第36話
ティトとクララの結婚式では、新参貴族と古参貴族が入り乱れて参列し、その溝のなさを見せつけた。
また、先の事件の被害者同士の結婚は、新たな制度と共に、国中の注目を浴びた。
「いい広告塔になってくれた。これで俺たちが結婚するとき、自分たちのために政策をいじったなんて、揶揄されずに済む」
「そんなことを考えていたの?」
お忍びで結婚式の様子を見に来たルーベンとベロニカは、後ろの方でこそこそしていた。
しかし、なぜかティトに見つかってしまい、「女神さまが祝福に来てくれた!」と大声で叫ばれ、姿を現さずにはいられなくなった。
花婿と花嫁の隣にルーベンと一緒に並ばされ、誰の結婚式なのか分からなくなる。
「クララ、ごめんなさいね。あなたが主役なのに」
「何を言っているのよ、水臭いじゃない。私もベロニカを女神と褒め称えると、約束したでしょう?」
クララはご機嫌だった。
その横で、ティトも楽しそうにしている。
過去では、クララともティトとも、相容れなかった。
だが、これでよかったのだと、ベロニカは思った。
「次は俺たちの番だ。楽しみだな」
ルーベンに頬をすり寄せられ、恥ずかしさでベロニカが真っ赤になると、参列していた新参貴族と古参貴族たちから歓声が上がる。
仲の良い女王と未来の王配に、ロサ王国の繁栄は約束されたようなものだった。
◇◆◇
「この『海国ハーラン』というのは?」
ベロニカとルーベンの結婚式の日取りが決まり、各国へ出す案内状を確認していたベロニカが顔を上げる。
見覚えのない宛先があったからだ。
視線の先には宰相の机があり、そこで執務をしているのは、モノクルをかけたエンリケだった。
「まだ大陸では、あまり名前を知られていないのですが、南の海の先にある大国です。国土は数多くの島々で、あなどれない規模の海軍を所持しています」
「海軍……つまり、武力で領土を広げてきた国、という認識で合っていますか?」
「そうです。これまでは、付かず離れずの距離感でいられましたが、どうも大型軍船の開発に成功したらしく、こちらの大陸へも侵攻が可能になりました。相手の腹を探るためにも、顔を合わせておいた方がいいと思います」
ベロニカが顎に手を当て、考え込む。
そこへ、ラミロからも情報が飛んできた。
「公に国交は結ばれていませんが、平民の間では、商いの取り引きがあっていますよ。独特な文化があって、王は必ず女性が選ばれるそうです」
ベロニカさまと一緒ですね、とにこやかに締めくくる。
「海国ハーランの為政者は、女王なのね。……仲良くできるといいのだけど」
しかしベロニカの頭には、先ほど聞いた海軍という言葉がチラつく。
仲良くなりたい思いが、一方通行にならなければよいが。
「大丈夫だ、ベロニカ。結婚式の日までに、南の海に面した領土を持つ古参貴族に、港湾整備をしてもらおう。こちらの護りが鉄壁だと知れば、おいそれと攻めてはこないさ」
暗い顔をしたベロニカの不安を察して、ルーベンが対策を立てる。
港湾整備と称して、防衛力を高めようと言っているのだ。
軍事の補強は、一朝一夕には出来ない。
ルーベンの案は、良い着想に思えた。
「ルーベン、予算はどこから持ってくるつもり? ちゃんとそこも、考えてあるのでしょう?」
「俺たちの結婚の祝い金を充てよう。新参貴族も古参貴族も、結婚式の日には祝い金を持ってくるだろう? それを前借りするんだ」
「結婚の祝い金を前借りするなんて、聞いたことがないわ」
「俺も初めて言った」
堂々と言うので、ベロニカは笑うしかなかった。
ルーベンは民の視点だけでなく、面子を大事にする貴族の視点も持ち合わせている。
「中には、金を捻出するのが厳しい貴族も、いるかもしれない。そういう貴族からは、人や物を借りよう。祝い金という名目がつくなら、何だっていい。国中で協力して、民を護るんだ」
目標を達成するために、使えるものは何でも使うルーベンのたくましさは、ベロニカの憧れるところだ。
「そうね、きちんと備えが出来ない為政者は無能だものね。さっそく、港湾整備について、政策をまとめましょう」
いつものベロニカに戻ったのを確認して、ルーベンは頷く。
うまく二人三脚で国政をまとめるベロニカとルーベンに、エンリケが微笑ましい目を向けていた。
