勇者達の翌朝・新書 回想(中編)

L・ラズライト

花に寄す

(1).ライラック

1.ライラック(ラール)

コーデラからラッシルへの道を、列車で行くのは久しぶりだ。転送装置は用心のため、止められていた。


コーデラ騎士団からは、私を送るという申し出があったが、私は慣れた旅だ。彼らには適当に断った。言わなかったが、昔の隠密活動の賜物だった。


列車に乗る前に、本を二冊買った。新刊の冒険小説「リラの海」、作者の名前は「ミファ・グロリス」、「ミファ」が「ミルファ」に見えて、目を引かれた。


「一、二巻同時発売」の見出しの下、山積みにしてある。私が手に取るすきに、何人か買っていった。


一、二巻とも、セピア色の表紙に、三人の人物が描かれていた。一巻には、コーデラの騎士に似た制服の、長身の黒っぽい髪の青年と、彼より少し小柄な、明るい髪の中性的な青年、二人の間に、東方人の、小柄な女性が描かれている。セピアの中で、彼女だけ、色つきだった。黄色の花模様の、東方のドレス、大きな花の髪飾り、長くまっすぐな黒髪。副題に「白翡翠の舞姫」とある。


二巻は、同じセピアでも、構図が違い、一巻の青年二人が、剣を交差させている。二人とも真面目な表情だが、戦闘中には見えない。その交差した剣の向こうに、笑顔で杖を構える、赤毛の女性がいる。これも彼女だけ色つきで、白い古代風の服に、赤毛の髪は軽く結い、目は鮮やかな緑色だ。「火の神の巫女」と副題がついていた。


この前読んだ冒険小説みたいな、ヒロイン交代物かしら、コーデラはこの手の話がよく流行る、と思ってパラパラと見た。中は挿し絵が多く、それで厚くなっているようだった。


特に興味は無かったが、挿し絵の一つに、コーデラ王宮にある、「勇者集合図」によく似た絵があった。絵の下で、子供三人が、何か話している。三人とも絵は見ていない。


そこが気になり、道中の暇潰しにはなるだろう、と、取り合えず買い、列車で読んだ。




二巻の表紙の女性が古代風の服を着ていたので、時代設定は今よりかなり昔だと思ったのだが、百年ほど未来の話だった。


黒髪の青年の名はイスミール、明るい髪の青年は幼馴染みで、ルーシスという名だ。東方の女性も幼馴染みで、フェイトアと言った。三人は東コーデラの地方都市ハイクンに住んでいた。ルーシスは富裕な地主の息子で、いわゆる「ぼっちゃん」、イスミールはガラス職人の息子、フェイトアの家だけは、何をしているかわからなかった。父親はいつも留守、母親はあまり家から出ない。どうやら貿易商のようだが、はっきりしない。


彼等が七つの時に、フェイトアの一家は、「夜逃げ」する事になった。彼女は、幼馴染み二人に別れを告げたかったが、職人のイスミールの家には寄れたが、地主のルーシスの家には、母親が出発を急かしたため、寄れなかった。


ルーシスは、フェイトアに初恋めいた感情を持っていたが、彼女もだ、となんとなく想っていたため、この話をイスミールから聞いた時は、ショックを受けていた。彼女はイスミールのほうが好きだった、と思ったからだ。イスミールは、そういう感情に疎いため、友人のショックは、彼女が去った事だ、と思っていた。事実、去ったことは堪えた。


幼馴染み二人の間に、はじめて僅かにひびが入ったのだが、少年期の話は、これで終わり。


次の章は、十八歳まで、話が飛んだ。


イスミールは、騎士になった。ルーシスは冒険者ギルドに入った。未来の話、と言うことで、コーデラの首都は「ルーミニウス」という、バイア湖の中心に作られた、人工の浮遊島の街になっている。コーデラの王はエクサイス一世、主人公達より二歳上の若い王、平和主義の名君だった前の女王の甥にあたり、とても好戦的な王だった。コーデラは話の中では、クーデター以来、地方で流行ったエレメント信仰に基づく多神教、その過激派に手を焼いていた。もとは大人しい集団だったが、エクサイス一世の「政策ミス」で、近年、急に過激になった。


