第6話:勝ちを知る_1

 このままどうしてくれようか――。隼人は頭を悩ませていた。帰りたくても帰れない。すぐそこにあるのに、帰る道が見つからない。


「あ、三兼さん! どう? ちゃんと説明してくれた?」

「阿形様。簡単にではございますが、ちょうど今ご説明が終わったところでございます」

「じゃあちょっとやってみようぜ!」

「ま、待ってよ楓! 俺、遊ぶコイン一枚に一万円なんかとても……!」

「まぁまぁ。それ以上に勝てばいいんだし、自分の得意なゲームやれば良いんだって! あー、それならホラ。これ、俺が今やってきたスロットの勝ち分。あっちの受付行こうぜ」

「あ、お、おい……!」


 隼人の話も聞かず、楓は隼人の腕を引っ張って、会場の中央にあるカウンターへと連れて行った。受付には、愛想の良い女の子が立っている。


「すみません! 俺のコイン三十枚、こっちのヤツに渡してくれる?」

「三十枚⁉︎」

「かしこまりました! デバイスのIDをお願いいたします」

「俺のはコレ。……えーっと、忘れてた。隼人のデバイスないじゃんね。ついでに作ってもらえるかな、新しいデバイス」

「かしこまりました。新規のお客様ということですね」

「そうそう」

「なぁ楓! 俺、まだやるって決めて」

「まーまー! 作るだけはタダだからさ! こん中? お前の財布。免許証くらい持ってんだろ?」

「おいおい、勝手に出すなって!」


 制止を聞かず、楓は隼人の鞄から財布を取り出すと、中に入っていた免許証をカウンターへ置いた。


「新しいデバイスにお前の情報登録するだけだから、すぐ終わるって」

「そうじゃない! 勝手に鞄漁って財布出すなんて、いったいなに考えてんだよ……」

「こういうのはさ、思い切りが大事なの! グダグダ行ってる時間がもったいない! やり始めるまで悩んだって、実際やったら『悩んでる時間がもったいなかった!』ってなるんだからさ。何事も経験! ……あと、ちょっとは息抜きしろよ? 今まで子ども産まれる前、毎回根詰めて仕事と家庭のことしてただろ? ……心配なんだよ。最近プロジェクトも佳境だし、無理してんじゃないかって。お前、そういうの言わないからさ……」

「楓……」

「性に合わなきゃすぐやめりゃいいし、な? そんでもし、ちょっとでも、ほんのちょっとでもやっても良いかなって思ったら、……俺の息抜きにも付き合ってくれよ。最近ストレスがヤバくて。誰も喋る相手がいなくてさ。お前なら……って思って」

「衣玖は?」

「なかなか言うタイミングが無くてさ。だから、ちょっとだけ! 頼む! 今日だけで良いからさ」

「……はぁ。わかったよ」

「ありがと隼人!」


 こう言われてしまってはなにも言えないと、隼人は渋々デバイスを作ることを了承した。確かに、まったく興味がないわけではない。人生で一度くらいカジノに行ってみたいと思っていたし、最近の仕事の忙しさにうんざりしていたのは本当だ。その息抜きはほしかった。


「それでは、阿形様のデバイスより、コインを三十枚譲原様のデバイスへと移します。よろしいですね?」

「あぁ、移してくれ」

「かしこまりました。……はい、こちら、今譲原様のデバイスには、三十枚のコインが入っています。今後は、こちらのデバイスが各手続きに必要となりますので、必ずこの会場にいる間は身に着けてください。持ち帰ることはできません。帰られる際はこちらの受付に預けるかたちとなりますので、お忘れなきようお願いいたします」

「あ、あぁ。ありがとう」


 コトン、と小さな音を立てて、デバイスはカウンターテーブルに置かれた。新品でまだ傷ひとつないデバイスは、その存在を主張するように黒く光っているように見えた。


「……」


 無言で隼人はテーブルの上のデバイスを取ると、自分の左腕にはめた。ディスプレイには、白字で【30COIN】と、下の段も白字で【0COIN】と同じく書かれている。マイナスの借り入れも、プラス分もない。今の隼人は、楓から譲り受けた三十枚のコイン、つまり、三十万円分のコインを持っている状態だった。


「……なぁ、今更だけど、この三十枚のコイン、俺返せないかもしれないんだけど……」

「え? 返さなくて良いよ?」

「でもお前、三十万って大金だし……」

「そりゃあな。でも、俺今日ツいてるみたいだし、俺に付き合ってもらってるんだから軍資金のおすそ分け! だから返さなくっていいって」

「でも……」

「良いんだって! お前にとっちゃ自分の金じゃねーし、そのほうが気軽だろ? ま、もし今日やってみて、嫌じゃなかったらまた俺と一緒に来てくれよ! そしたらチャラ。俺は金、お前は時間ってこと。等価交換的な? ……それでどう?」

