7.二つの輪

ジェイデアは数時間で回復した。まだふらついていたが、仲間達に元気な姿を見せるため、なんとか起き出していた。ハイコーネ側との交渉もだが、これはリアルガー以外はハイコーネ警察に、ということで話がついた。最後の一件に関しては、リアルガー以外は何もしていないが、港での件がある。


酒とミネラルウォーター、薬の相互作用の件には、まだ謎が多い。偶然のようだが死者も出ているし、薬はリアルガーでも、投与を決めたのは他の教団幹部も同意したのだろうから、そこを追及するようだ。


イシュマエルは、まだ意識がなかった。翌日には皆で本拠地に戻り、トパジェンに見せたが、魔力の消耗が原因らしい。前も似たような事があり、その時は三日かかった、という。意識がないのは大変な事だが、魔族には、たまにある、ということだ。




ノイズが収まり、久しぶりに、飛んできた連絡者を見た時に、心からほっとした。こんな安らかな気持ちで、彼女を迎える日が来るとは、信じられないほどだ。


「こっちは大変だったんだから。しれっと時空越えなんかしちゃって。」


と言われたが、好きでした訳じゃない。


彼女は、まず、リアルガーだけを引き取って行った。セレナイトも付き添って行ったが、一日で戻った。このワールド、No.24601は、彼女が引き続き、見ることになったからだ。彼女は本来、計画者であるが、勇者であるジェイデアが、守護者の存在を知っていて、すでに信頼関係が強固だったため、他の者への変更はしない事になった。サニディンから、


「俺の実習監督も兼ねて。」


と言われた時、俺は、びっくりして、まじまじと二人の顔を見た。


サニディン…ガディオスは、No.24602に、家族がいる。てっきり、戻るつもりだと思っていた。これについては、グラナドが、


「姿が変わっているのを気にしているなら、俺が家族に説明する。」


と言ったにもかかわらず、彼の意思は変わらなかった。


こういう場合は特例だし、セレナイトの口添えがあれば、ガディオスの肉体を再生して貰えるのでは、と思ったが、彼は、それらをすべて考えた上で、出した結論、だという。


「ある意味、これも特例だろ。それに、やりかけた事は、やらないと。」


彼は、サニディンの笑顔で笑った。


その場では、それ以上は聴けなかった。イシュマエルの意識が戻り、シェードが慌てて呼びに来たからだ。




病室には、グロリアとミルファが、先に来ていた。入れ違いに、トパジェンが出てきた所だ。「薬の時間を…」と言いながら、戸口でぶつかりかけた。


俺は、どうですか、と訪ねたが、


「ほとんど問題ないわ。でも、念のため、安静に。」


と、少し憂いを含んだ笑顔で、次の患者を見に行った。


部屋の中には、まず、半分起き上がったイシュマエルがいた。傍らにジェイデア。ミルファ、グロリアが、やや遠巻きに囲む。


ミルファは、


「よかった。」


と半泣きだった。グロリアもだ。


ジェイデアは、寝台の脇に佇み、静かにイシュマエルを見つめていた。


「寝坊だな。」


「お前が言うか。」


俺達がいる間、二人には、直接は、これだけの会話しかなかった。お互いを映す目は穏やかで、以前と比べ、変わった様子はない。変わったとしたら、それは、『奥』にある物だ。


《あなたの隣を見てください。周囲を見渡して下さい。神が残してくれたものがあります。最後に、たった一人、たった一つでも、きっと見つかります。》


複合体戦の後の、ディニィの演説が記憶を過る。神官としての、最後の物だった。あの時、俺は、すぐ前の席にいる、ルーミを見ていた。俺の「唯一の物」を。


ジェイデアとイシュマエル、彼等もまた、改めて見付けたのだ。


トパジェンの、やや寂しげな様子が、脳裏に揺らめいた。彼女、そして、恐らくグロリアにとっても、苦い結果にはなったが、この樹には、悪い実はつかない。俺はそう思った。


セレナイトが、二人に声をかけた時、再びトパジェンが顔を出した。セレナイトは、「ちょうどいい。」と、俺たちにしたのと同じように、事情をさらりと説明した。サニディンの件は、彼等も気にしていたようだが、


「ま、そういうことで、こっちに置いてくれよ。」


と、軽く笑った。


「それはそれとして、その、何時になるの?」


グロリアが、言いにくそうに尋ねた。


「明日だ。急で悪いが。」


確かに、名残惜しいが、そうゆっくりもしていられない。


「そうと決まれば…飲もう!」


とサニディンが言った。ジェイデアも、


「それしか、ないね。」


と微笑む。トパジェンは、


「イシュマエルは、安静に飲んでね。」


と言ったが、グロリアから、


「姉さん、両立しないって。」


と突っ込みを入れていた。


「お前はジュースにしとけよ。」


と、グラナドがミルファに言った。


「もう、どうせ、こっちは二十歳まで駄目なんだから、飲まないのに。」


とミルファが言ったら、シェードとイシュマエルが、同時に「え?」と言った。


「この前の飲み比べの時は、一言も。」


と、シェードが、サニディンを見る。イシュマエルは、二人を交互に見ながら、


「ああ、そうか、人族は、帝国周辺は、そうだったな。確かに。


魔族は早いから、注意するの、忘れてた。」


とばつが悪そうに言った。セレナイトがサニディンを小突き、


「教えただろう。」


と睨んでいたが、サニディンは、


「まあ、飲んで忘れよう。」


と、強引に降り出しに戻した。


「病室じゃ、不味いわよね。食堂かな。準備もあるし、聞いてくるわね。」


グロリアはサニディンを引っ張って、外に出た。


俺は、病み上がりになるイシュマエルが心配になり、彼の方を見た。イシュマエルは、セレナイトと話すジェイデアを見ていた。背後、病室の窓から、月が見えている。


この世界の月は、気のせいか、少し遠い。


そして、少し冷たく、青みがかって、硬質の輝きで、“二つの世界”を、あまねく照らしていた。


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