悪魔に呼ばれてキスをする
京野 薫
甘くて冷たい果実
俺の手はどうなってしまったんだろうか。
改めて見返しても、何度見返しても変わらず真っ赤に染まっている。
それはあまりに非現実的でとても自分の身に起こったこととは思えない。
それもそうだろう。
ほんの半年前までどこにでもいる普通のサラリーマンだったんだ。
何も……悪いことは……してない。
そんな俺がなんで、こんな狭い部屋で……血まみれで倒れている女を見ながら呆然と座り込んでるんだ。
出来の悪いサスペンスみたいだ。笑えない。
いや、たった1人笑っている子がいる。
「
彼女……いや、彼? もうどっちでもいいが……
その温もりを感じているうちに、全てがどうでも良くなってきた。
そして、意識が……闇の中へ……
※
やれやれ、残業なんて引き受けるんじゃなかった……
俺は7時を回ったオフィスの時計を見ながら、ため息をついた。
大原部長からの依頼なので断れずに引き受けたが、思ったより手こずった。
一応ラインは送ったけど……
恐る恐る返事を見ると「8時までは待っててあげる。泣いて喜びなさい!」と言うメッセージと共に、アッカンベーをしているスタンプがあった。
俺はホッとすると「今、終わった! すぐに行く」と返事を送る。
よし! 8時なら余裕で間に合う。
恋人の誕生日に遅刻なんて、それだけでも洒落にならないのにこれ以上は……
俺はバッグの中のプレゼント……前から欲しがっていたペンダント。
プラチナのハートの真ん中に赤い宝石が埋まっているもの、を改めて確認する。
喜んでくれると良いけど。
真理の喜んでいる表情が色々浮かんできて、急ぎ足で会社を出ると歩いて10分ほどの場所にあるイタリアンに向かって歩く。
人気店なので予約に手間取ったが、何とか取れた。
ここのパスタは本当に旨いんだ……
そんな事を考えながら店の入り口に着いたところで突然「
思わずキョロキョロと見回した俺の視線は、驚きと共に止まった。
何だ……この、可愛い子。
店の入り口近くに立って俺を見ていた女の子は、一目で目を見開いてしまうくらいの美少女だった。
つややかな黒髪はおかっぱボブ? と言うのだろうか。
まるで日本人形みたいな髪型で、小さな顔立ちの中に大きく、吸い込まれるような輝きの瞳と、小ぶりだが肉感的な唇。
それらは変な言い方だが……吸い込まれそうになってしまう魅力に満ちていた。
また、白のブラウスとピンクのカーゴパンツも彼女の魅力を引き立たせていた。
モデルかな……それかアイドル? なんでこんな所に?
そう思ってポカンとしていると、その少女は俺をニコニコと見ながら近づいてきた。
そして……
嘘だろ?
俺の前で立ち止まると、小首をかしげて言った。
「進藤和也さんですか?」
「え……あ、はい。え? なんで……俺の名前……」
しどろもどろになりながら何とか答えると、彼女はニンマリと言う表現が似合う笑顔を見せた。
「やっと会えた。ずっと……会いたかった」
そう言うと、少女はいきなり俺に抱きついてきた。
「え!? ちょっと! 何なんだよ!」
俺の言葉にも構わず、少女は俺を見上げてまたニンマリすると胸に顔を埋めるように再度抱きついてきた。
これは……なんだ!?
少女に抱きつかれたことで、自分の心臓がどうにかなりそうなくらいドキドキしていた。
頭もクラクラしてきたが、何とか理性を振り絞って言った。
「ゴメン……俺、待ち合わせしてて……遅れそうなんだ」
「知ってる」
「え! 知って……る?」
「もうちょっとこのままで居て……やっと彼女が気付いたんだから」
え? 何を……言って。
その時、少女は先ほどまでとは打って変わった大きな声で言った。
「和也さん……やっぱり来てくれたんだ。大好き」
「来て……って? え?」
その時、入り口のドアが勢いよく開くと、そこには真理が呆然とした表情で立っていた。
これは……ヤバい。
「……何? これ」
「真理、違う! この子は知らない子なんだ!」
そう言うと、抱きついている少女は顔を上げると、傷ついたような表情で涙を浮かべて言った。
「酷いよ……僕、和也さんに呼ばれてずっと待ってたのに。この女の人だれ? まさか……彼女じゃないよね?」
「いや、彼女だよ! ずっと付き合ってる! 彼女との待ち合わせなんだよ。君は何なんだよ!」
何が何だか訳が分からない。
これはたちの悪いドッキリか?
だったら頼む。そろそろドッキリと言ってくれ。
「僕……和也の恋人だよ? 何で知らない振りするの? そんなの、ヤダよ」
「和也……どういう事? 説明して」
真理の震える声を聞きながら、俺は自分の身体が冷え切ってるのを感じた。
8月なのに。
足も震えている。
訳が分からない。
「真理、頼む……信じてくれ。本当にこの子の事なんて……」
そう言いかけた時。
少女は俺の後頭部を掴むと突然……本当に突然に俺の唇にキスをした。
肉感的な唇はまるで俺の唇を包み込むようで、暖かく柔らかく……甘かった。
思わず意識が持って行かれそうになったが、何とか踏みとどまると両手で彼女の身体を引き剥がした。
「なにするんだ! いきなり……頭おかしいのか!」
思わず怒声混じりになったが、少女は優しいような
「酷い……いつも和也さんからしてくれてたのに。キス」
「は……はあ?」
俺は混乱しきった頭で何とか意識を真理に持っていった。
だめだ、このままじゃ……
「真理、俺の話を……」
だが、言い終わる前に真理は大粒の涙を流しながら、歩いて行ってしまった。
「真理! 待って……」
だが、後を追いかけようとした俺の腕をさっきの少女が掴んだせいで、動けなかった。
俺は激しい怒りと共に振り返った。
「おい……いい加減にしろ! 何なんだ、お前……」
少女はくっくっと笑うと、皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「いいじゃん、こんな可愛い子とキスできたんだからさ。泣いて喜んでくれると思ったのに」
「確かに君みたいな可愛い女の子は見たこと無い、認める。でも、やって良いことと……」
そう言いかけた俺の唇に少女は人差し指を付けた。
「ちょいまち。僕、女の子なんて一言も言ってないんだけど」
は……?
一瞬ポカンとした俺は、背筋がゾッとするのを感じた。
「じゃあ……君、男……」
少女は小首をかしげると、ニッコリと笑った。
「男の子、なんて一言も言ってないんだけどな」
俺は段々と怒りがこみ上げてくるのを感じた。
コイツ……俺をからかってるんだ。
「もういい。君がどっちだろうがどうでもいい。それより何であんな事をした! 彼女と俺はつきあってたんだ! それを……メチャクチャにしたんだ! 何の権利があって……」
そう言ったとき。
突然、俺のネクタイが勢いよく引っ張られて、顔を引き寄せられた。
「権利? あるに決まってるじゃん。だって、復讐しに来たんだから。僕の家族を奪った君に」
「復讐……? なに言って……」
「僕は
なに……言って?
訳が分からない……ドッキリ……なんだよな?
「今後ともよろしくね。進藤和也さん」
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