第4話
「なかなかに壮観だな」
為朝は阿蘇城と名付けられた砦の城門の櫓に立ちながらそう呟く。視線の先には大友の家紋の入った旗を掲げた大軍勢。狭い阿蘇の街道を徐々に阿蘇城に向かって進軍してきている。
阿蘇城には為朝と鎮西二十烈士の二十一人だけ。旗を大量に立てて八百の兵が立てこもっているように見せかけているが、実際は大友の軍勢を挟み込むように街道の両脇にある山に為朝軍の全軍が篭っている。
櫓には為朝の強弓と鉄の矢が四十本入った矢筒。その矢筒から鉄の矢は一本取り出し、弓に番えながら為朝の大音声で叫ぶ。
「俺は鎮西八郎為朝!! 大友の者どもよ!! まずは俺の一矢を受けよ!!」
為朝の大音声に大友の将兵に揺らぎはない。それどころか先頭にいた足軽達が阿蘇城に向けて走り出していた。
その先頭を走る足軽に向かって為朝は鉄の矢を放つ。
放たれた鉄の矢は衝撃波を放ちながら突き進み、為朝が狙った足軽に直撃。
その瞬間に為朝の矢に当たった足軽の身体が弾け飛んだ。さらにそこで鉄の矢は止まらずその足軽の後ろにいた足軽達の身体も弾け飛んでいく。
二十人ばかりの足軽の命を奪って為朝の矢はようやく最後の一人に刺さる形で止まった。
為朝の鉄の矢の威力に大友の足軽の足が止まる。
当然、その隙を見逃すほど為朝は甘くない。
「足を止めるということは的になりたいということだな!!」
そう叫ぶと今度は鉄の矢を二連射。
一本目の矢と同じ光景を生み出した為朝の矢を見て、大友の足軽が逃げまどい始める。その逃げる足軽に向かってさらに為朝が鉄の矢を撃ち込むと、大友の前衛が崩れ始めた。
崩れる大友の前衛を見ながら為朝は首を傾げる。その時、櫓の下で出撃を待っている親常が為朝に声をかけてくる
「若ぁ! じゃなかった、殿ぉ! どうなりましたぁ!」
「大友の前衛が崩れた。足軽の連中は逃げまどっている!」
「お!! そうなると出撃ですか!!」
親常の言葉に為朝は宗運が伏せている山を見るが、特に動きはない。
「いや!! まだのようだ!!」
宗運からは宗運達が襲撃を始めてから出撃せよと指示を受けている。その宗運がまだ動いていないということは、大友の本陣に揺らぎはないのだろう。
すると今度は大友勢は大きな竹で作られた盾を構えて足軽が前進してきた。
それを見ながら為朝は矢筒から鉄の矢を引き抜きながら弓を構える。
「その程度の盾で俺の矢を防げると思うのか!!」
そう大音声で叫びながら鉄の矢を放つと、盾の構えた大友の足軽を盾ごと撃ち抜く。だが、今度の大友の足軽は盾を構えたままじりじりと阿蘇城に向けて進軍してくる。
その大友勢に向けて為朝は黙々と鉄の矢を放ち続ける。そして十本の鉄の矢を撃ったところで盾を構えた大友の前衛は壊滅状態になっていた。
流石に士気が酷いことになったのか大友の前衛は引き始めた。それをみて為朝は再び宗運が伏せている山に動きはない。
すると下で待っているのが暇になったのか親常が櫓に昇ってきた。
「殿、どうです?」
親常の言葉に為朝が顎で示すと、そこには為朝の鉄の矢で吹き飛んだ大友の足軽の亡骸が大量に転がっていた。
それをみて親常は口笛を吹く。
「流石は殿。弓矢だけでこれですかい」
親常が差し出してきた水を飲みながら為朝は大友勢をみる。すると阿蘇城から少し遠ざかったところで止まっていた。
それを見て親常は首を傾げる。
「もう諦めましたかね?」
「これだけの軍勢を集めておいてこれで引いたら大友の面子がないだろう」
為朝の言葉に親常が納得したように頷く。それから半刻ほど親常と話をしていると、再び大友勢に動きが出た。
狭い街道の両脇に縦に列になって軍勢を進めてきている。
「被害の分散のつもりですかね」
「だろうな」
親常の言葉に返しながら為朝は再び鉄の矢を放つ。再び大友の足軽達が消し飛びながらも大友勢は進んでくる。
そして為朝は馬に乗り足軽に指示をだしている騎馬武者を見つける。本来であれば弓矢の届かない安全な場所での命令である。
だが、為朝の矢は届く。
「そこな騎馬武者よ!! そこが安全だと思うたか!!」
そう言って放たれた鉄の矢は衝撃波を放ちながら騎馬武者に向かって飛び、その顔面を吹き飛ばす。
すると、大友の重要な武士だったのか、大友の前衛は完全に崩れて壊走が始まった。
それと同時に宗運と惟充の伏兵が大友の本陣に襲い掛かり始めた。
為朝は弓を置くと櫓から飛び降りる。するとすぐに為朝の愛馬を連れて親常がやってくる。その後ろには鎮西二十烈士の面々がいる。
為朝は愛馬に跨ると同時に阿蘇城に城門が控えていた小者が開け放つ。
「行くぞ!!」
為朝は用意していた鉄棒を持つと愛馬を駆け始める。その後ろには親常率いる鎮西二十烈士が続く。