イスミールは、初陣に当たる、土の新教討伐で功績を上げた。ルーシスは、ギルドメンバーとして、騎士団に協力し、彼も功績を上げた。


二人は幼馴染みから親友になっていた。序盤の思い出話はあまりないが、彼らの故郷は水の新教に攻められ、家族を亡くした二人は、思い切って都に出た。


その後、風の新教の討伐になるのだが、この時、彼らは、フェイトアに再会する。


風の教祖は、非常に「不真面目な」男で、信者から集めた金で豪奢な生活をし、無理矢理に、美女を集めて侍らせていた。


教祖には逃げられたが、解放した後宮には、フェイトアがいた。この時、分かるのだが、フェイトアの父は、表向きは都の貴族、母はその妾だった。だが、父は貴族ではなく、貴族を語った詐欺師だった。彼は都で、騙した相手に恨みを買って殺された。母は、知らせを受けて、巻き込まれるのを恐れ、娘を連れて逃げた。


フェイトアが風の教祖の後宮に入ったのは、どうやら母親に売られたらしかった。


後宮の女性達は、帰る家のあるものは返された。ない者も、被害者と言うことで、処遇は考慮された。しかし、フェイトアは「一番のお気に入り」という事で、女達から妬まれていて、「あの女がそそのかしていた」と讒言された。


イスミールは、王に直接、フェイトアも犠牲者であると訴えた。王は見せしめのために死刑にしよう、と一時は考えていたが、女達には、フェイトアが乱暴な教祖を諌めてくれた、と言う者もいる事、フェイトアの美貌が噂になっていて、有力貴族が何人も、「身元保証人」を申し出ている事、真面目な堅物のイスミールが、必死でかばう「幼馴染み」、と言うことに興味を示し、面会に行った。


結果、王はフェイトアを許したが、身柄は、自分の親友のライウェル伯爵に預けた。伯爵は、王家より財産がある有力者で、両親は無く、妻は王の従姉妹で、息子が昨年、生まれたばかりっだった。本人は騎士で、未来の団長と言われていた。


ルーシスは、これを「認めた」イスミールに、食って掛かった。イスミールは、王から、フェイトアとの関係を聞かれた時に、「幼馴染み」と答えていた。ルーシスは、


「お前が、俺の言う通り、『許嫁でした』と言えば、あんな奴に渡さなくて済んだのに。」


と泣き叫んだ。イスミールは、そういう問題に疎いので、


「でも、それじゃ、彼女が僕と嫌でも結婚しなきゃならなくなるだろう。あんな奴って、伯爵は、立派な騎士だ。」


と答えた。これはルーシスの怒りの火に油を注いだ。彼は、自分が今まで思っていた事、フェイトアが、恐らくイスミールを好きだった事をぶちまけて、罵った。イスミールは、自分が彼を何度も傷つけてしまった事にショックを受けた。さらに、ライウェル伯爵は、優秀な騎士ではあったが、裏で女遊びが激しく、妻が従兄弟である王の立場を考えて、何も言わないのをいいことに、あちこちに別宅を持って好きに遊んでいることを、ルーシスから聞いた。(彼は、より世情に詳しいため、ギルドのつてで、色々、「裏話」を知っていた。)


ルーシスは、翌日、ギルドを止めて、イスミールに何も言わずに、都を出た。




ここまでが一巻だ。




二巻目は、また二年後に飛んだ。子供時代の回想から始まり、リラの花畑で遊ぶ三人の描写から始まる。その後、教会に行った彼らは、勇者集合図の下で、将来の夢を語る。イスミールは親の後を継いで職人、フェイトアは都に行ってみたい、歌を習いたい、ルーシスは、二人の夢が「つまらない」と言い、自分は騎士になりたい、と語った。(問題の挿し絵はここだった。)


目が覚めると、現在。ルーシスは、「火の教団」と共に、レジスタンスで戦っていた。


「火の教団」は、唯一、まともなレジスタンス組織だった。カルト化した「水の教団」がラッシル国境付近に拠点を移したため、討伐は主に「火の教団」中心に差し向けられた。教祖は、レアルドという、ルーシスより僅か三つ上の青年で、風魔法使いだった。彼の妹ジェディナラは、「火の巫女」と呼ばれる、魔力の極めて高い、火魔法使いだ。赤毛に緑色の瞳の美しい女性で、ルーシスと同い年だ。彼は、彼女の側近の立場で、彼女に恋愛感情を持っているが、彼女自身は、あまり統率に向かない兄や、ややぼうっとした兄嫁のメリサ、兄にライバル意識が激しい、末弟のリアルドを、上手く仲立ち、実質参謀の立場なので、恋愛の余裕はない。さらに、先だって急性アルコール中毒で死亡した父親(前教祖)に毒殺の噂があり、犯人がリアルドという尾ひれがつき始め、調査に疲れていた。


