真っ赤な手の嘘つき娘は聖女でした〜この国を捨てて、他所の国を救います〜

マルジン

真っ赤な手の嘘つき娘は聖女でした〜この国を捨てて、他所の国を救います〜

一気に布染めを行ったから、仕事用の水樽が、半分近くに減っていた。


生活用の井戸水は、まだまだ現役で使えるから、飲水には困らないし、明日また布染めするわけじゃないから、急ぐ必要はないんだけど。


雨が降りそうだからなあ。

川の水位は上がるんだろう。


「はあ。もう一息頑張ろ」


近づけなくなる前に、今日行くしかないだろう。

凝り固まった腰を揉んだあと、水桶を両手に川へ向かった。




私の家は山頂付近で、かなり標高が高い場所にある。

ほとんど誰も来ないし、私も山を下ることはあまりないので、孤独に自然と暮らしている。


といっても、定期的に商人さんは来てくれるけどね。


生活必需品、仕事に使う糸、布、染料など、必要なものを持ってきてくれる。代わりに私は染布や柄染めをして商人さんに売っている。


孤独とはいうけれど、真の孤独でないのが私の支えでもある。


昔は父もいたんだけど、3年前ぐらいに亡くなってしまった。

もともと口数の多い人じゃなかったから、傍目からみれば今の生活と大して変わらないのだろうけど、人がいるのといないのでは、大きな差があるのだ。


何をするのも自分だし、しなければ後悔するのも自分。

喋る相手は布と染料、そして……この川。


「今日もキレイだね」


澄んだ水面と清流に話しかける。

サラサラといつも通りの返答があって、挨拶のような会話は終わりだ。

これで満足した私は、まず川に手を浸す。


手にぶつかる水流が、ギチギチの筋肉を押し解してくれて、とても心地よい。

ふうーと息を漏らすと、水の流れに逆らっているお魚さんと、目が合った気がした。


……気がしたというより、目があってる?


白っぽい瞳が、私をじっと観察しているような。


何なのだろう?


ピチャリ――。


首を傾げると、そのお魚はどこかへ行ってしまった。

小さな水音にびっくりしたらしい。


お魚さんに申し訳ないことをしたなあと思いつつ、自分のすべきことに取り掛かろうとして、なんの気なしに手を見たら、真っ赤に染まっていた。


「ええっ!?」


川から引き上げてよくよく観察してみると、表も裏もまんべんなく赤くて、水を浴びた手首のあたりまで血のような色で染まっていた。


「染料かなあ」


素手で染め物をしているから、こういうことは稀にある。

ミミツバナをもとにした染料で布染めをすると、濃紺に染まるし、その手で酒精に触れると黄色く変化するし。


今日は初めて、ディプリエイの花から作った染料を使った。

淡い青の染料で、手は少しだけ青みがかっていたけれど、こんなに真っ赤に染まるなんてなあ。


なにかに使えるかも。

色々と思案していると、不可思議なことに気づいた。


私は今、水に触れたんだ。


水に触れただけで赤く染まる染料。


「おかしい」


染料粉は水で溶いて、それから布を浸すものだ。

淡い青が美しかったのをハッキリ覚えている。その後に変色もしなかったから、大満足だった。


でもこの川の水に触れたら、赤くなった。


たしか、今の水樽の水は2日前に汲んだものだ。


2日前の川の水なら、問題なかったってことなの?


「……てことは、水に問題があるってこと」


私はよくよく川を見つめる。

いつものせせらぎ、いつもの透明度、そして魚たちも元気だ。


見えない変化が起きているけど、私や魚には問題がない?