◇◆◇
ベロニカとルーベンの結婚式の日が近づいてくると、各国から招待された賓客が、続々とロサ王国へと集まってきた。
王城内は、華やかに賑わい、結婚を祝う雰囲気が、あちらこちらにうかがえる。
しかし、そんな空気をかき消すように、南の沖合に黒々とした大型軍船が現れたのだった。
まもなく、招待した海国ハーランの船と確認できたと、ベロニカの執務室に一報がもたらされる。
「まさか、噂の軍船でやってくるとは思いませんでしたね」
エンリケが、疲れたときの癖で、モノクルを外す。
そして好戦的な海国ハーランの出方に、溜め息をついていた。
「平民たちが見世物だと思って、港に集まっているようです。船の上に、お屋敷が載っていると騒いでいました」
ラミロも見聞きしてきた噂話をベロニカに伝える。
船の上に、お屋敷が載っている大型軍船が想像できず、ベロニカは首をかしげる。
「こちらが防衛力を見せつけたいように、あちらは攻撃力を見せつけたいのだろう。ここは意地の勝負だな」
ルーベンが腕組みをして、宙を見つめた。
ブツブツと、「船に潜り込んで、内部を探れないか」などと呟いている。
転んでも、決してただでは起きないルーベンの強靭な精神は、ベロニカの手本とするところだ。
もうすぐ夫となるルーベンの頼りになる姿に、ベロニカが知らず見惚れていると、さらなる報が飛び込んできた。
それは――海国ハーランの女王ヤーナゥの到着に合わせて、ベロニカが直々に港へ出迎えに来るようにという下命で、伝えられた執務室には激震が走る。
あまりにも上から目線の物言いに、激怒しているセベリノやラミロと違って、ベロニカは相手の深層心理を思索する。
非友好的な海国ハーランの態度が、あまりにも子どもっぽく感じたからだ。
「こちらを煽っているのか?」
ルーベンも、ベロニカを軽く扱われて憤りを見せたが、すぐに発想を転換させる。
「行こう、ベロニカ。間近で大型軍船を見る、いい機会だ。今はとにかく、相手の情報を集めよう」
エンリケも、手元の資料を見ながら、悩まし気に付け加える。
「海国ハーランについて、こちらはまだ未知なことばかりです。ヤーナゥ女王陛下が御年16歳で、唯一の王位継承者であるとしか……」
それを聞いてベロニカは納得した。
16歳のやることならば、いちいち目くじらを立てるのも大人げない。
これまでの賓客は、王城についてから出迎えていたが、ヤーナゥ女王は港まで出迎えに行こう。
立ち上がり、手を差し出してきたルーベンのエスコートを受ける。
「ラミロも一緒に行きましょう。港で、少しでも海国ハーランの情報を、集めてちょうだい」
「それならば、俺もカイザを連れて行こう」
執務室へエンリケだけを残し、セベリノも連れたベロニカたちは、大型軍船が到着する港へと向かった。
◇◆◇
「ヤーナゥさま、どうやらこちらの要求が通ったようです。港の一角に、明らかにきらびやかな一群が見えます」
「当たり前じゃない。こんな辺鄙なところまで私を呼びつけておいて、頭を下げないなんて無礼でしょ」
「……ビクトル大臣が、頑張ってくれたんだと思いますよ」
ヤーナゥに港の状況を教えている侍女コンスェレは、胃薬を持ち歩いている若き大臣ビクトルを気遣った。
我が儘なヤーナゥが無理難題を言いだすのはいつものことで、それを叶えるためだけに大臣に抜擢されてしまったビクトルは、朝晩を問わず東奔西走していた。
今回もいきなり、相手国の女王が港で出迎えないなんて図々しいと言い出したヤーナゥのせいで、ビクトルは小型船に移り乗り、先に港を目指したのだ。
国交もない大国に乗り込み、無茶な要求を突きつける羽目になったビクトルの胃は、どれほど疲弊しているだろう。
しかし、コンスェレも、ビクトルのことばかり心配してはいられない。
「さあ、コンスェレ、あちらの女王に会いに行きましょう。どちらが上か、分からせてやらなくちゃ」
今、ヤーナゥのお目付け役としてここにいるのは、コンスェレだけだ。
いつ暴走してもおかしくない、ヤーナゥの手綱を自分ひとりで握っている緊迫状態に、コンスェレの胃も痛み出すのだった。
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