二年の間に、王国は激しく変わった。王はヒンダから花嫁を迎えたが、シュクシンからきた踊り子に熱を上げている。騎士団長サンドノス、宰相アプライド、神官長リーリアナ他、優秀な家臣が支えているが、貴族の中にも離反する者が出てきている。ライウェル伯爵夫人(王の従姉妹だが、現在の第一位の王位継承者)を女王に、と言い出すものもいる。


ルーシスは、これを「噂」として、夕食の席で、都から戻ったばかりの間者のスパノスから聞いた。その時に、


「伯爵夫人は大人しい人だったが。」


と言った。スパノスは、


「ああ、昔はな。今は、しっかりしてらっしゃる。夫が妾に入れあげたり、お母君を亡くされたり、弟さんが戦死したりで、波乱を味わって、すっかり変わったな。」


と答えた。ルーシスは、妾の話しに心がざわつくが、その時、「怪しい奴を捕まえた」と、見張りが飛んできた。


捕まったのは、イスミールだった。麓の街(地理的にはアレガノス当たりだが、町の雰囲気はナンバスに近い)に買い出しに出ていた女性の仲間が、街のごろつきに絡まれた。その時に、旅の商人を名乗るイスミールが助けてくれた。


助けたついでに送ってくれたのだが、彼が去り際、仲間のアスメット(ルーシスとは折り合いが悪いが、腕の良い風魔法使い)が、いきなりウィンドカッターを投げつけた。彼はとっさに水の魔法盾で避けたが、その避け方が、アスメットによると「訓練された、恐らく騎士の動き」だ、と言う。


スパノスと、都にいたルーシスが首実験に呼ばれた。イスミールは、ルーシスを見て、目の色を変えた。ルーシスも一目でわかったが、答えられずに黙っていた。


イスミールの性格からして、好意で送ったんだろうが、商人に化けて何をしていたかと云えば、スパイだろう。結果、無欲の勝利で、アジトがばれた。このまま返す訳にはいかないが、本当のことを言えば、イスミールは殺される。恨んで決別したはずなのに、ルーシスは戸惑った。


しかし、彼が黙っていても、スパノスが


「こいつは有名人、騎士の『清流のオケアノス』だ。清廉で真面目な性格が、最近の王に疎まれてるって薄幸の御仁だが…運が無かったな。個人的にはあんたに同情するよ。」


と答えてしまった。


ジェディナラは、今夜は「占いによると子宝の日」だから、兄夫婦の邪魔は出来ない、自分も祈祷があるから、明日の朝まで閉じ込めておく、と、一堂を解散させる。


彼女は、ルーシスから幼馴染みが騎士にいる、と一度聞いた事があり、何かを悟って、


「知ってることを喋ってもらうから、丁重に。仲間が助けられたのは事実だから。」


と言い置いた。




ルーシスは、まだどうして良いかわからず、その場に佇んでいたが、リアルドは、アスメットに、


「知っている事を吐かせろ」


と言って、去った。


アスメットは尋問するが、イスミールが沈黙しているので、痛め付け始めた。


溜まりかねて、ルーシスが間に入る。




「なんだ。じゃまするのは、女の時だけじゃないのか。『お子様』は引っ込んでろよ。今度はリカルド様のお墨付きだぞ。」


と、にやついたアスメットが、イスミールの衿の部分を千切った。アスメットは、痩せぎすの自分の体にコンプレックスがあり、豊満で大柄な女や、長身で体格の良い男が大嫌いだった。女に関しては、ジェディナラだけでなく、さすがにのほほんなレアルドからも、きつく止められていたから止めていた。だが、男、しかも敵のスパイなら遠慮はしない。さらにイスミールは、体格や容姿がコンプレックスを強く刺激するだけでなく、奴の大嫌いな「紳士」だ。


「ジェディナラには、『丁重に』と言われただろう。明日の朝、傷があったら、お前だけじゃない、リアルドだって、絞られるぞ。ジェディナラを怒らせたら、どうなる。お前らじゃ、回復できないだろ。言っとくが、俺は治さないぞ。」


アスメットは、「お子様、が。」と言い捨てて、部下を連れて去った。


「すまない…。」


背後に、イスミールの声が聞こえる。俺は、彼の目を見ないようにしながら、無言で傷を治した。回復した彼は、俺に、水の回復魔法をかけ直した。ひんやりとした空気は、遠い昔を思い出させた。


俺は、彼の拘束具を外した。


「お前、逃げろ。」


彼は目を見開いた。


「お前、明日になっても、何もしゃべる気、ないだろ?レアルド様とジェディナラは、殺しは嫌いだ。だが、お前を只で帰すのは無理だ。だから、今のうちに逃げろ。俺達の移動が終わるまで、何も喋るな。明後日の正午まで。空のアジトを攻撃することになるってのは間抜けだが、お前の目的が偵察なら…。」