飲まなければ大丈夫なのか、人間が飲むと危険なのか……。


「危険かあ……警告色!」


自分が言った言葉で、思い出した。


ディプリエイの花は、毒素に触れると色を変化させる特性があることを。


黄色なら弱毒、赤な猛毒。

花を枯らしてしまうほどの毒で、そのほとんどは人間にも害をもたらす毒と言われてる。


私はハッとして駆け出した。


この川は、麓の町につながる貴重な水源だ。


みんなが危ない。


◇◇◇


山腹には、小さな町がある。

麓の町よりも小規模だが、数百人の人が住んでいる。

私のように井戸水を使っている人もいるだろうけど、数百人規模の町だからメインの水源は川だ。


私は騎士団の詰め所で、事情を話した。

真っ赤な手を見せて、ディプリエイの花の特性を教えて、危ないかもしれないから、町長に話をしてほしいと。


すると、カウンター越しに座る騎士は、私の顔をみて、ポンッと手を打った。


「お前、嘘つきジョナサンの娘か」


私は、久しぶりにその言葉を聞いて、ひどく落胆した。

もう5年も前になる。


染師だった父が、新たな染料を探すために山を歩いていた時のこと。


酷く慌てた様子で、帰ってくると、慌てた様子で手紙を書き始めた。


何かと思えば、父は言った。

アンデットを見た。騎士団に知らせなければ。


アンデット――。


蘇った屍者であり、神聖魔法または神器でしか倒せない魔物だ。


ひとたび現れたら災厄の前触れだとも言われているから、父は慌てたのだと思う。


騎士団も慌てた様子でやって来て、大所帯でアンデット捜索をしていたと思う。

けれど、何も見つからなかった。


2日も探して、宝とも言われる神器も持ち出し、騎士団の英雄まで出張っての捜索だったのに、出てこなかったんだ。


だから父は糾弾されて、舌を引き抜かれた。


それからは嘘つきジョナサンとして、山頂に引きこもり、なにも知らないであろう隣国出身の行商人さんとだけ交流を、持つようになった。


5年前のことなのに、まだ言われるんだ。


久しぶりに山腹へおりて、町に出るのもちょっとだけ怖かったけど、町の人々を見殺しにはできないから伝えに来たのに。


「おめえも舌を引っこ抜かれたくなかったら帰りな。寂しいんなら、今度家に行ってやるよヒヒヒ」


「……」


下卑た笑いに言い返すこともできず、私はトボトボと詰め所をあとにした。


町を出て、山道に立つ私は逡巡した。

この一本道を下れば山裾の町に行ける。大きな町の騎士さんに相談すれば、取り合ってくれるかも。


でもさっきの騎士の顔がちらついて……。

私は言い訳を考えた。

今日は行商人さんがやって来る日だからと。


人の命と、私の生活。

仮に今日を逃したとしても、行商人さんはまた、2週間後にやってきてくれる。

どちらが重いのかなんて、分かり切ってる。


でも私は、反対の道を選んだ。


「嘘つきの染め物なんかいらないね」

「山に住んでるからって、俺らまで白い目を向けられたぜ、もう来るんじゃねえ」

「もうアンタらには頼まないよ。麓の染師は真っ当で正直だからね」


かつてそんなことを言われて、私たちは異国の行商人さんとしか、売買をできなくなった。


この町の誰かに相談しても、たぶん騎士さんと同じ反応をされるだろうから。

あの騎士さんが忘れてないってことは、この街の人達もきっと、忘れてない。


誰も耳を貸してくれないだろうから。


私は山頂へと登っていった。


◇◇◇


「こんにちは、降りそうですねえ」


「そうですね、このぶんなら夜からかと」


「うむ、ん?その手は……新しい染料ですかな?」


行商人さんは、背負子を下ろして、私の手を不思議そうに見つめている。


「真っ赤な……まるで血のようだ。初めて見た色合いですな。うむ、面白い」


商人のというやつか、手を見つめながら、何か別のことを考えているようだった。


「実はこれ……」


私は、この手の色について相談することにした。


私と父の事情を知っていても、こうして付き合いを持ってくれる人だから、きっと信じてくれるはずだと。


みんなを助けたいとか、そんな、高尚な理由ではなくて、ただ認めてもらいたかっただけかもしれない。


商人さんに話すと、私も驚くほどに、スラスラと言葉ができてきた。

話すこと自体久しぶりだったから、町の方ではどもったり、まとまりがなかったりしたけど、ここでは要点と私の危惧することを、きちんと伝えることができた。


行商人さんは全てを聞いて、顎に手を当てた。


「……もしかすると、アンデット」


ドキンと胸が跳ねた。


ミミツバナと酒精を合わせれば、黄色が表れるるように、私とアンデットという言葉は、合わせれば嘘つきが表れる。


また、なのか。


下唇に僅かな痛みが走る。


けれどその痛みも、すぐに和らいだ。


「もしかすると、アンデットの血が流れてしまったのやもしれません。不浄の血が一滴でも流れば、水は穢水えすいとなる。神聖の魔法で浄化せねば……危うい」


彼は私の言葉を信じてくれた。

しかも、アンデットが原因だと言う。


「今すぐにここを出ましょう!危険だ」


行商人さんは慌てて、背負子を背負うと、私の手を引っ張った。


「5年もの間放置されたアンデットは、仲間を増やしているはずだ。たしか父君は、山頂付近で見たのでしたよね?」


山腹も麓も、人が多く住んでいて、植生は把握されている。

だから誰もつけていない、山頂付近ならば、未知の花があるかもしれないと、探索に出かけたわけで。


私が頷くと、行商人さんは顔を白くした。


「これまではただ、運が良かっただけです。アンデットは動物をアンデットに変える、山頂付近の動物……魚だってアンデットになっているかもしれない。アナタのこの家がいつ襲われるか分かりませんよ!」


