扇風機

白鷺(楓賢)

本編

夏の午後、蒸し暑さが体にまとわりつくような日だった。エアコンは古くて効きが悪く、部屋は重苦しい空気に包まれている。私は仕方なく扇風機を回し、少しでも風を感じようと試みていた。


窓を少し開け、カーテンが風に揺れる音をBGMに、私は読書に集中していた。スカートがひらひらと揺れ、涼しい風が足元を撫でる。そんな穏やかなひと時は突然終わりを告げた。


「えっ!?」


私のスカートが、回っていた扇風機の羽に絡まってしまったのだ。スカートが引き寄せられ、私は立ち上がることもできず、身動きが取れなくなった。慌ててスカートを引っ張るが、布はしっかりと羽に絡まりついていて、どうにもならない。


「どうしよう…」


もがけばもがくほど、扇風機はスカートを手放そうとしなかった。汗が額から滴り落ち、体中が暑さと緊張でベタベタしていく。スカートを脱いでしまえば動けるかもしれないが、それは少し気が引けたし、そもそも狭い空間で脱ぐことすら難しい。


一瞬、絶望的な気持ちになりかけたが、ふと目に入ったのは、近くの棚に置かれていたハンマーだった。以前、家具を組み立てるときに使ったものが、今、私の目の前にある。これで扇風機を壊せば解決するのではないか?ふとそんな考えが浮かび、私は躊躇しつつも、ハンマーを手に取った。


「もう、これしかない…」


決心がついた。私はハンマーを握りしめ、扇風機の羽に狙いを定める。心の中で何度か迷いがよぎったが、ここまできたらやるしかない。


「えいっ!」


一気に振り下ろすと、バキッという音とともに羽が割れた。絡まっていたスカートも、力を失ったかのように静かに解放された。ようやく自由になった私は、床に散らばった扇風機の破片を見つめながら、大きく息をついた。


扇風機は壊れてしまったが、なぜか心が軽くなったような感覚が広がっていた。まるで、絡まりついていたのはスカートだけではなく、私の心の中にあった何かも一緒に解き放たれたようだった。


「これでよかったんだ」


私は壊れた扇風機を見つめながら、自然と笑みがこぼれた。暑さはまだ続いているのに、部屋の空気は少しだけ清々しく感じられた。それは、夏のほんの一瞬の出来事だったが、私の心に小さな解放をもたらしたのだった。


---


### 完

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扇風機 白鷺(楓賢) @bosanezaki92

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