39.桜塚猛、サヴォンの冒険者に演説する

「――冒険者諸君!」


 わしは領主の館のバルコニーで、眼下を埋め尽くす聴衆に向かって呼びかける。


 館の柵の手前には抗戦派が、向こう側には黒旗こっき派が詰めかけている。

 もちろん、これでこの街の住人のすべてではない。

 しかし、事前の呼びかけにより、両派閥の主だった冒険者は集まっているはずだ。

 こんな大勢の聴衆の前に立つのは、大日本精機の株主総会以来のことだ。


 なぜ、わしは今、バルコニーで大声を上げているのか?

 それには少々の説明が必要だろう。


 オスティルを交えた相談の席で、わしはサヴォン内紛の処理をわしに任せてくれないかと発言した。

 正直、みなの反応は芳しいものではなかった。

 疑わしげに、領主クラークが言った。


「タケル・サクラヅカだったな。異世界人である君に、この混乱が収められると?」

「絶対できるとは言えんが、やってみるべきだと思うことはある」

「ほう? それは一体?」

「説得だよ」

「何?」

「説得だ。これまで、黒旗派が抗戦派を説得しようとすることはあっても、逆のことはやっていなかった。黒旗派に呼びかけ、戦うべきだということを共通認識にしてもらう」

「そんなことが可能なのか?」

「ロイドの記憶によれば、サヴォンでは演説というのはあまり一般的なものではないらしいな」

「演説だと? 国によっては政策の支持を問うために公衆の面前で演説を行うことがあるとは聞くが」

「サヴォンではやったことはないのだな?」

「ああ。そもそも、サヴォンの冒険者は政治になど深い興味を持ってはいないよ。よく言えば自由、悪く言えば刹那的なのが冒険者だ。だが、致し方あるまい。明日生きているかすらわからん状況で、将来のことを深く考えろというのが酷だろう」

「戦争の前に、演説を行って士気を昂揚させるようなことは?」

「……? そんなことをして、何の意味があるのだ? 我が兵は私の命令に従って行動する。軍とはそういうものだ」


 クラークの言葉を、ジュリアーノが補足する。


「土地柄だろうね。ここサヴォンで他国と戦争する機会はあまりない。もともとサヴォンの領民は団結力が強いから、わざわざ鼓舞しなくても一定の士気と規律がある。他の土地では、将軍が兵を叱咤激励して士気を昂揚させることはあるらしいよ」

「なるほどな」


 わしがうなずく。


「おまえが演説をして、抗戦派と黒旗派をまとめあげるというのか?」

「その通り。絶対にうまくいくとまでは言わん。ただ、失敗したとしても黒旗派の勢いを削ぐ程度の効果はあろう」


 みなはまだ疑問を抱いているようではあったが、害がないのならとわしの演説を許可してくれた。

 わしはロイドに言った。


「すまんが、おまえの身体を借りておくぞ。サヴォンの冒険者の言葉だからこそ響くのだからな」

「ああ、構わねぇよ。俺もあんたの身体で好き勝手やってきたからな。魔王ナザレとの決戦も、この身体のままで行かせてもらうし」


 ロイドがうなずく。


(しかし慣れんな)


 自分の顔をした別人が目の前にいるというのは妙な気分だ。

 ロイドの方でもそう思っているのだろうが。


 やりとりを聞いていたオスティルが言う。


「コンジャンクションを解きたくなったら言いなさい」


 オスティルは、既にわしとロイドの入れ替わりを解く力を手に入れている。

 外宇宙でオスティルの「母」――フラクティカと接触したおかげで、そのための能力を手に入れたらしい。


 最初、オスティルが、


「じゃあ、早速入れ替わりを解きましょう?」


 と言ってきた時に、わしとロイドは口を揃えて、


「いや、まだ早かろう」

「いや、まだいいよ」


 と答えた。


 理由は同じだ。

 魔力が異常に多いというわしの身体を、戦い慣れたロイドに預けておくべきだと思ったからだ。


「もし入れ替わったら、入れ替わってた間の記憶はどうなるんだ?」


 とロイドが聞いた。


「そこはわたしが調整するわ。双方が経験したことを共有できるように、記憶の一部を複製して転写する」

「俺が日本で得た経験や、じいさんがこっちで得た経験の両方が手に入るってことか」

「そういうこと」

「ならば、入れ替わった後の記憶の混乱を心配する必要はないのだな?」


 わしの問いに、オスティルはこくりとうなずいた。


 そのような事情で、わしはまだロイドの身体の中にいる。

 当然、演説もロイドの身体で行うことになる。

 だから、演説の前にロイドに確認を取ったわけだ。


 そして今、バルコニーに立ち、冒険者たちに演説を始めようとしている。


「聞いてくれ。俺たちの中に、魔王に屈するべきだと主張する者がいる。

 だが、魔王に恭順を誓ったとして、俺たちの自由はどうなる?

