操り人形は知る。

@-uraurara-

第1話 芽吹き

それはルーレの心が芽吹いた瞬間だった。



木の頂上で息を呑む。目の前の景色には2色しかなかった。


周りの木より遥かに大きかった木からは見た景色、――それは一面の緑だった。

上を見上げると、どこまでも青が広がっている。ふわりと風が吹くと下の緑は少し揺らめいて、上の青はびくともしない。



″この世には緑と青の2色しかない″。それは今まで教えてもらったこととは違うけれど、ルーレは確かにそうだと思った。


(あのたくさんの緑はなに?上の一面の青はなに?さっきまで周りにあった木たちなどこにいってしまったの?)


ルーレの中に好奇心が芽生え飛び交う。


ルーレは今、自分にはたくさんの知らないものがあると、世界にはたくさんのものがあると、自覚したのだ。



ルーレは操り人形だ。心がなく命令によって動く道具だ。


心がないはずだった。



「ルーレどこいったのー?大丈夫ー?」


そんな若い女の人の声が辺りに響いた。


ルーレは木から降りると、目の前にはショートカットの女性、コハルが立ちすくんでいた。


「え?え!まさか木に登ってたの?なにやってんの!!危ないでしょ!!」

「ぁ…あ、あれなに?緑の。」


ルーレは木を指して、尋ねた。ルーレの紫色の瞳が揺れている。明らかに動揺している様子だ。


コハルは訳がわからなかった。


…なんでそんな質問を?あれ?そんな質問しろって命令したっけ。

いや、そもそもルーレが木に登った意味がわからない。そんな命令した覚えがない。


まるで自分の意思で動いているような――


ある一つの答えに辿り着いたが、いやまさか…と首を振る。出来る限り平然を装ってコハルは答えた。


「葉っぱでしょ?葉っぱじゃ、ないの?」

「あの、あのね広がってたの。下が緑で上が青で…。ぁ、あれなに?」

「…え、あの木の上でのこと?え、下に森が広がってて、上は空だったんじゃないの?」

「森?あの緑、木なの…?そうなの?すごく小さかったよ?

上は空。…ぁほんとだ。空は青いね。」


ルーレは上を見て「あぁ、そうだ」と頷いている。木の葉っぱに触れて、「そっか、そっかぁ。葉っぱだったんだ。」とまた頷く。


コハルは目を見開いて固まって、やがてその場ずるずるとしゃがみ込んだ。


(あぁ、心が芽吹いたんだ。確かに、確かにルーレの心はあったんだ!!)

しゃがみ込んだコハルの頬をゆっくりと伝い、やがて涙は地面へと落ちた。




″操り人形″

それはコハルたち種族だけが生み出せる便利な道具で消耗品だった。


少し不便なのは身体が弱く、転んだくらいで怪我をしてしまうこと。…まぁ、また新しく作り直せば良いのだから、コハルたち種族にとって大した問題ではなかったが。

あと噂によると、姿形は幻の種族と呼ばれる人間と酷似しているらしい。


そして、その生み出された操り人形には都市伝説があった。


操り人形たちには実は心があって、心が芽吹くことがある、と。


毎年コハル属する種族では、操り人形による製造者の殺傷事件が数十件起こっている。そこから生まれた都市伝説だった。なんせこの殺傷事件には謎が多かった。


″なぜ、操り人形が製造者を傷つけたのか″これがこの事件の大きな疑問だ。被害者は皆揃ってこう言う。何も命令していなかったのだと。


これらの事件の噂によると、心がある操り人形が製造者を傷つけたとか。


とある操り人形の研究者は言った。

操り人形にはもともと眠っている心の種みたいなものがあって、それがなんらかの要因で芽生えてしまうのだと。


そんなことある訳なく、ただ単に操り人形に命令しただけの自殺行為だと現実主義者は言った。多くの人はそんな都市伝説を信じてもいないし、あくまでフィクションの″怖い話″として見ていた。


――でもコハルは信じていたのだ。操り人形には心があると。


そう思ってコハルは、2年前に一つの操り人形を作った。

作ったのは14歳くらいの女の子の操り人形。

それにルーレという名前を与え、たくさんのことを教えて、可愛がった。


でもルーレは命令でしか動かなかった。命令をすれば、返事もしてくれるし、話もしてくれる。可愛い可愛い妹のような存在。目に入れても痛くないほど可愛くて、唯一無二の存在だった。


けれど、ルーレは所詮操り人形だった。

操ることでしか生きられない。操ることをやめてしまえば、ルーレはただの人形。


コハルはその事実が酷く痛くて悲しかった。



″大きな大きな森の奥深くにルーレは住んでいるのよ″


コハルがルーレにそう教えたのはついさっきだ。それを聞いたルーレは瞬く間にどこかに行ってしまった。


コハルはそれを見て、そんな命令したっけ?と思いながら見守った。…この辺りで1番大きな木に登っているとはコハルは微塵も予想していなかったが。


……まさか心が芽吹きかけていたのだとも、コハルは思いもしなかったけれど。



「コハル、大丈夫?」


ルーレはしゃがみ込んだまま動かないコハルに話しかけて、そっと肩を揺すった。


そんな行為だけでもコハルにはたまらなくて、思わずルーレに抱きついた。


「ルーレ、ありがとう。」

「?どうしてコハルはお礼を言ったの?」

「言いたかったからだよ。」


分からないと言った様子のルーレにコハルは思わず笑った。コハルはルーレと向き合って、笑いかけた。


「ねえルーレ。お礼はね、言いたかったら言うものなんだよ。」

「そっかぁ。うん。わかった。あ、ぁのね、コハル!さっきね、青と緑しかなかったの。青と緑しかなかったんだよ!」


ルーレは瞳を輝かせながら言う。そんなルーレにコハルは笑う。


「うん、そうだね。もっともーっと教えてルーレ。」

「ぁ、うん!知らないことがたくさんあって、それでね――」



操り人形ルーレの心はこの日芽吹いた。


ルーレはもう操られることでしか生きられない人形ではない。生きているのだ。


だってルーレは思った。まで芽吹いたばかりで弱くても、確かに自分自身の意志で。



――たくさんのことを知りたいと。


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