20 三浦

 さて、ここで頼朝が「頼る」といった三浦を見てみよう。

 三浦一族は、三浦半島を本拠とする一族で、平家の傍流である。

 平治の乱当時は、当主の義明が源義朝みなもとのよしともに味方していたが、義朝が敗れたため、辛くも三浦まで落ちのびる。

 以後、平家による支配の下、三浦半島から勢力を広げ、海を越えて安房にまで進出するほどであった。

 義明の長男・杉本義宗などは、長寛元年(一一六三年)秋、水軍を率いて安房の長狭常伴ながさつねともなる豪族の領地に攻め入っている。

 ただし、この時義宗は返り討ちに遭って死亡している。

 これにより義明は、亡くなった長男に代わって、次男の義澄に当主の座を渡し、隠居する。

 その義澄は、以仁王もちひとおうの挙兵当時は平家の応召により京にいた。そして、その戦いを間近に見た。


「以仁王が、令旨を各地の源氏にいているだと?」


 その時、義澄の脳裏に浮かんだのは、義朝の嫡子・頼朝である。

 他ならぬ平清盛から、流人として伊豆に流されている頼朝は、誰よりも「源氏」を象徴していた。


「頼朝どの、お気をつけなされ」


 そう言って義澄は注進に及び、それから本拠・三浦の衣笠城きぬがさじょうに帰った。

 衣笠城ではよわい八十九になる老父・義明が待っていた。


「頼朝どのは、どうであった」


「お言葉、感謝する……と」


「そうか」


 義明は寂しそうに自室へ戻って行った。

 この時代にしては珍しく高齢になるまで生きた義明。

 最近、兄・義宗のことをよく口にしている。


「あの子の……義宗のねがいを、かなえられなかったのが、口惜くちおしい」


 父はずっと、兄の死を後悔していた。

 そして、おのれの命数が尽きかけていることを悟り、そう言うのだ。

 あるいは、死に場所を探しているような気がする。

 そうでないと。


「このまま、ただ死んでいくのみ。それでいいのかと」


 武士というのは因果なものだ。

 生と死の境を戦い、生き抜けば喜び、死ねばよくやったと、また喜ぶ。

 そうして父・義明は八十有余年になるほど生き抜き――戦い抜き、それを言祝ことほぐべきと思っているが、さて自分はどう死ぬべきかと、悩んでいるのだ。


「それはあそこまで生きた父上しか、わからないものだな……」


 義澄は、ここで頼朝が挙兵するとなれば、義明は駆けつけるのかもしれない。

 誰かに従って戦うのならば、生も死も考えずに済む。

 その果てにもしかしたら、義宗の――三浦の宿願をかなえてくれるかもしれない。


「頼朝どのか……」


 義澄が会った時は、澄ました顔で何も悟らせなかった。

 当然だろう。

 義澄が平家の手先であるならば、そうした方が良い。


「……それだけの慎重さをそなえているのであれば、もし挙兵するとなれば、それはかなりの策があるのでは」


 義澄は夢想する。

 もし頼朝が立ち、それを三浦が助けるのであれば、頼朝はかなりな戦いができるのではないか。

 そして――さきほどのくりかえしになるが、三浦の宿願を果たせるのではないか。


「そう、亡き兄・義宗が望んだ……」 


 そうやって義澄が、ひとり城主の間で夢想していると、郎党がやって来て、来客の旨を告げた。


「誰だ?」


「伊豆からです」


 郎党が下がると、ひとりの女が入って来た。

 何と、頼朝の妻だという。


「北条政子です」


 政子はと城主の間に上がり込み、義澄が座れという前に、座り込んだ。

 唖然とした義澄を前に「手短に言います」と、と進み出る。


「頼朝どのは、三浦を頼ると言っております」


「そ、そうか」


 美人だが迫力のある政子に近づかれると、思わず義澄は下がってしまう。

 それから、頼朝が三浦を頼るとはどういう意味だと問い返した。


「実は」


 政子は、頼朝が伊豆目代・山木兼隆を討ち果たしたと告げた。


「えっ」


「時は一刻を争います。三浦には急ぎ、頼朝どのに加勢を」


「ちょ、ちょっと待て」


 義澄は手を振って、政子が近づくのを止めた。

 話が性急すぎる。

 頼朝は何らかの事情で挙兵したのはわかるが、それが何で三浦を頼ると。

 頼朝の父・義朝が三浦を従えていたからだろうか。

 でもそれは過去のこと。

 今は……今は三浦は、平家の支配を受け入れている。


「その平家の支配とやらも、相模の知行国主が変わり、三浦にとって不利なのでは?」


 切り込むような問い。

 義澄は、まるで戦場にいるような緊張感を感じた。

 これは、真剣勝負だ。

 下がっている場合ではない。

 そう感じた。


「いい目です。では頼朝どの言葉を伝えます。兄君のかたきを……いえ、望みを、かなえるべき時は今」


「あ、兄者の……望み? かたきではなく?」


「そうです」


 義澄にとって兄はひとりしかいない。

 今は亡き、杉本義宗だ。

 頼朝は、義宗の「かたきではなく望み」をかなえるべき時は今と言った。

 義宗が望んでいたこととは、何か。

 それは三浦の宿願でもある。


「頼朝どのは、それを知っていて……?」


「知っています」


 だから自分が来たのだ、と政子は言った。

 それは確かにそうだろうと義澄は思う。

 今ここで三浦が加勢しなければ、頼朝はほろびる。

 しかも、目代を討ったばかりの伊豆は不安定で自身は離れられない。

 そのため、妻を寄越して、三浦に味方しろと言わせたのだ。

 その代わりに、宿とも言って。


「しかし、三浦が頼朝どのに味方すれば、ほんとうに宿願をかなえてくれるのか」


「かなえます」


 突如、政子は立ち上がった。

 ずかずかと歩き、館の庭に出た。

 そして東方を指差す。


「頼朝どのも、目指す先はあそこ」


 あそことは何だ。

 そうは聞かない義澄。

 彼の頭の中でも、政子によって伝えられた頼朝の意志が、徐々に解釈ができてきた。

 凄い。

 頼朝はほんとうに、三浦の願いを知り、それをかなえるつもりだ。

 

「わかった」


 乾いた声が、庭に響いた。

 見ると、城主の間から、義明がこちらを見ていた。

 どうやら、様子をうかがっていたようだ。


「政子どの、この老骨の命も使って下されや。それが三浦の……いや、義宗のねがいに報いる、親心じゃ」


「父上」


 義明の、晴れやかな顔を見て、義澄も決めた。

 あの気持ちの良い男子だった兄・義宗の想い。

 それに報いたかったのは、義澄も同然だ。


「わかり申した。この三浦、頼朝どのに味方しましょう」

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