いつかふたり
岩村亮
第1話
***
一枚の写真を見ると、否が応でも思い出される過去がある。
それは想い出と呼ぶには甘くもなく、胸中に痛みと切なさを過らせるほど苦々しいもので、もう一年ほど前だというのに刻銘に記憶を辿ることが出来る。
あの日の私は、バドミントンクラブに所属していて、物心ついた時から知っている美月と一緒にダブルスを組んでいた。美月と涼花の名前から一文字ずつ取って、『涼月ペア』とよく称されて、世間の一部からも認識されるくらいには少しだけ名が知れ渡っていた。他を圧倒する実力から、周りには中学生ナンバーワンになるのも夢ではないと期待されることもあった。私達も優勝することを望んでいた。
実際、美月とペアを組めば全国一の称号を手にすることだって出来ると、あの時の私は確信していた。栄冠を取るための努力を惜しんだつもりは、私も美月も一切なかったからだ。
しかし、結果は私が望むものとは異なっていた。
地区予選決勝を迎えたあの日――、涼月ペアは負けた。
あれだけ努力して練習を重ね、周りからも期待されていたというのに、結果はこのざまだ。しかも、私達を降した相手ペアも全国大会初戦で敗退をしたので、余計に私達の立つ瀬はなくなった。
私のスマホの中にある写真は、この負け試合の日に撮ったものだ。
写真の中の私と美月は、正反対だった。いつも不愛想な表情をしている私は口角を上げているのに対して、いつもニコニコとしている美月は口をへの字に曲げていた。「写真なんだから、笑って笑って」と言う周りの声に、私は純粋に従ったけれど、この時の美月は一向に笑おうとしなかったのだ。「これも想い出か」とシャッターを切られたけど、美月には珍しい表情だったから、濃く印象に刻まれている。
それから、私は居心地の悪さを憶えるようになって、美月だけではなくバドミントンからも距離を置くようになった。
同じ中学校だった美月とは、中学を卒業すると、互いに違う高校に進学するようになった。美月からは「高校に行って互いに実力をつけようね」と言われたけれど、私はから返事だけをして帰宅部を選んだ。
今まで出来なかった分、高校に入ってから仲良くなった友達と遊ぶようになった。
そういうことが重なったから、私と美月が疎遠になることは必然だった。
バドミントンの強豪校に入学した美月は、朝夕問わず練習に身を注いでいると風の噂で聞いたけれど、私にはどうでもいいことだった。
あの決勝戦まではいつも一緒にいて、お互いのことは何でも分かるような阿吽の呼吸みたいな関係性だったのに、離れてしまえば分からなくなってしまうものなのか――。そう少しだけ胸の奥が疼いたけれど、今の私は自分の生活を送ることで精一杯だった。
スマホからも私の記憶からも消してしまえば、こんな煩わしい思いをしなくてもいいのに、何故か消すことは叶わなかった。
見なければいいと分かっていても、時間がある時に気付けば写真を開いてしまっている。
「ねぇ、スズ。今度の夏祭り、どうする?」
「え?」
突然名指しで声を掛けられて、反射的にアプリを閉ざして顔を上げた。現実に戻る。今は、ファミレスの四人席なのにも関わらず無理やり六人でぎゅうぎゅうに詰めながら、ドリンクバーで何時間も話し込んでいるところだった。
会話が途切れ、互いにスマホでSNSなどを確認するような空白の時間が生まれていたから、つい私は何も考えずに写真を眺めてしまっていたようだ。
訊ねて来たユッコは、頬杖をつきながら苦笑を漏らす。
「話、聞いてなかったっしょ?」
「いやいや、聞いてたって。夏祭りのことでしょ? イツメンで行くに決まってるじゃん」
「スズカならそう言うと思った。でもさ、マミは花火の時は元中の男子と合流するんだってさ」
「えー、裏切りものなんですけど」
「友達なら喜んでよぉ」
いじられながらも、マミは嬉しそうだった。
「祭りの時になんか奢ってくれたら、素直に見送ってあげよう」
「もーめっちゃ奢る」
「あー、彼氏いいなぁ」
「まだ彼氏とかそんなんじゃないけどね」
「またまたぁ。私達も、誰か男子でも呼ぼうか」
こういう恋愛沙汰の話になると、置いていかれているような気分に少しだけなる。でも、空気を壊したくないから、私は相槌を打ったり笑ったりする。
そして、少し途切れた会話を繋ぎ止めるように、
「で、夏祭りっていつだっけ?」
私はぼんやりと手帳を開きながら、何となく皆に問いかけていた。
「さっき行くって言ったのに」
「適当っ」
呆れ混じりに皆が笑い、私も笑う。
「来月後半の土日だよ。大丈夫?」
「あ、その日ね。うん、平気平気。今のところは何の予定もなしだよ」
「んじゃ、土日のどっちかで行こ。近くなったら、また決めればいいっしょ」
言われたばかりの土日に蛍光ペンで丸をつける。日付の近くに、花火の絵も書いておいた。
この日以外にも、プールの予定や買い物に行く予定が入っている。今から今年の夏休みは忙しくなりそうな予感がしていた。何も考えずに友達と遊ぶだけの夏休みなんて、初めてに近いから楽しみだった。
カラフルに予定が埋められていくことに期待を抱く一方で、一年前と中身が全く異なる事実が、何故か私の胸を少しだけ締め付けた。
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