3.始まり、そして終わり

転送で王宮正面から入る。いきなり王の間に行けない距離ではないが、ハーストン達の話を受けて、まず入り口近くに出る。


敵の「人形」が一斉に襲いかかってくるが、すかさず魔法剣と気功で吹き飛ばす。奴らが再び骨組みを作る前に、体勢を立て直す。後は、ミルファとレイーラを除く、全員で総攻撃をした。


一通り倒してみると、あたりは、骨の他、棒やら木片やらが派手に散らばっている。それらに混じって、ミルファが普段使っていた銃の弾より、一回り大きな、暗い紫色の玉が、いくつも見えた。


小型の水の盾を出して、剣先を上手く使い、上に一つ、載せた。こういう時、攻撃魔法が氷塊ではなく、ウォーターガンだったら、訓練次第ではあるが、手の延長のように使えて、便利だったか、と、一瞬、考えた。


玉は柔らかかったが、かなり力を入れても、潰れない。だが、グラナドに促されて、レイーラが触ると、一瞬で溶けた。


おかしなガスも、煙も出なかったが、レイーラは、短く叫んで、手を引っ込めた。シェードが警戒を強めたが、彼女は、


「ううん、大丈夫よ。ただ、何か、指先から、入って来そうな気がして。」


と答えた。それを聞いて、シェードが、結晶に触ってみて、うわ、と声を上げた。


「何か『吸い取られる』みたいだ。姉さんと、逆だな。」


それにハバンロが、ああ、と納得したような声を出し、


「先程、気功で弾き残った欠片が、腕に当たったのですが、そのような感じがしました。」


と言った。


俺は、触ったが、何ともなかった。グラナドも、一つ拾って見たが、おかしな様子は無い、と言う。カッシーとファイスも軽く触ったが、何ともなかった。


ミルファも小さいのを拾って見たが、レイーラと同じようなことを言い、すぐ捨てた。ただし、結晶が溶けたりはしなかった。


「魔法属性も、魔法能力も関係ないのか。何か規則性はあるんだろうが、わかっても意味があるかどうか。」


とグラナドは言い、指で摘んでいた結晶を捨てた。


ハーストンの話からすると、何らかの強力な、魔力の吸い上げがあるのは予想していたが、俺達には耐性が付いている。そう考えていたが、一葉に同レベルではない。俺は、だいたい条件は思い当たったが、今、指摘しても、あまり意味はないため、言わなかった。ただ、カッシーは、気づいたらしく、苦笑いしていた。


人形達は最後の砦だったのか、これ以降は現れず、王の間を目指して進む間は、何も出なかった。警戒しながら進んだので、真っ直ぐ進むだけでも、時間はかかったのだが。


「こんな間取りだったか?いや、間取り、と言うよりは。」


と、ファイスが言いかけた。カッシーが、


「ちょっとずつ、どこか違う、て感じね。」


と引き取り、廊下の壁の一部を指した。


「ここのライオンの刺繍。こんなじゃ、無かったでしょ。シスカーシアが、好きと言ってたから、覚えてたんだけど、。」


俺は覚えてなかった。ミルファが、目を見張り、


「これ、違うわ。」


と不快そうに言った。グラナドは覚えていて、


「ライオンの親子が、寛いでる構図だった。」


と言った。しかし、このライオンの親子、いや、親子かどうかわからないが、三匹のライオンは、三つ巴で、争っていた。グラナドは、壁掛けの刺繍の他の部分をざっと調べた。疾走する馬にのる騎士や、聖女コーデリアが、大きなモンスターを諌めている図はそのままだ。しかし、幼いコーデリアが、両親と草原で寛いでいる、一際大きな刺繍の図は、違っていた。親子三人が、巻物を見ながら、争っている図になっていた。


シェードが、


「これだけ絵があるんだ。記憶違いじゃ、ないのか?」


と尋ねたが、ハバンロが、反対側の壁を指して言った。


「そこの天使の彫像と、刺繍の図が、確か、組になっているはずです。聖家族を祝福する天使、の逸話で。


天使はそのままです。これでは、ちぐはぐになります。」


グラナドは気になるようだった。おそらく、他にも色々とありそうだが、細かく検証している暇はない。先を促そうかと思ったが、いきなりドラムのような音がし、周囲のドアや窓が、開き始めた。最後に、はるか正面にある、王の間が開いた。


