(2).マリーゴールド
1.黄金のベルト(ジョゼ)
これでもか、と添えられた紅黄草。今でも夢に見る。
※ ※ ※ ※ ※
俺はジョゼ・ゴルドー、姓はご先祖が、産まれた土地から適当に付けたんだろう、と、叔父に聞いていた。
俺はタルコース領の片田舎、南東のゴールラスで生まれた。ゴールラスは「黄金の終わり」という意味だ。別に悪い意味じゃない。お隣のクロイテス領のゴールドルから、ゴールラスまでを「ゴールダベル」、黄金の帯、と呼び、ゴールラスはその終点を意味した。
ここでの黄金は、良質な小麦とビール、チーズ、あとは芋だ。
こう言ってはなんだが、タルコース領ってのは、伯爵様のお屋敷のある、ベルラインだけが都会で、後はどの街も田舎臭い。ご当主は、だいたいが騎士で、王都に住む。大貴族は手広くやってるから、優秀な身内は、王都に出る。ベルラインに残って直接管理するのは、余りの兄弟姉妹だから、垢抜けないのは、仕方ない。
田舎に生まれて、田舎に生きるしかない者は、田舎の仕事をやるしかない。領主でもそうだ。
俺の両親は早死にした。俺が二歳の時だ。俺は父方の叔父夫婦に育てられたが、叔父も義叔母も分け隔てのない人達で、俺より五つ上のマリィと、本当の姉弟のように育てられた。田舎って点を除けば、親に早死にされたとは言え、まあ、幸せな少年時代だった。
ここいらは、豊かな土地と恵まれた天候、まさに丁度な雨量で、同じタルコース領でも、山勝ちの農村や寒村に比べたら、豊かさは天地の差だった。一家一家の土地は広くはないが、空き時間は、地主の誰かの畑で働いたり、同じく地主のビールやチーズの工場で働いたり。うちは芋だが、土地が狭かった。だからと言ってはなんだが、工場で働く時間が多かった。他所じゃ、こういう暮らしだと、金もたまらん、早死にする、が決定事項みたいな土地もあるが、この辺は違った。組合がしっかりしていたし、教会も学校も病院も、田舎のわりには立派なのがあった。タルコース伯爵は、騎士や神官、魔法官の資質のある子供を探すため、教育にすごく力を入れていたからだ。
学校では、地主の子供も、小作の子供も、扱いは同じだった。地主、と言っても、だいたいは元は同じ農民だから、そこは気さくなもんだった。
ここらで一番金持ちで、手広くやってるのは、オネストスの旦那の所だった。芋もやってるが、ビール工場、チーズ工場は、ここの持ち物だ。次に、一番広い、芋と小麦の農地を持っているピウファウム家と、小麦と酪農をやってる、ナウウェル家がある。この他、ラーヤナ家、ヘパイストス家なんがが「田舎紳士」だが、前者は南方移民で、病院の院長、後者は王都から来た元魔法官で、学校の校長だった。彼等は、伯爵様と友人で、偉いには違いないが、農地は持ってなかった。それでも、名士はどこか繋がっていて、例えば市長のアースデュークはピウファウム家の遠縁、警察兼消防署長のラベライスは、ナウウェルの奥さんの従兄弟だた。一番羽振りの良いオネストスの旦那だけ、ラッシル移民で、そういう縁故はなかった。
ナウウェル家は、「水長者」もやっていた。
水道関係を全部仕切っているから、こう呼ばれていた。だが、これは前はクラマール家(元をたどれば、なんとかいう貴族の血が入っているとかで、他の地主と比べて土地はかなり狭いが、家柄は一番良い)と分けて持っていたが、後にナウウェル家が、全部買い取った。
権利をナウウェルさんが買い取ってくれて、本当に良かった。地元の者は、みなそう言った。
クラマール家の当主のクラムーロ(名前を聞くたびに笑いをこらえた)ってのは、まだ十四で跡を継いだ。年はマリィと同じだ。こいつは、とにかく気が短く、ちょっとした事で小作人を殴って怪我をさせた、メイドに刃物を振り回した、と、ろくな事をやらなかった。奴には二つ違いの妹クラリモンドがいたが、町中の学校に通うのに、わざわざ無償の寮に入っていた。別にきつい性格ではないが、兄の話になると、ちょっとした事でも、「私は無関係です。」「兄の話はやめて。」と直ぐに言うので有名だった。
家族でさえこれ、まして地元の者は、老若男女を問わず、屋敷で働きたがらなかった。屋敷にいるのは、奴の他、伏せ勝ちな母親と、養子にした従兄弟ラタトールだけだった。彼は、まだ、よちよち歩きの頃に、母親と赤ん坊の妹と共に、一緒に、実家にもどってきた。妹は直ぐ死んでしまい、母親、つまり馬鹿当主の叔母は、再婚してクロイテス領にいる、という話だったが、実は病気で、イゼンシャの病院に入院した。連れていかなかったんじゃなくて、連れていけなかった訳だ。
病気は、なんだか難しい名前の、骨の病気で、生まれつきだったのが、二番目の子を産んだ後に悪化した、という話だった。二番目の子が早死にした原因も同じ病気で、この子に病気が出たから、隠して結婚したのがばれ、離婚になった、という噂があった。一方で、骨の方は死ぬようなものではなく、放蕩者の夫から移った病気が原因とという噂もある。田舎の噂なんて無責任なものだが、クラムーロの母親も、病弱で寝たり起きたりだった。病人と子供がいるのに、健康な女手がまったくないのは不自由だから、ピウファウム家の奥さんが、メイドを三日置きくらいに貸していた。
