第34話
「これより裁判を始めます」
厳かな声で宣告したのは、老齢の裁判長だった。
法廷の場には、被告人であるサルセド公爵がつれて来られ、裁判長によって着席を促される。
顔色はやや青ざめてはいるが、目は反抗的で、ベロニカを睨みつける様子もあった。
それをベロニカは冷静に受け止める。
この裁判の日まで、証拠に抜け落ちはないか、何度も検証を重ねてきた。
これまでの判例をすべて記憶しているラミロによって、手落ちがないと太鼓判を押してもらい、ベロニカたちはこの場に挑んでいる。
サルセド公爵を完膚なきまで、叩き潰すつもりだ。
(お父さまの無念の死から、すべては始まったわ。このロケットが私の手に渡っていなければ、悪の女王として私は獄死して終わっていた。だけど――)
王家の秘宝の力でやり直しの機会をもらい、こうしてサルセド公爵と対決している。
ベロニカの周りを固める味方は、過去よりも増えて、しっかりとした絆で結ばれている。
(ここが正念場よ。ロサ王国を護る者として、叔父さまに鉄槌を下すわ)
裁判長が朗々と読み上げる罪状に、サルセド公爵は「でたらめだ! 全部、嘘だ!」と喚いている。
だが、このあとで証人と証拠が提示される手はずとなっている。
それを覆すだけの反論や物証がなければ、サルセド公爵に極刑が確定する。
参列した新参貴族や古参貴族は、先代国王が暗殺されていたことに、驚きを隠しきれない。
とくに先代国王に対して忠義が深かった古参貴族などは、今にもサルセド公爵に噛み付きたそうに、歯ぎしりをしていた。
その後、証人として呼ばれたのがサルセド公爵の娘クララだったので、またしても法廷にざわめきが起きる。
クララはまだ、顔の打撲傷が治っておらず、痛々しい姿は憐れみを誘った。
そしてサルセド公爵家の金庫に保管されていた砂時計の形をした瓶を持ち出し、恋人のティトに渡したことを証言すると、エンリケがそれに付け加えて、先代国王を暗殺した犯人を捜すため、ティトが間諜として動いていたことを証言する。
ティトからベロニカへ渡された、砂時計の形を模した毒の粉入りの瓶が、証拠として提示される。
その隣には別の形の瓶に、ばら撒き事件で使われた、黄色い毒の粉が入れて並べられた。
新参貴族と古参貴族が、それを代わる代わる眺めて、「同じものに見える」と言い合っている。
さらに侍医が呼ばれ、瓶の中の毒の粉の正体と、解毒薬となる薬草について説明がされた。
黄色い毒の粉は、地方にしか生えない樹木から採れる花粉で、地元の者は解毒薬となる薬草を食べて、花粉が飛散する時期には免疫力を付けているという。
しかし、その薬草を届けるはずだったサルセド公爵の到着が遅れたため、先代国王は治療が間に合わず命を落とした。
いつ、先代国王がその毒を盛られたのかは不明だが、怪しいのは咳をし始めた時期だという。
少しずつ毒を盛れば、軽い風邪に似た症状を引き起こし、怪しまれずに体内へ毒を蓄積していける。
そしてその毒が、許容量を超えたとき、一気に症状が悪化するのだ。
それでも薬草が間に合っていれば、先代国王の命は助けられた、と侍医は嘆く。
ラミロが、サルセド公爵が毒の粉を購入した証拠として、怪しい商会とやり取りをした納品書と受領書を提示する。
先日、禁制品の売買で摘発された新参貴族が、サルセド公爵を『イサーク伯爵』と偽って、取り引きをしていたのも併せて暴露した。
サルセド公爵は、証拠の品はすべて焼いたと思っていたようだが、クララが持ち出した数枚の納品書がこちらには残っていた。
血の気が引いた顔で、「なぜだ? どこにあった?」と狼狽えているが、もう遅い。
受領書の日付を遡っていくと、古いものは新暦867年とあり、先代国王が倒れた年と一致した。
さらに大量に毒の粉を買い占めた日付が今年になっていて、金庫にたくさんの瓶が並んでいたという証言とも合わせると、言い逃れるのは難しいだろう。
「反論はありますか?」
裁判長が尋ねるが、言い返せるだけの材料が、サルセド公爵には何もない。
サルセド公爵を支持していた新参貴族も、分が悪いと踏んでだんまりを決め込む。
ぶるぶると震え、椅子から崩れ落ちたサルセド公爵を、兵が立ち上がらせる。