 魔王軍の尖兵として戦場に駆り出され、義のない戦争で、罪のない敵を殺させられるんじゃないのか?

 いや、ひょっとしたら、魔王軍は俺たちの戦力を危険と見て、あらかじめ間引こうと考えてるのかもしれねえ。だとしたら、俺たちが門を開いたが最後、俺たちは最後の一人に至るまで魔王軍に虐殺されることになる。残された婦女子がどんな目に遭わされるかは考えるまでもない」


 わしの言葉に、柵の外――黒旗派からブーイングが上がる。


「わかってるよ。魔王は強大だ。歯向かっても無駄なら、せめて恭順して生き延びる道を探るべきだって言うんだろ?」


 今度は抗戦派から声が上がる。


「そうだ、サヴォンの冒険者の矜持があるなら戦うべきだ。たとえ負けるとわかっていても。そういう意見もあるだろう」


 この発言には、黒旗派、抗戦派双方から不満の声が聞こえてきた。

「どっちなんだ!」「はっきりしろ!」「俺たちを丸め込む気か!」等々。

 予想通りの反応だ。


「はじめに断っておく。俺は冒険者だ。どんな目に遭ってでも生き延びることを優先するのは当然のことだと思ってる。名誉のために死ぬのは国の騎士のすることだ」


 聴衆が困惑している。

 わしがどっちに話を持っていこうとしているのかわからないのだろう。


「でもな、そこが問題なんだよ。おまえたちはみんな、魔王軍には敵わないと思い込んじまってる。《爽原の風》が敗れたなら、俺たちに勝ち目なんてない、そう思ってるんだろ?」


 わしは咳払いをする。

 わしの背後から、黒いローブを纏った魔法使い然とした老人が進み出る。老人がフードを取ると、そこには「わし」の白髪頭があった。

 むろん、ロイドである。


「こちらは、異世界の魔導師タケル・サクラヅカ殿だ。サヴォンの危機を察して俺たちの前に現れた。彼が、現状を打開する鍵だ」


 わしの言葉に、ロイドが前に歩み出る。


「勇敢なるサヴォンの冒険者たちよ。わしは異世界の魔導師タケル・サクラヅカと申す者。こたび、わしは邪悪な波動に導かれてこのサヴォンへとやってきた」


 聴衆がざわめく。

「邪悪な波動……?」「っていうかあのじいさんは何なんだ?」「でも、たしかに強い魔力を感じるわ。いえ、これは……!」


 中にはロイドの――いや、わしの身体に宿る魔力の巨大さに気づいた者もいるようだ。


「勇敢なるサヴォンの冒険者たちよ。また、サヴォンの忠実なる兵士たちよ。よくぞ魔王を相手にこれだけの時間を持ちこたえた。諸君は疲弊しているだろう。しかし、わしは諸君らに願い事をさせてもらいたい」


 両手を厳かに広げ、ゆっくりと語りかけるロイド。


(なかなかうまく演じるものだな)


 日本ではわしの金を使って映画館でハリウッド映画を見ていたという。

 映画の中に出てきた白髪の魔法使いを参考にすると言っていた。

 ロイド曰く、「あれほど魔法使いっぽい魔法使い、グレートワーデンでも見たことねえ!」だそうだ。


「わしは彼奴きゃつとの決着をつけねばならぬ。わしには奴の力を封じる力がある。が、奴のところに至るまでの間、わしは力を温存する必要があるのだ。奴とはむろん――魔王ナザレのことだ。他ならぬ、諸君らの敵だ」


