いじめっ子をいじめるいじめっ子。

上埜さがり

第1話 「……なに、この手」

 ぽかぽかの陽気が窓際の1番後ろである私の席へと降り注いでくると、熱の篭りやすい黒のブレザー服なんか脱ぎ散らかして寝間着へと着替え、昼寝を決めたい気分になる。伸ばした黒髪もいい感じに熱を吸収してあったかいし、尚の事。


 まだ四限の現社だから耐えられたけど、これが昼ごはんを食べた後の現国とかだったら耐えられなかったかもしれない。そうでなくても、すでに眠たいわけだけど。


 こういう時は……うむ、やはり人間観察に限る。クラス担任であり、今熱く授業をしてくれてる花澤先生にバレぬよう、さりげなく視線を教室内に向ければ、今の私にとって最高の暇つぶしコンテンツである級友の皆さんがいる。


 一年にしてサッカー部で既にレギュラーの斉藤くんは私と同じく眠たいみたい。こっくりこっくり船を漕いでる。サブカル好きの吉田氏は……お、度胸あるな、マンガ読んでるじゃん。何読んでるのかな、後で聞いてみよ。


 さて、そんな彼らも見ていて飽きないけど、なんといっても興味を惹くのは、我がクラスのみならず、学年のヒロインとして認識されつつある彼女。


 亜麻色の髪を緩く巻いたミディアムが似合う、ふわっとした雰囲気の美少女。まだ高1だってのに大人顔負けのメリハリがあるスタイルの良さ。特にチチがデカいんだ。推定Fカップと私は読んでる。


 その子が私の反対、教室の廊下側に座る、間違いなくが3つくらい頭につくほどの美少女……百瀬ももせハスミちゃん。


 百瀬ちゃんは授業を真面目に聞いてるみたいで、熱心に板書をノートに写してる。その仕草に淀みはなくって、そのままだと特段興味を惹くところはない。目の保養にはめちゃくちゃなるけど。


 私が気になってるのは、美少女で勉強熱心という天が二物を与えたような彼女が……だ。


 直接目撃したり、あるいはそういう噂を耳にしたわけじゃない。全くもってではあるのだけれど、この直感というのも中々馬鹿にできない。


 なにせ、同じクラスであり赤茶の三つ編みがよく似合う御幸みゆきアヤメちゃんを、二人っきりで連れ歩く姿を目にすることがあって、時折御幸ちゃんがなんともいえない辛そうな表情をしているから。ただの友だち同士であれば、中々お見かけできなさそーな表情に、私の直感がピンと働いたわけ。


 それに何より……私と同じ気配がするんだ。私と同じ……、そんな気配が。私の場合は隠しきれてない可能性もあるけど。



「——よい——まよ——」



 ま、あくまで私の直感に過ぎず、現状表だった噂だってないわけだし。そんな目で百瀬ちゃんを見るのはやっぱり私の性格がドブ色のクソみたいだからって理由に尽きるわけで。それに実際百瀬ちゃんが御幸ちゃんをいじめてたからってどうこうするつもりはない。めんどくさいし。


 ただまぁ、百瀬ちゃんのような超美少女がもしそんな事をしていれば、正直勿体無いなと思わなくなかったり——



「——おい、間宵まよい! 聞いてるのか、間宵ユカリ!!」


「は、はいっ?!」



 怒鳴る様に呼ばれた間宵ユカリの名前に、机を蹴り上げるほどびっくりしながら視線を向けると、そこには鬼の形相をして席の隣に立つ花澤先生が。教科書を丸めて腕を組む姿はよく似合っておられますが、あら、先生、せっかくの美人が台無しですことよ、おほほ?



「あたしの授業でぼーっとするたぁ、いい度胸だなぁ、間宵ぃ? 今なんの話をしてたか言ってみろよ」


「はは、えーっと……オダノブナガが美少女転生した話、でしたっけ?」


「んなわけあるかぁ!!」



 そうして、再び先生の雷が私に降り注いだ。これも全部、百瀬って美少女が悪いんだ。私は悪くないやい。






 結局あの後、花澤先生には死ぬほど怒られた。ちょっとくらいぼーっとしてただけだってのに、あんなに怒る事ないじゃんと思うけど、本人としては私の未来をおもんばかってのつもりなんだろうな。ありがた迷惑だ。


 おかげさまで昼休みもかなり浪費したし、膀胱もそれなりに限界がきてて、危うく漏らすところだった。華の乙女がお漏らしぞ? 花澤先生はそういう性癖でも持ってんのか? ……いや、案外侮れないかもしれないな。あの手の気の強い美人はシリノアナが弱点だって言うし、そういう特殊性癖を持ってるやも。


 しかも間が悪い事に近場のトイレはどこも満室で、広い校舎の隅っこの隅っこまで駆けずり回る事になったし。ほんと最悪。


 めんどくさいし、いっそ弁当は夕飯に回しちゃおうかな。今から教室に戻って食べ始めたら、急がなくちゃいけないし。だる——



「ほらこっち、アヤメちゃん。……それでね、少しだけでいいんだよ?」



 ——この、最近聴き慣れ始めた声は。



「お金なんてそんな、持ってないし。あげたりなんか……」


人聞ひとぎきの悪い事言わないでほしいなぁ? わたしはただ、ちょっと貸してほしいだけだよ?」


「だけど……それは、いくら百瀬さんでも」


「めんどくさいなぁ……いいから、お財布だそ? ね?」



 間違いない、百瀬ちゃんと御幸ちゃんだ。しかもなんとも間の悪い事に、カツアゲ真っ最中の二人だ。


……すげー! 今時こんなクラシカルな手を使うのかよってくらい、時代遅れだ! 最近のトレンドは⬛︎⬛︎の⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎で有る事無い事⬛︎⬛︎を⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎だり、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎の⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎から⬛︎⬛︎⬛︎たりして、⬛︎⬛︎⬛︎に⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎んだぞ! 良い子は絶対真似すんなよ!!


