4.勇者の死(サンド)

エイドルの16の誕生日の頃、ジャントは、西のカッパボギアの鉱山都市に遠征した。海に絶壁の銅山が隣接していて、海側から鉱石を採取するという、珍しい所だ。


「フィルスタル・キャビクの正統な後継者」を名乗るフィンド という男が、この街で反旗をひるがえした。前王は実は二回結婚しているのたが、死に別れた先妻に、実は子供がいて…という、お約束だ。


前王は、二回の結婚なんか、していない。二回も三回も結婚したのは、前王の父だ。年の離れた弟のオーレオンより、結婚が遅かったせいで、その間に、誰か居たのだろう、と思われてはいた。


敵は、山賊が街中に出てきた程度の規模だったが、俗に言う「潜称者」の場合、国王か王子が直々に討伐するのがフィルスタル・キャビクだ。


それに、秋が進み冬に入ると、北国では、軍を進めるのは、難しい。


海から攻めるので、アージュロスと俺が共に進んだ。ターリの弓部隊も、陸側から陽動した。ジャントは先陣を切りたがったが、万が一を考えて、俺達の後方の船に乗せた。


捉えてみれば、前王どころか、先妻とも似ても似つかない、東方系のひょろっとした男だった。いっそ、ノアミルの隠し孫とでも言ったほうが、まだ通じるのではないか、と思った。


ジャントは即処刑してしまいたがったが、俺は、


「黒幕を聞き出そう。」


と薦めた。一先ず処刑の心配がなくなったからか、平謝りに謝るフィンドは、あれこれしゃべった。彼は、自分が本当に王家の血筋だとは、思っていなかった。鉱山で働いていたが、賃金が急に減額されたので、不満を持った友人達と立て込もったら、支持者が集まってきた。金や武器を匿名で貢いでくれる人達もいて、気がついたら、王子だという噂が流れていて、後に引けなくなった。


その貢いでいた奴等の事を知りたがったが、地元の者では無かったようで、結局は不明だ。


「『遠く』から来ていた、ということでしょうな。」


とアージュロスが言った。俺は、


「早急に戻って、洗おう。」


と言った。だが、ジャントは、ここで勝利の宴を開き、「潜称者」に勝ったことを広める、と言った。ターリは彼に賛成した。


ジャントは、フィンド達から、武器を取り上げて、一味をばらばらに街を追放した。


「帰ったら、修道院にシールを迎えに行く。考えてみれば、わざわざ、穢れに首を突っ込むこともないからな。」


と、豪快に笑っていた。




ヘボルグの港町まで戻り、迎えに来た(援軍の予定だったが)ガルデゾと共に、勝利の宴を満喫しながら、都に帰ったら、いよいよ、シールとの結婚式だな、おめでとう、と、俺が言うと、ジャントは、


「ああ。ありがとう。待たせて、すまなかった。お前とシャルリ。」


と言った。やっぱり、気付かれていたか、と、感嘆していると、アージュロスとガルデゾが、俺とシャルリとの事を、一座に話して、乾杯を始めた。


「カイオンも、来年には腹を括るようだし、次はガルデゾかな。」


と、ジャントが笑う。


俺は酒で照れをごまかしながら、シャルリは今ごろ、どうしているかな、と考えた。エールと共に、王宮で、シールを迎える準備に忙しいだろう。同じ月を見ているかも、と窓から空を見上げて、今夜は新月だと、あらためて思い出した。


急に、入り口のほうが、騒がしくなった。宴会、遠くで騒ぎ、と聞くと、嫌な予感がした。


それは、的中した。


兵士が一人、慌てながら、


「アルトキャビクから、シール様が!」


と、駆け込んできた。直ぐ後に、シールと剣士一人、二人の修道女らしき女性が、転ぶように駆け込んできた。


ジャントは、シールに駆け寄った。彼女は、安心したのか、気を失った。俺は、シールが気絶しているのに、どうしたんだ、と、間抜けな質問をした。


「やはり、身分のある御方でしたか。」


と、剣士の男性が言った。


「申し遅れました。ラッシルの貿易商のイワン・タッカと申します。」


ニュボルグに滞在していた彼の護衛が、港でもめている、三人を見つけ、屋敷に連れ帰った。主人らしき女性(シール)が、カッパボギアにいる婚約者の所に行きたいが、船を出してくれる人がいなかった、と言っていた。国王の勝利は伝えられていたが、戦闘が終わったばかりの土地には、一般の船は行きたがらない。頼み込んで出してもらえたとしても、ぼったくりか、ひったくりかだ。説明したが、彼女らの意志は変わらなかった。訳有りと思い、自ら数人を引き連れて、送ってきた、と言う。


