4.水とワイン

「脅して静かにさせた後、一応、食事を出した。平べったいタイプのパンと、氷割り葡萄ジュースと、ツキノワウオのヒレスープだ。ここらじゃ、定番の軽食だし、同じものを食った連中は、なんともない。食堂まで行かずに、近いから、バーの方で貰ってきたやつだ。


最初、パンをかじって、固かったらしくて、葡萄ジュースに浸けて食べた。普通は、スープの方に浸けるから、意外に思った。スープの色が赤いから、辛いのを警戒してるんだと思って、色だけだ、と声をかけようとしたら…。」


サニディンは、触りの説明に、一呼吸置いた。


「急に苦しみ出して、こう、口から煙が出て…倒れた。舌や喉が焦げてて…心臓が止まっていた。」


食べたものを調べて見たが、当然、毒等はない。


パンは楽園城のあったデュリパン地方(そもそも固いパン、と言う意味)の名物で、保存食から発展したものだ。かなり前から、ハイコーネでも、少し柔らかくしたタイプが流行っていた。赤いスープは、南のサウコーン地方の、ルジ・サッパ(これもまた、赤いスープ、と言う意味だ。)という高級ホテルのレシピが起源だ。南方の珍しいスパイスを使用した、辛口クリームスープだが、デュリパンでは、コンソメに色だけ真似してつけ、「南方風スープ」と呼ばれていた。ただし、ハイコーネで飲まれている物は、は、手に入りやすいスパイスで、辛味も再現されていた。


こういう食事情なら、思ったより固いパンを、辛そうなスープに浸けるよりは、ジュースに浸ける行為は、自然だ。


ただ、葡萄ジュースと思ったのは、実は葡萄酒だった。とはいえ、アルコールはごく薄く、天然の炭酸ソーダで割った物だった。使われているワインとソーダは高級品だったが、飲み物の形態としては、どこにでもある、一般的なものだ。


以上より、食事内容には、問題はない。


居合わせた警官からも話は聞いた。彼らが言うには、自殺する雰囲気ではなく、食事をする時点では、大人しくなっていた、そうだ。騒いだのは確かだが、サニディンが「宥め」、ドルワイトスが、この件は、ハイコーネ警察の管轄だ、というと、安心したのか、大人しくなった。


意識を失う前は、ジェイデア側に引き渡されるより、警察の方を警戒し、捕まりたくないように見えた。むしろ警察に捕まる方が、確実に罪に問われるので、その変貌は不審と言えば不審だ。サヅレウスに近付くポーズだった、ということか。


捜査が一通り終わり、遺体と共に警官が引き上げた時は、夜になっていた。


夕方、船に帰る予定だったジェイデアは、市内の最高級ホテルに泊まる。船が数日、留め置かれそうなので、帰りはハイコーネの船を借りる事になる。


俺達は、全員、宿舎に集められた。


本来は優雅なリゾートホテルらしいが、当然、観光の目的で旅行する者は、今ではほとんどいない。貴賓室は別棟で、専用庭の見通しは良く、囲むようにして見張りを置いた。


教団側で、会議に参加していた幹部達も、会議の最中に、ジェイデアの船で、団員が起こした事件、と言うことで、市内に留め置かれた。密航者用に、警察が管理している特別製の「宿舎」だ。リアルガーの逃亡が懸念されたが、警察が見張りを徹底しているなら、かえって安全だ。セレナイトも、


「ここで逃げると、うまく逃げ延びたとしても、もう、ジェイデアに近づくのは無理だからな。逃げることだけは、やらないだろう。」


と言っていた。




ホテルの貴賓室には、さっきまで、市長と警察長官もいたが、今は、「身内」だけだった。


グラナドは、五つのグラスに、水道水、ウイスキー、ワイン、ミネラルウォーター、そして、ワインとミネラルウォーターを合わせて、ナドライオンの飲んだのと、同じものを準備した。


「俺が説明するのもなんだが、ワインは、『聖女印』と呼ばれている、『聖女達が生産した』のが売りの、有名なワイナリーの物だ。純粋な地元産じゃないが、生産している神殿に出資して、地元の企業が管理している。


ミネラルウォーターは、すぐ南の山で採れるものだが、本来の水神信仰の元にもなったほどの、昔からの銘水だ。『聖水』という名前で売られている。採取して直ぐは、ガスがきつすぎるから、数日寝かしてから、瓶詰めにしている。昔の神殿を改造して、作業場にしている。『天然で清らかな』が売りだ。