俺とグラナドは盾を出した。ハバンロが、逆方向に飛んで、気功の構えをした。だが、飛び退くハバンロの背景が、気づく隙もなく、王の間になっていた。


「寄れ!散るな!」


とグラナドが言う。散ったほうが、とシェードが言ったが、ミルファに腕を引っ張られ、グラナドの盾に入った。


《懐かしい。会いたかった。》


王座の方から、声がした。


「陛下!」


と、ミルファとハバンロが、同時に叫んだ。




王座にいる者は、ルーミの姿をしていた。




俺もグラナドも、叫ばなかった。魔法剣と火の玉を、王座に放つ。ミルファは、待って、と言っていたが、待つ訳はない。


ファイスが切りかかり、シェードとハバンロも後に続く。カッシーは迷ったが、盾を出して、ミルファとレイーラを守る。


《やはり、この手は、効かないか。》


ルーミだった物は四散し、今度はソーガスの姿になった。霧の鞭が飛んでくる。払いのける、盾に吸収させる。すると、ガディウスの姿になった。攻撃が当たる度に、エスカー、タルコース、キーリ、誰かわからないが、黒髪の青年、金髪の少年、「夢」の中で見た、獣の冠の青年、と、次々姿を変える。


最後に、俺の魔法剣が当たった時、「彼」は、アダマントの姿になった。


「これは、本物だな。」


と、グラナドが言った。すでに、ルーミの姿に驚かなくなっていた俺も、これには驚いた。


「中身は違うようだが。」


グラナドは落ち着いていた。敵は、アダマントの声どころか、まったく別次元から出すような声で、


《今更、ごまかすつもりはない。》


と言った。グラナドは、皮肉に、


「どうかな。最初から、嫌味な仮装で、迎えてくれたようだが。」


と返答した。敵は、それには答えず、俺に向かい、


《この男は、お前が嫌いだったんだよ、ネレディウス。全てを手に入れ、全てを手放し、また平然と、全てを望む、お前が。》


と言った。


俺は、記憶のアダマントを辿った。ホプラスの記憶には、陽気な、良い友人としての彼しかいない。


「今までの事も、説明が付くわね。」


と、カッシーが、きつい調子で、つぶやいた。「彼」に聞こえたとは思えないが、いきなり高笑いし、返答は俺にする。


《そんな事は、どうでもいい。姿など、何にでも変えられる。「俺」は、お前たちが、退けてきた者達だ。》


シェードが、


「何だ、一体。」


と言った。独り言の声だ。だが、「彼」は拾った。またしても、返答は、俺にした。


《バランスの球体が、なぜ鈍るか、わかるか?俺達が「溜まる」からだ。一人を選び出すために、「俺達」を配置する。なぜ輝くか、わかるか?配置された「俺達」が、一人の為に、散っていくからだ。


だが、残滓は残る。そして、今、「俺達」の番がくる。》


そういう事か。上が把握できない筈だ。「彼」は、勇者と守護者に、向かう槍だ。バランスを完全に闇に葬るか、光と共に爆発させるか。ワールドを自主的に終わらせる為に。いや、終わりが先なのか。


俺は、何か言おうとしたグラナドを制して、


「残念だが、「番」は諦めろ。」


と言った。


「そう、本来なら、お前達の勝ちだ。闇に消えるか、光に溶けるか。だが、ここには、まだ、俺がいる。居るはずのない、守護者の俺が。だから、まだ、終わりは、ない。」


俺が存在したのは、このためだ。今、はっきりと解る。これは、「彼」には、計算外だ。


しかし、「彼」は、不敵に、


《閉ざされた中で、後ろ盾も無く、止められる物なら、止めてみろ!》


と、さらに高笑いを返した。


「危ない!」


とミルファが叫んだ。「彼」の姿は、白く輝き出し、熱を帯びた。しかし、次の瞬間には紫に、凍るような息を投げる。気流のベルトが周囲を取り巻き、対流を始める。


霧は固くなったが、ファイスとシェードの剣術の餌食になり、次々砕けた。ハバンロが気功で欠片を吹き飛ばし、カッシーが霧が固まろうとするタイミングで、焼く。ハーストンの話から、風魔法以外は、中心部では、上手く使えない、と思っていたが、シェードが早口で、カッターが出にくい、と言い、カッシーは、普段より強い火力に驚いていた。アダマント本人の魔法は、確か、火だ。