行商人さんは、より一層手に力を込めて、私の腕を引っ張った。男の人の力は強くて、とても抗えそうにない。


けれど私には、どうしても振り払わなければならない、理由があった。


バシッ――。


「ナターリヤさん!なにを……」


私は、ひっそりと置かれていた壺を抱え上げた。

成人男性のお骨が入った壺だから、それなりに重い。

けれど、私にはとても大切なものだ。


「……それだけでいいのですね?もう戻れませんよ?」


私が頷くと、行商人さんも頷いた。


住み慣れた家を出て振り返ると、今までは気付かなかった傷や破損に目がいった。


ひとりだったから、全部後回しにしてきた修理も、もうしなくて済む。


父との思い出だったから、この場所に住み続けたけれど、もう私にはどうすることもできない。


最後なのだと思うと、ポロポロと涙がこぼれた。


行商人さんが先導する道は、私の通ったことのない道で、これからどうなるのだろうかという不安が募る。


「どうぞ」


行商人はグシャグシャになった私の顔をみて、ハンカチを手渡してくれた。


「何も心配はいりません。お父上には稼がせてもらった恩がありますから、当面の生活は私が保証しますよ」


父はただの、頑固な染師だった。

頑固で真面目で、嘘なんてつかない人だった。


嘘をつけるほど器用じゃなかった。


「お父上の技術を受け継ぐナターリヤさんなら、大成しますよ。私の国では、とても人気ですからねえ」


今思えば、行商人さんが私しかいないこの家に来る事自体不思議だった。

聞いてしまうと、もう来ないと言われそうな気がして、黙ったたままだったけれど、そういうわけだったのかと得心した。


「今さらですが、構わないですね?国を離れても」


父もいなくて、嘘つきだと言われ。

そしてアンデットがうろつく場所に、留まる理由もない。


私が頷くと、行商人さんはニコリと笑った。


「早く行きましょう。2時間もあれば、私の国ですよ。神聖魔力があれば、アンデットに怯えずに済むんですが、あ!」


行商人さんは、何かを思い出したように立ち止まり、私の顔をみて目をパチパチとさせた。


「まさか……神の恩寵を?」


◇◇◇


それから私たちは、行商人さんの故郷へと辿り着いた。

道中では何度か、アンデットの気配に怯えることもあったけれど、結局姿どころか影すら見えることはなかった。


「この国は、アンデットに滅ぼされかけた歴史がありますから、神聖魔力の持ち主は特に尊敬されますよ」


国に入ってすぐ、行商人さんに連れられたのは、教会だった。


もしかしたらということらしく、何が何やら分からぬまま、司祭服に身を纏う方が持ってきた石に触れた。


「おお!神聖魔力だ、しかも第一位階の!」


その方はひどく驚いていた。

神聖魔法も教会も私には縁遠いものだったので、ポカンとしていたら、司祭さんが饒舌に語ってくれた。


第一位階の神聖魔力は、アンデットを避ける力があり、魔法にすれば浄化までできるほどだとか。


「数千万にひとりの、特殊な魔力です。まさに神の恩寵ですな」


司祭様が手を合わせると、そのそばに控えていた修道服の女性や行商人さんまで、私に手を合わせた。


その後、教会の司祭さんと行商人さんは、なぜか揉めていた。

誰が面倒を見るか、なんの仕事をさせるかと、私は蚊帳の外であったが、そんなものは決まっていたので、司祭さんに頭を下げて行商人さんについて行った。


でも、時々司祭さんのお手伝いをすることは了承した。

私の魔力で人が救えるから、どうか時々お時間を作ってくれと、お願いされたから。


その日の夜、大雨が降った。


増水した川が、氾濫して行商人さんの故郷にも少なからず被害が出た。

けれど、アンデットの血の影響は皆無。

教会や騎士たちが総出で、川下の村々に出張り浄化を行ったからだ。



一方、私の故郷はと言えば、町々が水に飲まれて、大きな被害を被った。

それだけではない。

原因不明のなにかにより、町々では人々が死んでいったという。

死ぬだけならまだしも、一部の者がアンデット化して、死体を次々にアンデットへと変貌させたそうだ。


その記事が載っている新聞を読んでいると、行商人さんは言った。


「真を見抜けぬは、嘘よりも罪深いとも言います。アナタのせいでないのは、私が自信を持って言い切れますが、もしも良心が痛むのなら、どうかこの国で人を助けて上げてください。アンデットに苦しめられた人々が、多く住まうこの国を……」


◇◇◇


染料を揃えてもらい、布まで仕入れてもらった私は、早速布染めに取り掛かった。


行商人さんの手腕もあって、数年待ちの予約まで入った。


そして私には、もう一つの仕事もある。


それは……。


「聖女様へ、敬礼!」


私を見た騎士さんたちは、頭を下げた。


「神に祈りを、聖女様へ感謝を」


私が通り過ぎると、司祭さんたちは神に祈った。


私は聖女として、アンデットを浄化する仕事をしている。


司祭様のお手伝いが、いつの間にか、私の人生にとっての大きな活動になっていた。


嘘つきの娘としてではなく、私は聖女として生きていくことにした。


大事な父の思い出とともに、私はここに骨を埋めるだろう。


清めよピュアリファイ


司祭様に習った魔法をアンデットにかけたら、私の赤い手と共に、人々は浄化されていった。

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