 ははぁ、さては百瀬ちゃん、いじめっ子初心者だなぁ? まぁあれだけの美少女なわけだし、今まで蝶よ花よと誉めそやされて生きてきたんだろう。何が原因かは知らんけど、高校に入学して急にいじめに目覚めちゃったんじゃないか、これ。


 良い子はいじめなんかすんなっての!



「お、お財布のお金は、食費とか大事な事に使うもので……」


「じゃあいいじゃん? 私がフラペチーノ飲んで幸せになるコトより、大事なコトなんてないでしょ?」


「そんな……」


「もー、早くしてよ。ここまで来るのにも時間かけちゃったんだしさぁ」



 お、でもこの無茶苦茶な論法は堂に入ってるな。才能はあるんじゃないかと思うけど、やっぱり詰めが甘いね。


 誰かにバレないようにって、人気の少ないこのトイレを選んだんだろうけど、ちゃんと個室に誰かいないか確認しないと。まぁおそらくはじめてのカツアゲで、そんなことする余裕が無くなっちゃってるんだろうけど。はは、ダッセー。



「ひ、酷いよ、百瀬さん。……わたし、百瀬さんとお友だちになりたかっただけなのに」


「はぁ? おかしなこと言わないでほしいな。私は今でもアヤメちゃんと友だちのつもりだけど?」


「と、友だちなら、こんな……」


「あーあ、傷ついちゃったなぁ。私は友だちのつもりだったのに、アヤメちゃんはそう思ってくれてなかったんだぁ」



 いよいよクライマックスかぁ? この後の展開としては、いかにも気弱な御幸ちゃんが折れて財布を取り出して、それを受け取った百瀬ちゃんがホクホクの顔でお札の数を数えるんだ。なんか想像したらムカつくな。どーでもいいけど。


 さて、私のは済んでるわけだし、そろそろ教室に戻るとするかね。外では現行犯でいじめが行われてる中、気まずくないのかって言われたら……私には関係ないし。


 立ち上がって、ショーツを上げてスカートを直したら、ぱしっと扉の鍵を開いてそのまま外へ。なんでトイレの鍵ってこう、小気味良い音を立てるんだろうね。


 そうして声が聞こえた方向に視線を向けると……案の定、目を丸くした二人が私を見ていた。小柄な御幸ちゃんは百瀬ちゃんによって壁際に追い詰められており、いかにも虐めてましたって風景にカンドーしてしまいそうだね。ウケる。



「うぃーす」


「……間宵さん?」


「気にしないでいーよ、めんどいし」



 声も出せない御幸ちゃんに対し、信じられないものを見たかの様なリアクションをする百瀬ちゃんの言葉をサラリと流して、手洗い場に向かう。御幸ちゃんの目がうるうるしてて、いかにも助けて欲しそうなのがムカつくから、あえて無視する方針。……だったのに。



「き、聞いてたの……?」



 私なんか無視すりゃいーのに、百瀬ちゃんはわざわざ私のそばに詰め寄ってきて、聞くまでもない事を聞いてくる。同じトイレの個室に入って出すもん出してたんだから、そりゃ聞こえてもくるでしょ。だる。



「聞いてたけど、なに?」



 ハンカチを咥えて、お水をぱしゃぱしゃ、泡石鹸ぷしゅぷしゅ。そうしながら視線を横に向けると、慌てた様な百瀬ちゃんの姿が目に映る。焦るくらいならやんなよ、マジでダッセーな。



「そう、なら、えっと、ま、間宵さんもどう? アヤメちゃんが困ってる私たちの為に、お金を貸してくれるんだって」


「わ、わたし、そんなこと……」


「別にいらない」



 お金が欲しくないわけじゃないけど、自分の労働で得たもの以外の何かに頼るつもりはない。そういう、自分以外の誰かにってのは……もう、こりごりだ。



「じゃあ、この事は、内緒にしておいてくれないかな? 私たちだけの秘密って事にして」


「は? ……うざ、なんで指図されなきゃいけないの」



 そういう“約束”みたいな事も私は嫌いだ。


 鏡越しに睨んでやると、向こうの百瀬ちゃんは分かりやすく狼狽える。はは、その顔まじ最高。写真に撮ってやりたいくらい。スマホを出すのも面倒だからしないけど。


 さてと、濡れた手をハンカチで拭いたなら、私がここにいる理由はなし。さっさと教室に——



「……なに、この手」



 ——清潔感に満ち満ちて清らかな私の左手を、百瀬ちゃんの柔らかい手が掴んできていた。やめろよなー、なんか色んな意味で汚い気がするし。美少女のくせに。

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