3.別ワールドの勇者と

夕食までに、俺はすっかり体調を回復した。自分でも驚いた。


守護者の俺達の場合、許可を得ない直接移動に、フィル夕がかかっていて、軽い怪我や微熱の形で、表れたらしい。


夕食の席(元のワールドとかけ離れた物は出なかった。見た目で食材が解る料理しか出なかったのも幸いだった。)、肝心のジェイデア王女はまだだったが、ミルファ、シェード、セレナイト、サニディン、トパジェンと揃い、テーブルを囲んだ。


ミルファとシェードは、俺の「事情」を、セレナイトから聞いていた。シェードが、俺が目覚めた時、名前を呼ぶにあたり、ためらった様子を見せたのは、このせいだ。


セレナイトは、


「こういう事態になったうえ、『中身』の見えるグラナド君がいるのだから、隠すのは無理だろう。」


と、あっさり言っていた。


今回は、ある程度なら、ばれても構わない、というのは、俺の計画者の台詞だ。セレナイトは、昔ここに来たことがある、と言っていたが、今は、No.30000台の、魔法と機械文明をミックスしたワールドが管轄だ。俺の上の計画者と、後で揉めなければよいが、と、しても仕方のない心配をしてみた。


食事を終えたあと、ジェイデア王女を待つ間、トパジェンが、「時空の門」は、無事に通れる人と、そうでない人がいる、という話をした。同じ世界から来て、グラナド達三人は無傷だったのが不思議なようだ。


ワールド住民の場合は、事故でやむを得ず、のケースを考慮して、フィルタが軽いのだろう。しかし、トパジェンの説明からすると、俺以外にも、無傷でない状態で、飛ばされてきた者がいるのだろうか。


「今、グラナドさんと一緒に潜行している、イシュマエルという、私達の仲間が、そうよ。」


イシュマエル、聞き覚えがあるような、ないような。俺は、セレナイトをちら見した。


「彼は『純粋な』魔族で、ジェイデアの護衛官。彼らの都が攻められた時、当時の女王に、無理矢理、脱出ゲートに放り込まれた、と言っていた。


二人がこの大陸に来た時は、人族の張った『バリア』があったから、それに引っ掛かったのだろう。脱出ゲート自体、古い物だったようだし、『歪み』の影響かもしれない。」


二人のうち、ジェイデアは、ゴルダラ遺跡という、迷宮のような地下室で有名な城塞都市に出た。珍しく、魔族と人族が共存する土地だったそうだ。


イシュマエルは、トパジェンの住んでいた、ゴモリアという街の、神殿の祭壇から出てきた。トパジェンが、祈りを捧げている最中だった。


姉妹都市のソドムスが、急に『砂嵐』に呑まれてしまい、避難してくる人々は、神殿で保護していた。昼間は彼らのケア、夜は祈り、と言う訳だ。


「『ソドムスをお救い下さい。』と祈ってたら、イシュマエルが現れたの。彼一人だった。


高熱で数日、動けなかった。私は、ゴモリアとソドムス以外は知らなかったから、『魔族』を見たのは、初めてだったの。だから、凄く、不思議な感じがしたわ。」


トパジェンは、なんだか、うっとりしたような顔つきになった。


祭壇や遺跡は、「出入口」に選ばれやすいみたいだ。最初にシィスンから飛ばされた時、レイーラとハバンロも、祭壇にでた。もっとも、俺とカッシー、ファイスは、山道に出てしまったが。


今、俺達がいるのは、「神殿跡」と呼ばれているが、古代神殿があった場所に、人族の領主が作った街だった。領主は、今、「西の山岳遺跡」に立て籠り中の敵に殺されてしまい、持ち主のないまま閉鎖されていた。それを、「本部」に使用していた。


ここでは、庭に古い礼拝場の名残の、ストーンサークルがあった。俺たちは、そこから出てきたことになる。


「しかし、それにしても、ジェイデア様、遅いな。また、風呂場で眠ってしまったんじゃ?」


サニディンが、夢見るような顔のトパジェンに言った。


「大丈夫でしょ。グロリアが一緒のはずだし。」


答えたのはミルファだった。グロリア、確か、トパジェンの妹だ。


「二人で風呂か。心配だ、見てくる。」


と、出掛けたサニディンを、シェードが、


「待て。」


と止めた。


「いやだなあ、俺は、純粋に心配して…。」


「…そうか。なら、イシュマエルが戻った時に、君の気遣いについて、報告させてもらうとするか。」


真面目なセレナイトの言葉に、皆が笑った。


その時、二人の人物が、食堂に現れた。一人目は、トパジェンに、「姉さん。」と声をかけ、俺達に挨拶した。


トパジェンの妹のグロリアだろう。よく似た、色白で小柄(とはいえ、姉よりは背が高いようで、だいたいレイーラくらいか)な黒髪の女性だが、彼女の髪は、まっすぐで、ミルファより少し短めに揃えていた。目は、青紫で、ラールの物より濃く、レイーラの物より明るい。これも珍しい色だ。


