29 鵐(しとど)の窟(いわや)

 しとどという鳥がいる。

 今でいう、ホオジロという鳥のことらしく、警戒心が強く、通常は藪の中にいることが多い。

 当然ながら、そのいわやんでいた鵐も、突如入って来た人間たちに驚き、窟から出て行った。


「鳥……しとどか」


 頼朝は、狩りが得意な郎党に、もしあの鳥がまだいたら捕まえておけと命じ、そのいわや――「しとどいわや」の奥へと進んだ。

 先導するのは土肥実平で、彼はかがり火を焚こうとしたが、頼朝に止められた。


「火や煙は目立つ。においを残す。やめておいてくれ」


 幸い、今は夏。

 少しひんやりする程度なら、我慢すればいい。

 頼朝はある程度奥へ進んだところで、広がった空間を見つけ、「ここでいい」と言って、座った。


「いざとなれば、腹を切ることになる。ここなら、切れる」


 常に慎重で、何事にもそつなくこなす頼朝にとって、今、人生の一番の「賭け」の時期だった。

 今回の挙兵自体も「賭け」であるし、石橋山で生き残ることも「賭け」だが、やはり最大の「賭け」は、このしとどいわやである――と、のちに頼朝は語った。


「それがしの女房が参りました」


 周囲の様子を見て来た実平が、握り飯をかかえて戻って来た。

 これには思わず頼朝もつばを呑み、ありがたくいただくことにした。



 ひとしきり握り飯を食べたあと、頼朝は実平の女房に礼を言おうと、彼女の姿を探した。


「いえ、もう戻りました」


 実平が言うには、一度、大庭景親らが土肥館にやって来たため、女房は彼らが去るまで動けなかった。

 ようやく行ってしまったので、こうして握り飯を届けに来たが、やはり館が心配なので、すぐに戻ったという。


「……そうか」


 なぜそれを早く言わぬ。

 頼朝は叫ぼうとしたが、無表情のまま、抑えた。

 今この場で実平を叱り飛ばしても、何にもならない。

 どころか、実平が変心したら、それこそ一巻の終わりだ。


「鳥は捕まえたか?」


 狩りが得意な郎党に言うと、郎党は「これに」と片手につかんだしとどをしめした。もう片方の手で握り飯を食べていたらしく、その手には米粒がべたべたとついていた。


「重畳」


 頼朝はそのしとどを受け取り、矢筒に閉じ込めた。

 郎党は不思議そうな表情をした。

 食べるつもりかと思っていたらしい。


「さて……鬼が出るか、蛇が出るか」


 ここから先は「賭け」だ。

 まことの、「賭け」だ。

 頼朝にとって、人生最大の「賭け」。

 それはこのしとどいわやである。



 梶原景時は、土肥の椙山すぎやまといわれる山を探索していた。

 大庭景親が物見の兵を何人も放って、実平の女房の行方を捜した結果、この山から出て来る姿が確認できた。

 景親は物見の兵に、実平の女房を見つけても何もするなと命じていたため、彼女は何も知らずに館に戻って行った。

 頼朝が危惧していたのは、実にこれである。


「よし、おれと景時はこの椙山を。海老名どのは、隣のあの山を」


 景親は飽くまで慎重に、実平の女房が欺瞞ぎまんを施している可能性を警戒した。

 海老名季貞もうなずき、それぞれ任せられた山に向かう。

 景時はその二人の背を見送ってから、山に入った。


「さあ、山狩りじゃ、山狩りじゃ」


 景親は勇んで、すでに山中に入っている。

 景時もあとにつづく。


「よいか、隠れ場所を見つけても、ひとりで探そうとすな。かならず、ふたりで見るのじゃ」


 景親が兵たちに指示を飛ばす。

 彼らが散らばって行き、自然と、景時は景親との「組」になった。


「わしはここにる。探すのはそなたがやってくれんか」


 この場合、景親は全体の指揮をらなければならないので、この「組」で探すのは景時となった。

 この戦いで着目されたとはいえ、平三は大庭一族の中でも、はしの方の存在だ。

 しかたあるまい、と景時は肩をすくめ、探索に向かった。



 その枝葉の置かれたに気づいたのは、偶然だった。

 梶原景時は、源頼朝が隠れるのなら、洞窟のたぐいだろうと思って、そういう「入り口」を探していた。

 まだまだ未開の坂東で――相模で、このような山の中、どこにどのような洞窟があるのかは不明だ。


「しかし、人が隠れるのであれば、もうすでに人が見つけた洞窟ものだろう。そしてそれは長年、手入れされた洞窟もの……」


 大庭景親は最前の場所から動かないので(指揮を執るため)、景時はひとりで歩く。

 歩きながらも、地面に目を落とし、足跡がないか確かめる。

 そしてふと目を上げると――その斜面にこんもりと、があるのだ。枝葉の。


「……何か、人をさえぎるように感じる。というか、夏なのに、なぜこんなに枝葉が」


 生木であるならば、人が折ったものではないか。

 落ちている枝葉なら、なぜこのようにいるのか。

 景時が指につばして、枝葉の隙間に持っていくと、ひんやりと冷たい。


「風が流れている」


 やはり、このおびただしい枝葉の山――かたまりの向こうには、空間が。

 景時は、枝葉をがさりとどかした。

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