第8話
為朝が鎮西二十烈士と共に隈本城を落としたという報告は宗運のところに報告され、宗運は即座に動かせる兵百と共に隈本城へやってきていた。
隈本城大広間。ここで為朝は宗運と向かい合っていた。同席しているのは鎮西二十烈士筆頭であり宗運の実弟である親常だ。
得意満面な為朝と違って宗運は険しい顔だ。幼い頃から宗運の顔をみてきた為朝にはわかる。この表情はブチ切れ一歩手前の時の表情だ。
当然、宗運の実弟である親常もそれがわかるから、その場から逃げようとするが、そのたびに為朝に視線で牽制されて逃げられずにいた。
ちなみに他の鎮西二十烈士の面々は城の防御という言い訳をつけてその場から逃げ出していた。誰だって鬼に怒られたくないのだ。
「……で? なんの真似ですかな?」
宗運の静かな言葉に為朝の背筋が伸び、親常から「ひぃ!」と小さな悲鳴がこぼれる。しかし、今回は為朝は考えなしに攻めたわけではない。ちゃんと宗運に対する言い訳を考えて攻めたのだ。
なので宗運の鋭い視線を受けながらも為朝は胸を張って口を開く。
「伝令から伝えただろう? 『鎮西二十烈士の面々と帰ろうとしたら道に迷って隈本城を攻めてしまった』のだ。なぁ!? 親常!?」
「そ、そうだぜ上兄者!! 今回は道に迷って城を落としちまったんだ!!」
為朝と親常の言葉に宗運の表情が変わる。
完全にブチ切れた時の宗運の表情だった。
「「ひぃ!!」」
思わず為朝と親常の悲鳴が重なる。
それを無視して宗運は笑顔で口を開いた。
「なるほど、道に迷って隈本城へ行ってしまう。これはあり得ることかもしれませんね」
「そ、そうだろう!! そうなんだ!! 今回は俺の意図したことじゃなく、突然のことだったんだ!!」
宗運の言葉に為朝は言葉を続ける。それは追い詰められた獣の姿によく似ていたが、その場にいるのは宗運を除けば頭を抱えてガタガタ震えている親常のみ。
そして宗運は笑顔で頷きながら言葉を続ける。
「ですが為朝様。道に迷って隈本城へ来ただけでしたら、攻めずに戻ればよかった話ですね?」
「…………あ」
為朝痛恨の失策である。宗運の言葉はその通りで道に迷って隈本城へ来てしまったのなら、普通に轡を返して本拠に戻ればいいのだ。
ニコニコ笑顔の宗運。血の気がひいていく為朝。「もう終わりだぁ」と嘆いている親常。
宗運は笑顔のまま為朝に追い打ちをかける。
「そうせずに態々為朝様と鎮西二十烈士だけで隈本城へ攻めた理由をお聞きになっても?」
「ごめんなさい」
「はい? 私は謝罪を聞きたいのではなく、無茶な隈本城攻めを行った理由を聞きたいのですが?」
「本当にすいませんでしたぁ!!」
為朝、前世から合わせても渾身の土下座であった。何せ為朝は基本的に暴れん坊。他人に頭を下げることを嫌う。
そんな為朝すらも頭を下げさせるほどに今の宗運には威圧感があった。
為朝の土下座をみて宗運は大きく溜息をつくと思いっきり拳を床に叩きつける。
床が砕け散る音が隈本城中に響き渡った。
こそこそと宗運のきれ具合を確認していた鎮西二十烈士の面々はそれをみてやばいと思ったのかさっさと逃げていく。為朝もこの場から逃げ出したかったが、それをやった場合説教の時間が伸びるだけである。耐えるしかない。
額に青筋を浮かべながら宗運は為朝に告げる。
「今後、このような真似はしませんように」
「はい」
即答であった。今後も同じ真似は絶対にしないとは言い切れない為朝ではあるが、この場ではこう言っておかないと自分に対する説教の時間が増える。それは避けたかった。
宗運も大きく深呼吸すると怒りを鎮めたようだ。懐から扇子を取り出して手で何度か叩く。
「さて、為朝様のおかげで隈本城は予定より早く我らの手に落ちました」
「だ、だろう!! だから怒らないでくれ!!」
為朝が止めるまもなく親常の頭に宗運の前蹴りが突き刺さって隣の部屋まで親常が吹っ飛んでいった。死んではいないだろうが、動かなくなった親常を無視して宗運は綺麗に座り直して言葉を続ける。