顔は確かによく似ている。1つか2つ違いだろう。トパジェンは神官風の服だが、グロリアは、目の色に染めた、革の胸当てを着けている。押し上げられて、きつそうだ。付け方からして、武器は弓矢だろう。


サニディンが、風呂上がりなんだから、もっとゆったりした格好をしたらどうか、と言ったが、


「イシュマエルがいない間は、気を付けなきゃ。『覗き』もあるから。…聞こえてたわよ。」


と、軽く睨む。


「まだ、覗いてないよ。」


「まだ?」


「いや、実行していない、という意味で。」


二人が掛け合う中、俺は、一足遅れて、


「すまない、遅くなって。」


と声をかけながら入ってきた、長身の女性の影に目を移した。


移した目は、釘付けになった。


一口でいうと、「燃えるような赤毛に、緑の瞳」だが、語るにはとても一口では足りない。


グラナドの髪を柘榴のようだ、と表現するなら、彼女の髪は、ハイビスカスティのようだった。より透明度が高く、黒みが少ないが、いわゆる「黄み」を感じさせない。人工の色でも、見ないタイプだ。緩やかに巻き、無造作に垂らしているのに、優雅な流れだ。


髪も個性的だが、目も個性的だ。受けた光を、すべて反射してしまうような、艶のある明るく、濃い緑。まるで上質の翡翠のようだ。悪い意味ではなく、人間の目としての質感がない。例えば、同じ鮮やかな緑でも、シェードの目にある、有機質の暖かみが、ないのだ。だが、冷たいわけでも、生気がないわけでもない。むしろ逆で、見る者に全身で訴えかける、存在感があった。


今までで、一番綺麗だと思う緑の瞳は、ルーミの泡ガラスのようなオリーブグリーンで、今も昔もこれから先も、それは変わらない。だが、この目には、好みを越えて、迫ってくる物がある。


「よろしく。俺はジェイデア。ラズライトさん、でしたね。貴方に無断ですまないが、グラナド君には、とても助けていただいてます。」


朗々とした女性の声。ソプラノにしては低いが、メゾと言うには高い。男性的な言葉使いで、「俺」といったので、あらためて全身を見る。痩身で背が高く、セレナイトやグロリアによく似た胸当てを着けているが、こちらは、銀色をしている。装飾のようだが、軽装とは言え、腰に剣を下げている。大きさからして、片手剣のようだが、盾を背負う為のベルトはなく、背にはマントを着けていた。


セレナイト達の話から、ジェイデア王女の容姿は気になっていた。よほど「蠱惑的な」女性なのだろうと思っていたが、予想に反して、中性的な印象の美しさだ。サニディンが、「女性も担当」と言った理由がわかった。


「長く『王子』として過ごしたので、男言葉になってしまって。」


優雅に微笑む。それは、「王女」の笑顔だ。


俺は、久々に「本分」を取り戻した。


「失礼しました。高貴な方の御前で、緊張してしまいましたのを、お許し下さい。私は、ラズライト・ユノルピス。No.…『向こう』では、グラナド殿下に仕えております。個人的な護衛なので、階級はありません。ラズーリとお呼びください。」