「は、放せ! 私は、王族だ! 兄上の次に、偉いんだ! そうだ、兄上の次……私は、ただ待っていれば、次の王だったのに……」
ブツブツ呟きだしたサルセド公爵を無視して、裁判長が判決を言い渡す。
「サルセド公爵を爵位剥奪の上、極刑に処す」
その言葉を最後に、裁判は終わった。
すぐに結果は王城を取り囲んでいた群衆にも知れ渡る。
親子二代の暗殺を企て、王位簒奪を目論んだサルセド公爵の処刑は、年内には行われるだろう。
娘のクララからも、新参貴族たちからも見放され、誰もサルセド公爵の厳刑を願う者はいなかった。
新暦872年――過去でベロニカが死んだ年に、復讐は果たされた。
◇◆◇
「どうした? ぼうっとして?」
ルーベンに話しかけられて、ベロニカは自分が書類を読みながら、物思いにふけっていたのに気づく。
ハッとして顔を上げると、隣の机で書類を検めていたはずのルーベンが、ベロニカのすぐ横に立っていて焦った。
ベロニカの執務机の隣に、ルーベンの執務机も置くようになって、しばらくが経つ。
ルーベンとは椅子を並べて話し合うのに慣れていたので、少しだけ遠くなった距離を、ベロニカは残念に感じていた。
「なんだか実感が湧かなくて」
ベロニカの手元にあるのは、結婚に関する書類だ。
有言実行のルーベンは、エンリケに掛け合って、恋愛結婚に限り婚約期間を設けなくても婚姻できる制度をつくろうと動いていた。
そうしてラミロがまとめた骨子が、ベロニカの手元にある。
これにベロニカが決裁印を押せば、肉付けが済み次第、制度は始動する。
(つまり、いつでもルーベンと結婚できる――)
かあっとベロニカの頬が赤くなる。
「何を考えているのか、分かったぞ。俺との『甘い新婚生活』だろう」
ベロニカの隣で、ルーベンが平然とそんなことを言う。
それに反応して、ますます赤くなるベロニカを見て、ルーベンは嬉しそうだ。
執務室でいちゃつく二人に嫌な顔もせず、エンリケがついでのように提案する。
「陛下の結婚式には、戴冠式のように各国の賓客を招待します。案内を出す関係上、そろそろ日付を決めたほうがいいでしょうね」
「今年の女王さまの予定が空いてる日、僕、分かりますよ」
ラミロも参加して、執務室では一気に結婚の話題に花が咲く。
気候がいい時期がいいだの、どの国を呼ぶかだの。
女王の結婚ともなれば、国を挙げての一大行事だ。
盛り上がらないはずがない。
そうした、ひとつひとつの経験を積み上げていくことで、ようやくベロニカは生き残ったという実感を得られるのかもしれないと思った。
コンコンコン!
そんな執務室を、約束もなしに訪れる者がいた。
以前であれば、サルセド公爵が筆頭だったが、今では違う。
「ベロニカ、聞いてちょうだい! ついに私たち、婚約したのよ!」
扉を開けて現れたのは、ティトに腕を絡ませたクララだった。
父親のサルセド公爵は処刑されたが、それでもクララには王族の血が流れている。
公爵位がなくなったとしても、平民にするわけにはいかなかった。
取りあえず、没収されたサルセド公爵家ではなく、王城の一室に居を移してもらい、これからどうしたいのか、クララの意向を尋ねるつもりだった。
クララもそれには納得していて、今は足繫くバレロス公爵家へ通い、もっぱら幼児退行したティトの、話し相手になっていると聞いている。
「だって、クララちゃん、婚約しないと口きかないって言うんだもん」
唇をとがらせているティトだが、クララに我が儘を言われて、満更でもなさそうだった。
「へえ、てっきりベロニカと結婚したいって、言いだすかと思っていたが」
ルーベンがからかうように口を挟んだ。
「女王陛下は女神なんだよ? 僕が結婚できる方ではないんだ」
真剣にそう思っているらしいティトは目を見開き、ルーベンの言葉に驚愕していた。
幼児退行する前に拗らせていたベロニカへの想いは、どうやら違った方向へ昇華されたようだった。
「だったら吉報がある。もうすぐ恋愛結婚に限り、婚約期間を設けずに婚姻できる制度が始まる。お前たち、それを周知させるために、制度利用者の第一号になってくれないか?」
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