Track 008 ENTRY HELL'S 8TH STREET
特異な二部制が採られたために、他のバンドの面々はすっかりと帰り、楽屋に残るのはとうに、ぼくたち〈略奪者たち〉と、〈
自分の
楽屋の
三條が少し渋そうに言うのは、やはりこれが交渉事だからなのだろう。「こっちの手落ちはあった、が、うちのライヴに文句はない、
八汐はうちのバンドにあって、日増しに強くなる、いや、日々のうちに、素のタマシイが外に
三條はひと呼吸置いてから、力強い声音で、それは歌唱の時にも似て、
「これは前置きだ。おたくらの思惑どうこうなんぞ一切関係ない決定事項、そっちがどう受けとめるかは勝手にしてくれればいいがよ、とにかく、だ――」
特にぼくを強く見据えて、言い切ったのだ。
「俺たちは、〈略奪者たち〉を、ライバルにすると決めた。他のどのバンドも、もう眼中にねェ。こっちのこれは間違いなく、うちの総意だ。覆らねえぞ。」
あまりにも、と、震えさえ混じり、自分を抑え込めなくなったのが章帆だった。「はぁ?」机を手で叩いて、怒りを露わに、突っかかっていった。「なんだそれは。もっとましな冗談を言えよ。デビューまであとわずか、シングル二枚同時発売で、どっちもトップテンに入るだろうな。その後に控える全国ツアーも盛況だろうよ。違うのか。並び立つトッププロを眼に入れないで、無視で、結成してから一ヶ月も経ってなくて、四十を動員するのがやっとで、プロ志向も表明してない趣味のバンドを捕まえて、ライバルってか。雑誌のインタビューで訊かれて、〈略奪者たち〉です、って、真面目に言うと、そんなふざけた話があるか。」
怒りには私情が混じるところがあるにせよ、章帆は見当違いのことは言っていない。ただ、それで、三條が取り合うはずもなかったのだ。
「ひとつ、冗談なんかと思われちゃ困る。もうひとつ、俺たちは俺たちの都合でやる。口出しされる
俺たち。
心中で苦笑せざるを得なかったというのは、俺たちというのが、ここにいる五人を指して
取り成しも繕いも不得手ながら、章帆が怒りによって止まっている間に、ぼくは先を取って、話をひとつ進めた。
「勝手にしてくれとしか、もはや言いようがないな。ただ、前置きってことはさ、つまり、それが理由でぼくらを何やら巻き込もうってんだろ。〈略奪者たち〉そのものに総意がないのは重々承知で、つまりぼくらがお返しで三條サンたちをライバルと思う、思われることがなかろうとさ。で、バンド単位ときた。だからこれ、出演の打診ってわけじゃないのか。つまり。」
気に障るところがないでもない、と、そういえば章帆が評していた。ずばりご名答、とばかりに、小さく目立たぬものではあったが、三條は口笛を吹いた。
「まさにそのもの。出てくれ、
オトナの世界の不自由、としても、それらを相手取っても、三條は真剣そのものなのであり、ぼくらというものを知り、
不都合の多い中、せめてもの招き、と言うべきか、三條は煽る顔つきを
オトナの不自由だのと言うからには、急な降板なぞ、
結局、三條の思惑を察するのは、うちのバンドでは、ぼくがもっとも得意となっていた。煙草のせいだけじゃないな。何やら、精神性の感触が合う思いがするのだ。
「連合軍はもうお呼びじゃないんだろ。そのイベント、ぼくら〈略奪者たち〉と
三條はぼくの言うことの何ひとつ、否定もせず、また補うこともなかった。
章帆は怒りをなるべく振りまくまいと、
「
三條は、少しばつが悪そうにした。であれど、事実と誠意を貫くよりなかった。
「
三條は眉を寄せ、やるせなさを顔に浮かべ、声音に悔しさを滲ませた。