ジャントは、タッカに深く感謝した。しかし、タッカも、アルトキャビクで何があったか、までは知らなかった。それは、修道女達に聞いた。二人は勤めて落着き、筋道立てて説明しようとしたが、慣れない男性の軍人に囲まれているため、やや手間取った。


修道院に、王宮からの使いという一団が来て、ジャントが早めに帰城した、だから迎えに来た、と言った。リーダーらしき男性は、王家の委任状を持っていた。


しかし、女傑の修道院長は、信用しなかった。


まず、役人の署名入りの委任状を疑った。シールを連れ出すように、とは書いていない、単に「持参者は任務の権利を有する」程度だ。王宮には、父親のオーレオンも、義弟となるエイドルもいるのだから、筆跡が分かる彼らが、一筆書いて、知己のエールやシャルリに持たせれば良いだけではないか。


修道院長がこれを言うと、実はジャントが負傷しているので、こっそり帰ってきた、と答えが来た。しかし、その口ぶりが更に怪しかったので、問い詰めたら、剣を抜いてきた。


「とにかく、シール様をお守りしなくては、と、夢中でした。逃げ出して一度王宮に向かいましたが、王宮の方から人が大勢、逃げてきました。口々に言うことが違うのですが、オーレオン様が殺された、エイドル様が捕まった、とか、誰々が裏切って暴徒を手引きした、王宮は火事だ、等々、もう、訳が分かりませんでした。


オーレオン様の事を確かめに、王宮なな、と思ったのですが、シール様が、


『恐らく、敵はだだの暴徒ではありません。まだ町外れは静かなようですから、通れるうちに、抜け出しましょう。母の侍女だった女性の家が、ウルノ村付近にあるわ。』


と、おっしゃいました。


運良く、街を出てしばらくの所で、王宮に向かうシルス様の御一行とお会いしました。シルス様は、エルキドス様の用事でシーラスレから戻ってきた所で、私たちの話には驚いておいででした。当座のお金をお借りし、陛下の元まで、なんとかたどり着いた次第です。」


シールが冷静な女で良かった。しかし、シルスはやはり気が利かない。カイオンあたりなら、自分が付き添ってきただろうに。


三人が、結局、ジャントの所までくる決意をしたのは、ウルノに繋がる街道まできた時に、「異変」を感じ取ったからだった。ウルノへの山道は、「山賊」が出たから、と通行止めで、その山賊を退治するのに、街に逗留している「兵隊」が、手を貸している、という話を聞いた。


山賊の話は本当らしく、街の人が被害にあっていた。しかし、「正規の兵士」を名乗っている一団は、服装こそ正規の物だが、それにしては、柄が悪い。会話からは、アルトキャビクの事を知っているようであるが、この手前の町には、噂は届いていなかった。正規の隊であれば、知っていて、アルトキャビクに駆けつけないのはおかしい。


シールは、予定の行動は取らず、街を抜けて港に向かい、船に乗った。


「シール様は、カッパボギアに行きましょう、噂より早く、陛下の元までたどり着けば、助かるから、と、道中、反対に私たちを励ましてくださいました。


ベクリの港に、コーデラの船が何隻か来ている話を聞いていますから、その船主の侍女、という設定にしました。」


コーデラの船については、帰り道に威嚇しておくか、という話を、ジャントとしていた。こんな所で、厄介者が役に立つとは。


シャルリの事を聞きたかったが、ガルデゾとアージュロスが言わないのを、俺が先に言うのは憚られた。ジャントすら、奥に運ばれたシールの側には行かず、ここにいる訳だ。


兵士の間に、ざわめきが広がる。アルトキャビク出身の者も数多い。一人が興奮して、女性の名を叫んだ。妻か恋人だろう。


「皆、落ち着け。」


とジャントが言った。


「我々は、これからアルトキャビクに帰還する。ただし、凱旋ではない。まだ詳細は不明だが、わがフィルスタル・キャビクを脅かすものは、この北の地にはない。忘れてはいけない。どんな敵が待ち受けようとも、この剣に血を吸わせるだけである。フィルスタル・キャビクは、不敗である。」


しんとする中、俺は、


「フィルスタル・キャビク!」と叫んだ。ガルデゾ、アージュロスが続く。それは雄叫びから歓声になり、勝ちどきにも似た興奮に包まれた。皆、ジャントとキャビクを称えて、正体の見えない敵を倒すために、団結した。


ジャントには、


「ありがとう。お前が一番に叫んでくれたお陰だ。」


と言われた。




これからが目まぐるしく、大変だった。


巻き込んだついでに、タッカには役に立ってもらった。敵が何であれ、外国の商人には手は出さないはずだ。大国であれば、介入の口実になる。だから、彼の妻の妹ということにして、シールを匿ってもらった。妻はコーデラ人なので、妹としても、外見に違和感はない。


