第2話 記憶の温床~Memorial hotbed

気付けば夕食の支度をしなければならない時間になった。

机に広げた古き良き紙のノートとB2鉛筆をそのままに、机の上に置いたノートパソコン画面に投影された学校課題の問題集を閉じ台所へ向かう。

時間になると義弟はやってきて作ったご飯を食べては学校の話や最近の事についての雑談をする。

何があるか分からない明日に対して目を輝かせる義弟は寝て自分は机に向かった。


これが自分の日常。これが自分の世界。

父さんはいつも海外や地方に行っていて時々お土産を持って帰ってくる。父がどこからか引き取った血の繋がらない弟は家に来た時は暗かったものの馴れたのかヤンチャにやっていた。自分は臨時家長になっていたため流石に大人の領域である経済面以外のことはしていないが家事とか身の回りのことはした。

だが弟は1人でも生きていけるようになり自分は大人になった。特に理由もなく父さんと同じく軍隊に入った。辛い訓練と厳しい試験と訓練を乗り越えてS(特殊作戦群)になった。

軍人をやっていたら家を空けることが多いのなんて分かっていたことなのに何故か入ってしまった。軍人を輩出する家系だからだろうか。

自分が18歳だった時父さんはあまり軍人になることを勧めてこなかった。この国の反軍思想は第二次世界大戦後すぐに比べてはかなり和らいでるらしいが自国とは関係無い自由や正義を名目にした侵略、どこか遠くのテロリストと戦ってたりしているとあまり好意的な目で見られるわけがない。

祖国のために死ぬならともかくどこの誰だかも分からない奴らのために知らない大地で、空で、海で死ぬかもしれない職業なんて普通の親は勧めない。正直自分も弟には軍人になって貰いたくない。

だがこの黒部の血を引く者は軍人になる呪いがかかっているかのように自分はこれといった将来の夢が無く軍隊に入った。家系や血筋が自分を軍人にさせたのかもしれない。そう考えるとまるで自分という意思が無いように感じ無性に腹が立つ。


ある日、弟に「何で軍人になるの?」と言われる。

自分は正直に答えられなかった。血筋を理由にしたくないからだ。

「皆を守りたいから」

嘘だ。本当にそう思っているなら警官にでもなっている。

自分の言う”皆”なんかたかだか家族と友人ぐらいだ。


自分が想像してる以上に自分は空虚な存在であることを突きつけられている。

そうして自分は血筋以外で軍人になった意味を探すようになり、さらに家を空けるようになってしまった。

だが、どこか逃げていたかったのかもしれない。意味もない空虚な存在、それが自分なのかもしれない。そしてその真実を知るのが怖かった。仕事中毒ワーカーホリックになるには自分にとって少なくとも十分な理由だった。


そんな中で起きたこのテロに自分は内心不安でもあるが同時に良い機会だと嬉しくも思った。

ずっと逃げていた自分にとって、空虚なのかもしれない自分に本当の意味じゃなくても人に胸を張れる程度には自分の人生、生きる意味を見出して酔うには十分な出来事だろう。

無神論者だが今日だけは神にでも感謝しよう。

あぁ神様、仏様、イエス様、アッラーの神様よ。


*****


ブリーフィングの時に見せられた設計図と航空写真で建物の全体図は知っていたが想像より狭い会場建物だった。

まずこの建物は外観だけで大きな特徴がある。

その建物は上から見ると八角形になっている。そしてそれは北・西側の面と南・東側で建物が異なるように見えるのだ。南・東側は洋館風にレンガブロックで作られ大きな時計がはめ込まれていたりする。一方北・西側はコンクリートやガラスなどで造られた現代建築風である。近代と現代がぶつかる北東部分と南西部分はそれぞれ九龍城のようなめちゃくちゃな感じを表現したりピクセル状のブロックのようなのが無数に乱立する現代アート的な見た目になっている。

だが公共施設である以上、仕方なく安全基準に従い避難用の階段や梯子等々は取り付けられている。もっともその階段があるのは北東部と南西部なのだが、それが見た目に合うようになっており、建築家の抵抗が感じられる。しかし今回使った南東部にある梯子は見た目の分かりやすさとかが考慮されたのか残念ながらアートに仕上げることが出来なかったようだ。

普段はホログラムで映し出される電子公告の嵐とプロジェクションマッピングのアートが建物を覆っており、この梯子も普段は見えない。だが今回の騒動でそれが消えている。

こういった現代アート的な建造物は博物館や美術館である通りこの会場も例に漏れず普段は美術館になっている。中の美術品が大丈夫なのか少々心配になるが人質の命と比べると埃のような物だろう。なにせ人の命は地球より重いのだから。


