11 第3章第2話 船出の一枚
僕は、教室の前に立ち、改めて深呼吸したんだ。教師、
きっと、晴れる日もあれば、雨の日もあるかもしれない。時には、嵐に巻き込まれるかもしれない。それでも僕は、この五年三組の子供達と共に大海原を渡り切ってみせる。
僕は、この時、そんなことを考えていたんだ。
「よし!」
……カラ…ガラ…ガラ……
教室の引き戸を力一杯、開けた。
「………………みんな!おはよーございまーす!」
僕は、緊張を隠すために、すぐに大きな声で挨拶をしたんだ。すると、あちこちから 「「……おはよーございまーす……」」と、声が返ってきたが、思ったより静かだった。
なんとなく漫才師が、オープニングですべった感じになった気がした。
先に教室に来ていた花村先生と目が合った。しゃがんで子どもと話をしながらこちらを見た。……そして、満面の笑顔で、首を傾けウィンクしたんだ。
あ! そうだ。自分は緊張しているんだ。顔が固まっている。ちょっと目をつぶって、軽く息を吐いた。そして、もう一度気持ちを整えた。
「みんな、担任の北野大地です。改めて、よろしくお願いします」
と、言って、黒板に大きく名前を書いた。
そして、僕は、自分の好きな食べ物や得意なこと、趣味などを話した。そして、僕は子供達に問いかけたんだ。
「これから一緒に生活していくんだ。僕は、みんなのこともいっぱい知りたいなー」
僕がそう言ったとたん、あちこちから反応があった。
「えー?」とか「やだー」とか「いいよー」とか「自己紹介やろー!」とか、いろいろな声があがった。中には、黙ってじーっとこっちを見て子もいた。
「花村先生、どうしたんですか?」
「ああ、この子ね、みんなの前でお話するのは、いやなんですって」
「え? 自己紹介は、やめた方がいいでしょうか?」
「ああ、大丈夫よ、平気!平気!気にしないで」と言って、花村先生は、笑っていた。
僕は、ここで子供達の嫌がることをしたらダメなんじゃないかなって、考えちゃった。別に、子供に好かれたくて先生になったわけじゃないけど、早央里先生だって出会いを大切にって言ってたし……。
僕は、あれもこれもといろいろと考え、自分の中で迷い出してきちゃったんだ。
すると、痺れを切らした子供達が、勝手に話を進め出した。
「先生! 早く自己紹介しよーよ。」
「オレ、一番!」
「じゃあ、二番!早く、お前やれよー」
「じゃあ、男子からね!」
「え? 嫌だよ。女子からやれよ!」
「じゃ、出席順でいいわよね……先生、いい?」
「あ、ああ、……え、えっと……」
子ども達の中から、声が湧き出して来るのを感じた。子供達が待ちきれなくなってきたんだ。だんだん騒がしくもなっても来たし、どうしよう?
ああ……。
ダメだ、こんなことで悩んでちゃ。ここはぼくの教室だ! 僕が舵をとらなきゃ、船は進まないんだ!
「よし! わかった!!! これから自己紹介を始めるよ。今年はクラス替えがあって、新しい友達もたくさんいるよね。早くみんなが仲良くなって欲しいと思ってます。だから、自己紹介の時間をいっぱいとります」
「ええー、でもみんなの前で話をするの、恥ずかしいなあ……」
「うん、分かるよ。それに一人ずつ話をしていると時間が足りないんだ。だから、自己紹介は、黒板に書いてもらうことにするよ! さっき先生が書いたように、名前や趣味などなんでもいいから書いてね」
「うっわー、黒板に書いていいの?」
「ああ、もちろんいいよ! それにね、書く順番を待つ間や書くのが苦手な人もいると思うんだ。そんな時は、僕や花村先生のそばに来て直接自己紹介を話してくれてもいいよ」
「ホント? あたし、先生にお話したいなあー」
「ああ、待ってるよ。そんな先生達にする自己紹介が終わった人は、友達同士でも自己紹介をし合ってほしいんだよね。このクラスの人がみんな仲良しになって欲しいんだ」
「うん、分かったよ、北野先生!」
「よし、じゃあいいね。みんなで、自己紹介をはじめるぞーーー!」
「「「……はーーーい!……」」」
まず、元気な男子が、黒板に群がった。そして、女子がそばに寄ってきた。そのうち、クラス中が楽しい話し声で、いっぱいになっていったんだ。黒板は、女子も書き始め、色とりどりのお花畑のようになった。
名前から趣味、特技、好きな食べ物、好きな教科など、似顔絵や上手なキャラクターの絵まである。
おしゃべりな子もいっぱいやってきた。去年のクラスの人気者だと自分を売り込んで来る子もいた。
そんな中、小さな声で話しかけてきた女の子がいたんだ。
「先生、ありがとう」
「え? 何がだい?」
僕は、不意をつかれた感じがした。
「この子ね、
と、黒板を指さした。
そこにはニッコリ笑った自分と友達の顔が、上手に描かれていた。
僕が、褒めようと思って振り向いたが、もう二人は他の子のところに行ってしまっていた。面倒見が良さそうなその女子は、みんなからしーちゃんと呼ばれていた。
元気のいい男子、おしゃべりな女子、どこにでもいそうな子ども達、でもよく見ると一人一人個性がある。
大人しそうだけど友達思いのしーちゃん、無口だけど絵が上手なナミ、他にもたくさんの個性が黒板にびっしりと書き込まれた。
「さあ、そろそろ時間なんだけど、友達同士でも自己紹介はできたようだね。黒板を見ても、みんなのことがよくわかるよ」
「先生、これ消しちゃうの?」
「消さないで―」
「もったいないよー」
「うー、もったいないか。でも、消さないと勉強できないからね……」
「えーやだーやだー」
いやー困ったなー。また、難問だな。そんなこと言われてもなー。ここは、ビシッと、厳しくした方がいいのかな? それとも理屈で説得した方がいいのかな? ううう……。
またも、僕は、迷ってしまった。
「北野先生、はい、これ」
「え? あ! カメラか!!」
「ありがとうございます、花村先生」
「みんなー! 一生懸命かいてくれたこの黒板は、写真に撮っておくから大丈夫だよ」
「わああーーーい、やったー!」
「北野先生……この黒板をバックに、記念写真も撮ろうよー。ね、いいでしょ?」
そっか、今日の学級開きの一番の思い出とみんなの笑顔を残せるんだ! よし、写真を撮ろう。
「さあ、みんな、急いで準備だ!」
それから、みんなで書いた文字や絵が見えるように黒板を囲んで並び、セルフタイマーをセットした。
シャッターが下りる十秒の間、お調子者の勝がカメラの前でポーズを決めてみんなを笑わせてから位置についたんだ。
この日、僕にとっても、クラスのみんなにとっても『とっておきの一枚』が完成した瞬間だった。
(つづく)
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