2.シーラス会談(ガルデゾ)

会談は、無事に始まったが、終わりは無事では無かった。




船が無い、と言って出席を拒否したリルクロウだが、ラッシルが迎えをやって参加させた。ラッシルが執心している鉱石は、キャビク山の北側で取れ、そこはエイドルの管轄だった。だが、量は少ない。島の北部に豊富な鉱脈を期待していたようだ。北はリルクロウが占領していたので、彼等が欠けるのは、ラッシルとしては不味かったのだろう。


エイドルとデラクレスは妙に大人しく、事前に会談に対する姿勢については、何も伝わってこなかった。


ジャントは正統な王として、エイドルに見劣りするわけには行かない、と、海軍を五割近く連れて行ったが、ターリは弓部隊をまるまる残し、歩兵や騎馬兵も殆ど残された。服装は、へボルグで手に入る物を出来るだけ整えたが、王として前王から継承した品の数々は、都に殆ど置いてきている。陣中に持ってきているのは、兜にもなる、狼頭の王冠だけだった。エイドルが、勝手に国王の正装でも整えた日には、ジャントはその場で斬りかかるかもしれない。


だから、人の数で圧倒したがった。ジャントは希望者を全員連れて行きたがったが、父が、


「戦いに行く訳ではないから、陸に上がる側近の数は抑えましょう。」


と進言した。確かに、コーデラとラッシルに警戒されては困るし、シールの守りもいるので、当初の予定より、数は押さえた。


会談中は、定期的に船を一艘往復させて、様子を知る手筈にしていた。当然ながら長引いたので、交代要員も送る。


リルクロウは北部と西部の独立と、その王権を主張した。北部はともかく、西部はむしろ中立地帯だ。リルクロウが覇権を持ってはいたが、ジャント派の地域も、デラクレスの専有した都市も含んでいる。


デラクレスは、現在占領してる都市を、独立した自治領にし、フィルスタル・キャビクに対する納税義務を負わない事を要求した。彼等は、アルトキャビクを四分割して分けろ、とも主張した。しかし、そもそも、アルトキャビクは、完全に、彼等の勢力の外だ。


エイドルはシーラスレを中心とした東部を、「公爵領」として要求していた。後は、アルトキャビクに残る研究施設の移転。それらが叶えば、独立して宮殿は出る、と。納税は拒否したが、同盟は結び、戦争の時は、兵士と魔法使いは提供する。祭礼には臣下として参加する、とも。


「公爵」ならずとも、「爵位」「貴族」という概念は、元来はキャビクの物ではない。ラッシルが裏で糸を引いていそうな発言だ。


ジャントは、当然、全部に否定的だった。


俺は、出立前にジャントと話し、エイドルにラッシルの「ピョートル公爵派」が着くのであれば、こちらは、会談主催者のうち、「ニコライ皇太子派」のトージェフ伯爵か、コーデラのコースル伯爵を味方につけたい、と展望していた。会談とは別に、この代表達と特別に話が出来れば、と意見していた。しかし、ジャントは、


「キャビクは、ラッシル領でもコーデラ領でもない。祖父は確かに、母の実家から援助を受けていたが、媚は売らなかった。」


と、最初は頑なだった。俺は、


「前王の実績と経験があるから、それは可能だった。だが、今の俺達は違う。譲れないのは、フィルスタル・キャビクの王権と、アルトキャビクがエインジャント王の都だ、と言う点だ。


『若い情熱で王位を失う悲劇の人』になるより、『若いが駆け引きに長けた狡猾な王』と印象づけたい。」


と話した。ジャントは、暫く考え込んだ後、


「そうだな。祖父の時と違い、外国が積極的なのは、エイドルのせいばかりではないな。俺に度量があることを見せなくては。」


と言っていた。


この事から考えると、「王権」「都」の両方を主張していないのはエイドルだけだ。彼は、王族としての正装はしているが、国王と見なされる格好はしていない。つまり、王冠のような物は被っていない、と聞いている。手を組むなら、エイドルなのだが、ジャントは渋っているようだ。


俺はジャントに手紙を書いたが、返事には、エイドルに不信感を持っている理由が書いてあった。


コーデラ側の随伴者の一人が、ジャントにこっそりと、「エイドル」が偽物だ、と進言してきた。根拠は、ピアスだ。


随伴者(どういう身分の物かは不明)は、エイドルの都奪還の宴に出ていた。そこでエイドルに挨拶をしたのだが、彼は両耳に、確かにピアスをしていた、という。その時、エイドルは父親の形見の、儀式用の首飾りを着けていたのだが、ピアスは小振りながら、首飾りと揃いの、珍しい石だったので、注目していたそうだ。