入ると右斜めに向かって真っ直ぐ、そこそこ高そうなホテルの廊下のように赤いカーペットを敷いた長い通路。

右側の壁は扉を2つ過ぎた先に大きなくぼみのような場所、そこにエレベーターがあった。そのエレベーターの向かい側には交渉が行われていた会場の扉。


ショットガンマスターキーで扉をこじ開ける自分は基本、扉を開けたら仲間の一番後ろに着くのだが外が狭かったため仕方なく先頭で入る。幸いにもメインはオートマチック式ショットガンのため、室内戦では高い効果を発揮する。


≪Gregory1-1からXray2-5へ、君から見て右側の2つ目の扉…訂正、一番手前の右側の扉に人影が見える。カメラの角度のせいで敵かは分からない。それとエレベーター付近に少年兵が2人いる≫


ヘルメット内蔵の指向性小型スピーカーが味方の通信を流してくる。

左手をグーにして挙げ、後続のジェイクとハーマンに停止を促す。すると後ろのハーマンが止まったことを伝えるため自分の左肩を後ろから触った。

止まったことを確認した自分は胸元にある無線機の送信ボタンを押す。

最新の無線機はノイズが入らず、またマイクに入ったボソボソと喋った言葉も優れたAIがハッキリと鮮明にして聴こえる音の大きさにしてくれる。そんなハイテク装備なのに未だに送信ボタンなんてアナログ的な物があるのかは戦場で多くの兵が好き勝手に会話するせいで混信し重要な報告が分からないことを考慮しているらしいが特殊部隊SOGにとってはあまり必要のない事である。何せプロの我々はそこらへんのオンオフの切り替えはちゃんとするし大人数で行動する一般部隊と違い、強い電子戦下に置かれでもしない限り会話のせいで混信し重要情報が分からないなんてことはそんなに無い。

欲しいのは送信ボタンではなく一時送信停止ボタンなのだ。

帰ったらSOCOMにクレームを入れる仕事が出てくるが未来の後輩たちのためだと自分を納得させる。


「2-5了解、2-3何か見えるか?」


通信・電子戦歩兵のハーマンには携帯型戦術センサーを装備しており、今自分やジェイクが見ている肉眼で見える世界を青白く明るくし、IFF敵味方識別装置のアイコンが付けられたりするだけの世界とは違い壁や扉の先にある物も分かるらしい。実際に被ったことはないがハーマン曰く「数字や文字が大量に出てくる」らしく情報量が多く、高い情報処理能力が求められる兵科である。


≪右のAKらしきものを持った奴がいる。それ以外にはいない≫

送信ボタンから少し離していた親指をまた強く押す。

「了解、ライフルを持った民間人の情報はない。ろう」


途端に啖呵を切るかのように発狂しながらその扉を蹴り破って人影が出てくる。ゴーグル型のIFF敵味方識別装置は内蔵されている情報処理AIを通してそれを敵と判断した。ゴーグルは人影から実体となってドアから出てきた若い男の頭の真上に逆三角形の赤いアイコンを付ける。

若男が持つ鉄とプラスチックで出来たAKを構える前に自分は構えていたショットガンを撃つ。

撃鉄が下ろされ火薬が起爆、その時に生まれる高圧ガスが銃声となって薬室から出ようとバレルを通って銃口に向かう。

その銃声は消音機サプレッサーによって曇ったように響いた。

高圧ガスによって撃ち出された弾丸のエネルギーが作用反作用の法則に従って反動となりストックを当てていた右肩に重くかかるが、毎日のように行ってきた訓練のおかげで跳ね上がりを最小限に留めた。

12ゲージのブリーチング用スラッグ弾が男の右の鎖骨辺りに大きな穴を空けた。男は右手が使えなくなったため悲鳴をあげながら左手で傷口を抑えようとするがそこから溢れ出る鮮血が男の死を預言していた。


続いてGregoryが言っていたエレベーター付近の少年兵の1人が顔を出して我々を見ようとしていた。

その少年兵にとっては不幸なことだが、自分はIFF敵味方識別装置によって映し出される赤色の逆三角形を見逃さなかった。

左側の壁に沿うように前進しながら3発目に装填されているバックショット弾を放つ。

弟よりも背が小さい、というか二次性徴も起きていない少年兵は、出していた顔の2割から3割ほどを守るように隠していた白く塗装されている木製の壁をも破り、顔の原型を留めず頭は真っ二つに割った。

頭という花のつぼみECNerSS電子=脳神経結合システムの手術によって内蔵されていたのであろうファイバーケーブルと割れた純粋な脳が山百合ヤマユリ、もしくは彼岸花ヒガンバナのように咲いていた。リコリス彼岸花頭の少年は背中からゆっくりと倒れる。

