異世界の剣聖物語

南極コアラ

第一章

第1話 転移

煌びやかなシャンデリアが、柔らかな光を降り注いでいる。その下には、豪華な料理がズラリと並び、ワイングラスがキラキラと揺れている。


まるで映画のワンシーンみたいな上品な宴が繰り広げられている中で、ふと視線を向けると


――いた、町田さくら。彼女が幸せそうな笑顔を浮かべているのが目に入った。


その瞬間、胸の奥にギュッと押し込めていたはずの記憶が、あれよあれよという間に甦ってきた。


いや、もうちょっと寝ててくれてもいいんだぞ?なんて思っても無駄だった。


心の奥底で、何かが「チクリ」と痛み、嫌でも思い出がフラッシュバックする。


「さくらちゃん、めっちゃ幸せそうだな…。ああ、痛い、痛いぞ、この胸の痛み!」


俺の心の中では、押し込めていたはずの感情たちがゾロゾロと起き出して、勝手に宴会を始めたかのようだった。頼むから、もうちょっと静かにしてくれよ…!


俺こと佐々木亮、今から8年前、高校1年生だった俺は、なんとも勇気を出して彼女に告白することを決意したんだ。


彼女との関係は、まあ、いわゆる隣の家の幼馴染ってやつだ。しかも、2歳違いの姉さんの同級生でもある。ついでに言えば、俺の初恋の相手でもあった。


子供の頃から、姉さんによく叩きのめされて、傷だらけで帰宅するのが日常。そんな俺を可哀想に思ったのか、彼女は甲斐甲斐しく世話を焼いてくれて、時には姉さんに「手加減してあげて」なんて言ってくれたりもした。まあ、男としては、そりゃ勘違いするのも無理はないってもんだ。


そんなある日、彼女が地方の大学に行くことが決まった。これで彼女がこの地を離れることになると聞いて、俺は焦った。


このままじゃ、ただの幼馴染で終わってしまうんじゃないかってね。


で、「これは神が与えてくれたタイミングに違いない!」と自分を必死に納得させて、告白することにしたわけだ。


うん、当時の俺は妙に自信があった。彼女も俺のことが好きなんじゃないかって、勝手に思い込んでたんだ。


だって、引っ越して会えなくなるのは寂しいって言ってくれたしさ。


これ、脈アリだろ?ってな感じでね。

で、勇気を振り絞って告白した結果、彼女から返ってきた言葉は――


「ごめん…亮くんのこと、ずっと弟だと思ってたから…」


……え?


その瞬間、俺の心に鋭い何かが突き刺さった。期待していた分、その痛みは何倍にもなって俺に返ってきた。俺はその瞬間、悟ったんだ。


自分はただの子供で、彼女にとっては永遠に弟のままでしかないってことを。


それからというもの、「強くて頼り甲斐があれば、もう弟扱いされなくなるんじゃないか?」なんて妙な思い込みに取り憑かれて、姉さんと一緒にやってた剣道にのめり込んだ。


で、どうせなら、先生みたいに威厳のある大人になってやろうって決めたわけさ。


まあ、恋愛に対してはトラウマを抱えつつ、それでも何とか大学には合格して、無事に教師にもなれたけど、あの頃の自信満々の俺は、どこへ行ったんだか…。


俺は、中学教師2年目になっていた。


教室に漂うチョークの粉の匂いと、窓から差し込む午後の日差し。その中で俺は、生徒たちのざわめきを聞きながら、黒板に英文を書いていた。


「佐々木先生、これ合ってますか?」後ろの席から声がした。


振り返ると、俺のクラスで一番成績が良く、アイドル的存在の山田が手を挙げていた。彼女は、もうすぐテストが近いということもあって、質問が多い生徒だ。


だけど、正直に言うと、俺は今、彼女の質問にまともに答えられる自信なんて全然なかった。


「えっ?ああ、どうした?」俺はぎこちない笑顔を向け、チラッと彼女のノートを見た。


「これ、『will』と『be going to』の違いって、どう説明すればいいんですか?」山田は真剣な顔で聞いてくる。


『will』と『be going to』の違いか…頭の中では何となくわかっているつもりなんだけど、いざ人に説明するとなると、すっかり自信がない。


しかも、他の生徒たちもなんとなく聞いているようで、教室の空気が重くなってくるのがわかる。


「えっと…その…『will』は、その、意思表示とか、突然の決定を表すんだよね…で、『be going to』は、まあ、予定とか、事前に決めたことに使うんだ。」


「そうなんですけど、例文だとどうなりますか?」山田はさらに突っ込んで聞いてくる。


俺は一瞬黙って、教室全体を見渡す。みんな、なんとなく俺の返答を待っている。その期待が重くのしかかる。


「えっと、たとえば…『I will go to the store』は今すぐ行くって決めた感じで、『I am going to go to the store』は前もって決めてたって感じかな…」適当に答えながら、内心汗をかいていた。