両者とも、ブランド品になるから、品質管理は徹底している。


それらを使ったのが、例の飲み物だ。」


グラナドは、ナドライオンから取り上げた薬を、まず、ウイスキーと、水道水に垂らした。


ウイスキーは色濃く、水道水は薄紫になった。色の違う液体を混ぜた時の自然な反応に見える。だが、ウィスキーのグラスは、最初より、やや暖まっていた。中に入れた氷は、少し溶けている。


次に、ワインのグラスに入れた。



濃い紅色は、明るく鮮やかになった。薬で薄められたにしては不自然だが、ワインとしては自然な色だ。中の氷は、瞬く間に溶けてしまい、それで、より透明度が増した。グラスは熱を持っていたが、手で持てないほどではない。


ミネラルウォーターは、最初は、水全体が、藤の花みたいな、明るい紫色に染まっただけだった。だが、急に、ぽん、と言い、蒸気をあげたかと思うと、量が三割ほど減った。持ってみた感じは、生ぬるい。色はほぼ透明に戻っていた。


グラナドは、最後のグラスには、瓶から直接ではなく、木製の棒の先を、薬に僅かに触れる程度に浸け、それで軽く表面を撫でた。


色は透明な赤紫だったが、急にもっと薄くなる。次に、一瞬、紫が勝って、色がやや濃くなったが、最後に、極めて薄いピンクになった。それから、ぼん、と、ミネラルウォーターだけの時より、大きな音がした。煙が軽く上がり、表面に泡が集中した。煙が収まると、泡は消えていて、量は半分になっていた。色は、透明で、やや濁りがある程度だ。促されて、恐る恐るグラスに触れると、かなり熱い。持ち上げるには、素手だとやや苦しい。


「他の銘柄のワインも使ったが、このワインより、かなり弱い反応だった。他の炭酸水は、人工の物と、もっと東から輸入している物を試した。二つとも、『売れ筋』だそうだ。ハイコーネでは、単独で売られているのは、これらの他はないので、後は、ビールで試した。どれも似たような物で、色が少し薄まり、泡が減る程度、ビールだけ、やや温かくなった。


アルコールと炭酸ガスに反応するようだが、度数や濃度に比例して反応が激しくなるわけじゃ無さそうだ。


『聖なる』キーワードは共通しているが。教会で『聖水』をもらってきて試したかったが、時間がなくて、船とホテルで手に入る物で試した。」


グラナドが説明を終えると


ジェイデアが、細くした。


「街中には常時聖女のいる教会は無く、『聖女印』の所から祭礼の時に降りてくるだけだ。後は民間信仰の小さな教会がいくつかあるが、水や食べ物を、清めて儀式に使うような習慣は、『本格的な』聖女の神殿のある、旧い都市にしかない。『古式』と言われる式次第になるから、ロマノの都でも、宗教的な意味では、やってない。


祭りの時はやるが。


ここで教会に『聖水』をくれ、と言っても、『祭りまで待て』『店で買え』じゃないかな。


帰ったら、トパジェンに水を清めて貰って、試してみるか。」


俺達は少し笑った。サヅレウスまでもだ。ただ、セレナイトは、表情を変えなかった。シェードが、


「ナドライオン本人が、飲み物に混ぜて飲んだ、と思ってたが、違うんだな?」


と質問した。


「薬は取り上げてたしな。警官達からも、『自殺する様子はなかった』と聞いてる。ばれた時は、無謀な攻撃に出たそうだから、死と引き換えに任務遂行、失敗したから自殺、ってのは、あり得る。だか、暴れだした時は、最初は、逃げようとしてたんだろ。」


グラナドはサニディンを見た。サニディンは頷き、


「ああ。逃げる、まで考えていたかは微妙だが、


『教団が今、ジェイデア様と話し合いの最中で、こちらとしては、サヅレウスは捉えた事だし、うちから逃げたリアルガーの身柄を確保できればいい』


と説明した。


ハイコーネ警察から見れば、蹴飛ばして怪我をさせた被害者もいるし、罪は軽くはないから、見逃しは無理だろうが、一応、大人しくはなった。


なんか、こう、極端に騒いだり、大人しくなったり、忙しい奴だと思ったが、これなら、何か喋るかもしれない、と思ったから、リラックスさせるつもりで、食事を勧めたんだ。バーに頼んだ時に、ナドライオンの話はしなかったから、俺が食べると思ったようだ。…酒とは気づかなかった。まだ明るかったからな。」