しかし、会談に出て来たエイドルの耳には飾りがなく、ピアスホールが無いのが丸見えだった。


進言者は、キャビク人にとっては、ピアスは女性が開けるもので、男性は、開ける事はまず無い、という習慣は知っていた。直ぐにシャリーンとエールに確認を取った。彼女達は、身の回りの世話をしていたからだ。宴の前日に、エイドルが熱を出して寝込んでいて、出席が危ぶまれた話をしていた。看病の時に、耳を見ている筈だ。


二人とも、


「発疹の出る病気では無かったから、細かく調べてはいない。でも、ピアスホールがあれば、気づいている筈。気付かなかったのだから、無かったと思う。」


という主旨の答えだった。


俺は、彼女達の回答に添えて、意見をジャントに書き送った。


「兄のジャントが来ることが分かっている席に、偽物を出す利点はないと考える。やるとしても、身内をごまかせる程、エイドル似の者が、そう居るだろうか。ピアスのように見える耳飾りもあるし、それだけで判断するのはどうか。」


しかし、ジャントは、別にそれだけで判断した訳ではなかった。


俺が返信を送ったのと入れ違いに、ターリから手紙が届いた。内容は、


「新市街の雑貨屋に、エイドルそっくりの少年がいた。会ったのは二度ほどで、エルキドスとカイオンも一緒だった。確か、仕入れで旅をしている事が殆どで、滅多に街にいない、と言っていたが、彼らが雇っていたのかも知れない。店には、お前も一緒に行った事がある筈だ。」


と言う内容だった。


その雑貨屋「エイドル」は、グレタの両親の店だ。


初めてグレタに会ったのは、カイオンとターリと共に、店に行った日の事だ。


シャルリの誕生日に送る品を買うため、街に出たら、偶然、二人に会った。雑貨屋にエイドルの用事で買い物に行く所だった。


「凄く珍しいものがあるから、一緒に来いよ。エイドルと同じ名前の店なんだ。」


と誘ったのはターリだ。


行った所、古代の水の女神の様に、澄んだ薄い青紫の瞳をした、美しいグレタがいた。しかし、ターリの言うほど珍しい品は無かった。


後でカイオンにこの話をしたら、


「珍しいだろ。あの辺りの店に、あんな上品な感じの女性は。」


と言われた。


グレタから、弟と妹が一人ずついて、二人共、養子だ、と聞いていた。妹のラーンには何度か会ったが、弟のゲルドルには、会ったことがない。ターリの言うとおり、仕入れに出ている事が多かったからだ。


ラーンが東方系だったので、兄の(何故かラーンの実兄と思っていたのだが)ゲルドルも東方系だろう、位の認識だった。


しかし、そのゲルドルが、襲撃から逃れて生きていて、エイドルの為に働いていたとしても、やはり、大事な会談に、身代わりを立てる利点はない。暗殺を警戒しているのかもしれないが、ジャントはそのような陰謀は嫌いだ。リルクロウとデラクレスは、要求を聞く限り、エイドルとは、利害が重ならない。動機がない。彼らがやるとしたら、ジャントだろう。


ただ、どの陣営にとっても、コーデラとラッシルの見張る中で、エイドルを暗殺するのは無謀だ。


エール達に、ゲルドルに心当たりはないか聞いて見たが、知らなかった。だが、カイオンは七、八人程度の、私設隊を持っていたから、中の一人がそうかも知れない、という事だ。


先の返信は待たずに、ジャントとターリに宛てて、新しく得た情報を送った。グレタの話を書くべきか迷った。私的な事なので、書かずに置くのが正解だが、他の者からジャントの耳に入るよりは良いと思い、書き添えた。もし、グレタと再会できたら、と言う考えも出て来た。


だが、新市街の様子を聞いてから、グレタの事は半ば諦めていた。仮に生き延びてくれたとしても、自由の効かない今は、探しようがない。


彼女の事を考えると、後悔の念が湧き上がる。脱走して家族や恋人を探そうとして、処分された兵士達もいた。俺は、ジャントの、より良き養人であることを選ばざるを得ない。




次のジャントの返信は、俺のこの手紙を読んでから出された。グレタの事に対する、慰めの言葉が添えてあった。


しかし主文は、当然ながら、会談の話だ。


エイドルはカイオンとグーリを連れてきていた。ジャントは二人と話したがっていたが、会談の約束事に、主催者を通さない直接交渉は控える、と言うのがあった。ただ、ターリはグーリとは兄弟なので、この二人だけなら、なんとかなりそうだ、とも書いてあった。


私事になるが、シャルリの様子も知りたい。俺は返事に、


「姑息かもしれないが、父に、娘の消息を知りたいから、と言わせてはどうか。」


と書いていた。


だが、その返事は出せなかった。




キャビク山が噴火し、混乱に乗じて、リルクロウの一派が、アルトキャビクに攻め入ったからだ。

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