勇者達の翌朝・新書 回想(ヒナギ編)

L・ラズライト

凍った波打ち

1.氷の渚(ヒナギ)

かつてのヒミカ王国は、「神通力」を持った女王の統治する、古い王国だった。東の海に浮かぶ、決して大きくはない島国だが、大陸とも交流があり、豊かな国として、栄華を誇っていた。


都は島の南西にあり、「ヨモツ」と呼ばれていた。


俺が産まれたのは、その最盛期の都、第48代ヒミカのシラハ様の、長い治世の終わりの時期だった。




俺の名前は、ヒナギ。「氷の渚」という意味だ。




シラハ様には、息子のヤシロト様と、娘のイワシメ様がいた。イワシメ様は、俺が六歳の時に亡くなった。長くご病気で伏せていて、寝たり起きたりを繰り返し、結局、ご結婚もされなかった。


ヤシロト様には、長女イソラ、次女トヨカという、二人の娘がいた。イソラ様は、俺より、五つ下、トヨカ様は、六つ年下になる。


俺は、十歳の時に、イソラ様の親衛隊に入り、護衛としてお仕えする事になった。




先に、俺の家族について説明しておこう。


俺の家は、有力豪族というやつだが、裕福でも、身分は中級より高い程度だ。


父のサノキオには、合わせて六人の妻がいた。ヒミカ国は王家は女王ということもあり、多妻制ではないが、豪族はそれぞれの慣習による。


俺の母は正妻ではないが、最初に子供を産んだ女性だ。名はサークレア。異国の舞姫だったらしい。俺が二歳の時に亡くなり、俺と、三つ年上の姉のミラは、正妻のミツネ様に育てられた。ミツネ様には娘が一人いて、俺より一つ下で、名をキラと言った。俺たち三人は、仲が良かった。


そしてもう一人、側室のツチメの産んだ、ミナギという弟がいた。名前の意味は「水の渚」という意味だ。着けたのは父だ。俺より五つ下になる。母を除き、子供のいる側室は、彼女だけだった。だが、彼女は身分が一番低く、もとは庭師の手伝いにつけた、使用人の女中だった。土を運ぶ女、という意味でツチメと呼ばれていた。


母も身分は無かったが、美貌で異国の教養があったらしく、寵愛が一番厚かった、と聞いている。ツチメについては、たまたま手をつけたら、たまたま妊娠したから、側室にした、と噂があった。後の二人の側室は、富裕な庶民の出だったので、教育があり、子供を産んでいても、読み書きの出来ないツチメを軽んじていた。


ツチメも負けてはいなかったが、策を弄する性格ではないので、露骨な争いになることが多く、父も手を焼いていた。


彼女の「態度」は息子のミナギにも伝染し、こう言ってはなんだが、ずいぶんひがみっぽい、ひねくれた子に育った。父に対しては素直な所もあった。他に、ミツネ様と、彼女に似ておっとりとしたキラとは、穏やかに接していた。だが、姉のミラとは仲が悪かった。ミラはとても気性が激しく、父ともよく口論になっていたくらいだ。顔は母に似たらしいが、性格は父に似た。逆に俺は、顔は父に似たが、性格は母に似た、と言われていた。


ミラは、年が離れているのに、ミナギがよくつっかかる物だから、手を上げる事もあった。


俺は、何かと張り合ってくるミナギが煩わしく、殆ど喋った事がない。つまり、無視していたのだ。


今では、あの時、兄弟らしい会話を心がけていれば、と後悔している。




ミラは、たった十六で死んだ。上流の豪族が、ミラの美貌を見初め、結婚を申し込んだ。その豪族は、もういい年だったが、妻を亡くしていて、ミラを正妻にしたいと言って来た。父は悩んだが、結局は断れなかった。ミラは、夜中に家出をし、森で野犬に襲われて死んだ。森の途中には夜には無人になるが、小屋があった。その手前でみつかった。


森から、ヤシロト様の姪御のイナ姫のお屋敷の、外庭に抜ける道があった。姪御とは仲が良かったので、そこに行くつもりだったらしい。しかし、他に、人目につかない安全な道があるのに、なぜ、わざわざ一番危ない道を選んだのかは謎だった。確かに、近道にはなるが。


事情は、ミナギの告白でわかった。


ミラは、ある青年と恋をしていて、彼と姪御の屋敷に逃げ、匿ってもらう積もりだった。もっと安全な場所で待ち合わせていたのだが、家を出るところを、ミナギに見られた。ミナギは、騒いだら目玉をくりぬくわよ、と言われたので、腹いせに、


「彼が森の小屋で待ってるから、近道をしよう、と伝言を頼まれた。」


と嘘を言った。ミナギは、弓が得意で狩りのため、森によく出入りしていた。たまに、屋敷回りの人気のないところを通ると、ミラが恋人らしき男性と一緒にいる姿を見ていた。ただ、ミラに口止めされていたので、黙っていた。


ミナギは、野犬を怖がって逃げ帰るだろう、と思ったが、死んでしまうなんて、思わなかった、と、泣きながら謝罪した。


彼は、恋人の顔まで見ていなかった。


名乗り出なかったので、その時はわからなかった。


ミラの死は、表向きには、結婚を控えた女性に有りがちの「浮かれ」から、夜に散歩に出て、間違って森に入って、野犬に襲われた、ということになった。


そして、裏向きも変わった。


ツチメは、首を吊ってしまった。読み書きは出来ないので、遺書らしき物はなかった。ミナギは、二重の衝撃で、一時、脱け殻のようになった。


ミツネ様とキラは、彼が正気に戻るまで、何くれとなく面倒を見たが、俺は、顔を見て、殺したい衝動を感じなくなるまでに、だいぶかかった。同じ母から産まれた姉が、無惨に死んでしまったのだ。原因を作った者に、親切になんて、無理だろう。