と言った。


グラナドは、


「この場合、酒かどうかは、あまり問題じゃない。」


と前置きしてから、説明を続けた。


ナドライオンは、恐らく、この魔法薬を常用し、体内に成分があったのだろう、と言った。経口で投与するものかどうか分からないから、胃に残っていたかは不明だが。


薬、と言うことで、サヅレウスを詰問したが、彼はその薬は、見せられただけで、用途も知らない、と言い張った。属性魔法を一時的に使うアイテムの中には、薬型の物もあるが、今は使われてない、作られてないはずだ、だから、幻惑術の薬なんて、心当たりがない、とも言った。だが、更に問い詰めると、


白状した。


「手紙で、『魔法の吸収を行う物質から、逆に魔法薬を作り出す方法』の話をしたことがあった。例の鉱石の話なら、物が手に入らないと不可能だが、マツダオスがやってるように、特別な装置で、エレメントを集められれば、属性魔法に関しては可能だ。


石や金属に、魔法をかけ続けて蓄積する、という方法は、伝統的なものだ。しかし、それらは、魔法アイテムを作る方法で、薬にして人間に与えても、効果は資質にもよるから、効率が悪いし、実用的ではない。


吸収したものを、細かく砕いて飲んだ方が、効果的かもしれない、と返事はした。」


これにイシュマエルが、いらっときて、


「最初から、正直に言え。第一、そのやり方でできた物を飲んでも、効果が無いことは、とうの昔に、研究されてる。」


と言った。ジェイデアは、


「まあ、落ち着け。」


と宥めた後、


「その通り、サヅレウスのアドバイスだけでやったとしても、効果のあるものなんて、できないだろ?まして、素質のあまりない人族に、何回も、実用に耐え得る術を使わせる、なんていうのは。


イシュマエル、お前も、実験で、銀やプラチナ、水晶みたいに、『色変わりの分かりやすい鉱物』に、魔法を溜め込んで、比較したこと、あったな。『使える』まで溜め込むのに、そもそもどれくらい、かかった?」


と言った。イシュマエルは、少し考えてから、


「俺が実験に使ったレベルなら、一日足らずだが…上級者が得意属性でやるとしてだ。幻惑術の場合は、術のタイプによる。…言われてみれば…そうだな、無理があるか。」


と答えた。


俺達のワールドでも、神官が聖魔法を使うために、体内に取り込む「魔法結晶」を作成する。コーデラの神殿の奥深く、神官達によって作られているのだが、製法は、一般には、謎だ。


巨大な結晶に魔法をかけ続け、飽和すると成長し、新しく結晶を生むので、神官には、それを使用する。これは、今では、聖魔法を当てて作成する。だが、一番最初の原始結晶は、属性魔法を交互に「御神体」に捧げて(つまりは属性を打ち消しつつ、魔法を蓄積した状態にする)いたら、偶然、生まれた物だ。これは、一般には、「聖女コーデリアが、最後に人々に与えた物」とされていた。


だから、これを言っていいものか迷ったが、グラナドは現在の製法については知っていて、概要を話した。ミルファは、驚いていた。シェードは、やや驚いてはいたが、暗い表情をしていた。レイーラを心配したのだと思う。だが、グラナドから、


「影響が大きく出るのは、上級神官以上だ。中級から上級に上がる前に、念入りな意思確認があるのは、そのためだ。中級までなら、色素が薄くなる以上のマイナスはない。」


と聞いて、ほっとしていた。


「だけど、そうなると、、それだけの物を、ここの教団の人は、どうやって手にいれたの?コーデラだって、王都の本殿でしか、作れないんでしょ。」


とミルファが言った。彼女が向こうで使っていた、魔法弾の付加アイテムの製法と似てるらしい。だが、一つの属性魔法だけを、短い間(撃って命中するまでの)のみ、玉や矢に付加するのとは、難易度が段違いだ。


俺も、


「遺跡に いたのは、人族ばかりだ。聖女の術を使える者が、教祖の女性以外にいたとしても、時間的に無理だろうな。」


と言った。全員が考え込むように黙る中、ドルワイトスがアントンとルビナと共に、サヅレウスを迎えに来た。リアルガー達とは違い、警察の預かりとなったからだ。ハイコーネでは、明らかな犯罪はやってないが、ナドライオンが死んでしまい、蹴落とされた男性が意識不明、それで本日中に一人も逮捕出来ないのは、「困る」と言われた。ジェイデアは、最終的には身柄はこちらで引き取りたい、と軽く念を押して、引き渡した。


