13 第4話 見えない絆

 それは、突然だった。




 確かに全国では流行が広がっていたが、まだこの町までは影響が出ていない。それでも全国一斉の休校措置には従うしかなかったんだ。

 校長先生から朝の職員集会で説明があった。もう次の日からは、学校はお休みにしなければならなかった。僕達、一介の教員にはどうすることもできなかった。


 ただ、そんな切羽詰まった状況の中でも、子供達はいつもと変わらなかった。朝の会で、休校の連絡をしたが、そんなに心配した反応を示す子供もいなかった。



「やったー、学校が休みだー」と、浮かれる子も多かったが、そんな男子を見つけた女子は、「あ!また、朝からゲームばっかりするつもりでしょ。学校が休みでも、勉強しなきゃだめなんだからね!」と、指摘する。これは、恒例のやり取りで、それを楽しんでいるようでもあった。



「先生……せっかく練習してきた『一年生を迎える会』は……?」

「ああ、残念だけど、学校がお休みじゃ、できないからね」

「チェッ、おもしろい劇を考えたのになあ、ぜったいみんな笑ってくれると思うんだけど」


「ああ、それからただのお休みじゃないから、あんまり外で遊ばないようにね。宿題は、後で送るから……」


「「「「「「えー!!!!!」」」」」」

 一斉に『がっかり』モードの声がそろってしまった。



「そっか……友達にも会えないのか……」

「え? 遊びにも行けないの?」

「そういうことだよね、先生?」


「うん、そうなんだ」

「ええ! じゃ一か月近くも、友達の顔が見れないのかよ」

「新しいクラスになって、せっかく新しい人の顔も覚えてきたのに」





「……まあ、先生は大丈夫だけどな。毎日、みんなの顔を見て暮らすよ」

「え? 会えないのに? どうやって?」


「これさ!」

 僕は、教室の前に貼ってある写真を指さした。そこには、みんながとびきりの笑顔で笑っている写真が写った学級通信が張ってあった。


 そして、みんなにもこの学級通信は配っていた。


「あー、これなら、ぼくももってる」

「私も部屋に貼ってある」

「そっか、毎日会えるね、北野先生!」




 今日は、とにかく授業をやりながら、明日からの生活についてこまごまとしたことを子ども達に伝えた。

 勉強のこと、生活リズムのこと、健康維持管理のこと。そして、学校が再開してまた元気にみんなで会えた時のことなど。一日では、絶対に足りない時間だった。












・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 休みになって二日目、学校は閉鎖になったが、僕達教職員は学校に居る。


「なんだか変ですね。子供達が居ない学校なんて」

「まあ、夏休みみたいなものよ」


 隣の早央里先生が少し笑いながら言った。職員室では、他の先生達も忙しそうにしている。いや、普段よりも忙しいかもしれない。花村先生が清掃当番から帰って来た。


「お疲れ様です」

「トイレと教室の簡単清掃、それに消毒終わったわよ」

 子供が登校していなくても、定期的に職員で割り振って学校の清掃を行うのだ。いつもは、子供の掃除当番で行っているけど、今は全部先生達で行わなければならない。



「それにしても、静かですね。掃除をやってても、何人かの先生の声しかしないのよ。普段はあんなににぎやかなのにね」


「そうですよね。僕、なんか寂しくって……」

「おいおい、たった二日ぐらいで、落ちこまないでくれよ、北野先生。我々には、これからやらなければならないことが、たっぷりあるんだからね」

 向かいの机の鎌田先生は、忙しくパソコンを打ちながらこちらには目も向けずつぶやいた。


「まあまあ、とにかく今は、子供達への宿題作りをがんばりましょう」

 急に学校がお休みになったので、家で行う勉強のプリントを作成して送ることになったのである。



「ところで、早央里先生は、また手紙を書いてるんでしょう」

 優しく微笑みながら花村先生が、確信たっぷりに話しかけていた。


「そんな……、忙しくて、まだ、手紙なんて書いてないわよ」

「おや?“まだ”ということは、もうすぐ書くのかな?」

「もう、……恥ずかしいから、やめてくださいよ……」


「あはは、まあ、きっと学級の子供達も、早央里先生の手紙のことは知ってるから、きっと楽しみにしてるよ。でも、あんまり無理しないでね」

「はい、ありがとうございます、花村先生」









・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「ようやく宿題作りも終わったし、私はエプロンでも作ることにするね」