「頼むから、思い違いだけはしないでくれや。俺たちは勝ち戦をしたいわけじゃない。こいつはどうにも、俺たちにだって、抗いようがない実情ってワケだよ。なァ、清廉潔白に白黒付けるってワケにいかなくたって、やりてえんだ、あんたらと。」
そして、
信じている。
ぼくたちを、自らに相応しい
ずいぶんいい笑顔で、言ってくれるじゃないか。
「だいたい、〈略奪者たち〉なんてとんでもねえイキモノがよ、たとえ全員を敵に回したって、おとなしくしてるか。できるか。勝ち戦なんぞ、全く思ってねえよ。状況がどうあろうと、おまえたちは絶対に何かをやらかす。やらかしてくれる。だから呼ぶ。俺は間違ってねェ。絶対に。」
章帆は三條の言葉には深く斬り込まず、ぼくたちに問うた。
「殉教者の数、今夜とは
最初に反応したのは
「何、乗り込んで喧嘩させてくれるワケ、こっちからお願いしたいくらいだ。あたしはね。バンドどうこうは興味ない。ただ、
付き合いの長いぼくじゃなくたって、容易に予想できた
八汐は幾分か、迷子の心持ちを窺わせ、「個人としては、ちょっとイヤなんだよね。
ただ、八汐のギタリストであることは、その根幹は揺れなかった。
「私は
つまりそれは、ぼくの票がふたり分になるに等しい。どちらに転んでも三対一、ぼくがYESと言えば決行、NOと言えば辞退。ぼくの個人的な心情としては、白黒どちらとも言い難い。ライヴの時と場所なぞ、極論、ぼくという人格は、いっそどこだってかまいやしないのだ。
だから、
「三條サンは何を思う。何を望む。」
そんなもの、決まり切っているだろうがと、そう言いたげに、三條
「俺はあいつらが必死に戦って生きているところを見てる。いつもだ。今度は俺が、死に物狂いで戦って生きているところを見せたい。それには相手が要る。」
ライヴ。
生きていくことと、似ているよなと。ぼくらみたいなのにはさ。
ぼくが何か応ずるより早く、また、実質二票の行き先がはっきりするより早く、章帆が勢い良く席を立った。「はい。では参加ということで!
とはいえ諦めるも何も、オトナの不自由はこうなったら一秒でも早く動くに限る――おそらくは、頭を下げることも含めてのことだろう、とのことで、三條は〈
狭い階段を順に上り、地下にある〈
もっとも目を引くのは、見事な
章帆が率先して気にかけた。「三條のところの出待ちなんです? でもついさっき、大慌てで出て行きませんでしたか。それに、もう三條のところ、出待ちは禁止にしていたはずでは。」落ち着きを失っているのか、会話が得意でないのか、おそらくは両方で、少女からの返答は噛み合わなかった。「あっハイ! 燈一さんには顔も名前も覚えられてるので、挨拶だけはしたんすけど、長い間お世話になりました、灰になりました、って。」うまく意味が呑めないのであるが、章帆だけは怪訝な顔をした。
「灰。灰ってまさか、殉教者たちが俗に言う、あの灰ですか。」
少女は満面に笑みを
「その灰っす。いやあ、まさかこんな日が来るとは夢にも。」
少女からは補説はなく、意味が通らぬままでいるぼくらに向けて、章帆が解説を加えた。
「灰になる、というのは、殉教者の用語でして、つまり、殉教者であることをやめる、って意味です。
三條にとって顔も名前も一致している、明らかな
少女の言うことは、変わらず、どこか掛け違えたまま。
「だから今日、
ただ、最後の最後、少女の言わんとしているところ、思うところだけは、明確に伝わったのだ。それを率直に信じ、素直に受けとめられるものであるか、それは別としても。
「ボクは、あっ、ボクっていう一人称、いまだ直らなくて、とにかく! 出待ちですけど、〈
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