「……わかった。でも、俺が楽しめるかは……」

「わかってるって! なぁ、ちょっと俺と一勝負しようぜ!」

「え? 楓と?」

「あぁ! コイン一枚、えーっと、あそこのテーブル、あとふたり入れてババ抜きでどうだ?」

「一枚、なら」

「よっしゃ! 初戦って緊張するからなぁ。相手が俺で、子どものときからやったことのあるババ抜きならやりやすいだろ? あ、最低の掛け金はコイン一枚な。それぞれのゲームで掛け金の下限と上限は決まってるけど、参加者全員の了承があれば変更可能だから」

「そうなんだ」

「割と手軽だろ? じゃ、早速行ってみようぜ!」


 楓の目がキラキラしている。……隼人はそう思った。こんな楓の表情は、今まで同僚として過ごしてきた中で初めて見たかもしれない。まだ今の状況を楽しめそうにはないが、楓の子の表情を見ることができて、友人として単純に嬉しかった。


「なぁ、コイツ今日初めてで。一緒にババ抜き、コイン一枚でやってくんね?」


 空いているテーブル付近にいた男性ふたりへ、楓は気軽に声をかけた。


「……あぁ、良いよ」

「へぇ、初めてなんだ。だからコイン一枚?」

「まずは最低額でね。それに、ババ抜きならルール覚えなくて良いだろ?」

「確かに」

「じゃあ、俺達で良ければ」

「あ、ありがとうございます……」

「いいか隼人。まずはこっちの機械の画面から、プレイしたいゲームを選ぶ。もしやりたいゲームが無かったら、事前に相談して登録するなりしといたほうが良いぞ。あと、自分で考えたゲームを登録してもオーケー。審査みたいなのはあるけどね。自作ゲームは喜ばれるんだ、物珍しいから。……っと。話が逸れたなすまん。んで、人数と最低掛け金を選んで、デバイスをこの赤いところにかざすんだ。そうしたら、プレイヤーとして登録ができる。まずは俺から」


 ピッ。


 楓がデバイスをかざすと、ゲーム名【ババ抜き】の下に【コイン枚数一枚】と表示されたさらのその下に、楓の名前が表示された。


「ほら、隼人もやってみて?」

「う、うん」


 恐る恐る隼人はデバイスを機械の赤く光っている部分へとかざす。


 ピッ。


 楓のときと同じ音を立ててると、機械に表示された楓の名前の下に隼人の名前が表示された。


「これで参加準備はオーケー。あとはふたりにも登録してもらって……」


 ピッ。ピッ。


 続けて残りのふたりがデバイスをかざすと、画面に全部で四人分の名前が表示されていた。


「今回は、一番最初に上がった人間が賭け金総取りな? それじゃ、席について。場所はどこでもいいんだけど」


 目の前の席は簡素だった。一人掛けのソファのようなイスがよっつ、丸い木でできたローテーブルに見えるものを囲んでいる。人数の上限に合わせて、このイスの数も上限するのだろうか。隼人がぼんやりとそんなことを考えていると、テーブルの中央が機械音を立てて開き、中からトランプの低い山がよっつ、プレートに乗ってせり上がってきた。


「カードはこれを使うの?」

「そうだよ。もうこれは機械でシャッフルされてるから、そのまま使う。人が触ると、イカサマだ! って騒ぐやつもいるからさ。カードゲームは機械が用意したの使うよ。分けてある山は人数分。この中から好きなの選んで。……いいよな?」

「あぁ、構わない」

「最初だしね」

「選ぶ順番は、じゃんけんやルーレットで決めたりするけど。今回は隼人から好きなの選んで。残った俺達はルーレットでもするから。いいよな?」

「構わないよ」

「順番は関係ないしね」

「あ、ありがとうございます。……んー、じゃあ、これ」


 隼人は自分に一番近い位置にあるカードを取った。


「そのプレート、横にさっきの機械とおんなじのついてるだろ? そこにまた、自分のデバイスかざして。それで、誰がどの山を使っているかがわかるから」

「これ、上がったときはどうするの?」

「もっかいデバイスかざして。全員が登録終わったらゲーム開始、全員が次にデバイスかざし終わったら、ゲーム終了。そんときゃまたあの機械の出番」

「もっと人間が絡むと思ってたけど違うんだね」

「そうそう。でも、まぁこの会場の、さっきの三兼さんみたいな。あの人たちスタッフは中立だからね。ディーラーやったり、人数足りないときは一緒にゲームしたりすんよ。勝利してもカウントから外されるけど」

「一緒にゲームしたりするんだ」

「するする。ルールよくわかんないやつは、レート低めでやってもらうよ一緒に。勉強になるし、負けてもなくなるコイン少なくて済むし」

「そういうやりかたもあるんだ」

「色々あるよ。じゃ、今度こそゲーム開始な」

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