すると、前の方の席に座っていた田中が「えー、先生、それ違うんじゃないですか?何かで読んだ時、『be going to』もすぐのことに使えるって書いてありましたよ」と言ってくる。


「えっ?ああ…そうだな、たぶん…」俺は曖昧に笑ってごまかしたが、教室のあちこちからクスクスと笑い声が聞こえてくる。どうやらまた、教室中にバカにされてしまったらしい。


「まあ、どっちも使えるってことで…」俺は苦し紛れに言葉をつなぎ、黒板に向かって書き込みを再開した。


後ろの席では、山田が小声で何やら友達にささやいているのが聞こえた。


俺は聞こえなかったふりをして板書を続けた。


「これで終わりにしようか」ようやく時間が過ぎて、チャイムが鳴った時、俺は生徒たちの反応に心の中でため息をついた。


今日もまた、全然頼りにならない教師として、なんとか1日をやり過ごしただけだった。



「つ、疲れ…た…」フラフラで自宅に戻り、そのままの格好でベッドに倒れ込んだ。ポケットに入れていたスマホが短く震える。画面を見ると「姉」の名前が表示されている。姉さんからの連絡なんて、何年ぶりだろう。


俺は少し戸惑いながら、恐る恐るスマホを手に取った。


「さくらちゃん結婚するから4月に結婚式。招待状送ったからよろしく」


短いメッセージを見た瞬間、俺の心臓が「ギュッ」と縮んだ。視界の端で電球の光がチカチカと揺れているのが見えたが、これはたぶん俺の気のせいだろう。


冷や汗がじっとりと背中をつたう。目を逸らしたくても、その短い文面がやけに視界に刺さる。


「結婚する」…その言葉が俺の脳内でエコーを繰り返し、何年も閉じ込めていた感情が、突然に胸の奥から湧き上がってくる。


あの日、あの青臭い青春の日々の中で、さくらちゃんに告白した時の記憶が、無理やりリプレイされる。彼女の優しい「お断り」が、まるで昨日のことのように鮮明に蘇る。


「ごめん…亮くんのこと、ずっと弟だと思ってたから…」


その言葉が、再び俺の心に突き刺さる。おいおい、これはもう過去のことだって割り切ったはずだろう?なのに、なんでこんなに心がグラグラするんだ、俺。


無意識のうちにスマホを握りしめ、画面に残る姉からのメッセージをじっと見つめていた。手元のスマホが、これでもかってほど重く感じる。


「結婚式…か…」


呟くように言葉が漏れた。部屋の静かな空気の中で、その声はまるで消え入りそうだった。


あれからずっと、俺は彼女のことを忘れたふりをして生きてきたんだ。それなのに、その日が近づくたびに、心の奥に蓋をしていた感情が、むくむくと顔を出してくる。


俺は深く息を吐き、スマホをそっと机の上に置いた。


心の中で、何かが決壊しそうな気がする。だけど、俺は言い聞かせた。「もうあの日の俺とは違うんだ。彼女にとって俺はただの幼馴染、弟みたいな存在でしかない。それ以上でも、それ以下でもないんだ」と。


そして、現在24歳の俺は、シャンパンタワーにお酒を注ぐ彼女の幸せそうな顔を見ていた。


なんだか、その笑顔を見ていたら、今まで抱えていた葛藤が急にバカバカしくなってきた。


二次会が終わって、ほろ酔い気分で橋の上を歩いていると、ふと水面に浮かぶ、気味の悪い火の玉が目に入った。


「え、火の玉? そんなバカな…酔いが回ったのか?」俺は目を擦った。


だが、火の玉は消えるどころか、不気味に揺れ動いて近づいてくる。


え?マジで火の玉?その瞬間、背筋がゾクッと寒気に襲われた。そして次の瞬間、足元が崩れるような感覚がして、俺は慌てて手すりを掴もうとしたが、なぜか宙を掴んでしまった。


「うわっ!」と思った瞬間、周りが真っ暗に…。


そして、目が覚めたら――まさか、異世界の牢屋の中だなんて…。

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