一歩譲って、十四かそこらで、父親が死んで、跡を継がなければいけない、普通の奴でも大変だろう、それは解る。俺個人としては、わがままに威張り散らす程度なら、無理もないかと思う。しかし、奴の馬鹿ぶりは、ぶっ飛んでいた。
例えばいきなり殴られたり蹴られたりした人や、その家族が文句を言ったとする。謝るのは母親で、奴ではない。奴は開き直り、メイドが持ち物をぞんざいに扱ったからだ、小作の癖に態度が悪いからだ、と言い、最後の決まり文句が、「水を止める」だ。
俺の家は、奴の区域じゃなかったから、直接迷惑を被った事はない。しかし、町の半分も水を止められたんじゃ、たまったもんじゃない。実際、止められたのは一回だけだったが、二回目があるようなら、伯爵に訴える、と、旦那方が釘を刺したから、二回目がなかっただけだ。
水を止めた理由は、前の日に、武道の道場を破門になっていて、その八つ当たりだった。実に下らない。
マリィと、幼馴染みのランスロとギゼラが、たまたま居合わせたから詳しく聞いたが、笑っていいのか呆れていいのか、わからん話だった。
その日は師範は留守で、代わりの先生も都合が付かず、少年部の生徒は自主稽古していた。終わりごろ、急に奴が現れ、何か指導らしき口出しをし始めた。表向きは兄弟子に当たるから、これだけなら一応、問題はない。
清掃の時間(道場なので、鍛練の一貫として稽古場の掃除をやっていた)になった時、奴が置いておいた荷物を、女子が脇に片した。ほんの五歩程度、よけてどかしたら、「引きずって運ぶな」と、運んだ子を、いきなり蹴飛ばした。
蹴られた子の友達が、割って入ったら、刃物を取り出し、振り回した。刺しはせず、服を切っただけだが、子供、しかも女子相手に、これは大事件だ。強い男子が、四人がかりで取り押さえ、素早く大人を呼びに行った。
「駆けつけたら、四人がかりったって、八歳かそこらの子供に、押さえられてるのよ。タラとリタの件があるから、それころじゃないけど、後で皆で笑ったわ。」
マリィ達は、隣の組合事務所にいたが、騒ぎがあったので、後から駆け付けた口だ。俺は、四人の子は大丈夫なのか、と聞いたら、
「ああ、平気よ。奴が文句言えない家の子だから。」
と言った。オネストスの旦那のとこの、下のコンストぼっちゃんを筆頭に、ピウファウム家の双子ベルビオグラスとベルストゴール、ナウウェル家の末っ子のアダルの四人だ。
「後でピウファウムさんと奥様にお会いしたから、ざっとお話たら、かなりしかめ面してらしたわ。奥様はお人好しだけど、今回ばかりはどうかしらね。援助打ちきりになるかも。」
マリィが楽しそうに言うと、叔父ががたしなめていた。が、叔母はマリィと似た意見だった。彼女は、ピウファウムの奥様が甘やかすから、母親は家事をしなくなり、ごろ寝ばかり、クラムーロも馬鹿になったんだ、と言った。
「人には分相応って物があるのよ。お金がないなら、自分の手足を動かすのが当たり前。子供がいるのに、家柄とか身分とか、世話しないでメイドを使うのが当然なんて、何様なんだか。」
叔母の発言に、叔父が、いや、一応、「クラムール様」だから、と言ったら、母娘は笑い転げた。
水が止まったのは、翌日の朝だった。奴は管理場の鍵を持ったまま、隣街の酒場にいた。管理場は、オネストスの旦那に言われて、叔父が斧でドアを壊し、中に入って装置を起動した。
水の権利は、ここだと、伯爵様から与えられているもので、売買や譲渡は、許可がないと駄目、権利の利益は使っている住民からじゃなく、伯爵家から管理費が出ていた。この時に、伯爵様に、今までの事も纏めて訴えとけば、さっさと取り上げる事も出来たが、何せクラムール家は、水の権利以外に、纏まった財産がない。家柄は古いから、「物持ち」だったが、先代が亡くなる寸前から、水の事件の時までに、ほぼ売ってしまったそうだ。後で知ったが、クラリモンドが費用のいらない寄宿舎にいる一番の理由が、これだった。
旦那方で、買取りの相談をしたらしいが、買取るには、伯爵家にも説明がいる。伯爵様に言うには、「二回目」を条件にした手前、その相談は流れた、という。買取るとしたら、家が近く、次いで家柄が良いと見なされていたナウウェル家(クラムーロは、農民出身が明らかなピウファウム家や、移民のオネストスの旦那の事は、ガキの癖に見下していた)だが、ナウウェルの当主は、買取りには、やや消極的だった、という。
ギゼラが、
「ラタトールの教育や、クラリモンドの結婚もあるから、先の事を考えて、田舎を出ます、でいいのにねえ。」
と言っていた。ランスロは、
「誰か、伯爵様に言い付けちまえばいいのに。だいたい、メイドも小作も、ピウファウムさんから借りてる癖にさ。守ってやる名誉なんて、ないじゃんか。」
と文句を言っていた。
「事件」が起きた時、俺は、二人の発言を思い出していた。
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