ジャントとターリは内陸の陸路を通って、ガルデゾは先行して、都の様子を探りに出る。アージュロスと俺は、沿岸部を巡り、各都市で地盤を固めながら、都を目指す。


その予定だったが、俺はファルジニアを押さえに、ダグログスの修道院に行くため、ガルデゾと途中まで共に行く事になった。彼は、「敵」は、シールと結婚して、王になろうとしているから、彼女を傷付けずに浚おうとした、と推測していた。だから、シールが逃げた今は、ファルジニアを狙う。


ガルデゾは頭の回る男たが、俺は、これはどうかと思った。シールは養女で、王位は継げないし、ファルジニアはまだ赤ん坊に毛が生えたくらいだ。それなら、まだ、ナスタシャと無理矢理に再婚したほうが、現実味がある。しかし、確かに、この言い草はないかもしれないが、シールにもファルジニアにも、利用価値がある。シールはコーデラ王家の遠縁、ファルジニアは、ジャントとエイドルが、子供がいないまま早死にすれば、王位継承者だ。


「子供との結婚なんて、アンドサンク派かよ。」


と、自分で言っておいて、はっとした。ガルデゾは深く頷いていたが、マニクロウの残党かどうかには、猜疑心を持っていた。


「前王が寛大すぎたとは、俺は思わない。奴等ほどじゃなくても、抵抗している連中はいたからな。お互い共闘する気がないのが救いだったが、全員処刑の結末を聞いて、死ぬ気で結託されたら、厄介だ。


勿論、どうせ処刑されないなら、抵抗してやろう、という思考もあるが。ただ、記録を読んだが、マニクロウは、徹底的に打ちのめされて追放された。彼らに協力して王位を捕らせてやろう、とまで、思い入れている奴等が、残っているとは思えない。」


しかし、他の氏族と違い、壊滅したと思われているマニクロウには、自由があった。何かの後ろ楯を得たかもしれない。


結論が出ないまま、岐路に差し掛かる。


ダグラシ街道の分かれ道で、俺は田舎に、ガルデゾは都会に進んだ。俺の手勢は三名で、一人は、シールに付いてきた、修道女のノーマだ。以前はダグログスにいたので、話を通しやすくするためだ。ジャントとシール、アージュロスの署名入りの手紙を、彼女に持たせた。女連れだと遅くなるから、気は進まなかったが、意外に山道が得意な女性だったので、助かった。


修道院の明かりが、遠目に見えてきた時には、夜になっていた。真っ直ぐ行くなら、ここから、一度、急な坂を降りて、また上がらないといけないが、回り道は、暗くて不安だ。この付近は、小型だが、山猫のモンスターも出る。


どちらにするか、迷っていると、脇の茂みで音がした。俺は、迷わず剣を振るった。やましくない者は明かりも持たずに、茂みには隠れない。


「切るな!俺だ!」


しかし、人だ。聞きなれた声がする。


カイオンだった。


「なんでここにいる、城はどうなった、エイドル達は無事なのか、シャルリは?」


「なんでここにいる、ジャントはどうした、もしかして、シールも一緒か。」


俺達は、同時に尋ね、そして笑った。カッパボギアを出てから、初めて笑う。


カイオンは、一人だった。回り道を進んでいたが、人の気配がしたから、戻った、と言う。


「城から、追って人が来る手配をしているんだ。エイドルが、隙を見て、都合をつけてくれる。何人になるかわからないが、最低二人、お前は面識ないが、風魔法使いが一人と、後はシャルリが来るはずだ、多分。」


シャルリの名前に我を忘れかけたが、エイドルが「隙を見て」という言葉が、気になった。


「監禁されているのか?シールが、街で噂を聞いていた。」


「いや、監禁はされていない。だけど、このままだと、無理矢理、即位させられる。本人は固辞しているが。


まだ地方には、細かい話は、伝わってないみたいだな。」


「何だって!?」


思わず、「ナスタシャ様が?」と言ってしまった。カイオンは、眉間に皺を寄せ、「さすがに違う。」と言ってから、


「ナスタシャ様は、亡くなった。」


と続けた。


クーデターを起こしたのは、ノアミルだった。彼は、ジャントを廃して、エイドルを単独で王にする、と宣言した。ナスタシャは、ノアミルに抗議して、殺された。


ナスタシャの主張は、あくまでも双子王、ジャントを廃位することではない。ノアミルが急変した理由はわからない。だが、彼は、アンドサンクの残党の助命をしたし、ナスタシャのラッシルよりは、故カミュイーネのコーデラに近づきたがっていた様ではある。