「ちょうど良いか。奴がいないほうが。深い話も出来る。」


とサニディンが言った。


すると、今まで静かだったグロリアが、


「一つだけ、心当たりがあるわ。」


と話し出した。


「都の本神殿の奥の部屋には、大きな『宝石』を乗せた『皿』が、沢山あった。子供の頃に一度しか見てないけど、水晶玉みたいな、真ん丸のじゃなくて、不規則な形だった。大きさは色々。大きいのは、子羊くらいの大きさだった。小さくても、王錫の有名なエメラルドよりは大きかった。でも、ああいう、きらきらした感じじゃなかった。暗いところで、綺麗に光ってたけど。」


引き合いに出たエメラルドの大きさが不明だったが、だいたい、鶏の玉子くらいだ、と、グロリアより先に、ジェイデアが答えた。


この時、少しだが、イシュマエルの表情が変わった。サニディンが、気付いたかどうかわからないが、グロリアに、


「それを、魔法で育てていた訳か?」


と、詳しい話を促した。


グロリアは、人族の帝国ロマノの『都』で、神殿兵士をしていた、と聞いていた。が、姉のトパジェンが、イシュマエルを連れて、彼女の元に来た時は、近海の島の古都バティカにある、「聖女神殿」に勤めていた。都からは近いが、海で隔てられていて、観光都市の色彩が強かったため、都の動乱にも、ほとんど影響されなかった。


配属は早く、都の本神殿には、昇格の儀式の時など、数えるほどしか行ったことはない。その時も、儀式用の広間にしか、出入りは出来ない。


最初の配属を決める時、一回だけ、本神殿の最奥の、『澱みのの間』に入った。


「適正診断の一環で、『宝石に、集中して魔法をかける』っていうのがあったわ。私の時は、ちょっときらきらとしたくらい。一緒に受けた子達には、『割れちゃった』って、泣いてる子もいた。その泣いてた子は、本神殿の配属になった。同時に七人受けて、本神殿に残ったのは、三人かな。


一人は、一年後に、バティカに配置替えになった。他の二人の事を聞いたら、一人は、そのまま残ったけど、もう一人は、西のマダレイ市の配属になった、と言ってた。


『別の方向の力』だって解ったから、配置替えになった、らしいわ。彼女は、苦手な事のないタイプで、むしろ他の二人よりは、優秀だったと思う。都の話は、あまりしたがらなかったから、それ以上、聞かなかったけど。


あの時は気がつかなかった、というか、魔法で石を育てる、って発想がなかったから、単なる聖女術の試験だと思ってた。でも、もしかしたら、『将来、結晶を育てられる力が、伸びるかどうか。』の検査だったんじゃないかな。


都が度々混乱した時も、本神殿の建物は、宮殿に比べて、被害が少なかった、と聞いてる。


でも、何回か、『盗賊が、神殿から金品を盗んで逃げた。バティカにいるか捜索して、捕らえてくれ。』という依頼が来てた。バティカの神官長達は、めんどくさがって、適当に返事して、何もしなかったけど。


『そんなにしょっちゅう、盗賊が神殿に入ってたまるか。』


って、どうやら、バドリウス帝の取り立てた人達の、横領を疑ってたみたい。


何をどれだけ『盗んだ』か解らないけど、宝石だと思って売り捌いたのを、たまたま、わかる人が手にいれて、利用したんじゃないかしら?こう言ってはなんだけど、私達でさえ、利用法は知らされなかったんだから、にわかに贔屓で神職に就いた人に、使い方が伝わって無くても、不思議はないわ。」


グロリアはこう言ったが、イシュマエルが、


「お前、もう一度、それを見たら、直ぐに解るか?光る石は他にもある。珍しいがな。


見た目で魔法アイテムだとわからないと、宝石として良い値段で売買されたものを、飲んだり砕いたりは、しないと思うぞ。」


と質問した。


「他の光る石って、見たこと無いけど…光がぼうっと広がって、虹みたいだった。魔法を当てた時の光り方は、石が動いたかと思うほど、一瞬、輝きが変わった。同じ光り方をする石が、他になければ、多分。」


「それじゃ、装飾品に加工した場合はどうだ?特に、最初の時に耳に着けてたやつみたいに、夜光加工してあるものと比較したら、どうだ?」


グロリアは、「覚えてたの…」と一言小声で呟き、


「それは直ぐわかるわ。宝石の加工品は、台座や縁を光らせてるでしょ。石そのものに塗料塗ってるわけじゃないし。私の耳飾りも、そのタイプだった。樹脂に塗料を練り込んで作るタイプもあるけど、そういうのとは、色味が違うっていうか…。