 ロイドに代わり、わしが言う。


「聞いての通りだ。魔王ナザレが強大な力を操ることはみんなも既に知ってると思う。その力の根源は、このサクラヅカ殿が追ってきた異世界の邪神なんだそうだ」


 聴衆は、近くの者と目を交わし合う。

 信じがたい。

 その反応は当然だ。

 そもそも、今話してることは事実そのものではない。

 脚色し、呑み込みやすく編集した物語だ。

 オストーとオスティルのこと、わしとロイドのこと、聖櫃のこと、外なる宇宙のことなどは、きちんと説明しようとすると時間がかかる。これらを順を追って説明していたら聴衆はすぐに興味を失い、話の筋がわからなくなってしまうだろう。


 訴えるメッセージはシンプルに。

 できればワンフレーズで。

 理想とするのは、十年ほど前に一世を風靡した日本の総理大臣だ。


 わしは言う。


「疑うのはもっともだ。俺だって、初めは信じられなかった。サクラヅカ殿に説明してもらってもいいんだが、話がとても長くなる。だから、いちばんわかりやすい方法で証明することにした」

「わしが、今から大きな魔法を使ってみせよう。さすれば、すくなくともわしが優れた魔導師であることは証明できる。魔王軍とも戦えるほどの力を持っていることがわかってもらえよう」

「サヴォンの冒険者の中には魔法使いも多い! 魔法使いは、これから起こることをよく見て、これがインチキやペテンでないことを確認してくれ! じゃあ、頼むぞ、サクラヅカ殿」

「あいわかった」


 ロイドがもったいをつけてワンドを構える。


「雷霆よ、不逞なる魔の者どもを大地に伏せしめ、その神威のほどを見せつけ給え――サンダーレイン!」


 ロイドが魔法を使う。

 何も起きない。

 聴衆が怪訝な顔をする。

 ロイドがワンドでゆっくりと空をさす。


 空に、にわかに黒い雲が生まれた。

 雲は徐々に広がっていく。

 が、その広がり方は不自然だった。

 サヴォンを取り巻くように、城壁の外側の上空をドーナツ状に覆っていく。


 雲からは激しい雨が降り出した。

 その大半はサヴォンの外に注いでいるが、風に煽られ一部がここまで吹き込んでくる。


 聴衆は唖然として突然の雨を見守っている。


 ロイドがにやりと笑って言う。


「ここからじゃぞ……かぁっ!」


 ロイドの一喝とともに、雷が落ちた。

 一度ではない。立て続けにだ。

 サヴォンの周囲を一周するように稲妻が落ち、一瞬遅れて雷鳴が同じ方向から聞こえてくる。


 雷が打ち止めになる。

 上空の雲が、あっという間に霧散していく。

 あとに残ったのは、サヴォンの日常でもある乾いた青い空だった。


 静まり返る聴衆。

 たっぷり数秒は経ってから、


 うおおおおおおおおお!


 歓声が爆発する。


「タケル! タケル!」「サクラヅカ! サクラヅカ!」「魔導師様ぁっ!」


 ロイドを讃える声があちこちから上がっている。


 わしは歓声が収まるのを辛抱強く待つ。

 そして言う。


「今のは、サクラヅカ殿の力のほんの一端にすぎない。魔王を追ってきた大魔導師だというのも納得だ!」

「わしのことを誇大妄想狂と思いたいならばそれでも構わぬ。じゃが、力は力。サヴォンの勇敢なる戦士たちとわしが力を合わせれば、魔王ナザレは必ず倒せる!」


 うっおおおおおおおっ!


 さっき以上の歓声だ。


 再び収まるのを待ってから、わしは演説を締めくくりにかかる。


「魔王は、サヴォンにモンスターをけしかけた。

 魔王は、俺たちの誇りである《爽原の風》を苦しめて殺した。

 魔王は、自由と独立を愛する俺たちに屈服せよと迫った。

 魔王は、俺たちの愛するサヴォンを分裂させ、互いに争わせようとした。

 魔王は、隣国ドロモットの軍を動かし、サヴォンの街を包囲させた。

 すべては、俺たちを踏みにじるためだ!

 俺はサクラヅカ殿から聞かされた!

 魔王は、この街を地獄の釜と化すことで、自らの拠り所とする邪神への生け贄にしようとしているのだと!

 こんなことが許されるのか!

 いや、こんなことを許していいのか!

 それでも――ここまでされても、おまえたちは魔王軍に投降せよと言うのか!

 サクラヅカ殿は言った!

