第2話

「さて、親な……いや、宗運。これからの策は?」

 為朝は家督の座に行儀悪く座りながら、甲斐親直、出家して甲斐宗運となった守役である宗運に問いかける。

 宗運もその場にいた弟の親房に合図を出して地図を持ってこさせる。為朝がその地図を覗き込むと見慣れた地形が描かれていた。

「これは九州の地図か」

「然り」

 前世では一度は九州を統一をした為朝だ。そのころも地図をみながら各地を征服していった。宗運が出してきた地図はその頃よりさらに詳細なことが描かれていた地図であった。

「まずは九州の各地を抑えている家を確認しておきましょう。まず、我らがいるのが肥後の阿蘇」

 そう言って宗雲が碁石を置いたのはちょうど九州の中央とも言える土地。

 それをみながら為朝は口を開く。

「九州の中央部。どこにでも出ていきやすいな」

「それは違いますぞ、若……いや、為朝様。この阿蘇の土地は山間部。軍勢を通せるほどの道は少なく、出ていけるのは肥後の平野部分。肥後の北部には有力な国衆はおらず、小さな国衆が争っている状況です。城や名和と言った連中ですな」

 宗運の言葉に為朝はうんうんと頷きながら聞く。そんな為朝の反応を見ながら宗運は言葉を続ける。

「そして肥後の南部には為朝様が討った惟前を支援していた相良がおります」

「その相良ですが」

 宗運の言葉に割り込んできたのは惟豊と同年代の甲斐家の重臣・西惟充。惟豊の時代から外交の窓口として活躍していた。

 惟充は相良を示しながら言葉を続ける。

「最近は豊後の大友や日向の伊東と頻繁にやり取りしている様子。惟豊様の命で私も一度出向いて交渉しましたが、こちらと話し合う気は一切ないと言った雰囲気でしたな」

「そっちのほうが潰すのに気兼ねなくてちょうどいい」

 為朝の言葉に惟充は一瞬驚いた表情を浮かべるが、すぐに面白そうに笑う。

「さすがは為朝様。心強い限りです」

「まぁな」

 惟充の言葉に為朝は胸を張って答える。そんな二人に対して宗雲は一度咳払いをする。すると惟充は宗運に頭を下げてから元の場所に戻る。

「さて、肥後の現状はこのような状況ですので、為朝様をもってすれば肥後の統一は容易いでしょう。しかし、先ほど西殿の言葉にあったように、問題は我ら阿蘇の土地を挟んでの反対側、豊後の大友でしょう」

 そう言って豊後に碁石を置く宗運。だが、その手は豊後だけで止まらず、九州北部にも碁石を置いていく。

「現状、九州統一に一番近くにいるのがこの大友でしょう。筑前の少弐氏を従属させ、貿易都市・博多を中国地方の大内と争っているとは言え、将の質、動員できる兵力は圧倒的です」

「待て」

 宗運の言葉を為朝は不快そうに止める。宗運も黙って為朝の言葉を待つ。

 そして為朝は不機嫌そうに口を開いた。

「中国地方の余所者が九州に入り込んでいるのか?」

「大内のことですかな? そうですな、九州への入り口を抑え豊前と筑前で大友と争っている状況です」

 宗運の言葉に不愉快そうに鼻を鳴らす。

「気に入らん。余所者は俺が九州から叩きだすとしよう」

 為朝の言葉に宗運は思わず笑う。

「為朝様ならそれができるでしょうな。さて、他の九州北部ですが、大友に従属している筑前の少弐を除けば有力な家はありません。あげるとすれば少弐と争っている肥前の竜造寺でしょうか。ですが、肥前も小さな国衆が離合集散を繰り広げており、私達の肥後と状況は変わりません」

 宗運はそう言いながら肥前に碁石を一個置く。

「隣国筑後は蒲池を中心とした連合が組まれており、ここもなかなかの兵力があります」

 そういって宗運は筑後にも碁石を一個置く。

「九州北部は大友と大内を中心とした争いに国衆が離合集散を繰り返しておりますが、まだ秩序を持っていると言っていいでしょう。何せ大友の力が強い」

「九州北部は秩序を持っているということは九州南部は違うのだな?」

 為朝の言葉に宗雲はニヤリと笑って薩摩・大隅・日向を示す。

「古来、九州南部で力をもっていたのは島津でしたが、戦乱によって内部分裂を引き起こし、薩摩一国も抑えていない状態。日向に至っては伊東に押されている状況です。その伊東は大友と敵対せず、協調をとっており、恐らくは日向は伊東が抑えるでしょうな」

「島津の反撃はないか?」

 為朝の言葉に宗雲は腕を組みながら答える。

「薩摩の島津貴久の調略等で薩摩一国の平定は近いようですが、これに大人しく島津の他の一族が従うかでしょう。伊東もお家騒動をやったばかりなので、これを機会に島津が一丸となって反撃に出れば大隅・日向も統一できるかもしれませんが」

「島津貴久の手腕次第ということか」

「そうなりますな」

 宗運はそう言いながら薩摩・大隅・日向にいくつかの碁石を置く。有力な家ということである。

「さて、為朝様。私が為朝様が九州統一のための策を申し上げます」

「聞こう」

 為朝の返答に宗運は扇子で阿蘇を示し、そこから肥後に向ける。

「まず、肥後の城、名和、相良と言った諸家を滅ぼし肥後を統一。肥後国内を安定させた後に北伐を開始、狙うはここ」

 宗運がばしりと示したのは交易都市として栄えている博多であった。

「博多を奪う狙いは?」

「博多は交易都市として栄えております。ここを抑え、商人たちを味方につければ金が手に入ります。軍を起こすにしても、国内を繁栄させるにしても金は必須。九州を制覇する上で博多を早めに抑えるのは重要となるでしょう」