明るいところで、昼間見た事はないけど…。」


と説明した。イシュマエルは、


「それじゃ、教主の女が、前に見てれば、可能性はあるか。」


と言った。さらにグロリアが、「でも、全員が都には…。」と言いかけた時、


「リアルガーだ。」


と、セレナイトが、低い声で言った。


皆、一斉に彼女を振り向いた。


ほとんど表情は無かったが、目には不穏な空気が漂っていた。


「薬は水薬だ。溶かしたのか成分だけ抽出したのかわからないが、わざわざ水薬にしたのは、そのまま砕いて飲んでも、効果が薄い、と知っていたからだ。


グラナド達の世界では、魔法結晶は、粒状にした物を、段階を置いて経口で体内に取り込み、全身に蓄積させていく。恒久的に使うために、ゆっくり馴染ませていくわけだ。


ここでは、まだ実用段階では無かったが、人族は、魔法を吸収するオリガライトと平行して、資質の無い物を魔法使いにする薬を研究していた。だから、結晶を作る事から始めていて、使用法までは、確立していなかった。


サヅレウスが示唆したのは、粉にして飲む方法だが、結局は、薬効成分だけ抽出して使用している。湯煎したかアルコールに着けたか、水漬けにしたかは不明だが、結晶のレベルから考えると、湯煎した状態で、反応促進の魔法を使うのが、効率が良い。結晶も目減りはするが、再利用できる。


これは、十中八九、リアルガーの発想だ。


入手は偶然でも、計画したのはリアルガーに違いない。」


話す内容だけなら、飛躍があるが、リアルガーを直接知るセレナイトには、直感的な物があるのだろう。


サヅレウスが示唆した内容より一歩先の工夫、順当な試行錯誤の段階を省いた方法。確かに、一段階上の知識があるなら納得だ。


リアルガーの付加魔法については、詳しくは聞いていない。人族の剣士、ということだから、勝手に、魔法は付加されていないかもしれない、と漠然と思っていた。しかし、こういったワールドで、守護者が魔法無し、というのは苦しい。男性に聖女の術を付加してしまうと目立ちすぎるが、緊急用に、ゆ時空魔法に相当する物は付加したかもしれない。普段なら、制限つき能力の使用は、監視者からチェックされるが、今は、まだ「ノイズ」が 邪魔をしている。


セレナイトを見る。静かだが、声をかけるのを憚られるような雰囲気に満ちている。


「あの発言からしたら、確かに疑わしいな。」


「彼が何をしたか、についての話は、会合の場で出なかったの?」


前者はシェード、後者はミルファ。発言は、ほぼ同時だった。答えたのは、セレナイトではなく、ジェイデアだった。シェードには、


「『高次元への昇華』というやつか?もう少し『砕けた』意味だと思ったが、言われてみれば、そうだな。」


ミルファには、


「そこまでハイコーネ市長に話してしまうと、ややこしくなる。こちらの目的はサヅレウスで、リアルガーではない、という前提で話していたからね。」


と答える。セレナイトには、


「不味い展開?」


と、尋ねていた。


俺は、リアルガーにとっては、最悪の展開だ、と思った。交代命令を無視、守護対象から勝手に離れる、課題を放り投げ、計画を歪める。しかも、それらは、守護対象の利益とは、全く無関係だ。個人的には、最後のが一番憤る。


セレナイトが、


「連絡が回復するまで、拘束しよう。強制回収を待つまでもない。後がないのだから、それまでに、滅多な事をしでかさないようにする。」


と語りだした。


俺は、


「ハイコーネ市への理由はどうする?」


と、セレナイト、サニディン、そしてグラナドを見た。


「俺が殴って気絶させるから、病気で倒れた事にしよう。ラズーリも手伝え。」


とサニディンが言った。グラナドは、


「そういう隙のある奴には見えない。お前たち三人で行くと、かえって怪しまれる。拘束魔法を使うとして、隙を作らないと。」


というところで、少し言葉を切って、はっとイシュマエルを見た。


紅い瞳が、殺気を帯びていた。誰をにらんでいる訳ではないが、正面から見たらしいグラナドが、一瞬、息を呑んでいた。


「おい、ジェイデア。」


イシュマエルは言った。


「何も言うなよ。」


だが、それに、ジェイデアは、


「できない相談だ。」


と、笑顔で答える。


そして、


「俺が会いに行こう。」


と、笑顔の爆弾が投下された。



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