「私の考えていた策では栄に頼んでいた『ガン』を百門調達次第、隈本の菊池と人吉の相良を攻めて肥後を一気に治めるつもりでした」
そう言いながら宗運は懐から取り出した地図を為朝の前に置く。隈本には菊池と書かれ、人吉には相良と書かれていた。
「ですが為朝様と鎮西二十烈士の活躍で策を変えねばなりません。まず、肥後北部の城と言った国衆に降参するように働きかけます。それと同時に相良の動きも警戒せねばなりません。隈本に相良が攻め寄せる可能性もありますので、隈本には全軍の半分である四百を篭らせ、それと同時に人吉攻めの準備も始めます」
「ああ。そこよ。宗運」
「はい?」
為朝の言葉に宗運は地図から顔をあげて為朝をみる。為朝もまっすぐにその視線を返しながら言葉を続ける。
「大友と組んだ今、阿蘇に俺がいる必要はあるまい? むしろ阿蘇大社を親父殿に完全に任せ、俺は隈本城に入ろうと思う」
そういって為朝は宗運が出してきた地図を指さす。
「この隈本は九州北部にも出やすく、九州南部にも行きやすい。阿蘇の地を超えれば豊後等にも行ける。ここを本拠にしたほうが九州の統一をしやすくないか?」
「ほう……」
為朝の言葉に宗運は感心したように頷くと腕を組む。
これは今世の為朝の考えでなく、前世と一度九州を統一した時の経験だ。九州のどこに行くにしても隈本という土地は出ていきやすかった。それを覚えていたのだ。
しばらく考えていた宗運であったが、頷きながら為朝をみる。
「なるほど、確かにそのほうがよさそうですな。ですが本拠の阿蘇を空にするわけにもいきません。そうですな……阿蘇には仁田水殿に残ってもらい、他は総力をあげて隈本に移る、というのは如何でしょう」
「ああ、それで構わない」
「よろしい、ではそのように手配しましょう。ですが、中には先祖伝来の土地を移るのを嫌がる者もいるかもしれません。そのような者はどうしますか?」
「残っていればいい」
為朝の言葉に宗運は嫌そうな表情をする。
「為朝様の命令を聞かぬ者です。斬ってしまえばよいのでは?」
「宗運、お前の忠義は疑う余地はないが、それを他者に強要してはならぬ。でなければお前が俺を中国王朝の暴君にしてしまうだろう」
ここである。宗運は為朝に絶対の忠誠を誓っている。『そしてその忠義を他者にも強要する』のだ。
ここが為朝は引っ掛かっていた。
為朝としては従わないならそれも良し。それは為朝という自分に魅力がなかったということで納得できる。
だが、宗運はそれを許さない。
為朝の命に従わない者は斬ってしまう苛烈さがあった。
その宗運の苛烈さは武器であると同時に欠点である。誰しもが宗運のように忠義に生きられるわけではない。
宗運は若いながらも為朝の筆頭家老である。それを理解してもらわねば、為朝軍自体に罅が入りかねなかった。
宗運も賢い男である。為朝が思い至ることである。為朝の言葉に即座にそれを理解したのだろう。為朝に向かって頭を下げた。
「この宗運の不明をお詫びします。確かに為朝様の言う通り。今の阿蘇家は阿蘇の山奥の国衆でなく、九州を統一せんとするお家。確かに為朝様の『許す度量』も必要かと」
「わかってくれればいい」
そう言って為朝は笑う。
「俺の筆頭家臣は宗運、お前だ。まずお前から変わらなければな」
「承知しました」
勤勉そうな表情で頭を下げる宗運。それに為朝が頷いてこの話は終わりであった。
「……ところで宗運」
「はい」
「そちらの一心不乱に紙に書を記している巫女は誰だ?」
そう、宗運の右背後には為朝と宗運のやり取りを一心不乱に書き記している巫女が一人いた。何やらぶつぶつ言いながら顔は笑顔で一心不乱に書き続ける姿は控えめに言っても不気味であった。
そんな巫女をみてから宗運は改めて為朝に向かって口を開く。
「この者は阿蘇大社の巫女で、為朝様の祐筆にいかがかと思って連れてまいりました」