ジェイデアの手を取り、騎士の礼儀で、敬意を払う。


ジェイデアは、少し、目を丸くしていた。俺は、ここの慣習に無いことをしたのでは、と、緊張した。


とたんに、サニディンが笑いだした。


「ああ、もう、三つ子の魂、百までって、奴だな。」


ミルファが、


「ラズーリさん、騎士だったわね、そういえば。すっかり、忘れてたけど。」


と、感心したような口調で言った。


「ああ、気にしないで。久しぶりに宮廷風の挨拶を受けて、俺も緊張したから。…状況が状況とはいえ、近場の男性が、『こんなの』だし。」


ジェイデアは、笑顔でサニディンを示す。一言、「シェード君は別で。」と付け加えて。


シェードはそれに、照れたように、少しはにかんでいた。


レイーラ一筋のはずのシェードでも、こうか。そういえば、ミルファも、妙に緊張している。


「さっそくだけど、貴方にも協力していただきます。明日。」


さらっと、重要な事を言われたが、反論するなど思いもよらず、つい、うなずいてしまった。




打ち合わせの後、俺は、病室ではない、広めの部屋に案内された。寝台が二つ。俺についてきたのがセレナイトだったので、まさかと思ったが、


「グラナドに当てられた部屋だ。今は彼がいないから、広すぎると思うが、狭いより、いいだろう。」


と説明された。


「驚いたろう?」


何に、とは言わなかった。ジェイデア王女の事だろう。


「私でさえ、色気を感じたくらいだ。」


「え?!」


「冗談だ。」


笑っていいのか、考えあぐねていたが、セレナイトは、構わずに続けた。


「あれは、彼女の『ギフト』だな。君の前の勇者もそうだったと聞いているが、重要な局面には、ああいう、求心力のある者が産まれてくる。」



俺が守護していたのは、元々はホプラスだ。だが、俺は彼の危機を救うため、融合して助けた。


融合した場合、生殖細胞の遺伝子情報が空になるため、能力はあっても、実際の子孫は残せない。計画の要は、聖女コーデリアの血を引くディニィの子どもと、烈女王エカテリンの血を引くラールの子どもを結婚させ、最終的に狙った遺伝子を持つ、究極の女王を作る事だった。


ホプラスはディニィの、ルーミはラールの相手に想定され、勇者にはホプラスが選ばれていた。しかし、子孫が残せなくなったため、ルーミとディニィ、ラールとキーリに変更された。そして、ホプラスと融合した俺が守護する勇者は、彼の最も愛しい者、つまりルーミになった。


融合して、初めてホプラスの目を通してルーミを見た時、怒濤のように、彼の想いと、記憶が流れ込んできた。このため、「ギフト」を感じとる余裕はなかった。


「昔から、老若男女を問わず惹き付けていたそうだ。男の時は、前の女王の夫だったのだが、それでもな。」


ああ、男として育てられたんだったな。だが、性別を偽るだけならともかく、政略結婚までさせられたのか。


しかし、ジェイデア本人も王族で、現に今は、女であることを明らかにして、次期女王に名乗りを上げている。いや、そもそも、女王の国で、王族が、男と偽る得はあるのか。


「ああ、偽りじゃ、ない。本当に、男性だったんだ。ゲートを潜る時に、女性に変わった。」


俺は、本日何回目かの「え?!」を、驚きと共に叫んだ。


「元が女性で、ゲートを潜るときに、『かけられた魔法』が解けたのか、歪んでしまったのか。本人は、それまで知らなかった。無理に、元が男性で、ゲートにより、時空の歪みの影響を受けた、と考えようとした時期もあったらしい。


妻の死に責任を感じているから、男性に戻って、夫としてけじめをつけて、改めて国を治めたいようだが、術をかけた、不世出の魔術師は、もう、この世にはいない。ザラストを倒したらなんとかなると考えているようだが…。


しかし、男に戻ったら戻ったで、王になるなら、結婚はしなくてはならないし、亡き妻だけを思って生きていくわけにはいくまい。それに、イシュ…。」


「ちょ、ちょっと待って!」


展開に着いていけず、途中で遮った。外見だけでなく、性別そのものを完全変更する魔法、そんなものがあるワールドなんて、数えるほどしかない。No.20000代には恐らくないはずだ。いや、ないとは言い切れないが、今まで担当した所にはなかった。そもそも、あれば苦労はない(ルーミの事とは関係なく)という局面は、やまほど見た。


暗魔法には変身や変化と言われる術があるが、物理的に形だけを変える物だ。しかし、セレナイトの言い方からして、それだけの意味ではない。


彼女は、俺の疑問を察した。だが、魔法の存在については、「あった」としか言いようがなかった。釈然としない。だが、代わりに、背景を説明してくれた。


魔族の王は代々女性で、王位はバートリ、レエル、ツペシエの、三つの公爵家が交代で担っていた。当時はバートリの女王だった。ジェイデアはレエル家の一人娘で、順番から行くと彼女になるのだが、父のレエル公は、彼女を男性と偽って、幼児の頃に、魔法で性別を変更した。


父親のレエル公は、色々と浮き名は流したが、正式な結婚はしなかった。母親は人族の土地で暮らしていたが、ジェイデアを産んで直ぐに死亡していた。


ツペシエ公は、レエル公とは仲が悪く、もし人族とのハーフが王位につくなら、造反する、と見られていた。魔族は、庶子であることは気にしないが、人族の血は気にしたからだ。