「お前を、探しに来たんだよ。」


俺が驚く間に、彼は続けた。


「水の、『おいてけぼり』の話は、聞いてるよな?彼等を保護した中に、満月亭の三男がいた。お前が、この街にいる、と聞いた。」


「…そうか。じゃあ、さっさと行け。」


「いや、行かない。」


「俺を連れ戻すつもりか?残念だな。壊れた物は戻らん。学習しろ。」


「僕が逃げたら、お前が罰をうけるだろう。だから、行かない。」


「…ふざけるな。今さら、なんだ。償いのつもりなら、余計なお世話だ。殺されるぞ。」


「構わないよ。『目的』は果たした。お前が無事、それがわかった。だから、もう…。」


俺は、彼を殴り飛ばしていた。殴り飛ばしたはずだった。だが、いつの間にか、彼に捕まっていた。


「最後でも、会えて良かった。」


耳のすぐ側で、懐かしい声が聞こえた。俺は、色々込み上げて、抗う気が失せていた。


「おやおや、こんな事態とは。」


アスメットの声。俺たちは、離れた。


「ルーシス、お前、イーズーとフーシーに迫られて落ちないから、男の方だとは思ってたが。」


と、口の端を歪めた、嫌らしい笑顔を向けた。アスメットや奴の部下だけなら適当に言い抜けるが、背後にリアルドがいた。


「お前は姉さんの贔屓だから、不遜な態度も我慢できたが。」


と、アスメット達に射撃合図をした。弾と火の盾、水の盾は相性が悪い。諦めたが、一瞬後、俺の前に入ったイスミールが、水の盾で、弾を全部止めた。


「彼と僕は幼馴染みです。再会は偶然です。僕は、騎士を辞めた身なので、ここの話を騎士団に伝える気はありません。


ただ、今は、ある高貴な方の命令で動いている身で、あなた方に敵対する立場には変わりないかも知れません。ですが、今、危害を加える気はありません。


もし、あなた方が、彼をどうしても許せないなら、僕は、彼を連れて逃げます。あなた方を全部倒して。」


イスミールは、盾を引っ込めて、両手で剣を持ち、魔法剣の構えを見せた。


その時ーー。




ノックが聞こえた。車掌が回ってきた。挨拶、そして帰っていく。


つい読みふけってしまった。この手の話は苦手なはずだが、何故だろう。続きを読む。


タイミング良くジェディナラがやって来て、助けた。彼女は、自分達は移動するが、そういうことなら、「仲間になれ」と、強引に同行を決めてしまう。ルーシスはジェディナラの信念に従い(自分の恋心にも従い)、仲間は抜けない。イスミールは、ルーシスのために逃げ出さない。


イスミールは、騎士団を辞めたが、騎士団長のために働いていた。騎士団は、水の追撃の時に、偽情報を掴まされ、危うく非戦闘員を大勢殺す所だった。


また、火と水の教団の仕業、と報告されていたテロ行為のいくつかが、虚偽であったと判明した。しかし、報告した者がスパイ、と単純に考えると、つじつまが合わない。


団長は、信用が出来、能力が高い部下を何人か選び、独自に調査に当たらせていた。イスミールはその筆頭だった。


二巻は、火の教団内部にもスパイがいる可能性と、ジェディナラがイスミールに好意を寄せ始めたらしいことを、仄めかして終わっている。


しかし、イスミールは、ルーシスに特別な感情を持っているように見えた。


はっきり書いてはいなかったが、そうだろう。なぜ、そう思ったか、自分でも解らなかったが、ほどなく気が付いた。


イスミールはホプラスに、ルーシスはルーミに、それぞれ似ているからだった。


読みふけってしまったのは、懐かしさからだったか。年を取ったわね。


でも、幼馴染み同士、か。実際に子供の頃から一緒にいた相手、安心できる空気を共有する相手、自然なのだろう。私の最初の恋人もそうだった。ミルファとグラナドも。


かぶりを振る。そうとは限らない。慣れすぎて、家族愛に近いものは持てても、恋愛にならない例だってたくさんある。


降りきるように、後書きに目を通す。著者には二作目で、前作より当たったらしいが、四巻はクーデターの影響で贈れる、とあった。


巻数か合わない、と思ったが、良く良く見ると、元は四冊分の本を、まとめて出版し直したらしい。


次は三巻、古い数えで五巻。来年春の予定らしい。


本物のリラの季節、海のように咲く春の庭。


その頃にはどうなっているかしら。私は庭を浮かべつつ、目を休めた。






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