11 以仁王の挙兵

 園城寺おんじょうじ

 以仁王は女装してこの寺まで避難してきた。

 そこで改めて、平家が自分に対して、どのような処置をしてきたのかを知る。


「源以光だと?」


 平家は以仁王を臣籍に落とした。

 それも「源」という姓を与えて。


「さように源氏と親しくあそばされるなら、いっそのこと、源氏におなりなされ」


 という、清盛の侮言が聞こえた気がした。

 以仁王としては、面白くない。

 どころか、このままでは死活問題である。


「最勝親王とまで名乗ったのに……!」


 それが今では、王どころか臣籍である。

 これでは、全国の源氏が立つどころではない。


「このままではいかぬ、このままではいかぬ」


 全国の源氏に、このまま以仁王は犬死である。

 園城寺の僧たちも、今は匿ってくれているが、平家があの手この手で攻めたり調略してきたりしている。

 もうあとがない。


「……やむを得ぬ」


 以仁王は最終手段に出た。

 すなわち、摂津源氏・源頼政から先に挙兵させるのだ。


「あと先になったが、やむを得ぬ。背に腹はかえられぬ。まずは頼政、しかるのちに全国の源氏だ」


 以仁王は園城寺の僧たちに──まだ以仁王に同情的な一派の僧たちに、頼みごとをした。


「いいか、市中で声高に叫ぶのじゃ。『源頼政は以仁王の味方じゃ、宋銭と福原に滅びる前に、挙兵する』とな」


 ……こうして源頼政は、内心はどうあれ以仁王の思惑にしたがって、挙兵することになった。

 たとえ以仁王の味方であることが真実ではないにせよ、宋銭と福原にいるのは、清盛も知る事実だったからである。



 以仁王挙兵。

 源頼政、立つ。

 その報は、疾風のように全国に駆け回った。


「順序が、逆だ」


 源行家などは、そう言って地団駄を踏んだが。

 それでも動乱のにおいをかいだ者や、すでにそのにおいに気づいていた者は、即座に反応を示した。


「頼政どの、叛す! 頼政どの、叛す!」


 伊豆。

 北条宗時は京からのその報せに接し、事前に知らなければ、どれだけ動揺したことだろううと冷や汗をかいた。


「だがここからだ」


 平家はまず、以仁王ならびに源頼政を逆賊とし、あらゆる官位官職を剥奪するだろう。

 それは追討よりも早くおこなわれる。


「へたに……知行国の目代が頼政どのに味方しないために」


 頼政も急な挙兵だったらしく、伊豆には何の使いもふみも来ていない。

 であればなおのこと、先手を打って、平家は伊豆の目代を新たに任じてくるだろう。


「誰だ……誰になる」


 あの時の頼朝の示唆により、北条は動いている。

 「新たな目代」を誰に選ぶにせよ、「対応」を可能にするために。

 それがたとえ、最悪の人選だったとしても。


 ……そしてふみが来る。

 京から。

 平家から。


「来たぞ」


 父の時政が、渋い顔をして、大広間に現れた。

 その顔から、いったいどういう人選かは知れた。


「……誰です?」


 政子がいつの間にか来ていた。

 この女は、こういう時、鋭い。

 その政子の背後に座った、義時も。


「山木の方で動きがあったようです」


「……先回りするな、義時」


 時政がたしなめながら、文をひらいた。


大掾だいじょう……いや今は山木か、兼隆を目代に任ずとのことだ」


 大掾兼隆。

 あるいは、平兼隆。

 後世には、山木兼隆として知られる男。

 この時点で、流人として伊豆に流されていた男である。

 頼朝と同じ立場だったが、北条の娘を娶った頼朝とちがい、この時点で伊豆の誰ともつながっていない。


「そこが……目代となった理由」


 政子はそう語った。

 伊豆は頼政が知行してきた。

 だからこそ、現状の豪族たちはそれぞれ何らかの頼政とのつながりがある。

 ところが、その頼政が叛した。

 であれば、頼政と何らつながりもなく、かつ、平家とつながりがある男が選ばれる。


「それが、山木」


 政子はため息と共に言う。

 兼隆は最悪だった。

 何らかの罪を得て伊豆に流されたというが、いずれ京に戻る、巻き返してやると鼻息を荒くしていた。


「何かないか、何でもするぞ」


 ふつうは流人と積極的に接触しようと思わない豪族たちから敬遠されていた兼隆。

 女にも目ざとく、あの女がいい、あの女をよこせと叫ぶ。


「……そんな男が目代。伊豆がどうなるか、目に見えている」


 時政は頭をかかえた。

 治承三年の政変で目代が変わって、豪族たちの不平不満が高まったという上総かずさ相模さがみのことが、笑えなくなった。


「さて山木はどう出るか」


 がつがつしている男だが、さすがに検非違使少尉けびいしのじょう判官はんがん)を務めただけあって、光るものがある。

 そう頼朝は語っていた。


「……京に戻る、か」


 頼朝はを知りおのれを知れば百戦あやうからずとも語っていた。

 つまりは、兼隆の立場で考えてみろと言っていた。


「ではどう出る、山木……」


 この時、政子は兼隆が頼朝の身柄を押さえるのではないか――と、危惧していたが、山木はその斜め上を行くことになる。

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