なら、水か、と、俺は氷塊を連発したが、当たりが悪い。


「かがめ!ラズーリ!」


とグラナドが叫ぶ。言うとおりにするやいなや、彼のウォーターガンが、俺の氷塊を繋ぎ、レースのように、敵の中心に集中した。


「ミルファ!」


グラナドは、ただ、名前だけを呼んだ。ミルファは、カッシーの盾の向こうから、女王に託された、弾を撃った。弾はうまく道を作ったが、閉じようとする力も強い。俺は飛び出して、魔法剣に後を追わせ、道を確保する。


「ラズーリ、避けろ!」


とグラナドが叫ぶ。


「構わない、このまま、放て!」


と、俺は彼を見た。見開いた琥珀の目が、まっすぐに「道」を見る。


「大丈夫、避けるから!早く!」


グラナドとレイーラ、鍵の二人が、意を決して、杖とペンダントを差し上げる。光に満ちた透明な光線、五色に彩られた矛先。見入ると全身の力が抜ける。


視界が二転三転し、爆音が響く中、俺は、「彼等」の声を聞いた。殆どは、声より音だった。だが、何故か、伝わった。微かな燻りと共に、見送る。


しかし、暗く淀んだ物は、何故か明るく穏やかな光を纏いだし、最後に、溶けるように去っていった。ああ、「帰る」のか。あるべき所に。己自身を返すために。と、妙な事を考えた。


我に返る。俺は、背後からファイスに支えられて、立っていた。


「無事か。また、無茶をする。」


「すまない。ありがとう。」


ファイスが引っ張ってくれたらしい。


周囲を確認したが、「体」は、倒れていた。血塗れで、何処が傷が解らない。だが、アダマントだった。ごく小さな、聞き取れるか取れないかの声で、俺の目を見て、何か話した。ファイスには聞こえたらしく、


「止せ。」


と言われていた。


グラナドが転送でやってきて、


「文句はお預けだ。あちらが優先だからな。」


と、レイーラ達の方を指した。


彼女は、ミルファとカッシーに支えられていた。シェードが、必死で声をかけていた。意識はあるようだ。


「直ぐに、連れて行く。お前達は、悪いが、歩いて抜けてくれ。」


指し示す背後には、壁が無かった。王の間自体は無事だが、先程通ってきた廊下の壁には穴が空き、扉はなくなっていた。グラナドは、レイーラとシェードだけを連れ、直ぐに転送で帰る。


入れ違いに、開いた壁から、そこから、人がなだれ込む。神官達と魔法官だ。


「応急処置を先に!」


ファランダとミザリウスが、支持を出しながら進んでくる。


「あちこち、崩れてるのです、気をつけて。」


と、ハバンロが答えて、案内に立っていた。


俺はファイスと、ミルファ達の所まで戻る。カッシーが、


「盾を出すタイミングが、ずれて。」


と言い、赤くなった右手を、神官に直して貰っていた。ミルファが座ったまま、銃を拾い上げる。俺が


「無事か?」


と聞くと、


「ううん、割れてる。」


と返事が帰ってきた。


「いや、銃じゃなくて、君だよ。」


真っ赤になったミルファが答える前に、カッシーが笑いだした。ファイスが、頭を打ったのか、と言ったので、余計に。


外から、声が響く。グラナドが、クロイテスとオネストス、ハーストンを連れてきたようだ。オネストスとハーストンは、怪我をしていたはずだが、その割に、足取りはしっかりしていた。


グラナドは、クロイテス達を、倒れているアダマントの方にやった。彼自身は、俺達の所に来て、労を労うと、ミルファを抱えようとした。


「え、歩けるわ。」


とミルファが言うが、三歩で膝から崩れた。


ファイスはカッシーに肩を貸し、俺は、グラナドとミルファの後から付いていった。




庭に出ると、光が眩しい。瞬きをする。血の通う闇が、俺の視界を、一瞬だけ覆った。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る