逃げまどう大友の足軽に向かって鉄棒を振り払う。
その一撃で十人近くの上半身が吹き飛んだ。
それを見た大友の足軽はさらに恐慌状態に陥って逃げまどう。それに向かって為朝は鉄棒を振り回しながら突き進む。為朝に従う鎮西二十烈士も足軽達を薙ぎ払っていく。宗運を惟充の軍勢も大友の本陣を奇襲して混乱に陥れている。逃げまどう大友の足軽が本陣に流れ込み、それでさらに大友勢の本陣の混乱を助長させている。
そして為朝は大友の本陣に斬り込む。そこはすでに混乱が酷く、宗運と惟充の手勢と大友の足軽や武士達が戦いを繰り広げていた。
「殿!! あれ!!」
親常が示した先には馬廻りに守られながら逃げていく大友義鑑がいた。
「親常! 鎮昌! 守昌! 親秀! 俺に続け!! 他は自由に斬りまわれ!!」
為朝の言葉に親常に続いて呼ばれた鎮西二十烈士の三人が為朝の後ろについてくる。
為朝が追いかけてきていることに気づいたのか、大友義鑑の馬廻りの五人が為朝達に向かってくる。
「親秀!!」
「お任せを!!」
為朝の言葉に親秀と呼ばれた武士が為朝の前に出て五人同時に相手どり始める。戦い始めた親秀の横をすり抜けて為朝は大友義鑑を追いかける。
それから何度か大友義鑑の馬廻りが襲い掛かってくるが、そのたびに守昌、鎮昌、親常が相手となり、為朝は勢いを落とさず大友義鑑に向かって駆ける。
そして最後に残っていた大友義鑑の馬廻り二人を為朝は一振りで殴り殺すと、今度は大友義鑑の胴に鉄棒を叩き込む。
ぐしゃりという音と共に大友義鑑が落馬する。そこに馬廻りを片付けて駆けつけてきた親常がすばやく駆け寄って首を斬り落とし、それを高々と掲げながら大音声で叫ぶ。
「敵大将・大友義鑑!! 鎮西八郎為朝が討ち取ったぞ!!」
山間部に木霊するその叫びに、為朝軍はさらに勢いに乗り、大友軍は完全に壊走を始める。
逃げまどう大友勢を尻目に、為朝は親常から義鑑の首を受け取る。その表情は驚愕に染まっていた。まさか、小勢の為朝軍に負けると思っていなかったのだろう。
「小勢と侮った故の敗北よ」
そう呟くと為朝は再び親常に首を渡す。
それと同時に飛んできた矢を為朝は鉄棒で叩き落とす。
為朝がそちらを見ると怒りに顔を真っ赤に染めた武士が構えていた弓を捨てて槍を持っている。
前に出ようとした親常を止めて、為朝はその武士に向かって声をかける。
「大友の武士か?」
「御屋形様の首、返してもらおう」
その言葉に為朝はニヤリと笑う。
「返して欲しければ力づくで奪い返せ」
「最初からそのつもりよ!! 私は戸次鑑連!!」
駆けてきて槍をつけてきた戸次鑑連の槍を為朝は鉄棒で受け止めると、それを弾いて思いっきり戸次鑑連に向けて振り下ろす。
戸次鑑連は槍を構えて受け止めようとしたが、それを無理と悟ったのか素早く馬から飛び降りる。
為朝が振り下ろした鉄棒は戸次鑑連の馬を叩き潰してその亡骸に鉄棒がうまってしまう。
戸次鑑連はそれを見逃さず、刀を引き抜きながら為朝の鉄棒を足場にして為朝に飛び掛かってくる。
振り下ろされてきた刀を為朝も腰から刀を抜いて受け止める。だが、戸次鑑連の全体重を乗せて飛び掛かりに為朝も堪えきれずに落馬する。そのまま戸次鑑連は為朝に馬乗りになり首に刀をかける。
「お」
思わずと言った感じで親常が感心したような声を出す。それを無視するように戸次鑑連は親常に向かって怒鳴る。
「貴様らの大将を殺されたくなければ御屋形様の首を返せ!!」
戸次鑑連の言葉に親常は笑う。
「殿、だそうですがどうします?」
「ふむ」
戸次鑑連に乗りかかれながら為朝はそう呟くと、首に掛けられていた戸次鑑連の刀に手をかける。
そして為朝はその刀を片手で圧し折った。
唖然としている戸次鑑連を今度はもう片手で投げ飛ばす。
首を鳴らしながら立ち上がる為朝に親常が近づいてくる。
「殿が不覚をとるなんて珍しいですね」
「少々奴を軽くみすぎたな。おい、親常。義鑑の首をよこせ」
親常の言葉にそう返しながら、為朝は大友義鑑の首を受け取る。
そしてそれを戸次鑑連に向かって投げる。
投げられた首を別儀鑑連は慌てて受け取る。
「戸次鑑連とか言ったな。お前の武勇に免じて義鑑の首は返してやる」
為朝から受け取った首を大事に抱えながら戸次鑑連は走り去っていく。それを為朝は黙って見送った。
すると親常がニヤニヤと笑いながら近づいてきて声をかけてくる。
「殿、ああいう武士好きですよね」
「ああいう男は味方につけたいものだな」
「同感です」
九州の覇者であった大友義鑑の大敗と戦死。これによって九州はさらなる混沌に落ちることになる。
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