「祐筆?」
祐筆の存在は為朝も知っている。主君に変わって書状などを書いてくれる存在だ。だが、為朝の書状の大半は宗運が代筆していた。そのために祐筆が必要とも思っていなかったのだ。
為朝の疑問を理解したのか宗運は言葉を続ける。
「私は色々とやることが増えて、為朝様の書状の代筆をできる間も少なくなりました。そこで為朝様に祐筆を置いて、為朝様の書状を書かせようかと」
「まぁ、俺は字が酷く汚いからな」
一応、為朝も読み書きはできるが、書く字は致命的に汚かった。それを家臣はまだしも他家への書状として出すのはどうかと為朝も思う。
すると宗運は一心不乱に書いている巫女の頭をポンと叩く。
「これ、為朝様にご挨拶せよ」
宗運の言葉に丸まっていた背中がぐんと伸びて、顔も為朝を向く。
整った顔立ちでとても美しい巫女であった。
そんな巫女は為朝と目が合うとにぱっと笑う。
「失礼しました! 為朝様に出会えた上に隈本城を落としたお話を聞けてつい興奮して、『これは書き残さないと……!』と使命感に燃えてご挨拶が遅れました!! 阿蘇大社の巫女で馬琴と申します」
「馬琴か、珍しい名だな」
「あ! いえいえ! 親がつけてくれた名は琴って至極平凡な名前だったのですが、それが気に入らず自ら馬琴と名乗っております! ほら! 『ばきん』のほうがなんとなく響きも良くないですか?」
怒涛のような説明である。
とりあえず話し続けようとする馬琴を遮って宗運が説明をする。
「先ほども言った通りこの者は阿蘇大社の巫女で、自ら志願して為朝様の祐筆になりたいと惟豊様に言い募り、困った惟豊様から私に話が来まして……まぁ、この通り変な女子ゆえに為朝様とも話しが合うかと思いまして」
「なるほどなぁ」
為朝はそう言うと馬琴をみる。
「馬琴は何故、俺の祐筆になりたがったのだ?」
その問いに馬琴の表情が変わる。
「為朝様、為朝様はまさしく一代の英傑。私はそんな為朝様のこれから行うであろう功績を後世に残したいのです」
「後世に残す?」
「論より証拠。さきほど書き上げた為朝様の隈本城攻めの物語をお読みください」
そういって渡された数枚の紙を為朝は受け取って読み始める。文字を読むのが苦手な為朝は面倒だと思った。
だが、その感情は一変した。
馬琴の書いた為朝の隈本城攻めが物語風になっており、大胆でいて緻密、まるでその場にいるような物語であった。
あっという間に読み終えた為朝は興奮した表情で馬琴に向き直る。
「馬琴、お前すごいな。俺は学がないからこのようなことしか言えないが、素晴らしい物語だ」
為朝の言葉に馬琴は嬉しそうな表情になる。
「お褒めに預かり光栄です。今はまだ隈本城攻めの話しかありませんが、機会があれば為朝様や皆様にお話しを聞いて幼少期からの為朝様を物語にしたいと思っております」
「よい、許す」
「ありがとうございます!!」
為朝の言葉に嬉しそうに頭を下げる馬琴。
話がついたと思ったのか宗運が口を挟んでくる。
「とまぁ、このように為朝様の一生を物語にしたいと言っておりますので、為朝様の祐筆にちょうどいいと思いまして。それに性格に問題はありますが見目だけならば美しい女です。為朝様がお手付きに「宗運様!!」……ん? なんだ?」
宗運の言葉の途中で真剣な表情で馬琴は叫ぶ。
「為朝様は女性に狂わない! 為朝様が女性に溺れるなんて解釈違いです!!」
「……そ、そうか。すまなかった」
馬琴のあまりの剣幕にあの宗運が思わず謝ってしまった。それからぷりぷりと『為朝様像』を語り始めた馬琴を為朝は止める。
「俺も人だ。あまり理想を持たれても困るが、それでも馬琴の書く物語は面白い。俺の祐筆として働きながら書き続けるといい」
為朝の言葉に馬琴は素晴らしい笑顔を浮かべて頭を下げた。
「ありがとうございます!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます