第10話 初稽古

シュンッ、シュンッ、シュンッ。


朝の湿った空気の中、俺は一心不乱に木の棒を振っていた。


昨日リーガルさんの家からの帰り道、竹刀と同じぐらいの長さの棒を見つけたんで、それを拾ってきたんだ。


今、2年間のブランクを埋めるべく、姉さんとの稽古を思い出しながら、自分の感覚を確かめているところだ。


夜明け前から動いたせいで、なんだか心地よい疲労感が体中に広がっている。


たっぷりと汗をかいて、一息ついたころだろうか。ふと背中に視線を感じて振り返ると、アリサがじっと俺を見つめている。


息を整えながら、俺はアリサに話しかけた。「おはよう、アリサ。早いな、稽古を見に来たのか?もしよかったら、ザックを起こしてきてくれないか?」


すると、アリサは頬を赤らめて、目を輝かせながら言った。「すごいです!あんな動き、初めて見ました。なんか…綺麗な踊りを踊っているみたい!」


俺は内心で「踊り…?」と一瞬固まりつつ、苦笑いを浮かべて「ありがとう」と答えた。


でも実は、姉さんから逃げ回ってる光景を思い出しながら、棒を振り回してただけなんだよな…。なんてこと、絶対言えない。


木箱の上に腰を下ろし、ふと考え始める。


日本で俺は行方不明になってるんだろうか?それとも、このまま一生異世界で過ごすことになるのか?そんな不安や疑問が頭の中でぐるぐると回る。


何故か、最後に姉さんのニシシと笑う顔が浮かんだところで、ザック、シュウ、アリサの3人がやってきた。


ザックはまだ寝ぼけた顔をしていて、半分夢の中って感じだ。俺は苦笑しながら、「さてと、軽くやるか」と声をかけた。


ザックは木の棒を振り回しながら、「見て見て!」と言わんばかりに俺にアピールしてくる。張り切ってるな…。


それを見て、俺は「違う違う、まずは間合いを覚えさせるから、かかってこい!」と声をかける。


最初に姉さんに教わった通り、ザックにも間合いを徹底的に叩き込もうと思ったんだ。


…そのはずだったんだけど。


はっ?えっ…と、気がつけばシュウは陸に上がった鯉みたいに口をパクパクさせて青ざめてるし、アリサはザックを見つめながら泣き出している。


そして、とうのザックはボロボロになって地面に倒れ、完全に気絶してるじゃないか!


やっちまった…。俺は内心で大いに焦りながら、消えそうな声で「間合いは痛みで覚えるんだよ…」と、言い訳のように呟いた。


けど、誰もそんな言い訳を聞いてくれるはずもなく、ただ静かな空気が場を包んでいた。


俺は昼の炊き出しを貰いに、また教会に来ている。


そういえば、こっちに来てから1人になるのは初めてだな、とふと思う。


シュウは飲み屋の仕込みの手伝いに行ってて、ザックはあの後、結局立ち上がれなくなっちゃって、今は家で寝込んでる。


アリサはその看病をしてるから、俺一人で教会に炊き出しを貰いに来たわけだ。


列に並びながら、「なんか昔の俺とさくらちゃんみたいだなぁ…」なんて、ちょっと苦笑しちゃう。


ふと前を見ると…いた!さくらちゃんみたいなシスター。


まさか、またこのタイミングで会うとは。


俺は「あ、やばい」と思いつつ、気まずそうな顔で挨拶をした。


すると、向こうも俺に気づいていて、鋭い目つきで睨んでくる。


うわ、完全に覚えられてる…。


これはまずいと思って、俺は素直に前のことを謝った。「この間は、その、失礼しました…」


彼女は俺の謝罪に反応して、ふーっとため息をつき、少し困ったような顔で言った。「サラ・スピア。サラでいいですよ。」


おっと、名前を教えてくれた!これはチャンスと思って、すかさず自己アピールも忘れない。


「あっ…俺はリョウです。よろしくお願いします!」と、ちょっと慌てながらも名乗った。


その後、少し離れた地べたに座って食事をすることに。意外にもスープは具だくさんで、味もなかなか良い。


なんだ、異世界でもこんなに美味しいもんがあるんだな、と感心しながらスプーンを進めていると、配給がひと通り終わったようで、サラがこちらに歩いてきた。


ふと顔を上げると、サラが修道服のベールを取り、肩まである細い金髪がふわりとたなびいていた。


光がその髪に反射して、まるで神々しいオーラを放っているようだ。「ああ、もしサラが女神様だって言われても納得するな…」なんて、俺は手を合わせて心の中で拝んでいた。


そんな俺の様子を見て、サラはくすくすと笑いながら話しかけてきた。「なんか、昨日と今日でずいぶんと格好が違いますね。びっくりしました。」


そうなのだ、今の俺はリーガルさんから貰った白のシャツに黒の厚手のズボン、足元はサンダル風の履き物を身にまとっている。


麻袋から卒業して、すっかり異世界ファッションの一端を担っているわけだ。


うん、見た目だけは一味違うぜ、俺。


「ええ…まあ、いろいろありまして…」と、曖昧に答えたが、心の中では「めでたく兵隊になりまして」と自虐的に叫んでいた。


俺の表情がよっぽどおかしかったのか、サラはまたくすくすと笑う。その笑顔が可愛すぎる…!俺はこの瞬間、改めて自分がこういうタイプに弱いんだなぁと再確認した。


「こちらには最近来られたんですか?」サラが優しく尋ねてくる。


「ええ、まあ…ザックとシュウってわかりますか?近くの子供たちなんですけど、縁があって一緒に住むことになりまして…」なんて言ってるけど、実際は俺が居候してるだけなんだよな。


サラは「あ、知ってますよ!いつも元気に来る子たちですよね。


今日は見かけないみたいだけど…」と笑顔で答える。


俺は苦笑いしながら「ああ…今日は寝込んでます」給料が入ったらなんか買って帰ろうと心に誓う。


サラはちょっと驚いたような顔をした後、

俺は話しを変えてみる

「ところで、サラはここ長いんですか?」と話を切り替える。


「一年ぐらいです。…剣聖様の神託がおりるように、ご奉仕しに王国に来ました。」サラは少し言い淀んだように見えたけど、神託が降りないことに気を病んでるんだろうか?


気にせずに「でもさ、剣聖って言っても、ただちょっと強いだけの剣士でしょ?その加護とかよくわからないけど…そのご奉仕って、教会と剣聖どう関係があるんですか?」


その瞬間、サラの目が急に血走ったようになり、顔をぐいっと近づけてきた。


近い近い!俺は慌てて身を引く。


「いいですか?」サラは真剣な顔で力強く言い放つ。「剣聖様は神が選ぶのです。人が選ぶのではありません。そして、その力の一部を分け与えられるのです。教会関係者にとっては、剣聖様は神に等しい存在なんですよ!帝国や共和国みたいに、ただの戦力としてしか見ない国もありますが…それは本当に悲しいことです。」


そして、彼女の目はさらに輝きを増し、「何より、剣聖様は光の玉に顕現した神に直接祝福されるんです!」と、神々しいほどの熱意を込めて語り続ける。


俺は圧倒されつつも、「なるほど、剣聖ってただの強い剣士じゃないんだな…」と改めて思い知らされる。けど、それ以上に、サラの迫力にただただ圧倒されて、なんかもう、逆らう気すら起きない。

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