ユビ折り ユビ折り

加ヶ谷優壮

三田崎慎吾について【4】


 授業中、私はとある男子生徒の絵を見てギョッとした。

三田崎みたざきくん。私は自画像を描いてくださいと指示したはずですが」

 私に目もくれず、彼は絵筆を動かし続ける。


「三田崎くん、聞いていますか!」


 声を張ると、ようやく彼の目が私を捉えた。寝不足なのか、目の下が薄黒く変色している。

「……さっきからなんですか、先生。オレ忙しいんですけど」

 彼がぶっきらぼうに言葉を発する。

「授業中に私の指示と関係ないものを描くのはやめてください」

「わかりました。すみませんでした」

 口ではそう言うが、彼は手を止めようとはしない。ずっと絵を描き続けている。私は彼のその姿勢にムッとし、語気を強めた。

「だいたいなんですか、その絵は」

「すみません。時間がないんです」

「これは……指を描いたんですか?」

 私がそう言った瞬間だった。

 彼が突然椅子から立ち上がり、


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 絶叫しながら、私の胸倉を掴んだ。


「ぜんぶぜんぶぜんぶ、ダメになってしまった!! オマエのせいだ、オマエのせいでええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」



§



美術の授業中、手指の絵を描いている男子がいた。名前は三田崎慎吾みたざきしんご。大人しい子で、私はあまり話したことがなかった。描きかけだったけれど、私はその絵が好きだった。


 とても好きでした。好き好き好きすきすき。


 それなのに。なのに、絵が完成することは終ぞありませんでした。その絵を描いていた男の子が死んでしまったからです。死因は確か――あれ、なんでしたっけ? 忘れてしまいました。わたしはとても悲しい気持ちになりました。


 誰か。だれか、この絵を完成させてくれませんか。お願いです。なんでもします。わたしは、わたしたちは2年B組三田崎慎吾の後継者を探しています。

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