脳に酸素を送るために流れてきた血がファイバーケーブルを伝って地面に浸っており、それが実際の花だったらさぞ幻想的ファンタスティックな光景であったに違いない。だが、現実はあまりにも残虐的グロテスクで自分は思わず息を飲んでしまった。


奥の方にいたもう1人の少年兵は見慣れていた戦友の顔の上半分と頭が原型を留めない無残な死に方を見て少なからず自分と同じように恐怖やら罪悪感がこみ上げてきたのか扉から出てきた男のように大声を出しながら勢いよく飛び出してくる。

自分は咄嗟にバックショット弾を放つ。しかし背を低くしながら勢いよく飛び出したため狙いが外れて敵を戦闘不能にさせるような傷を負わすことが出来なかった。

すると自分の後ろから少年に対してレーザーが照射され、パスッと消音器サプレッサー越しの発砲音が何発か鼻の奥を針で突っつくような火薬の匂いを帯びる硝煙と共に耳に入ってくる。

自分の後ろに付いているジェイクが必殺の一撃を外した自分の代わりに少年を殺そうとしている。

少年の腹わたに何発か当たって少年は切れた腸を外に引きずりながら怯んだ。

銃を向けられないほど痛みに苦しんでいるがまだ殺意があるのかサブマシンガンスターリングを持っていたためジェイクは追撃する。

今度は頭部に真っ直ぐに伸びるレーザーが向けられ、|ダブルタップというには間を空けて撃った二発の弾丸が頭を撃ち落とした。一瞬の出来事だが一発目は左目に当たり、二発目は顔が後ろに倒れ始めたため右の頬に当たって脳を貫通した。

その衝撃なのか右目の眼球が外れて転がり落ちている。

まさにBlackout300.AAC


前進していたため、悲鳴を荒げながら倒れている男の近くまで来ていた。男は何か覚悟を決めたのか、手の神経を壊した鎖骨の銃創を抑えていた左手でホルスターから拳銃を抜こうとした。

今度はちゃんと頭を狙って撃った。

男の頭は完全に消し飛び、粉々になった脳と頭蓋骨の部品、あるべき所から外れカオス状態となった血肉のシチューが漂う。

男は予言よりも早く死という存在を迎えることになった。


「手前の扉見てくる、2-4は奥を」

手の平を敵が出てきた扉の隣にある扉のほうに向けて指示を出した。

「OK」

アドレナリンの高揚感が身体どころか心までを襲っている。

無線機を使わずそのまま話してしまった。

どこから敵が飛び出してくるか分からない状況で冷静さが欠けてることを心の中で反省し敵が飛び出した扉に入る。

12畳程度の展示室であった。石像や絵画、そして無数の血痕がある。誰か血なのか、それとも悪趣味なアートなのかは分からない。残念ながら自分は芸術に関して興味が全くと言っていいほどないためこの美術館に何が展示されてるのかはブリーフィングの時に言っていたこと以外何も知らない。

ただ、この国はアパルトヘイトという人種隔離政策が行われていた。ここからバスやタクシーに乗ればすぐの所にあるアパルトヘイト博物館はその当時をよく再現されているらしい。なのでそういった社会問題や歴史問題を描いたアートがあっても不思議ではないだろう。