「ふむ」

 宗運の言葉に為朝は腕を組む。そんは為朝の反応をみながら宗運は言葉を続ける。

「北伐のための下準備はすでに始めております。まず、筑前の少弐に対しては敵対している龍造寺へ親成と行かせております」

 宗運の言葉に、控えていた宗運に似た男が前へでる。宗運と共に為朝擁立に尽力していた宗運の従兄弟である甲斐親成であった。

 親成は一度頭を下げると口を開く。

「親な……失礼。宗運の命で龍造寺と交渉にあたってまいりました」

「首尾は」

 為朝の言葉に親成は首を振る。

「現当主の龍造寺剛忠殿には良い反応をいただけませんでした」

 為朝が龍造寺は敵と認識しようとしたところで、親成の言葉に含みがあることに気づく。そのために為朝が親成をみると、親成は言葉を続ける。

「剛忠殿との会見が終わった後、私は剛忠殿の孫である隆信殿に呼ばれ、為朝様のことを聞かれました」

「ほう」

 二十数人で城を正面から落としたことは九州全土に為朝の名前を広めた。そのために興味を持たれても不思議ではない。

「隆信殿から『為朝殿とはどのような人物か』と問われましたので私も正直に答えました」

 そこまで言うと親成は笑顔になる。

「『私のような小さな才能しか持たない者には図り切れない大器である』と」

 その言葉に大広間は少し沈黙した後に、大笑いが起きる。その笑いは親成の言葉への同意しかできない、といった雰囲気の笑いであった。

 宗運も含み笑いしながら言葉を続ける。

「なるほど。親成の言う通り、我らでは為朝様の器、図り切れぬな」

「そうであろう、宗運。なので私もそう正直に打ち明けた」

 笑いながら親成は宗運に告げると、笑いを収めて為朝に向き直る。

「すると隆信殿は『少弐を討つ機会があれば助力する』と約してくれました」

「ふむ、惟充。龍造寺における隆信殿の立場は?」

 為朝の言葉に惟充は一度頭を下げてから口を開く。

「龍造寺一門の中でも傑物で、剛忠殿も跡継ぎにと考えているようです」

「だ、そうだ宗運。これでお前の戦略はどうなる」

 為朝の言葉に宗運は筑前と肥前の碁石をどかす。

「博多への道が拓かれました。そしてここからは中国地方の覇者・大内と九州の雄・大友との正面決戦になります。しかし、ここまでに肥後・筑後・肥前、筑前の一部を抑えれていれば、まず負けないでしょうが、大国相手二正面作戦は危険を伴います。ここは大内か大友のどちらかと結び、片方を潰した後、もう一方も潰します。九州南部の諸家はここまで決まれば向こうから従属してきましょう」

 宗運はそう言いながら次々に地図に置かれた碁石を弾いていく。最後に残ったのは阿蘇の碁石だけであった。

「これで為朝様の下で鎮西は平穏。その後は中国地方に出るか四国に出るかはまたその時次第……となるでしょう」

 いかがですかな、と問いかけてきた宗運の言葉に為朝は組んでいた腕をほどく。

「一つだけ気に入らんことがある」

「と言いますと?」

「九州北部での戦いで大友か大内と組む、ということだ」

 為朝の言葉に宗運は難しい表情になる。

「そうなると両家を同時に相手取る、と? できなくはないでしょうが、こちらの被害も大きく」

「違う」

「は?」

 為朝の否定に宗運は理解できないといった表情を浮かべる。

 その顔を見て為朝は獰猛な笑みを浮かべながら告げる。

「俺はどちらとも組まない。まず最初にこの阿蘇の土地で大友に大損害を与える。大友がその損害を回復している間に宗運の策をもって九州北部を制圧する。こうすれば大内とも大友とも組む必要はない」

 為朝の言葉に宗運はあんぐりと口を開いてしまう。

 控え目にいっても為朝が継いだ阿蘇家は九州でも弱小と言える。由緒ある阿蘇大宮司ということで攻めてくる家がないだけで、攻められては一たまりもないのが阿蘇家の現状であった。そのために宗運はまず阿蘇家に力をつける方向で策を練った。

 だが、為朝は最弱の阿蘇で九州最大規模の兵力を持つ大友に大損害を与えると言い放ったのだ。

 不遜にして豪胆。為朝の本領発揮である。

「ひゃっはっはっはっは!!」

 唖然とした宗運を他所に一人の老臣が笑いだす。阿蘇家臣団の長老格である仁田水惟久であった。

「流石は若! まさしく保元の乱の鎮西八郎為朝公のようですな!!」

 流石に本人だ、と言えるわけもないので為朝は「だろう」と言っておくだけにする。

 惟久は笑いを収めると為朝に向かって笑いかける。

「為朝様、大友が我ら阿蘇に全力の兵力を傾けてくるとするならば、それなりのことしなければなりません」

「む、そうれもそうか。だが、惟久。お前、何か思いついているな?」

 為朝の言葉に惟久は悪い顔になる。

「儂が大友を辱める文章を書いて九州全土にばらまきましょう。こうすれば面子のために大友は全力で我らを討ちに来るでしょう」

「おお!! それはいい!! 俺は文を書くのは得意でないからな。頼むぞ惟久」

「承知しました。しかし、全力を挙げて討伐しに来る大友の迎撃する策はありますかな?」

 惟久の言葉に為朝は宗雲をみる。

「宗運。策を頼むぞ」

「は~、やれやれ。どうにかしてみましょう」

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