「魔族と人族の争いは、だいたい魔族が優位だったが、当時は、人族が優勢だった。だから、余計に反発も激しかった。


ジェイデアが成長した頃は、魔族の優勢に戻ってはいた。ジェイデア本人も、美貌と才気による、人気を確立していた。だが、それでも、実は女性でした、だから女王になります、というわけにもいかない。その時には、バートリの女王に娘パーミーナが出来ていた。ツペシエには娘がいない。そのため、異例だが、バートリが二代続けて女王になる、で合意していたからな。


さらに、人族と対向し、士気を高めるにあたり、『産まれながらの次期女王パーミーナのために。』を謳い文句に掲げてきた。女王交代の時になって、レエルに王位が行きます、では、納得できない者は多い。国民に『嘘』をついた、レエル公の責任問題にもなる。」


幸か不幸か、今では、唯一の後継者になってしまって、追求する者はいない。


しかし、魔族と人族の争いは、思ったより根が深そうだ。今は、人族の皇帝側に、同胞を攻撃するような奴等が固まっているから、共闘が組めるが、戦いが終わり、天下が治まっても、内乱が絶えないのではないだろうか。

トランシア皇女を生かして捕らえ、男性のジェイデアと結婚させる、くらいの策略はいる。それを考えると、男性に戻す方法も模索しなくてはならない。


しかし、セレナイトは、男性に戻るのは、出来たとしても反対していた。


「結婚当初は、パーミーナがまだ少女で、それからも夫婦というよりは、兄妹のようなもので、呼び方も最後まで『お兄様』だった、と聞いている。


ジェイデアは、結婚前も後も、『処女と人妻以外、来るものは拒まず』だったが、妊娠した女性はいない。したらしたで、大いに問題だったが。


とにかく、かかっていた魔法も、そこまで『完璧』ではなかったようだ。体質かもしれないが、後継者の確保という点においては、可能性の高いほうにすべきだろう。」


最もだ。しかし、俺が口出しする問題ではないが、ジェイデア本人は、男でいたいんだろう。セレナイトは兄妹と決めてかかっているようだが、多情な男が手を出さない女は、最愛の者、という落ちもある。


多情には縁はないが、なんだか、ホプラスとルーミの事と重なり、複雑な気持ちになった。


しかし、今、俺がグラナドに求めているのは、セレナイトがジェイデアに求めているのと、同じ事になる。だが、グラナドは、少なくとも、ミルファには、好意を持っていると思う。ジェイデアは忘れらない女性がいるのだから、そこは異なる。


質問が一段落したと見たか、セレナイトは就寝の挨拶をして、部屋を出ようとした。俺は、他にも聞きたいことはあったが、一晩、語り明かす訳には行くまい。


彼女がドアに手をかけたとき、向こう側から、叩く音がした。俺が返事をすると、サニディンが顔を出した。セレナイトを探していたのかと思ったが、彼はミルファとシェードを連れていた。


「二人が、やっぱり、本人の口から、聞きたいって。」


来るべきものが、来たか、と思った。


セレナイトと打ち合わせる暇が無かったが、彼女は、『範囲』を示唆してきた。


「君が『勇者パーティー』の守護者で、『主に』ホプラスの背後についていた事と、アクシデントで融合した事、死後は分離に時間を要したため、戻れなかった事を話した。


勇者が変われば守護者も代わり、同じ守護者が、別の体でも、連続して勤める事はないが、今回は『特例』だ、とも。


『人の気持ち』や『今後の計画』は、『未来の事だから、決まっていない』と伝えた。


グラナドにも同じ説明をした。」


概要を聞いて、ほっとした。セレナイトなら、「計画」の全容を話はしないだろうが、もしディニィの血統とラールの血統を合わせるために、子供が必要だった、なんて話を、少しでもしていたら、と思うと。


「グラナドがいない時に、私達だけ、先に聞くのが、いいかどうか、解らない。でも、やっぱり、今、話して欲しいの。」


ミルファの言葉に、シェードは、頷いていた。


セレナイトは、あまり遅くならないように、と、部屋を出た。何故かサニディンは残り、ミルファとシェードと、並んで腰かけた。


サニディンの二重虹彩の瞳、シェードのエメラルドのような瞳、そして、ミルファの、暖かい褐色の瞳が、一斉に注がれていた。




古い時計を巻き戻すようだな。ふと何かで見た詩の文句を思いだし、懐かしい物語を語った。




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