第5話

 今日もセベリノは、ベロニカの背後から周囲に睨みを利かせている。


 こうしているだけで、ベロニカに近づく不埒者は、ほとんどいなくなるのだ。


 自分が騎士として役に立っていることに、26歳のセベリノは胸を張る。




 ◇◆◇




 セベリノとベロニカは幼馴染だ。


 セベリノの父親のテラン伯爵が、ロサ王国の騎士団長なので、セベリノも小さいときからよく連れられて、王城に足を運んでいた。


 2歳年下の王女ベロニカとは、そうした縁で知り会った。


 寡黙な質で人を寄せ付けないセベリノに、物怖じせずに話しかけてきたベロニカ。


 セベリノが10歳、ベロニカが8歳のときから始まった交流は、それから長く続く。




 セベリノが12歳になった頃だったか、父親の許しが出て、初めて騎士団の練習に参加させてもらえた。


 14歳になったセベリノの兄が、すでに見習い兵と模擬刀で打ち合っているのを遠くから眺めて、うらやましく思っていたが、それまでは危ないからと木刀すら握らせてもらえなかったのだ。


 騎士に憧れていたセベリノは嬉しくて、夢中になって練習に取り組んだ。


 しかしそれが思わぬ暗雲を招いた。


 セベリノには、剣豪としての天賦の才がありすぎたのだ。




 13歳になったセベリノは、すでに見習い兵では相手にならないほど強くなっていた。


 正騎士とも対等に渡り合う少年セベリノを、次期騎士団長として推す声が、一部の若手の中に上がり始める。


 それまでは、テラン伯爵家長男の兄が後を継ぐと思われていた。


 兄もセベリノほどではないが、年齢の割には強かったのだ。


 ここで、セベリノと兄の間に、妙な確執が生まれてしまう。




 兄は騎士団長を目指して、一生懸命に剣の腕を磨こうと頑張っていた。


 だが、努力をして得られる結果には、限界がある。


 教えられるまでもなく、息をするように剣をふるう非凡なセベリノに比べ、兄は凡人だった。


 しかしテラン伯爵は、騎士団長に必要な素質は剣の才能だけではないと、これまで通り兄を次期騎士団長として扱った。


 兄には、セベリノにはない人望があったのだ。


 若手だけでなく、ベテランとも積極的に意思疎通を図り、騎士団全体から仲間として認められていた兄。


 セベリノもそんな兄を誇らしく思っていた。


 


 ところがセベリノが14歳のときに事件は起こる。


 御前剣術試合で、セベリノが優勝してしまったのだ。


 貴賓席から応援していたベロニカは、幼馴染の勝利に大喜びしたが、セベリノは素直に喜べなかった。


 なぜなら、この試合には兄も出場していたからだ。


 収まっていたはずの、セベリノを騎士団長に推す声が、この日から再燃してしまった。


 


 セベリノは、騎士団の練習をサボるようになる。


 そしてベロニカのもとでお茶を飲んだり、ぼーっとして過ごしたり、覇気のない毎日を送った。


 セベリノは騎士にはなりたいが、騎士団長になりたいわけではなかった。


 それなのに周囲はそれを許してくれない。


 セベリノと兄を比較して、どちらが騎士団長に相応しいかと論議を始める。


 昔は仲が良かった兄との関係が微妙になり、セベリノはほとほと嫌気がさしていた。




 ◇◆◇




 今日も練習を抜け出して、セベリノはベロニカに会いに来ていた。


 王女がお茶を楽しんでいる奥庭の近辺まで、騎士団員がセベリノを探しには来ないと、経験上知っているのだ。




「このところ、元気がないわね? 私に悩みを、打ち明けてもいいのよ?」




 12歳になったベロニカは、少しおしゃまな話し方をするようになっていた。


 そしてセベリノが悩んでいるのを見抜いて、力になろうとしてくれる。


 セベリノは自分に幼馴染という相談相手がいたことを、本当にありがたいと思った。


 お茶を飲みながらぽつりぽつりと、セベリノが置かれた今の状況を、ベロニカに分かりやすく説明する。


 


「騎士団長に向いているのは兄だ。それは父上が言う通り、人をまとめるために必要なのが、剣の才だけではないからなんだ。でも、若い騎士たちにはそれが分からない。どうしても目に見える力を、崇めてしまうんだ」