しかし、ノアミルの、表情の少ないながらに、優しく笑った顔を思い浮かべ、彼のどこに反逆があったのか、疑問と引き換えに首を降った。


「オーレオン様は、派手に北門から逃亡した。南側にシールの修道院があったからな。まだ連絡がない。


父は、エイドルを守っている。グーリは、上手く逃げ出せたら、ジャントの所に向かう筈だが。


エイドルには、即位要請には、はっきりした返事はしないように言ってあるが。頭はいいが、駆け引きは苦手だからな。」


「あの、それでは、シャリーン様と、エールさんは?」


と、部下のメクスが聞いた。隣にいたリオンは、少しメクスを小突いた。


カイオンは、


「二人は、とうにアルトキャビクを出ている。詳しく聞いてないが、メクティにいる知人の見舞い、と言ってた。無事だとは思う。ただ、ノアミルの事を知っていての行動かどうかは、わからん。」


と、淡々と答えた。


とにかく、先にファルジニアを確保しよう、と、俺達は先に進んだ。カイオンは、俺がジャントの手紙を見せると、嬉しそうな顔をした。彼は、ノアミルに従う振りをして、ファルジニアを連れにきたが、アルトキャビクに連れ帰る積もりはなかった。連れ帰ったら、エイドルが即位を固辞した場合、ノアミルは、自分の配下をファルジニアと結婚させるだろう、と考えていた。それでも隠す当てはないし、どうしたものかと思いあぐねていた、という。


「ボルグ司祭長は、幼児の婚礼には、絶対に、首を縦に振らない。ノアミルは脅しているらしいが、今の所は撥ね付けている。それも、時間の問題だ。聖職者に、まさか拷問はないだろうが、国王の母親を殺す奴なら、聖職者を殺すかもしれない。」


再び、ノアミルの顔が蘇る。記憶の彼は、常に穏やかで、冷静沈着だったと言うのに。




今は道を進む。




カイオンに言われて、探知魔法を使えることを思いだし、先頭は俺になった。次がメクス、その次がカイオンで、ノーマ、リオンと、後から着いてくる。カイオンは、よく見ると、利き腕の右手と、左膝に、包帯を巻いていたし、背負っている盾にも、ひびが入っている。


「切り傷じゃない。言ってみれば、打ち身かな。敵に、水鉄砲使いがいたから。」


と、腕を軽く押さえて見せた。水の攻撃魔法は、氷塊か、水鉄砲だ。水鉄砲は威力が劣るが、氷塊にくらべ、軌道の操作はしやすい。カイオンの利き腕を狙うなんて、相当な腕だ。そんなのが敵にいる、と思うと、陰鬱な気分になった。しかし、カイオンは、


「落ち着いたら、防具屋を絞めるよ。魔法を二発、受けただけで、これだ


。頑丈な新素材と聞いていたのに。」


と、笑って見せたので、みな、雰囲気を柔らかくした。


修道院の入り口が近づき、灯りが大きく鮮明になった時、あと少し、と、心が軽くなる。


その時だ。


背後で、悲鳴が上がった。振り替えると、リオンとノーマが切られていた。メクスがうずくまっている。リオンは背後にノーマを庇うように、剣を構えている。


カイオン達三人以外に、武装した連中達がいた。南方の民族衣装みたいな、マフラーで顔を隠している。ノーマを切ったと思われる奴は、血塗れの剣を手に、今度はカイオンと向き合っていた。


俺は、メクスの体を踏み台にし、飛び上がって、そいつを切った。他に三、四人はいるようだが、俺とカイオンなら、問題はない。


そう、肩越しにカイオンに、声をかけた。


かけた筈だった。


だが、俺の声は出なかった。


「背中を預けてくれて、感謝するよ。今の俺じゃ、真っ当な勝負じゃ、お前には勝てない。」


カイオンの剣は、背後から俺を貫いていた。膝を折る。


何故、と問いかけた。声にはならなかったが、カイオンには通じた。


「当たり前だろう。俺は、エイドル『陛下』の養人なんだよ。」


目が暗くなり、彼の表情は見えなかったが、笑っているように思えた。


「カイオン様、手紙が血に汚れてしまいましたが。」


一人が語りかけ、彼はそちらに向いた。


俺は、最後の一刀、瀕死の体を奮い立たせ、全身全霊で、カイオンを刺した。どこを刺したか、わからない。剣に手応え、耳に悲鳴が聞こえる。俺の体は、もう痛覚は無かったが、あちこち切られる感覚はあった。




そう言えば、風魔法使いがいる、と言っていた。ウィンドカッターに切られる感覚は、こういう物なのか。




最後に、一瞬、シャルリの顔がまぶたの裏に浮かんだ。そして、暗闇が広がって、消えた。


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