部屋を慎重に回って人がいないこと確認。

駆け足にならない程度に部屋の出口を目指しながら歩きつつ、ハンドガードを持っていた左手を離し胸元の送信ボタンを押す。

「クリア」

≪クリア≫

これを会場の部屋を除く全ての部屋で行ったが生きている者はいなかった。


≪Xray2-3から各員、会議室東側廊下確保≫

≪了解。Xray2-1も西側廊下を確保した≫

≪Zulu4-2。既に配置に就いている≫

最後にブリーチングした部屋から出るとジェイクとハーマンは会場扉の前でブリーチングの配置に就いていた。

自分もすぐにブリーフィング時に指示された配置に就く。

扉から見て右側に2人、左側にマスターキーを持つ自分がいる構図だ。

≪こちら2-3、東側は配置に就いた≫

≪西側も配置に就いた≫

≪Gregory1-3聞こえるか?スリーカウントで明かりを消せ≫

≪ラジャー、スリーカウント!≫

自分は少し扉を開け、ジェイクの後ろにいたハーマンが前に出てスタングレネードを投げ入れる。

三秒後部屋の建物中の明かりが消え、会場内は大きな破裂と光に一瞬にして包まれた。

ジェイクとハーマンがすぐに入り、自分も最後に入る。

入ると阿鼻叫喚。人質とされた要人たちには泣き叫ぶ者、べったりと倒れた者、何かを悟った者、その他エトセトラ、エトセトラ。

人質を抑えていたテロリストはスタングレネードでよろけ、そこに自分達は容赦なく弾丸を浴びせる。

さらに北側の窓からロープでぶら下がっていたZuluチームが窓をぶち破って入ってくる。

二つの方向からの攻撃によりテロリストは殲滅された。

「クリア!」

大きな声で言う。

「クリア!」

「ルームクリア!」

向かい側の扉からヘンリーとビケットが入る。

「皆さん落ち着いてください!救出部隊です!」

ヘンリーの男らしい低い声が会場内を響かせる。

「これからヘリで脱出します!階段は我々が確保しました!」

場は混沌カオスの一言。自身に銃口を向けていたとはいえ人が急に脳みそを半分ぐらい垂らした状態で倒れてきたら人殺しに慣れていてもキツイ。

だが、混乱は徐々に取り除かれていく。

自分は無意識に辺りを見渡していた。

右には自分が撃ちぬいた骸、左には高そうなスーツを着た血だらけの死体。

最悪の想定が頭によぎる。

だんだんと不安になり頭の頂点から下に向かってサァーと寒気が向かっていく感覚に襲われる。

「よう、お疲れ。無事か」

混乱で阿鼻叫喚の中、友達との待ち合わせをしているかのように陽気に話しかけてくる能天気なのは1人しかいない。

「中将、ご無事でしたか」

「父さんで良いよ」

「そうはいきません。黒部十蔵中将」

自分の父親、世界を見渡してもこの黒部十蔵ただ1人しかいないだろう。

「皆さん落ち着いてください!早くヘリに乗りますよ!」

ヘンリーの声が会場に轟く。

「よし、ヘリに乗らなきゃだな。ちゃんと父さんのことエスコートしろよ。VIPなんだからな」

「メンタルどうなってるんだ全く」

飽きれてしまうが仕事である。しっかりこなさなければならない。


階段を二階分上がる。普段は広告の嵐で隠れているガーゴイルとホログラム発生装置が間近で見れる屋上へとたどり着く。

目の前にいる輸送機が2機ほど待機している。搭載されている一機につき二基、合計四基のターボファンエンジンは強い耳鳴りかのように自分や仲間の皆、人質だった要人たちの鼓膜を破ろうとしてくる。

全員乗ったら上昇して急速離脱するため航行速度が遅くなるSCSは使われない。SCSはエンジン音の逆位相となる音波を周囲に発してエンジン音を消すというイヤホンのノイズキャンセリングや消音スピーカーと同様の原理だ。約120dB以上の逆位相を周囲に流しているわけだが耳が壊れたりしないのかと自分は不安に似た疑問が出る。だが行く時に耳が大丈夫なのだからきっと大丈夫なのだろう。


エンジン音にかき消されていたが段々とロケットブースターの音が接近してくる。着弾を合図する破裂音は屋上にあるガーゴイルとその土台をただの石に変えた。戦場ではAKの次くらいには猛威を振るうRPGが自分達に向けられている。

上空から機銃とハイドラ70対人ロケット弾を積んだティルトジェット機は必死にそういう不届き者を静かにさせようとしてくれているが静かで優雅な凱旋飛行は行えなさそうだ。

父さん達がロードマスターの指示に従って輸送機に乗り込んでる間自分達戦闘部隊は下にいる敵に弾丸とグレネードを叩き付ける。道路にはポツポツと、だが全部とは戦いたくないぐらいに多くの敵アイコンと銃を持った人が来ていた。そういうまとまって来ている連中は空からSaviour救世主からの機銃掃射が待っている。

向かい側の建物二階にいたRPGを構えている1人を発見し、自分はそこに目掛けてバックショット弾を撃つ。ちょうどそこで弾薬シェルが無くなり薬室が顔を出していたホールドオープン。少々距離に不安があったためスラッグ弾を薬室を開けている排莢口に入れてボルトリリースボタンを押し込む。遊底ボルト弾薬シェルを薬室に入れるように前に押し出して排莢口を閉じた。

それからキャリアーに弾薬を次々と押し込んだ。

再装填リロードが終わって銃を構え直し、敵がいる方向に銃をとにかく撃ち込んだ。手榴弾グレネードも投げた。


輸送機の周りを見ていたビケットが「全員乗った」という報告を全体に送る。

手榴弾グレネードを下の連中に投げたりしてすぐに輸送機に乗り込んだ。

輸送機は唸り声をあげながら急速に上昇する。重力が身体に重くのしかかる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Eternal Organ ZERO ECHO3 @ECHO3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