「こうしてサボっているのは、持ち上げられるのが嫌だから?」


「練習もしない俺は、騎士団長には相応しくないと、思ってもらいたくて」


「逆効果かもしれないわよ? 練習もしないのに強いなんて、すごいって言われたらどうするの?」




 ベロニカに指摘されて、セベリノは頭を抱えた。


 もし、そんなことを言われていたら、本当にどうしようと思ったからだ。




「俺は騎士になりたいんだ。でも、このまま騎士団長に推されて兄と険悪になるくらいなら、もう騎士団を辞めるしかない」


「せっかく剣術試合で優勝するほど強いのに、もったいないわよ。それに騎士になる夢を諦めるのは、まだ早いわ」




 そう言って、ベロニカはすっくと立ちあがる。


 向かいの席でお茶を飲んでいたセベリノの横にくると、その肩に手を置いた。




「セベリノ、私の専属騎士になりなさい」




 出来るだけ厳かな声を出そうと、ベロニカが頑張ったのが分かる。


 顔が少し、しかめっ面になっているからだ。


 それを聞いたセベリノの口は、ポカンと開いている。


 


「ほら、セベリノ、恭しく返事をしてちょうだい。呆けている場面ではないわよ」


 


 ベロニカに促されて、セベリノは思い出した。


 王族の側には、専属の騎士が常に護衛としてつく。


 それは王族による指名でしかなれない、栄誉ある職なのだ。


 ベロニカはセベリノのために、その権利を行使しようとしている。


 まだ14歳のセベリノが、騎士になる夢を諦めないでいいように。




「ベロニカ……いや、ベロニカさま」




 セベリノも席から立ち上がり、ベロニカの前に跪く。


 そして頭を垂れると、セベリノも出来るだけ厳かな声で返答した。




「不肖セベリノ、ベロニカさまの盾となり、剣となることを誓います。いついかなるときも、お側を離れることはありません」


「うふふ、これでセベリノは私の騎士よ。騎士団長になんか、させないんだから」




 幼馴染を救ったベロニカが、嬉しそうに笑う。


 


「……こんな抜け道があったなんて」




 放心して呟くセベリノ。


 これまで悩んでいたのが、なんだったのかと思えるほど、あっけなく方がついてしまった。


 


「お父さまが言っていたわ。権力は正しく使いなさいって。今がそうだったでしょう?」




 首をかしげるベロニカの、黒髪がさらりと流れた。


 セベリノはそれを眺め、騎士になる夢を叶えてくれた王女を、命がけで守ろうと決意した。


 その14歳だった少年セベリノの誓いが、今の今まで続いている。




 ◇◆◇




 セベリノがベロニカの専属騎士になったことは、すぐに騎士団に伝わった。


 それを聞いて、一番ホッとした顔をしたのは兄だった。


 兄もまた、セベリノとの関係を修復したいと、父に相談していたと後に知った。


 セベリノ同様、騎士団を辞める選択肢まで、考えていたそうだ。


 しかし、今となっては昔話だ。


 兄は騎士団長となるべく研鑽を積んでいるし、セベリノはベロニカの背後で常に目を光らせている。


 エンリケには「忠犬のようですね」と揶揄されるが、それが何だ。


 


 カキンッ!




 どこからか飛んできた何かを、剣の鞘で弾き飛ばす。


 最近、ベロニカに向かって何かが飛んでくるが、セベリノにとっては蠅のようなものだった。


 見なくても払える程度だし、何より殺気がこもっていない。


 児戯にも等しい悪ふざけに、セベリノが本気になることはない。


 ベロニカの周囲は、今日も平和だった。




 ◇◆◇




「後ろに目があるのかな? ……何度やっても、まるで当たらないや」




 ベロニカとセベリノが通り過ぎた回廊の植え込みから、誰かが出てきた。




「この作戦は失敗だな。ちょっと顔が腫れあがれば、女は表舞台から降りるなんて親方は言ったけど、あんなにキレイな顔にカブレ草の汁をかけるなんて、やっぱり嫌だよ」




 文官の制服についた雑草を落とすために、ぽんぽんと膝をはたき、茶色の髪の人物は走り去った。

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