継ぐ。マリィ達が助けた女性と家族、ついでにラッシル警察から感謝されたので、旦那達も叔父夫婦も、怒るに怒れなかった。


先生とジナイダは、とっくに街を出て(ベルビオは、また先生を変えた事になるが)いて、ピウファウムの奥様も、落ち着いたらきつい言い方をしたことだけは反省していた。彼女に関しては、言った内容と、やった事のほうが問題だが、ピウファウム家とは、今後も付き合いがあるので、結局は田舎独特のうやむやに決着した。




二人は、改めて結婚式をした。ここらの花嫁衣装は、白地に白刺繍、白ベールで、靴と手袋だけ黒だった。マリィは流行を取り入れ、ドレスは白だが、ベールの代わりに紅黄草を髪に飾った。


当日は、皆が、紅黄草投げて祝った。




マリィとジェネロスは、幸せ一杯で笑い、叔父夫婦は、涙ぐんでいた。オネストスの旦那もだ。タチアナさんは笑顔だった。




高く舞い上がる紅黄草は、アランの事故の時は、痛々しいものだった。同じ花なのに、この時は、晴れ晴れとして、綺麗だ、と思った。


それが、とても不思議だった。


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