俺はツチメの葬儀には出なかった。ミラの葬儀には出たが、ツチメのは無視して、イソラ様の元に戻った。さんざん好きにやらかして、死んで放り出したツチメは、ミナギより許せなかったからだ。


無邪気で素直なイソラ様は、俺の傷を癒してくれた。そし俺は、たまにしか、自宅の屋敷に帰らなくなっていた。




そして、二年後、シラハ様が亡くなった。




「イソラ」は、「海の神」から取った名前だが、「五十」を示す言葉も、同じ発音だった。本来なら「五十代目」を意識してつけられた名前だった。だが、イワシメ様が亡くなったので、次のヒミカはイソラ様ということになれば、49代目のヒミカになる筈だった。


だが、即位したのは、妹のトヨカ様だった。


ヒミカになるには、「神通力」、つまり、先祖霊、善霊の声を聞き、災厄を避ける力が必要だった。シラハ様は、特に優れた方だったが、晩年は伏せ勝ちで、預言の儀式も間遠になっていた。


亡くなったイワシメ様は、あまりお力が強くなかった、と言われている。その事と、いわゆる「シャーマニズム」の政治に疑問を唱える空気があり、このため、次代のヒミカには、政治的戦略から、より強い力を求められていた。


だが、イソラ様には、そのお力が無かった。


幼児のころは、お持ちだったようだが、十歳になるまでには、無いことがはっきりしていた。反対に、トヨカ様は、幼い頃から、強い力をお持ちだった。先に述べたシャーマニズムからの脱却のため、年功序列でイソラ様に、という話もあったが、力を持っている姉妹がいるなら、ヒミカはそちらに、ということになった。


イソラ様は、都を離れ、母方の実家の領地の、海辺の町の別荘に移る事になった。都を離れる必要はなかったが、トヨカ様は、姉のイソラ様を飛び越してヒミカになったのが嬉しくてたまらず、何かと自慢してくるので、顔を会わせたくなかったのだと思う。まだお互い少女の身だったのだから、無理はない。


イソラ様の護衛は、たくさんいたが、お力が無いことがわかり、次はトヨカ様、と、話が出た時から、少しづつ減り始めた。かといって、辞任してその足でトヨカ様に仕えるような真似をする者は居なかったが、即位まで待ち、増員される護衛隊に志願することは出来る。


イソラ様が都を出る時、着いていくと言ったのは、俺を含めて三人だけだった。豪族の子は俺だけで、後の二人は、その別荘地の漁民出身の者だった。


父に決心を話した夜、反対されると思ったが、


「そうか。」


と言われただけだった。臣下としては、正しい道と思っていたようだが、実際に息子にその道を選ばれると、複雑なものだろう。


ミツネ様は、キラと俺が結婚して――ヒミカ国では、異母姉妹であれば結婚出来たからだが――家を継いで欲しかったようだ。


だが、兄妹婚は、弊害も言われていて、当時は流行らなかった。俺とキラの間にも、そういう感情は無かった。彼女達は、泣いたが、最後は笑顔で送り出してくれた。有り難かった。


ミナギとは、出発の時に簡単に挨拶をした。もう強い感情は失せていた。


俺は、傷ついた十歳のイソラ様に付き添い、海辺の町に向かった。




それから、穏やかな日々が続いた。俺と一緒に来た二人、テノとアシノは、元々地元民だった。彼等の両親を始めとして、地元の人々はイソラ様に親切だった。


イソラ様は、最初のうちこそ、泣き暮らしていたが、だんだん笑顔を取り戻してくれた。


新年にはイソラ様は、俺と一緒に都に参上した。俺は、実家に顔は出したが、泊まらず、王宮でイソラ様に与えられた宿舎の、控えの間で過ごした。ミナギの事ではなく、イソラ様をお一人にしたくなかったからだ。




俺が十八の時に、キラが結婚した。式は新年に上げた。


「お兄様にも参加して欲しかったから。」


と言ったので、


「お前の結婚式くらい、いつ上げても、帰るよ。」


と答えはしたが、内心、後ろめたさを感じた。


キラの婿は、ヤシロト様の父方の従姉妹の次男だった。ヤシロト様は、聡い方だったので、ミラがなぜ死んだか、感づいていたようだ。年齢が近く、キラと気が合う事を第一に、「吟味」してくれたようだ。


俺もお礼を申し上げたが、


「君が私の娘にしてくれている事を考えれば、これくらいは何でもない。」


とお言葉をいただいた。勿体ないことだが、俺は、自分の意思でイソラ様に着いていったのだ。感謝されてしまうと、居心地が悪かった。


ミナギは、神殿の警備兵になった。トヨカ様の護衛には違いないが、彼の武器は、剣ではなく弓であるため、ご本人の護衛ではなく、祈祷所や寝所の警備になる。


本来、祈祷所は、武装した巫女兵が警備していたが、トヨカ様は、巫女や女性兵士に当たる事があるため、女性達の生傷が絶えず、やむなく、一部、少年兵を導入したそうだ。


ミナギは、どうやらトヨカ様を嫌いらしかった。さすがに主君の悪口は言わないが、彼がトヨカ様の話をする時、彼がミラに突っかかっていた時を思いだし、なんとも嫌な気持ちになった。


その話をキラにし、任務に支障がなければいいが、と言ったら、複雑な顔をして、


「お兄様のいう意味なら、大丈夫だと思うけど。」


と、歯切れの悪い返事が返ってきた。




そして、七年が過ぎた。


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