 本当に恐ろしいのは、魔王軍の陣容などではない。魔王軍を恐れ、進んで屈服しようとする、俺たちの中にある怯懦なのだ!

 いいか! 一度奪われた自由は、生半可なことでは帰って来ない! 俺たちの子ども、孫、さらに先の子々孫々までもが、魔王軍の奴隷とされるのだ!

 サヴォンは、俺たちの愛するサヴォンは、魔王軍の隷下にあるべき街なのか!

 否! 断じて違う! 俺たちのサヴォンは、これまでも、そしてこれからも、外からのいかなる脅しにも屈しない!

 みんな、自信を持って武器を取れ! 日頃の冒険者稼業で鍛え上げた実力を、俺たちを脅そうとする愚か者に見せつけてやるのだ!

 俺たちの、俺たちによる、俺たちのためのサヴォンを、俺たち自身が守るのだ!」


 おおおおおおおおおっ!


 歓声は、いつまで経ってもやまなかった。




 バルコニーから戻ると、隣を歩くロイドが言った。


「やるじゃねえか、じいさん」

「ふん……歳を重ねるのは無駄ではないということよ」

「まぁ、最後のアレはパクリだったけどな」

「結果が出ればよかろう。何も著作権を主張されることはあるまい」

「正直、意外だったよ」

「何がだ?」

「じいさんは、もっと気の弱い奴だと思ってた。孫だとかいうクソガキをのさばらせてたくらいだからな」

「わしにも不思議だよ。妻を失い、腑抜けていたわしが、こんな過酷な異世界で何とかやれておるというのがな」

「じいさんはきっと、自分で思ってるよりすげえ人間だったんだろう。魔力は宿る人間を選ぶ。あんたほどの魔力を持ちながら、市井の一般人として生きてる奴は珍しいはずだぜ」

「ひょっとすると、わしは平和な時代には向いていなかったのかもしれんな。乱世でこそ活躍できるような、いわゆる梟雄きょうゆうだったのか」


 意外なことだ。人生の終盤になって、そんなことに気付かされるとは。


「なあじいさん。この戦いが終わったら、サヴォンで暮らさないか?」

「何をいきなり」

「俺のパーティにスカウトしようと思ってな」

「いらんわ。この歳で冒険者など、年寄りの冷や水にも程がある」

「考えといてくれよ」


 ロイドが食い下がる。

 しかたなく、わしは言う。


「考えるだけは考えておこう」

「よっしゃ。じゃ、あとは魔王をぶちのめすだけだな」

「それこそ難事だろうに。おまえは大物だよ、ロイド」


 最終決戦の構想はもう練ってある。


 冒険者と兵士がモンスター軍を足止めする。

 できれば、有力な冒険者にはモンスター軍の陣地にあるダンジョンコアを破壊してほしい。


 その間に、わしとロイドを含むロイドパーティ、オスティル、エルヴァの護衛の一部が決死隊として魔王ナザレに戦いを挑む。

 ナザレの居場所はオスティルがオストーの気配をたどることで特定できている。


 モンスター軍の後背に陣を敷くドロモット軍の出方がわからないが、陣の敷き方からして、サヴォンから人を逃がさないための布陣のように見える。

 オスティルによれば、あれだけの人数が全員ナザレの傀儡になっているとは考えられないという。

 いくら上からの命令でも、モンスターと共同戦線を張るのは難しいだろう。

 モンスター側も、ドロモット軍とサヴォンの人間を見分けることはできないはずだ。


 それでもなおドロモット軍が動くようなら、冒険者と兵士はいくつかのダンジョンコアを破壊できた時点でサヴォンに籠城する。

 決死隊であるわしらはサヴォンには戻らない。

 そのままナザレの本陣に攻め込み、一気にナザレを討ち取る。

 しかし、もしナザレを討ち取り損ねれば、決死隊は敵中に孤立する。決死隊と名付けたゆえんである。


(まるで桶狭間だな)


 織田信長が今川義元の本陣に少数で奇襲をかけたことを思い出す。

 わしに信長ほどの才覚があるとはとうてい思えない。

 まだしも、ロイドの方が有望だろう。


「決戦では、わしは軍師もどきだ。頼むぞ、大将」

「よせよ、じいさん。俺だってそんな大層なもんじゃない」


 珍しく謙遜するロイドを連れて、わしらは仲間の待つ食堂へと戻っていく。

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