「あれ、花村先生はエプロン新しくするんですか?」


「いやあ、給食当番で、子供達が忘れた時に使う物をね……」

「そっか、今あるやつ、だいぶ古くなってきましたものね」


「うん、今度は少しかわいいの作ろうかな?……でも、北野先生、子供達にはあんまり忘れないようにって言ってよね」

「あ、はい!」




 僕も何かしなくっちゃ……とりあえず教室の片づけでもしようかな…………。



 僕は、六年三組の担任だ。隣は二組で鎌田かまだ先生の教室だ。鎌田先生は、僕より十歳ほど上のベテランで、何事も几帳面にこなす先生なんだ。

 理科が専門。普段は無駄話をしないので、あまり詳しいことは、知らない。


 ちょうど今、鎌田先生の教室の前にいるけど中から何か物音が聞こえる。物を動かす音みたいだ。


「……あの~。……鎌田先生~……」

「あ、北野先生、ちょうどよかった、ちょっと手を貸してくれないかな……」

「はい」


 鎌田先生は、大きな水槽を一人で抱えて、動かそうとしていた。片方を持ち、言われた通りに運び、教室の棚に置いた。他にも大きさの違った水槽がいくつもあった。



「鎌田先生の教室、水槽がたくさんありますね」

「あ~、子供達と約束したんだ。今年は、水族館にするとね……」


「水族館ですか?」

「理科の勉強もあるんだが、それ以外に水中の生き物に興味をもってほしくてね」


「あ! これ知ってます。グッピーですね」

「いろんな種類があるんだ。自分で増やすこともできるんだぞ」


「メダカもいますね」

「今、卵を産んでね。この水草のところ……」

「あ、透明の白いツブツブが、いっぱいついてますね。……こっちの水槽は、何もいないんですね」


「いいや、この水槽の水は、学校の池の水なんだ。だから中にはいっぱい微生物がいるんだよ。顕微鏡とかで見えるんだ。覗いてみるかい?」

「はい!…………うっわ、凄くたくさん見える。透明な虫みたいのがいっぱい。あ! これゾウリムシですね!」

「気に入ってくれたかな?」


「はい、とっても。……さっきの大きな水槽はどうするんですか?」

「あれは、すべての水槽の環境の元になる水草を育てるんだ」

「水草専用の水槽なんですね」

「ああ」


「……そうか、鎌田先生は、子ども達が登校した時のために、こうやって水族館を整備していたんですね」

「ん、まあ、そんなとこかな」




「あのう、ところで、早央里さおり先生のお手紙って、そんなに有名なんですか?」

「まあ、有名っていうか、みんなもらって、感動……いや、安心? 勇気? とにかく、ほっとした気持ちになるというものだっていうな」


「へーそうなんですか。でも、僕、もらったことないなー」

「いつでも、だれにでもあげるような手紙じゃないんだ。本当に手紙が欲しいと思っている人にだけにしかあげないらしいんだ。僕だってもらったことはないさ」


「何だろう? 本当に困った時とか、とびきり嬉しい時とか、すっごいことがあった時かな?」

「ただ、早央里先生の学級になった時だけは、必ずもらえるという神話のようなものはあるみたいだけどな」

「そりゃあ、ますます凄いですね」



 先生達は、みんな子供達のために何かがんばっているんだ。それぞれ自分のできることで、……。僕は、何ができるんだろう……。




(つづく)

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